魔物と少年
「あの人達、全員兵隊さんに連れてかれたよ。怪我はしてたけど、誰も死んじゃった人はいないから……」
セッドは隣で穴を掘る“魔物”に言った。
あの夜から六日が経った。“魔物”の傷はまだ塞がりきっていないが、胴に三つも穴が開いたにしては治りが早い方であった。
セッドは沈んだ声で言葉を継いだ。。
「それで……村の近くに魔物がいるからって、討伐隊……出すんだって……《魔物狩人》を呼んで、ってお父さんが……」
“魔物”は心を飛ばし、セッドと名乗る魔物を宥めた。
人に追われるのはいつもの事だ。野盗が四翼鬼と言う名を知っていたのであれば《魔物狩人》達も知っているだろう。そうなればこぞってここへ来るはずだ。彼等にとって、“魔物”は金貨の山に等しい。
「でも、みんなを守ってくれたし、お父さんだって助けてくれたのに……」
セッドの手が掬い鍬を強く握りしめる。
“魔物”は自分がしたい事をしただけだと心で伝えると、手の土を拭ってセッドの頭を撫でた。
小さく頷くセッドは黙って穴を掘り続ける。やがて、人一人が入れるくらいの穴が出来ると、“魔物”は崖下の墓から本当のセッドの骨を移し替えた。
今度の墓は本当のセッドが落ちた崖からも離れた、見晴らしの良い岩陰に作った。一抱えもある岩が墓石の代わりだ。
土を埋め戻し花を添えると、“魔物”とセッドは瞑目した。
「言わなきゃいけないこと、あるんだ……」
ぽつりと、セッドと名乗る魔物は沈黙を破った。そして、前に言えなかった事を“魔物”に伝える。
殺されるかも知れなかったが、隠し続ける事はしたくなかった。
潤む声で全てを話し終えたセッドの肩に“魔物”は手を置く。小さく震えながら見上げるセッドを見つめ返し、ゆっくりと首を横に振る。
本当のセッドを殺した事を悔やみ、償いの気持ちをもった魔物に、“魔物”は何をするつもりもなかった。
「そうだ、これ……お礼、全然出来ないけど……」
セッドは肩にかけた鞄から包みを出すと“魔物”に渡した。
「結構上手く焼けてると思うから、良かったら……持って来れたの一個しかないけど……」
香ばしい匂いに包みを開けると大きなパンが一つ入っていた。
おそらく自分の昼食として持ってきたのだろう。“魔物”はパンを三つにちぎると、その一つをセッドに返した。
そしてもう一つは本当のセッドの墓に捧げ、残った一つを口にする。
あっさりとした塩の味がするパンは柔らかく、よく焼けていた。
セッドも“魔物”に倣ってパンを食べ始める。
「んぐ……うんっ、よかった。上手く焼けてる」
心を飛ばして礼を言うと、セッドはパンを口にしながら満面の笑顔を浮かべる。
“魔物”とセッドはパンを食べ終わると、言葉もなく見つめ合う。
季節一巡りは棲んでいたい場所ではあったし、セッドのこれからも気に掛かるが、村人達に存在を知られてしまってはここを去るしか無い。
村人達が“魔物”に怯えながら暮らすことは避けたかった。
“魔物”は四つの翼を広げながら心を飛ばして別れを告げ、最後に自分の願いを伝える。“魔物”を真っ直ぐに見つめたままセッドは強く頷く。
「うん。僕は最後までセダト・ユールとして生きたい。もう会えるか分からないけど……元気でね」
答えを聞いた“魔物”は頷き返し、翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。
また“魔物”の旅が始まった。