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魔物の旅路  作者: 椚屋
魔物と少年
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捧げられた花束

 “魔物”は木漏れ日の中を足音を忍ばせて歩いた。

 深い崖の下で人が通える場所がないのは空から見て分かってはいても、変に動物を刺激して住処が変わってしまっては、人間達の狩りが滞ってしまうのは“魔物”としても困る。

 人間の生活を荒らすつもりもないが、ひいては自分の為でもあった。

 “魔物”の姿は四つの翼と尻尾はあるが他の魔物よりは人に似ていた。

 だが人に似ているが故に人に恐れを与えやすかった。もし人間達に見つかって《魔物狩人》を呼ばれてしまっては、棲みやすい場所をまた離れなければいけなくなる。

 特に今この地は戦が終わったばかりで、戦える人間が多くいる。《魔物狩人》のような生業をしている者達は、魔物がいない時は傭兵として暮らしている者も多い。

 “魔物”は人を傷つける事を出来うる限り避けてきた。他の魔物のように、人を襲って食うなど以ての外だ。ほんの少し果実を食べれば生きていける“魔物”は、人里離れた場所に棲む事も出来たが、気に入った住処は人里に近い所が多く、この場所も少し飛べば羊飼い達の村があった。。

 人の声は聞こえる程近くでなくとも、人が生きている営みを眺めるのを“魔物”は好んでいた。人前に姿を見せるのは避けているが、どうしても許せない事――野盗等の略奪者や、あるいは他の魔物の襲来――を見かけた時は、その後にそこを離れなければいけなくなるとしても、人を守る為に翼を広げ爪を振るった。

 後に待っているのが、守った人々が自分へと向ける恐れの視線や怒りの怒号、《魔物狩人》達が自分を狙う一射だったとしても、“魔物”にそれらを見過ごす事はどうしても出来なかった。

 これまでは季節三巡りも同じ場所に棲む事は出来なかったが、人里からあまり遠くもなく、それでいて人が来るには難しいこの場所は、長く棲めるねぐらになるかも知れないと思った。

 あまり実りの多い森ではないが、それを狙う動物も少なく、何より人を襲うような魔物の気配も匂いも殆どしないのが気に入った。

 “魔物”は遠くに聞こえる鳥の鳴き声に耳を傾けながら森の中を散策する。

 ふと目に付いた、初めて見る赤茶けた茸を爪の先で摘まみ採ると一口囓った。途端に、舌の上に広がる味からこれが強い毒なのはすぐに分かった。そうでなくてはここまで染みいる味にはならない事を“魔物”はよく知っていた。

 見渡せばそこかしこの木の根元に同じ茸が生えている。頻繁に採ったりしなければ、この茸だけでしばらく過ごす事は出来そうだと“魔物”は思った。

 大概の物は食べる事は出来るし、逆に何も食べなくても季節が一巡りする位は生きていく事の出来る“魔物”だが、味の好みは持っている。一番好きなのは焼きたてのパンだったが、人とは違う身の上では手に入れる事が難しい。

 最後に食べたのはいつの事だったかと“魔物”が記憶を辿っていると、視界の端に何かが目に付いた。そこはそびえ立った崖下にあたり、岩のせいか木々が少し開けてはいたものの、下草もあまり茂っていなかった。

 その中に人の頭ほどもある枯れ草のような塊が点在していたが、この森は回転草の生えるような場所ではない。かがみ込んで見てみると、それは明らかに人の手で束ねられた花束であった。ただそれはとても不器用で、蔦を使って花咲く枝や草花を纏めてある。

 “魔物”が枯れた花束の一つを持って立ち上がったその時、頭上で木の枝が震える音がした。見上げると、枝の間を転がるようにして真新しい花束が“魔物”の横に落ちてくる。

 目を凝らし枝の隙間から崖上を見上げると、立ち去る人影がかすかに見えると同時に、紛れもない人以外の――自分以外の魔物の匂いが漂ってきた。

 腰を落としつつ四肢と四つの翼を広げ、息を殺して周囲の気配を伺うがそれらしい気配は近くにはない。匂いを辿ろうと歩を進めると、確かに匂いは崖の上から、そして落ちてきたばかりの花束からも漂ってきている。

 新しい花束も古い花束も魔法の匂いはしない。人間並みかそれ以上の知恵を持つ魔物の中には、物体を触媒として魔法を使うものもいる。触媒にはその魔物の匂いと魔法の匂いがするのが常であるが、この花束にそれらしい形跡はなかった。

 新しい花束を拾い上げ、改めて見てみるとまるで子供の細工にしか見えない。

 心を穏やかにする花々の香りの中でも消しきれない魔物の匂い。念を入れて嗅いでみてかすかに分かるのは、焼きたてのパンと胡椒の効いた干し肉、羊の乳の匂い。

 魔物の匂いさえ混じっていなければ、人が作った物として納得出来るが、この匂いの強さからすると魔物は纏められた花のどれかに触ったのではなく、花束そのものを触ったとしか思えない。

 首を傾げる“魔物”が木々の開けた所で辺りを見回すと、下草の間に埋もれるようにして横たわる、少し苔の生えた人の骨。

 “魔物”は人骨の横に膝をつき、死者を冒涜しないように気をつけて、ためつすがめつ眺めた。

 背丈からすれば恐らくは子供。歯が生え替わりきってさほど経っていないようだ。腰骨からすると男児の骨に見える。獣には襲われていないようだが、手足を始め幾つかの骨が折れ砕けていて、これでは立ち上がる事も出来なかっただろう。

 そっと幼子を抱き起こすように頭骨の後ろに手をやると、ここにも大きなヒビがあった。

 “魔物”には祈るべき神はいないが、このような人目に触れぬ場所で野晒しになっている遺骨を見ると、この子の冥福を祈りたくなってくる。

 せめても墓を作って――と、“魔物”は気がついた。

 この子供は何も持っておらず、服すら着ていない。しかし骨の状態や苔の生え方からして、服が跡形も無く朽ちる程には経っていないようだった。誰かが、もしくは何かが、この服も着ていない子供の遺体をここに晒したか。それとも服や荷物を――もしかすれば命も――奪って横たえたか。

 誰かが奪ったにしては、この遺骨は雑に投げ出されてはいなかった。両手を組んでいれば、まるで棺に収めるような姿勢だった。

 そう見れば、拙い花束はまるで子供への墓参りだ。

 “魔物”はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて石の混じる地面に穴を掘り始めた。考えるのは後にし、まずこの子供を簡単にでも埋葬する事にした。

 もう少し良い場所を探す事も考えたが、魔物の匂いの正体を掴むまではここで我慢してもらおう。事情が分からない今動かして、何かの銃爪になってしまうのは避けたかった。

 “魔物”は心の中で子供に謝った。

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