第四頁 赤ずきんと楔のアリス〜魔剣と紫の縞猫 にぼし風味〜②
さて、待ちに待ったティータイムが始まります。
アップルパイにナイフをいれると、ふんわりとシナモンが香りました。とろりとしたカスタードとカラメル色のリンゴがほわほわ湯気を立てます。ラーヴァの尻尾は魔王とは思えないほどテンションマックスです。
切り分けられ、皿に乗せられたアップルパイはそれだけで芸術作品のようで、崩すのがもったいなく見えました。ありすの目もキラキラ輝きます。世界を管理する役目があるとはいえ、まだまだ彼女も少女なのです。
3人同時にアップルパイを口に運び、3人同時に目元が緩みました。
「うー!やっぱりイージスのアップルパイは超おいしいんですけど!これだけでここまで来た甲斐はあるよね!ありすのママも見習ってほしいわー」
「ああ、この優しい甘みのカスタード。バターの香り高いパイ生地。これでもかと甘く煮詰めたリンゴ!そして全てを纏めるアクセントのシナモン。本当にこれは至高のアップルパイです!もう私はずっとここにいたい。城に帰りたくない」
客人二人は大満足の様子。ありすは母に対する愚痴をこぼし、ラーヴァは自由すぎる希望を口にします。そんな二人を見て微笑んでいたイージスは、ふと疑問を投げました。
「そういえばありす。今日はなんの用事だ?ラーヴァを見に来たわけでは無さそうだが」
そうです。ありすは今日、突然の訪問だったのです。基本的にありすとその従者のちぇしゃは神出鬼没なのですが、イージスのところに来るときは必ずお手紙が来ていました。
今回はその手紙がなかったのです。何か緊急事態なのではないかとイージスは思いました。
「あー!そうだった!アップルパイはおいしいけど、のんびりしてるヒマはなかった!イージス、狼公、ちょっと聞いて!」
即行でアップルパイを食べ終えたありすは、今回の訪問の要件を口にしました。
「赤の皇帝が動き出したんだって!そのせいで魔獣の凶暴種と変異種がでてきてる。こないだはアントルメキングダムに人に変身する魔獣が入り込んでさ。退治はされたけど大騒ぎだったワケ。」
赤の皇帝。その言葉を聞いた二人は嫌そうな顔をしました。
この世界は大きく5つに分かれます。
中心に位置するクリスタルガーデン領を囲むように、赤の女王が治める国ジョーカー・アンド・ハーツ、黒の魔女の森ナイトクラウズ、黒の王家が君臨するアントルメキングダム、そして赤の皇帝の支配下クリムゾンレイ。
問題の赤の皇帝はめんどくさいことに二重人格で、定期的に封印された問題児の人格が目覚めてはいらないことをやらかし、歴代のありすによって再び封印されるというサイクルを送っていました。
大したことがないことをやらかしてくれる分にはいいのですが、大抵は自分の炎の力で他の国を混乱に落とし、クリスタルガーデンを危険に脅かします。
つまり。
とても迷惑なのです。
「はー…またロートが目覚めたのですか。ルージュも大変でしょうに。」
ラーヴァがため息をつきます。魔物は長生きなので、前回封印が解けたときを彼は知っていました。
そんな彼を見ながら、ありすは深刻な顔をしました。
「狼公、今回はいたずらレベルじゃないよ。なんせ、『10年前にはすでに目覚めてた』らしいから。今までありす達に気づかれず、なおかつようやく動き出したってことは、今回はとんでもないことをしでかすつもりだと思う」
ありすの言葉を聞いたイージスが声をあげます。
「10年前だと?!ちょうどその頃は姫が生まれたと言っていた時期ではなかったか?!まさか、跡取り娘に余計なことを教えてないだろうな」
「そのことについては問題ない、てかむしろ問題かも?」
「問題とは?」
「その子、5歳の時に家出して戻ってきてないらしいんだよね。思えばその時におかしいと思って調べるべきだったんだろうけど、まだありすはママだったし…」
まさかの事実に冷や汗を流したのはラーヴァでした。
「5歳の子が家出して生きていられるかは置いておいて、その子は間違いなくルージュの炎を継いでいるはずですよね?…探さなくても良いのですか?」
彼の発言を聞いたありすは顔色を変え、やっば、探さなきゃ!と、イージスの家を飛び出して行ったのでした。