痛みが生きてる証なら、死ぬ間際の痛みって何なのかな
何故血液が赤いのか、そんなことを考える人はいるのだろうか。
否、私は考える。
何故赤いのか、何故鉄の味がするのか。
そもそも何故それを鉄の味と認識するのか。
まぁ、詰まるところ疑問は沢山ある。
そんな疑問を頭の中でぐちゃぐちゃと掻き混ぜながら、私は路地裏に横たわっていた。
体が痛い。
関節がギシッと音を立てて軋み、割られた額から流れる血液のせいで視界がグラグラと揺れている。
喧嘩は好きじゃないんだ。
殴ったり殴られたり、見ているだけでも不快になる。
痛いのが好きとか、そんなのただの特殊性癖でしかないだろう。
あぁ、もう、本当に意味が分からない。
切り傷擦り傷だらけの腕を動かして、埃やら土やら私の血液やらで汚れてしまった制服のポケットを漁る。
ポケットから取り出した白いケースに収まった携帯は、傷一つ付いておらず充電残量もたっぷりだ。
慣れた手つきで電話帳を引っ張り出し、見慣れた名前を親指でタップ。
痛くて上げるのも億劫な腕を無理やり持ち上げて、携帯を耳元に当てた。
数回の呼び出し音の後に、ブツッと音がして呼び出した相手に繋がる。
電話特有のノイズ混じりの声で私を呼ぶその人に、あのね、と唇を動かす。
何から話せばいいのだろうか。
冷静だと思っていたけれど、思考が停止しているだけだったのかも知れない。
上手く説明出来なくて、結局出たのは、迎えに来て、という言葉だけ。
「有利と勝利はどうした」
一つ上の双子の兄達の名前が出されて、私はゆっくりと顔を歪めた。
電話口では見えないから意味のない行為なのに、表情筋を動かすだけでも痛む。
もうどこがどんな風に痛いのかも分からなくなってきた。
「みんなの、きもち、わかんないや」
「質問に答えてないぞ」
チャリン、と電話の奥で聞こえた音は、きっと鍵の音だろう。
出る準備をしてくれているみたいだ。
あれ、でも私、場所言ったっけ。
風邪を引いて熱が出た時みたいに、頭がぼんやりとして上手く働かない。
携帯を持つ手が震えていて、二の腕がぷるぷるしていた。
あ、やばい、携帯――そう思ったときには、既に携帯が手の中から滑り落ちていて、乾いた音を立てて地面に叩き付けられた。
ケース、総兄と、色違い、なのに。
傷が付いていないか心配になって、もう指の一本も動かしたくないのに手を伸ばす。
何かスピーカーの方からなにか聞こえているけれど、ごめん、よく分からないや。
なんで、ちは、あかいのかな。
なんで、ちは、てつのあじなのかな。
ああ、てつぶん、だからかな。
じゃあ、なんで、てつぶんなのかな。
ていうか、なんで、こんなにいたいの。
あれ、わたし、なにかしたっけ。
みんな、なんで、こんなのへいきなの。
わたしが、よわい、だけ?かな。
わらいながら、だれか、なぐったり。
しごとみたいに、ぼうりょく、ふるったり。
けんかが、にちじょうって、どういうんだろう。
まきこまれる、のは、なれたけど、そのちゅうしん、は、わからない、や。
ギャリギャリっ、音がする。
急ブレーキで車を止めた音。
その後には勢い良く扉を開けて、加減を考えずに扉を閉める音がした。
バタバタ、カツカツ、急ぎ足で革靴がコンクリートを叩くその音は、聞き覚えがある。
私を呼ぶ声がして、首だけを上げた。
それだけでも重労働だし、痛みが酷くなる。
厳つい顔をした一番上の兄が、目を丸めてからくしゃりと顔を歪めた。
一人だけ成人している長男の総兄は、今日も今日とて真っ黒スーツだ。
ごめん、そんなかお、しないで。
ごめん、さわらないで。
ごめん、よごれちゃう。
ごめん、ごめん、ごめん。
ぼんやりした頭で呟く言葉に眉を寄せる総兄は、私を抱き上げて車に向かう。
真っ黒スーツに私の赤が滲んで汚れた。
ごめん、ごめんね、よごれちゃった。
私の声が聞こえないのか、それとも本当は口からそんな声が出ていないのか、総兄は私を後部座席に入れて扉を閉めた。
痛む体が休息を求めている。
のろのろと重たい瞼を閉じれば、じわりと滲むのは赤い色。
生きているんだって証拠の赤色。
ああ、もう。
いたすぎて、しぬ。
しにたい、しね。
ちも、あかも、てつのあじも、けんかも、だいきらいだ。
ばぁか。