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少年と死神

深夜十二時、都会の喧騒から離れた薄暗い廃墟の中、一つの人影が現れた。

電灯一つない階段を黙々と登る人影。


ひび割れた窓から入る外の光によって、その人物が学生服を着た少年であるとわかる。

彼の目は見たものを凍らせてしまうかのごとく冷たく、その目にかかる程に伸ばした漆黒の髪と合わさって、近寄りがたい雰囲気を醸し出す。

継ぎ接ぎだらけではあるが学生服にシワは一つもなく、着用者が神経質であることを思わせるが、白に黒縁の運動靴は泥と埃で汚れ、学生服との扱いの差が目立つ。

そんな彼の容貌の中で一際目を引くのは、やはり、その腰に差した一振りの日本刀だ。

目付きが悪いからと言って、一介の学生にしか見えない少年には、全くもって釣り合わない日本刀。

だが、そんな不自然さとは裏腹に、その刀を、あたかも野球選手に対するバット、ミュージシャンに対するギターのように、実に自然に扱う。

それは、あらゆる動作において、半ば無意識のうちに刀を気遣っているところから感じられる。

有り体に言えば、その刀を手足のごとく扱っていた。

まるで歴戦の戦士のように……

抜刀はしていないのだが、そこまで思わせるオーラを発する少年、彼が向かうのはこの廃墟の十階。


そこには、また一つの人影があった。

その人物は、背中に大きな武器を担いでいる。

長い柄の先に、禍々しい刃が飛び出した形状。

それは、いわゆる大鎌。

魂の収穫者である死神が用いたとされる武器である。

そんな大鎌を担ぐ人物は、その姿もまた、死神であった。

漆黒のフードにすっぽりと覆われた顔。

その奥に見える髑髏の仮面。

ローブから覗く手には、全ての指にいくつもはめられた趣味の悪い金属製の指輪。

先ほどの少年の、格好が不自然だったとするなら、この男は、存在そのものが不自然だった。

闇の中で立ち尽くす様子は、まるで幻影のように。

柱にもたれてじっとしている様子は、誰かを待っているかのようにも見えるーー



廃墟の中、一陣の風が吹き抜け、階段を上りきった少年は、死神と出会う。

その冷たい目線で死神を睨み付けながら、問いかけた。

「あんたが、『地獄門』か」

「いかにも、私は現代の死神、『地獄門』だ」

少年の単刀直入な質問に、死神は臆することなく答える。

「して、私に何のようだ? 私は人と会う約束をしているのだ、手短に頼むよ」

死神は、全く動こうとせずに言葉を投げかけるばかり。

「あんたの言う会う相手って言うのは、もういないぜ……この世にな」

邪悪に笑いながら、少年は刀を鞘から抜き、その緻密な模様の入った鞘を投げ捨て、構える。

「乱暴なやつだ。あいつは、丸腰だったはずなんだがな……」

心底あきれたように死神は言った。

「安心しろ、苦しませはしなかった……あんたのことも苦しませはしないーーこの修羅極地刀(アンリミテッドデビル)の切れ味は俺が保証する」

少年はその刀を左右に揺らし、挑発する。

「ふむ、そちらがその気ならこちらも遠慮はせんぞ」

「望むところだ、死神さんよ」


少年は、大鎌を構え直した死神に猪突猛進、一直線に切りかかる。

ーー斬撃

鋭い金属音とともに、少年の太刀筋は大鎌の柄によって防がれた。

堅固な守りに少年の動きが止まり。

刹那、死神の反撃が始まる。

間合いに入った少年に繰り出される薙ぎ払い。

巨大な質量を利用した一撃は、その形状も相まって、絶大な威力の回避しがたい攻撃となる。

しかし、バク宙をすることで、少年はいとも簡単に大鎌の軌道をよける。

重量がある大鎌を振り切ることで死神は体勢を崩し、隙ができたが、少年は死神が大鎌を担ぎ直すまで動かずに待っていた。

「その武器の弱点は、その巨大すぎる質量と刃が内側に付いていることによる、間合いの狭さだ」

少年が冷たく言い放つが、それは百も承知だと言わんばかりに死神は全く動揺を見せない。

「まさか、これが能力者(エボルバー)同士の闘いだとは思っておらんよな」

死神が静かに呟く。

「そんなこと……あんたに言われるまでもなくだ」

答えながら少年は再び、死神に向かって飛ぶーー

しかし、その速度は先ほどの飛翔を圧倒的に凌駕する。

残像が残っているかのように、緑色に発光する粒子が帯を引いた。

人間の反応速度では追うことすら困難な一撃。

だが、緑に帯を引く刀は空を切るばかりーー

死神がいたはずの空間から、黄色く稲妻のごとき筋が伸びて、柱の横にまでつながる。

その稲妻の筋の先に死神はいた。

漆黒のローブはほのかに黄色い発光を帯びている。

「黄色の能力者発光(エボルバーフォトン)……瞬間移動能力(テレポーテーション)か……情報通りだな」

刀を中段に構えながら少年は呟く。

死神は、それに応えるように大鎌を振りかぶりながら呟いた。

「お前は、緑の能力者発光(エボルバーフォトン)加速能力(アクセラレーション)の使い手、か……相手にとって不足なし」

次の瞬間、死神は稲妻に変わる。

質量を移動させるのだから、光速度は超えないが、それでも、瞬間移動能力(テレポーテーション)の名に恥じぬ超高速度の移動。

少年の眼前で稲妻は実体化し、そのまま首を搔き切らんと少年の横を駆け抜ける。

「なるほど、その戦法なら、確かに大鎌が便利なんだろうぜ」

体全体をよじり、大鎌の内向きの刃から逃れつつ、少年は言い放つ。

「けど、見えてるよ」


ーー爆音

緑の発光粒子を残しながら少年が斬り掛かるーー激しい金属音

一撃目を受けられたのを物ともせず、その速度に物を言わせて、二撃目を繰り出す。

低い姿勢から足下を右向きに狙う斬撃。

それを、死神は軽い跳躍で避ける。

刀を振り切らずに体の右前で手首を返しながら、左上に向かって三撃目。

と、同時に少年の視界は黄色に包まれた。

ーー殺気

少年の中を通って後ろをとった死神は、大鎌で少年の首を薙ぎ切ろうと振り抜く。

自分の首にギロチンがごとく迫らんとする刃に気づいた少年は、加速(アクセラレート)した思考で、自ら後ろに倒れ込む。

しかし、それはただの回避ではないーー攻撃中で無防備な死神に、重力を味方に付けた刺突を繰り出すーー

緑の閃光が、死神のフードを突き破る。

破れたフードから現れる、稲妻のような金の髪の髑髏の仮面の男。

ーースパーク

緑と黄色の発光が美しく廃墟を照らし、二人の戦士は間合いを計る。

加速能力(アクセラレーション)は、思考と感覚も加速(アクセラレート)するんだったな、そこが瞬間移動能力(テレポーテーション)との違い……油断は禁物か」

二人は互いに睨み合い、お互いの武器と殺気によって牽制をし合っていた。


ーー沈黙

ーー膠着


突然の沈黙を破ったのは、死神の方だった。

金髪の死神は不敵に笑い、大鎌を肩に担ぐ。

「ふふふ、お前は、私のもう一つの通り名を知っているか?」

牽制を解いた死神に対して少年は、

「そんなもの……知るかよ!!」

刀を右腰の下に構えながら、緑の閃光が駆ける。


ーー「 『稲妻の死神(デス・ゼウス)』 」ーー


死神の袖から飛び出す無数の稲妻。

まさに電光石火、疾風迅雷の稲妻達は、複雑なジグザグ模様を描き少年を襲う。

加速(アクセラレート)していない人間には全く追うことのできない『瞬間』ーー


死神に向かって駆ける中、少年は十の方向から迫る稲妻に気づき、感覚を研ぎすませたーー

ーー方位角十五度仰角二十二度と、方位角マイナス十九度俯角五度と、方位角四度仰角十二度か……

ーーこの一撃目は……斬る!

緑の閃光が空を舞い、三つの稲妻を斬った……が、稲妻は止まらない。

ーー切れない、だと……瞬間移動能力(テレポーテーション)中の物体に実体はないのかーー

ーーなら……避けるしかない

少年は自らの体を空中で横回転させることで、三つの稲妻を避ける。

思考と感覚が加速(アクセラレート)している彼にとって、空中での身体操作は、地上に立っている時と同じように簡単な物であった。

ーーだが……

ーー二撃目、方位角十七度仰角五度、方位角三百二十五度仰角四十五度

体を左右によじって一つずつかわす。

死神に向かうスピードは低下……

ーー三撃目、方位角四十度仰角九度、方位角二十一度仰角三十一度、方位角三百二十八度俯角六度、方位角三百四十七度仰角二十二度

ーーくっ、多すぎて、避けきれない!!

一気にスピードを落として、後ろへ飛ぶように跳躍。

十の稲妻は、少年の心臓があった場所で実体化する。

その場に落ちたそれ・・をよく見れば、髑髏や大鎌の模様をあしらった指輪である。

「ふっ、これをかわすか」

金髪の死神は高らかに笑う。

「だが、私のもう一つの通り名、『稲妻の死神(デス・ゼウス)』の名は、伊達ではないぞ」

ーーかすかに、金属が擦れ合うような、指輪を外す音。

死神は稲妻と化すーー

稲妻から伸びる稲妻。

空間は黄色の金色の煌めきに包まれる。

その中で、少年は幾筋にも迫る稲妻をギリギリで避け続けていた。

ジグザグに乱反射するように、跳弾するように、二十数筋の稲妻が空間を支配する。

その金色の嵐の中心で、少年はエメラルドの幻となっていた。

さながら、光のパーティーと化した廃墟。

しかし、少年にとってそれは、パーティーなどとはかけ離れたものであった。

ーー方位角百三十二度仰角五度、方位角十二度仰角二十二度、方位角三百十五度俯角四十七度、方位角七十七度俯角三度

宙返り中に体をひねりつつ稲妻を視認し、片手で着地。

ーー方位角五十二度仰角八十九度、方位角二百三十七度俯角五十三度、方位角二百二度俯角十度

片手で飛び上がり、空中で回転する。

ーーまだ来る! 方位角三百四十一度仰角二度、方位角十二度仰角二十五度、方位角十九度俯角四十二度、方位角二百十二度俯角十三度、方位角百七十六度俯角……

着地後、丸まって地面を転がる。

ーー方位角九十一度仰角二度、方位角三百五十六度俯角四十一度、方位角二百十二度俯角十九度……認識が追いつかないだと……

自慢の日本刀……修羅極地刀(アンリミテッドデビル)も幻影は切れないのだ。

防戦一方の少年に勝機はない。

一番そのことを理解しているのは少年自身である。

ーーだが、攻撃に転換できない……

避けては、体力と粒子を無駄に消費するだけ。

拮抗しているように見えて、完全に勝敗は決している。

ーーヤバいな……これは割りと死ぬ

右に左に体をひねりながら、少年は自嘲気味に、しかし、楽しそうに笑う。

ーーだが、ここまでの獲物は、久し振りだぜ

笑ってはいるが、少年が勝てる方法があるとは到底考えられないのだが……

そんな益体もないことを考えていたせいだろうか、遂に少年がほころびを見せる。

後ろから飛んできた雷が左腕をかすめたーー否、そこで停止し、実体化した。

触れた瞬間に実体化した指輪は、もともとそこにあったもの(・・・・・)として少年の肉体から空間を奪う。

どんな固い鎧だろうと壁だろうと無関係に、瞬間移動テレポートした物体は、突き抜け、入り込む。

心臓だろうと脳だろうと、直接。

それこそが、この攻撃の最大の怖さ。

あらゆる防御を無効化する絶対的な死。

すなわち、『稲妻の死神(デス・ゼウス)』。

えぐれた左腕から学生服に血が染み出すーー

少年の顔が苦痛に歪む。

指輪が体内に残って、栓の代わりになっているので、ひどい流血にはならないが、ダメージは大きいはずだ。

そのためだろうか、少年の動きに精彩が欠け始める。

空中での姿勢がバラバラ。

着地でバランスを崩す。

左手を庇おうとして、稲妻を見切れない。

もちろん、加速(アクセラレート)していなければわからないが、全ての動きが、目に見えて危なげになる。

そして、一筋、二筋……と、避け切れずに当たり始める稲妻。

左腕から流れた血が地面を濡らす。

高速で動く中、血液はまるで汗のように宙を舞う。

加速(アクセラレート)の中、体を器用に動かして『直撃』だけは避けるが、だんだんと少年の服装がボロボロに変わっていく。

それでも、勢いを緩めることのない攻撃。

問答無用に少年を襲う黄金の閃光。

だんだんと少年は追いつめられて行くように見えた。

かすめる度に、鈍い金属音をたてながら指輪が少年の周りに溜まる。そしてーー


ーー「そして、弾切れだ」ーー


少年は再び邪悪そうに笑う。

気付けば、全ての稲妻(・・)は少年の足元に転がっていた。

光を失った稲妻。

一撃目以外に、彼の肉体に直接当たったそれ・・はなく、全てが学生服に当たって止まっていた。

なんと、あえて攻撃に当たることで、少年は稲妻を無効化していたのだ。

口の端を歪め、少年は口を開く。


「反撃の開始だーー極限加速フルブースト


ギアをもう一段上げた緑の幻は、廃墟の柱に向かって空を切った。

そして、柱にぶつかり、刀を振るう。

運動エネルギーは速度の二乗に比例するーー完膚なきまでに破壊される柱。

粉々になり、崩壊する柱のその向こうに、死神はいた。

「くっ!」

ーー刀である意味が何も無いではないか!

速度と力任せの一撃に、死神はそんな感想を漏らしながら、再度、稲妻化テレポート

黄色の光がほとばしる。

が、極限にまで加速アクセラレートした少年は、稲妻の速度についてきた。

ほぼ光なのではないかというその速度に。

右へ左へ、上へ下へとジグザグに動くランダム性をもったその動きに。

しかし、それは、思考や感覚まで加速アクセラレートしていない死神にはわかりようも無いこと……

十分離れたと思ったのだろう、死神は窓際に実体化する。

ーー疾風

遅れて斬撃の爆音、衝撃波。

圧倒的速度の斬撃により、死神の体は腰の辺りで二分される。

完璧なまでの致命傷。

明白な勝負あり。

血まみれで地面に仰向けになる死神と転がった大鎌を見て、少年は刀をおろす。

ーー斬撃の速度が速すぎる為に、血払いは必要ない。

「そこまでの加速アクセラレートができるのなら、なぜ初めから使わなかった?」

髑髏の仮面の奥で、血を吐きながらも、死神は問う。

「今のは、思考と感覚の加速アクセラレートを捨てて身体の速度スピードに特化させた技だからな、避けるときには使えないのさ」

「ふっ、つまり今のは、私の瞬間移動テレポート先を読んだということか……ごほっ」

少年は、切断された腹と口から血が溢れて死にかけている死神にゆっくりと近づき、死神の髑髏の仮面を外した。

そこに現れたのは、二十代前半程度に見える男。

「そういうことだ……なかなか楽しませてもらったぜ」

そう言って、少年は笑った。

その笑いにさっきのような残酷さは無く、むしろ、清々しい笑顔だった。

その笑顔を見て死神の男も弱々しく微笑んだ。

「さあ、殺すがいい」

死神の男はむしろ安らかそうにそう言う。

「ああ、楽にしてやる」

少年は、刀を振りかぶる。

「そうそう、死神、地獄に行ったら閻魔様にこう伝えてくれ……『地獄に山ほど死人を送ってやる』って」


「この『闇斬りダークブレード』が!!」


死神の男の首が飛ぶ、あっさりと、儚く。

血しぶきがあがり、壁と床を濡らした。

残ったのは死神の死体。

否、一人の男の死体。

既にそれは、死神でない。

闇斬りダークブレードは死体となった死神を一瞥すると、鞘を拾い上げる。

血払いをして、修羅極地刀アンリミテッドデビルを納刀した。

あたかも、戦闘など無かったかのように訪れる静けさ。

「帰るか……」

彼は、落ちていた二十数個の死神の指輪を拾い、廃墟を後にする。


そしてーー少年、『闇斬りダークブレード』は、夜の深き闇に消えた。

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