神様拾いました
従姉の結婚式に来たが、正直めんどくさい。
他人がリア充なのを見てなにが楽しいんだっつうの。
俺は教会の裏手へ出て、華やかな催しで賑わっている人々から逃げ出した。
植え込みのレンガに座り、ポケットから煙草を取り出し一服しようとした時。
「未成年の喫煙は禁止されてますよ~」
どこかから小さな声が聞こえる。
辺りを見回すが誰もいない。気のせいか、ともう一度煙草に火をつけようとした。
「だ~か~ら~!禁止ですってば~!」
やっぱり小さな声がする。今度は前後左右だけでなく、上下も確認した。
するとレンガに置いている手の近くで何かが動いた。ように見えた。
「あ、やっと気づいてくれました?ここ、ここ。ここですよ~!!」
自分の手の横で小さな物体が必死に飛び上がって手を振っている。
よく見るとそれは人型をしていて、どうやら女の子のように見える。
見間違いかと目をこすってみたら、今度はその小さな女の子が目の前に飛んできた。
どうやら背中に羽があるらしい。
「見間違いなんかじゃないですよお~」
「うわあああ~!!」
俺は植え込みのレンガからずり落ちそうになった。
「な、なんだ?!お前!」
「あ、ごあいさつが遅れました。私は神様で~す!」
飛んでる小人が見えるだけでもアレなのに「神様」って、俺、大丈夫かな?
明らかに不審な顔つきをしたのがバレたのか、神様とやらは必死に説明をした。
「本当に本物の神様なんです~!今そこで結婚式してるでしょ?祝福にきたんですってば~!
でもはしゃぎすぎて、神様のシンボルを落としちゃったんです~!」
威厳もなにもない「本当に本物の神様」とやらはびーびー泣き出してしまった。
ここはテキトーに話を切り上げてこの場から立ち去りたい。
「神様のシンボルって何?」
ああ!何質問なんかしてるんだ俺。話長くなるだろう!
しかし、小さな神様は、今までの元気とは違って本気で落ち込んだように答えた。
「・・・・頭の上の・・・・金の輪っかです」
そういえば、よく絵なんかに描かれている神様の頭には必ずあるよな。金の輪っか。
あれって本当だったのか。
「そ、そうか。それは大変だな。じゃあ、がんばれよ」
よし、これで立ち上がってここを去れば完璧だ。この場から逃げ出せる。
がしかし、小さな神様は俺のスーツの襟にしがみついた。
「手伝ってください~!!!」
「俺に見つけられるわけないだろ?!神様なんだから自分でどうにかしろよ!」
振り払うのは簡単そうだったが、それだけで潰れてしまいそうなほど小さい神様を叩き落とすのはさすがに気が引けた。
「もう落としてしまったものはムリなんです。ですから新しいのを作るのを手伝ってください~!」
新しいのを?作る?
どうやってだろう?とふと興味を持ってしまった上に、それが口に出てしまったらしい。
さすがは神様、このチャンスを逃しはしなかった。
「気になるでしょう?手伝ってくれたらわかりますよ」
もはやこの神様と離れる方法は、それが一番近道なのかもしれない。
とっとと新しいのを作ってお帰りいただこう。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「カンタンです。『いいこと』をしてください」
は?
「むずかしく考えることはありません。あなたたち人間が思う『いいこと』をしてくれれば、輪っかが育つんですよ」
「さっき煙草を吸おうとしてた高校生に頼むことか?」
どう考えても人選を間違えてる。
「でもあなたはさっき注意をされたら吸うのをやめたじゃないですか」
やめたというより、お前の存在に驚いてそれどころじゃなかったんだよ。
とは言えない代わりに、少し顔をそらした。
「あなたが注意を素直に聞くという『いいこと』をしてくれたおかげで、輪っかのタネができたんですよ」
神様はそう言って、小さな手に持った小さなタネを見せてくれた。
「これはあなたの心から生まれたタネなので、あなたにしか育てられません。
ですからどうか、このタネが輪っかに育つまで、私を助けてください」
光に当たってキラキラと輝くそのタネがやたら眩しくて、俺は顔をそらしたままゆっくりと歩き出した。
「で、『いいこと』って、何から始めればいいんだよ?」
* * * * * *
うっかり拾ってしまった小さな神様にほだされたおかげで、俺はあれからというもの、ゴミ拾いやら道案内やら家の手伝いやらをさんざんやらされている。
最初は食べ終わった茶碗を流しへ運んだだけで母親からは熱でもあるのか?と聞かれた。
さすがに甲斐甲斐しくやるのは恥ずかしいので、別人に生まれ変わったようには見えない程度にテキトーにやっているけれど、輪っかのタネからは小さな芽が出てきて、少しずつ伸びている。
「あなたがもっとたくさん、もっと大きな『いいこと』をしてくれたら、もっと早く育つんですけどね~」
神様は不服そうだ。
別に構わないんだぜ?俺はその金の輪っかが育たなくても。
「ああ、でもほら、こんなに伸びましたよ!あなたががんばってくれたおかげです~」
神様もゴマすったりするんだなあ~と思いながら、俺は電車の中でウトウトした。
やり慣れないことばかりして、精神的にも身体的にも疲れているんだ。
こうやってマジメに学校にも行かなきゃならないしな。
電車を降りるまで二十分。俺は爆睡することに決めた。
その時、大きな荷物を抱えたおばあさんが乗り込んできた。
しょうがねえな
俺は立ち上がって座席を譲り、荷物を網棚に載せた。
俺より先に降りたおばあさんは、扉が閉まり電車が動きだすまで俺に頭を下げてくれた。
「ふふっ」
神様が嬉しそうに笑う。
なんだか似合わないことをしたのを笑われたようで、俺は少しムキになった。
「なんだよ?」
「今あなたは、私に指図されることなく自分から『いいこと』をしましたね。タネのためではなく、素直に、自然に。とてもよかったですよ」
そういって神様はタネを見せた。
今までと違って一気に育ったのか、伸びた茎の先に小さな金の輪が花のようについている。
「『いいこと』をするのに、恥ずかしがったり、周りを気にする必要なんてないんですよ。
ましてや格好悪いことなんかじゃない。あなたは素直でやさしい、いい子ですよ」
褒められたことを素直に受け取れず、強がって、悪ぶって、いい気になっている自分をバカにされたように感じてしまった。
「うるせーな。そりゃたまにはいいこともするだろうけど、悪いことだって人間はするんだよ。
その先についてるのが輪っかなんだろ?よかったな。だからもう俺に指図するな!」
制服のポケットに隠れていた神様を座席の上に置き、俺は電車から駆け降りた。
神様が降りようとするより先にドアが閉まり、そのまま走り去って行った。
* * * * * *
俺は授業をサボり、屋上で寝転がっていた。
今頃、神様はどうしているのか・・・・いや、俺にはもう関係ない。
「こんなとこにいたの?」
俺のことかと思い、寝転んだまま視線を声の方に向けた。
どうやら俺のことではないらしい。数名の女子生徒が誰かを囲むように取り巻いている。
「ここにいれば見つからないと思った?」
「アンタのキモいオーラはどこにいてもわかるっつうの」
キャハハハと耳障りな高い笑い声が響く。
どうやら女子に囲まれているのは一人の男子生徒のようだ。
前髪がメガネにかかるほど俯いておどおどしている。
どうやらいじめられてるのか、女子生徒たちは彼の持ち物や見た目や性格をキモいとか、消えろとか言って絡んでいる。
ここでアイツを助けたら、神様が言ってた大きな『いいこと』になるだろうか?
一瞬頭をよぎった考えを振り払い、関係ないと言い聞かせた。
「うるせえんだよ、お前ら。人の昼寝のジャマしてんじゃねえよ」
そう、神様なんて関係ない。俺がやるって決めたからやってるだけだ。
ゆっくり立ち上がると女子生徒たちは少しひるんだ。
「な、なによ。あなたには関係ないでしょ!」
「あんたにも関係ないんじゃないの?ソイツが何を好きだろうとさ」
男子生徒はからかわれたアニメキャラのついたペンケースを握りしめた。
「ソイツがアニメ好きなことで、アンタなにか迷惑なことあったのか?」
女子生徒たちは返す言葉がうまく見つからないのか少し黙っていたが、さっき言い返してきた一人がもう一度口を開いた。
「こんなヤツ、側にいるだけで迷惑なのよ」
「へえ?俺には今、ソイツよりアンタの方がよっぽど迷惑だけどな」
女子生徒は顔を真っ赤にした。言葉が出てこないほど怒ってるらしい。
俺はさらに追い討ちをかけた。
「こっち風下だから、なんか香水みたいな匂いがプンプンして臭いんだよ。
その短いスカートから出てる足もな。見せたいのかもしれないが、どうせ見るならもっとキレイな足がいいんだよ。見たくないもん出されても迷惑だ」
ちょっと言い過ぎた。女子生徒は今にも泣き出しそうになっている。
「私がどんな格好しようが勝手でしょ?!」
「ソイツが何を好きだろうと勝手だろ?」
思わぬ展開に男子生徒の方がオロオロしだした。
いままで守ってもらったこと、なかったんだろうか?
「あんたらがソイツを嫌いなのも勝手だよ。でもだったらなんでわざわざ嫌いなヤツに絡むんだよ?
相手にしなけりゃお互いイヤな思いしなくて済むだろ?それともなにか、わざわざ屋上まで追いかけてくるくらい、ホントは好きなのか?」
「冗談じゃないわよ!誰がこんなヤツ!」
女子生徒は気まずくなり、仲間の女子たちに「行こう」と言って、その場を去ろうとした。
「もうソイツにちょっかい出すなよ」
俺の前を通り過ぎようとする時にそう言って念を押した。
「うるさい!」
女子生徒は俺を突き飛ばした。
運悪く、そこは金網が破れていて立ち入り禁止の場所だった。(誰も来ないから昼寝できると思って入ったのだ)
破れた金網は俺の身体を支えきれず、外側へ大きく曲がる。
なんだ、これ。
『いいこと』して、神様助けて、俺が天国行くってフラグかよ?
支えてもらえなかった背中は重力に逆らえず、とうとう足も宙に浮き、俺はただ落下するだけの体勢になった。
「ふう~。お年頃の男の子を褒めるのはムズカシイです。
やっと学校まで飛んで来れましたよ~。さて、あの子はどこですか・・・って、ええええええ~?!」
小さな羽でどうにか飛んできた神様の目に入ったのは今まさに屋上から落下しようとしている俺だった。
「ダメ~!今、助けますよ~!」
神様は小さな金の輪っかが付くまで育ったタネを思いっきり投げた。
すると地面から草木が生え、落下した俺をほとんどケガなく受け止めてくれた。
「ああ、間に合った~!よかったです~」
神様は俺のところまで飛んできて、しがみついて泣いた。
俺も助かってホッとしたが、さすがに少し腰が抜けたことは黙っていよう。
「いいのか?せっかくあそこまで育ったタネを投げちまって」
「いいんですよ。私がしたくてしたんです。誰の指図もうけないでね」
俺と神様は向かい合って笑った。
そうだ。誰に言われるとか関係ない。自分がいいと思ったことをやればいいんだ。
「でもやりすぎはダメですよ!あと、置いてけぼりも禁止です!」
拾った神様の金の輪っかを育てるまで、これからまたたくさん『いいこと』をしなくちゃいけなくなった。
それでもまあ、今までよりはもう少し素直に出来そうな気がする。
やっぱり恥ずかしいから、そんなこと、教えてやらないけどな。
<終>