ちょっと不思議なメイド生活
※孤児、孤児院に対して不快な表現が含まれています。苦手な方は、ご遠慮ください。
いつか連載したいお話だけど、今のところ連載一本で手一杯なので、短篇にしました。
下手ですが、よければ読んでください。
「んーーーーっ!!!」
ぐいーっと腕を上げて背を反らす。
気持ちいいくらい晴れたなっ!
普通の吸血鬼には厳しい日差しも、出来損ないの私には何てことはない。
そこだけは、出来損ないで良かったなと思う。
だって、お日様の光って気持ちよくて大好きだもんっ。
昨日まで雨が続いちゃったから、中々外で洗濯物干せなかったけど、今日は洗濯日和だぞっ!!
よぉーしっ!いっちょやりますか!!
さっそく洗濯に取りかかるために、袖を捲った。
私の勤めるお屋敷は、とても大きい。
庭園も広くて、様々な植物が咲き乱れている。
働き始めて半年。
やっと見つけた私の大事な職場だ。
孤児院で育った私は、手に職をつけるために使用人学校に通っていた。
そこで無事メイドの資格も取れて、就職活動に取りかかったんだけど、身元の保証も出来ず、魔力も無に等しい私を雇ってくれるお屋敷は中々見つからなかった。
何件も何件もお願いして回って、やっと雇ってくれるお屋敷が見つかったと思ったら、屋敷の主人の不正が発覚して、お家は取り潰し…。
まぁ、その屋敷の主人は面接時にいやらしい目で私を見ていたから、あそこで働くの本当は嫌だったんだけどね。
そうこうしてる間に貯金は底をついてくるし、何とか就職先を見つけなければっ!と焦っていた時、偶然今の職場の旦那様に出会ったの。
私が職を探していることを知った旦那様は、すぐさま私をご自分の屋敷で雇ってくれた。
しかも住み込みで、衣食住の心配もせずにすんだ。
もうあの時は嬉しくって、旦那様には感謝してもしきれないくらいだよっ。
旦那様は誠実で、優しくて、容姿も絶世の美男子ってくらいに整ってらっしゃる。
正に夢のような職場だ。
旦那様のお仕事も順調らしく、不正発覚で没落、なんてこともなさそうだし。
まぁ、私は旦那様が何のお仕事をされているかは、よく知らないんだけど…。
一度聞いたことがあるんだけど、いろんな事業を手がけているとかで、社長さんですかって聞いたら、『似たようなものだよ』って仰っていたから、経営者ってことなんだと思う。
でもお仕事で外出されるのは月に十回あるかないかで、ほとんど屋敷で過ごされる旦那様のお世話が、私の主な仕事なんだけど…。
はっきり言ってあんまりやることが無いんだ。
旦那様にはソラト様と仰る側近の方がいて、そのソラト様が大体の旦那様のお世話を完璧にやってしまわれるので、私にはほとんど仕事が残っていない。
ソラト様も旦那様と一緒で、とても綺麗なお顔立ちをされている。
誠実で優しくて、それに…旦那様の側近の方ということは、メイドの私にとっても上司のような方で、とても尊敬しているんだけど、ソラト様は敬称を付けないで欲しいとか、敬語も止めてくれだとか、とっても腰が低い方だ。
本来ならば、手が空けばメイド長や執事の方に他の仕事をもらうところだけど…、なんとこの屋敷、私以外の使用人がいない。
部屋の掃除や庭の手入れなどは、旦那様とソラト様の魔法で整えられているらしい。
なんでも旦那様はこの屋敷にはあまり人を入れたくないんだって。
他にもいくつかの屋敷を持ってらっしゃるらしく、そちらにも最低限の使用人しかいないとか。
状態維持の魔法や浄化の魔法自体はそんなに高度なものではないけれど、それにしてもこんなに大きなお屋敷をたった二人で保つなんて、お二人共どんだけ強大な魔力をもってらっしゃるのかな。
強大な魔力か……天族警察長官くらいだったりして…なんてね。
ありえないか。神に次ぐお力だって話だし、天族警察長官と張る力って言ったら…魔王…くらいだし。
私ずっと魔王って都市伝説かなんかだと思ってたけど、本当にいるのかな。
悪の組織を束ねる魔王。厳つくって大きくってあくどーい顔とか?。
孤児院にいた頃、悪の組織の人たちが取り立てに来てたけど、とっても怖い顔してたもんね。
あの人たちで組織の末端だって院長がってたから、魔王はきっとそれ以上なんだわ。
洗い終わった洗濯物を物干し竿に干しながら、魔王の顔を想像していると、後ろからパタパタパタと羽音が聞こえてきた。
「メルクさまが、おさがしです。しきゅう、しきゅう、おへやにおもどりください」
私を呼びにきたのは、赤い水晶玉にコウモリに似た羽が生えた使い魔のタマちゃんだ。
旦那様の魔術で生み出された使い魔だけど、私が名前をつけた。
元が水晶玉だから、タマちゃん。…安直すぎたかな。
「はやく、はやく、メルクさまは、しんぱいされてます」
「はいはい。今行くね」
最後の一枚を干し終えて、洗濯かごを手に屋敷の扉に向かう。
「旦那様はどうされたのかしら。お昼ご飯にはまだ速いし…」
私以外の使用人がいないと言うことは、もちろん料理人もいないということで…。
旦那様とソラト様と私の分で三人分だけだから、料理は私が作らせてもらっている。
旦那様は無理をせずとも、レストランから届けさせれば良いと仰ってたけど、私本当に仕事が少なくて給料泥棒みたいになってたから、お願いしてやっとのことでやらせてもらえた。
一応使用人学校で料理も習っていたけど、レストランのシェフには及ばないし、どちらかというと家庭的な料理になっちゃうけど、旦那様もソラト様もいつも残さず食べてくれて、美味しかったよと言ってくれる。
本当に優しい方達だ。
扉を開けて屋敷の中へ入ると、エントランスホールで旦那様が待っていた。
「マルルッ!!駄目じゃないかっ勝手に屋敷の外に出たりしてっ。心配したんだよ」
すぐに私に駆け寄った旦那様は、私のことを抱きしめて怪我がないか確かめる。
ちょっとお庭に洗濯物を干しに行っただけで、危ないことなんて無いんだけど、旦那様は心配性なのだ。
働き始めた時は私もビックリしたけど、今では慣れてしまった。
「申し訳ありません、旦那様」
旦那様を安心させるために、私も旦那様の背中に腕を回してギュッと抱き返す。
年頃の女の子としてはちょっと恥ずかしいけど、旦那様を安心させるにはこれが一番手っ取り早いんだ。
「マルル、旦那様じゃないだろう?メルクと呼んでくれといつも言ってるじゃないか」
旦那様はどうしてか私に名前で呼ばれたがっている。
学校では主のことを旦那様と呼ぶように習っていたので、なかなか慣れなくていつも注意されてしまう。
「はい、メルク様」
呼び直すと満足したのか、満面の笑みで私を腕の中から開放してくれた。
「洗濯物を干していたのかい?」
私の腕にかかった洗濯かごに気づいてメルク様が聞いてくる。
「はい。今日は久しぶりに晴れたので、メルク様の寝具も干したんです。今夜はお日様の匂いのするお布団で眠れますよ」
私は干しあがった布団のお日様の香りが大好きだ。
その匂いに包まれて眠ると、とっても幸せな気持ちになれる。
「ありがとうマルル。君がここへ来てくれるまで、お日様があんなに良い匂いだと知らなかったよ。マルルはいつも私に色んなことを教えてくれるね」
そんな風に言われると照れちゃうっ。
お金持ちの方はみんな魔法で浄化して、布団なんて干さない。
私は貧乏孤児院育ちなので、もちろんそんなお金はなく、節約のために外干ししていたからなのに。
「そ、そんなことないですっ。メルク様は博識で、私が教えるだなんて、おこがましいですっ。吸血鬼なのに血が吸えない私に、血の吸い方を教えてくれたのもメルク様だしっ」
そうなんだ。私は吸血鬼なのに血が吸えないという致命的な欠点を持っているの。
普通は物心つく前から自然と吸血行為を始めるんだけど、私はどんなに頑張っても血を吸い出すことが出来なかった。
孤児院の院長が街のお医者さんに聞いてくれたけど、そんな事例はなかったらしく、原因不明だと言われてしまった。
吸血鬼は血が吸えなくても、死ぬ訳じゃない。
ただ成長が著しく遅く、魔力も弱くなる。
そのせいで私は、18歳なのに8歳くらいの姿のままだ。
メイドとして屋敷に来た日、メルク様がそんな私に血の吸い方を教えてくれたのだ。
ちょっとだけだけど、メルク様の言う通りにしたら本当に血が吸えた。
私一人では無理だし、どうしてもメルク様の協力が必要だけど、メルク様は協力も血の提供も約束してくれた。
というか、危険だからメルク様以外の人から血を吸うのを禁止された。
私も、メルク様以外の人とああいうことをするのは嫌だったので、その言いつけを守っている。
「ああ、そうだ。そのことでマルルを探していたんだよ。今日は血を吸う日だろう?血を吸うとマルルは疲れて寝てしまうから、今のうちにお弁当を作ってもらおうかと思って」
メルク様は私の唇に指をなぞらせて、牙の部分をくすぐる。
ううっ。これをされると、なぜだか身体の力が抜けてきちゃって、ふわぁとなる。
そんな私の反応にメルク様は、くすくすと笑われて反対の手で頭を撫でてくれた。
「かわいいなぁ」
私の姿が子供に見えるからか、メルク様はこうやって私を甘やかす。
普通の主従関係ではありえない光景だろうけど、私はメルク様の手が心地よくって、つい猫のように擦り寄ってしまう。
「お弁当、気に入ったんですか?」
撫でてもらいながら尋ねると、メルク様が頷く。
「うん。この間出かけるときに持たせてくれたお弁当、とっても美味しかったから」
先日メルク様がお仕事で出かける際、早朝に出られたのでお昼までにお腹が空いてはいけないと思って、お弁当を持たせたのだ。
メルク様はお弁当を食べるのが初めてだったらしく、受け取る時もかなり驚いた表情をされていた。
そして、早起きしてお弁当を作ったことをとても喜んでくれた。
本当は温かい、出来立てのご飯の方が美味しいだろうから、お弁当に保温の魔法でもかけられたら良かったのだけど、私には無理で…。
できるだけ冷めても美味しいだろうものを詰めたけど、あんまり美味しくなかったかなと心配していた。
でも帰ってきたメルク様はとても美味しかったと仰って、お弁当箱はきれいに空になっていた。
空っぽのお弁当箱がこんなに嬉しかったことはない。
メルク様は旦那様で、私はメイド。
家族ではないけれど、大切な人に自分の作ったご飯を食べて貰えることがこんなに幸せなことだなんて、知らなかった。
「じゃあ、今日はメルク様の好きなものばっかり詰めちゃいましょう」
「ほんと?嬉しいな。ハンバーグも入れてくれる?」
「はいっ。もちろん」
普段は立派な大人の男性なのに、たまに見せる少年のようなメルク様に胸がくすぐったくなる。
私は幸せな気分のまま、キッチンへお弁当の支度に向かった。
「っふぅっ…んっ」
外の光を遮断するためにひかれたカーテンの隙間から、細く夕日が差し込む。
静寂に包まれたこの部屋を満たすのは、濡れた音と、乱れた息だけだ。
「だめだよ。逃げないで」
苦しくって、無意識にベッドの上を動いてしまう身体を引き戻される。
「っはぁっ…ちゅっちゅうっ」
舌を搦め捕られて吸われる。
ときどき牙の先を、舌でくすぐられる。
ムズムズとするような、なんともいえない感覚に支配されて、もどかしくなる。
もっとして欲しいと、メルク様の舌を追いかける。
メルク様が教えてくれた吸血方法は、性的欲求を刺激することだった。
吸血行為自体が繁殖するための仕組みで、性的欲求を伴うものだ。
他の種族で言う、月経や精通のようなものでみんな誰に教わるともなく本能で出きるようになるものだが、吸血鬼は総じて性的欲求に弱いのに対して、私は元から性的欲求が薄かったようで、今まで血を吸うことが出来なかったのだ。
簡単に言うと、『えっちな気持ちになったら血が吸えるよ』ということで、恥ずかしながら、メルク様にお願いしてしまった。
それから定期的に、メルク様から血をもらっている。
「良い子だね。もうそろそろ大丈夫かな」
「あっ…んぅっ…ちゅっ」
「さぁ、ここだよ」
差し出された首筋をひと舐めする。
欲しくって、欲しくってカプリと甘噛みを繰り返す。
「っそう、そこだよ」
「んっんぅっ」
我慢が出来なくなって、甘噛みしていた箇所に牙をたてる。
プツリ、と皮膚を破る感覚がして、口の中に芳醇な血の香りが広がる。
牙から吸いきれない血を舐めると、うっとりとした気分になる。
出来損ないの私でも、やっぱり血は美味しい。
それもこんなに魔力の豊富な血は、強い酒と同じようなもので、まだ慣れない私はいつも酔っ払ってしまう。
「上手だね。この間より多く吸えたね」
私が吸える限界がきたので、牙を抜いて傷口を舐める。
パックリ二つの牙の穴が開いた傷跡は、舐めるごとに血を止める。
本来なら、吸血後に舐めるだけで傷を塞ぐことが出来る吸血鬼だが、出来損ないの私には血を止めるのがやっとだった。
いつもながらに痛々しい傷跡に、申し訳なくなる。
「こーら。そんな顔しないの。私の治癒能力知ってるだろう?2、3分あれば自然と閉じるよ」
「…でも、痛そう…」
「大丈夫、マルルが一生懸命舐めてくれたから痛くないよ。それにマルルのかわいい牙がいくら噛みついても、私には全くダメージにならないんだから気にしなくて良いんだよ」
ちゅっ、と優しくキスをしてメルク様は私の乱れてしまった服をなおしてくれる。
「メルクさまぁ…」
まだ離れたくなくって、メルク様の手を掴む。
「大丈夫。眠るまで側にいるよ」
メルク様は私のおでこにキスをして、頭を優しく撫でてくれる。
それだけで心がポカポカしてきて、幸せな気分になる。
心地よさにまぶたを開けていられなくなって、閉じるとすぐに眠りに入った。
ガチャリ──。
極力音の出ないように扉を開けて部屋を出る。
廊下にはソラトが控えていた。
自分もソラトも纏う空気はマルルといる時とは全くの別物だ。
整いすぎて逆に人に恐怖を与えるこの顔は、マルルの前でしか微笑むことはない。
ソラトもマルルにいつもニコニコしていて腰が低いと言われる表情を、無にしている。
「──魔王様。先日マルル様に暴言を吐いたガキの親を見つけました」
「ああ。あの日は思わずマルルの前でガキを消すところだった」
「無事、一族郎党破滅させました。ガキは教育後変態に売り飛ばします」
「そうか。全員消しても良かったが、治安が悪くなったとニュースで流れたらマルルが怯えるからな」
「ええ。この界隈は表向きだけでも平和を保っていてもらわなければ、マルル様は心配で孤児院に入り浸ってしまうかもしれませんもんね」
マルルは自分が育った孤児院をとても大切に思っている。
この間も二人で孤児院へ子供たちへのプレゼントを持って訪問した。
間違っても慈善事業などに興味はないが、マルルが望むことは何でも叶えてやりたい。
二人で訪問を終え、孤児院の門を出た瞬間にそれは起こった。
「さすが孤児だなっ。あの年で男を取ってるなんて。孤児院なんて股を開いて生きてくしか脳のない奴等ば
っかりなんだろっ。あとで俺も遊んでやろうか」
ゲラゲラと下品な声で笑うガキが、馬車の中からマルルに聞くに耐えない罵声を浴びせる。
マルルが自分に見せてくれていた可愛い笑顔が引きつる。
消す───。
ガキの馬車に魔力を打ち込もうとした瞬間、マルル服の袖を引かれた。
「メルク様、申し訳ありません。私と一緒にいたせいで不快な思いを…」
涙を堪えながら震える声で謝るマルルに胸が苦しくなる。
「そんなことよりもマルルが傷ついていることの方が、私には問題だ。あんな馬鹿の言うことなど忘れてしまいなさい。因果応報、きっとあの馬鹿も今の発言を後悔する時がくる」
そう、間もなくあのガキは後悔する。
「メルク様…っ」
まさか自分が魔王の怒りを買ったとは思いもしないだろう。
そして、己れが発した言葉のように、数日後には自分が変態相手に股を開くことになるなんて、想像も出来ないだろう。
マルルの前なら心優しい人間のように振る舞える。
孤児院はマルルにとって実家のようなものだ。
孤児院に良くしておいて損はないだろう。
現に、マルルは孤児院に援助をする私をとても信頼してくれている。
微塵も、私が魔王であるなど疑っていない。
私が魔王だと知ったらマルルはどう思うだろう。
離れて行くだろうか…。
まぁその時は監禁してでも逃すつもりはないが。
今はまだ、吸血行為を促すためのキスだけで我慢してあげる。
早く私の元へ堕ちておいで。
愛してるよ。
私のマルル。
キスシーンを書くのは何だか恥ずかしいです。