第二話
どこにでもいる平凡な魔法使い 新央透助 第二話。
新央透助はとある密林の夕暮れ時、とある大柄な男性と対峙していた。
男性は上半身裸で色黒の肌をしており、下は一般的なジーンズを履いている。
大男の背後には錆びれた小屋があり、そこには三人の少女が捕らえられている。大男は多くの少年少女を拉致監禁しており、証拠映像も残っている。『とある少女』の手助けによりアジトを突き詰め、その少年少女を救い出すために透助は戦いに臨んでいた。
『透助の周りにいる、いつもの緑髪の少女』は周りに助けを呼びに行ってくれている。
であれば、少なくとも少年は、『緑色の少女が助けを連れてくるまでこの大男から少女を守る』必要がある。
そして透助が口火を切る。
「だったら、ついでに、お前のことは病院に送りつけといてやる!」
少年と大男の、戦いが始まる。
(馬鹿が、お前の能力は読めているんだよ)
大男は心の中で一瞥する。そう、少年の『未来選択』はすでに相手に見抜かれている。目に映る範囲の二秒先を読み取る能力。先の女魔法使いとの戦闘の映像をすでに入手していた大男は、予め『未来選択』対策を練っていた。
回答は単刀直入。意識外からの攻撃。
視野の範囲内のみに効力を発する魔法であるのなら、その視野の外から音も光もなく、攻撃魔法を射出すればいい。新央透助が平均的な身体能力しかない平凡な人間であるのなら、彼は百八十度程度の視界しか持たないはずだ。であれば後方から音も光もない魔法攻撃を発射すればいい。
新央透助は真正面から大男に鋭く走りこむ。
透助と大男の体格差は大きい。彼はどこまでいっても平凡であり、人の肉を抉るような魔法や、RPGに出てくる見栄えのいい炎や雷の魔法を使えるわけでもない。
平均的・・・にやや筋肉がついた程度。決して鍛錬を積んだ格闘家でもない。IQ二百の天才軍師が導き出すような、驚愕の作戦があるわけでもない。であれば真正面から殴り掛かるしかないのだ。
だが。
(がっ!?)
透助の視界が揺れる。数瞬遅れて鈍痛が響く。・・・その鈍痛の発生部位は後頭部。
(何だ!?・・・死角か!)
後頭部が生涯感じたことがないような痛みを覚えているが、少年は踏み止まらず前に進む。周りを見渡し、正体不明の魔法攻撃を解析する選択肢もあったが、少年の直感は突き進めと告げていた。
大男にしてみたら、この魔法を喰らってきた他の人間は周りを見渡していたのだろうか。大男はやや戸惑いの表情を見せながら、ステップバックして少年から距離を取る。
そう、大男は距離を詰めるのではなく、取った。
(・・・・?)
小さく感じた違和感。
(今、俺から離れた。その強靭な肉体で体格差のある俺を殴り倒すんじゃなくて、離れた)
それは雪のように積み上がり、少年をとある直観に導く。
(近づかれると何か不都合でもあるってことか!)
その直感は、大男にとって致命的なものだったのかもしれない。
だが。
(・・・ッ!!)
再び耐え難い鈍痛が後頭部から響く。
(何だ!? 音も光もない・・・、・・・!)
索敵する余裕すら生まないほどの鈍痛。意識を刈り取られるかと錯覚するほどの衝撃。『もう一度今の攻撃を後頭部に喰らえば動けなくなると』、直感は告げていた。
状況は最悪だった。
たとえ近づくことが色黒男への攻略法だとしても、(当たり前の話だが)近づかれたくない相手は自分から離れようとする。身体能力はヤツの方が上なので、距離は詰められない。
さらに正体不明の攻撃もヤツにはあり、もう一発も喰らえない。
状況は非常にシンプル、絶体絶命のピンチというヤツだ。
(躊躇なくこっちに突っ込んできたときはヒヤリとしたが、結局はここまでだ)
色黒男は自身の未来を確信する。目の前の人間を撃退し、後ろの少女を自分のモノにできる未来を。
(次の攻撃で終わる。そしてお前を掃除した後は俺の野望の時間だ!)
そして大男は魔法を発動させる。彼が発動している魔法は、『不可視の衝撃波を、攻撃対象の後頭部後方三十センチからぶつける』というものであり、新央透助の『未来選択』に対する絶好の攻撃方法である。
もはや少年にこの魔法を防ぐ術はない。『未来選択』も後頭部からくる魔法には対処できないはずだ。だから終わる。大男が少年の夢を打ち砕くという、当然で厳然で、希望のない結末を迎える。
そのはずだった。
「・・・がっ!」
「!?」
少年が唸り声を発した時、大男は驚愕した。
少年が倒れたからではない、少年が左手を自身の後頭部に差し出し、魔法を左手で受けたからだ。少年の唸り声は後頭部に受けていたら昏倒したであろうダメージを左手で受けた故のものだったのだろう。
そう、新央透助は後頭部と魔法発動部位の間に何かを置く、という攻略方法を的確に導き出した。
「見抜・・・いた・・・っていうのか!? 一体どうやって・・・!」
答える間もなく少年は大男の元へ駆ける、駆ける!
(・・・まだだ、俺の魔法は絶対のはずだ!)
大男はもう一度魔法を発する。これで倒れるあいつは倒れる、そのはずだ!
だが、もう一度少年は左手を後頭部に突き出し、ガードした。
少年の顔が苦痛にゆがむ、だが、もう声は上げない、そして、その眼は確実に希望に満ち溢れていた。
鋭く少年は大男の懐に入り込む。攻勢から一転、必殺の魔法が見抜かれたことによって脳がフリーズした大男は反応できない。バックステップさえも出来ない。
そして少年の右拳が、浅黒の大男の顔面に突き刺さる。
この程度で大男は倒れない。それだけの体格差があるのだから当然だ。だが大男は絶対有利の状況でありながら一矢報われたことに、ナメていた格下相手に如きに、そこそこの鈍痛を鼻っ柱に受けたことで、頭が沸騰した。
「こんっの・・・クソ野郎がぁぁぁ!!」
激情に任せて、右腕を振り下ろすが、今度は透助がステップバックで回避する。なにもかもが上手くいかない。いや、戦局はほぼ自分のペースのはずだったのだが、急に切り札を打ち破られて、『うまくいっていない』と錯覚しているだけなのだが、そこまで意識が追い付かない。
「ぎっ!」
もう一度攻撃魔法を発動させる。自らが絶対と自負する魔法を。
だが、気づけば少年の頭は自分の胸の前三十センチのところまで来ていた。
そして、少年は身を屈める。
透助の後頭部めがけて発射した衝撃波が、大男自身を襲った。
「ぐああああああ!」
大男は激痛に絶叫する。
「・・・お前の魔法は、不可視の何かを後頭部から射出するものだ。であれば、お前に接近し、お前が焦ったところで躱せばその魔法を術者であるお前に当てられる」
つらつらと、透助の口から自身の秘中の秘が詳らかに語られる。
「思えば最初にお前に突っ込んでいったのは直感に依る選択だったが、運良く当たりだったらしいな。そこでステップバックしたことも裏目だったな」
ドガッ! と鈍い音が響く。少年の膝蹴りが大男に突き刺さったのだ。
「・・・形勢逆転だ。お前が少女をさらう理由を言ってみろ! 理由如何によっては、許してやってもいいぜ」
「・・・」
大男は少し無言になる。目の前の人間を見て、多少は何か思う部分があったのだろうか。
目の前の少年に漏らす。大男の内側にある、ドロドロとした感情を。
「教育するためだ。今の世界は自由度が強過ぎる。強過ぎる自由度は身を滅ぼしかねない。だから俺が教えてやっているだけだ! それの何がいけないというんだ!」
だが、この吐露は、反省していない悪党が開き直ってした演説ではない。この男ならどうにかしてしまうのではないか、という『希望』に基づく本音だった。
であれば少年は応えるだけだ。腹の底から、感情を湧き立たせ、少年の生の本音を。
「自由度の拡大に危険なんてない」。
小さく。だが確かに鋭く。
「いいや、正確にはどんなピンチに陥っても巻き返すだけの力がある。どんな危機に陥っても助けてくれる人はいる。それが人間ってヤツなんだよ。だったら最初っからどんな選択もアリ、何でもありの自由の世界のほうが楽しいに決まってんだろ!
もしも、お前の大切な人が自由に生きてピンチに陥ったら、お前が助けてやればいい。そいつの行きたい道を歩ませる手助けをしてやればいい。お前は人を信じる心、それが足りてねえんだよ!」
少年は言葉をぶつける。
「残念ながら、俺はお前を許せない。俺の言ったことも分かんねえようなら、俺がお前を殴り飛ばして、もうこんなこと出来ないようにしてやるよ!」
本音の吐露を終えた少年は、再び大男、マーカス・レヴァーンの下へ走る。
「!? ・・・くそっ!」
マーカスはやや遅れて魔法を発動させる。その遅れは、少年の姿に何らかの希望を見たことが原因だったのだろうか。
マーカスの魔法は少年が頭を振るだけで躱され、それは大男に突き刺さる。
もはや完全に戦局は決まった。
常に格上と戦い、ギリギリの状況の中で、逆転してきた者。
常に決定打だけで弱者を嬲ってきただけの者。
どちらが極限の戦闘において先に倒されるかなど、分かりきったことだった。
戦局が決まった戦闘の中、マーカスは思う。
(・・・に、しても、何だ。何でここまで正確に読み取られた・・・?)
『即興能動』。
新央透助の二つ目の「魔法」。通常の魔法使いが見れば驚愕していたことだろう。この魔法が当たり前に跋扈する世界には、絶対の法則があった。
一人の人間は一つの魔法しか使えない。
だが、この少年は明らかに『二つ目』を行使していた。その絶対の前提があったからこそ、マーカスはより身が固まってしまったのだろう。
『即興能動』は不意に魔法をその身に一度でも受けると、その魔法がどういった性質を持つが詳らかに能力である。
今回の例でいえば『頭の真後ろから襲う、不可視の魔法、一撃ではないが強力』といった具合に、透助の声色が脳内に響くのだ。
だが、例によって弱点はある。あくまで『不意に』なので、真正面から行使される魔法は読めないし、そもそも一撃で倒されてしまえば能力を行使するヒマもなく昏倒・死亡する。
だが、新央透助の本質は魔法そのものではなく、その能力を行使したのちに、どう対応するかの『想定外の事態でも、迅速に素晴らしい行動をとれる行動力』にある。
果たしてこの効力のある魔法を持たされて、相手の魔法の構造を理解して、その脅威に、驚愕せずに絶望せずに恐れずに、勇気を振り絞っって前に進める人間が果たしてどれだけいるだろうか。
歩く、否、走る。
現在進行形で多くの少女を恐怖のどん底に叩き落している、暴虐の象徴の下へと、勇気を出して!
新央透助の右拳がマーカスの左顎に突き刺さる。
大男はふらふらと揺れ、地面に倒れこんだ。
新央透助は夕焼けによって生まれた汗を拭い、地面に座り込んだ。
そこにあるのは、たった一人の平凡な少年のちっぽけな夢が、命懸けの闘争により叶うという、希望に満ち溢れた結果だった。
マーカス・レヴァーンが目を覚ます空は夕焼けから星空に変貌していた。
隣に透助と・・・緑髪の女の子がいる。談笑している。彼女がここにいて談笑しており、時刻は夜になっているということは、三人の少女は救出されたのだろう。
マーカスは少年の横顔を見る。魔法の情報があったところで、あれだけの魔法と攻撃を受けながら、確実に体力をに削られながら、不屈の闘志で、かつ確実に攻略して進んで見せた少年。
今談笑しているということは、もう自分は人間を攫わないし、捕まえている人間も解放すると信じているのだろう。
あの戦いの終盤でそれだけの確信を感じたというのか。
だが、確かに胸はすいていた。彼の信じる世界を、自分も信じてみたくなったのだった。
了。