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鮮やかな惨状の元で、踊れ part2


「私を殺したのは、だぁれ?」は非常に単純なストーリーだ。

 マザーグースの詩、My mother has killed me に沿って殺人事件が行われていく。


 そんな風に観客に思わせることで、ミスリードを誘っている。

 

 結論から言えば、この一連の事件の犯人は、『いない』。



 まず第一の事件。

 これは萩原ゆうなの自殺。


 第二の事件。これも自殺。

 凶器の出自に関しては後述する。


 第三の事件。これも自殺。


 第四の事件。これも、自殺。


 つまり、この四つの事件に他殺は一つもなく、全て自殺なのだ。

 では何故、皆あえてマザーグースの詩に則った死に方をしたのか。



 ここで、翔桜が隠した情報を確認する。


 

 一、萩原ゆうなは後妻である母との関係が悪く、日々虐げられていた。

 二、伊佐美翔太、佐々木絵里、佐々木市江、樋川洋子の四人は、萩原ゆうなに対し、大きな恩がある。



 ここでいう「大きな恩」に関して、一つ例を挙げておくならば、伊佐美翔太はいじめを受けていた。

 自殺を試みようとするほど思い詰めていた彼はしかし、萩原ゆうなのさりげない優しさのおかげで、再び生きることを決意する。

 

 他の三人に関しても、何かしらの形で、萩原ゆうなの些細な一言で、絶望から這い上がった。もちろん、萩原ゆうなにその自覚はない。しかしこの四人は彼女に対し、大きな恩を感じていたし、他の友人たちに比べても萩原ゆうなとの関係性は深かった。


 最初の事件。

 萩原ゆうなは自殺を決意した。

 仲の良かった四人は彼女から一通のメールを受け取る。内容は、以下の通り。


――――――――――――――――――――――――――――

 お母さんとは、きっと仲良くなれると思ってました。

 血はつながっていません。

 それでも何か、違う何かで、つながることができる。暖かな関係をはぐくむことができる。

 そう、考えていました。


 でも、もう無理です。

 私は家に、居場所がありません。


 すべてを受け入れてもらえて、心休まる場所。それが家庭のはずです。

 私にとって、家庭は心のすり減る場所でした。


 がりがりがりがりと、毎日カンナで削られるように、心や気力や精神がすり減らされていきました。


 今。

 

 私には何もありません。

 これ以上、削るものがないのです。空っぽ、がらんどう。ただの入れ物。

 そんな私は、もう生きていく自信がなくなりました。


 こんなメールを送ってしまってごめんなさい。

 あなたたちは私にとって、一番心休まる場所でした。

 あったかくてふわふわしていて。たくさんの楽しい時間をもらいました。

 ほんとうにありがとう。

 ありきたりな言葉しか思いつかないけれど、奇をてらうよりは、いいですよね。

 

 さようなら、大好きです。

――――――――――――――――――――――――――――



 こうして、萩原ゆうなは大海原に身を投げて、生涯に幕を閉じた。

 

 そして、事件は動き出す。


 メールを受けた四人は、どうすれば母親に復讐ができるだろうかと考えた。

 この最後のメールを見せつければいいのだろうか。裁判所や警察に告発すればいいのだろうか。

 しかし彼らは、若いながらに、それが致命的な一打になるとは考えなかった。

 無論、母親を殺害するという手段もあった。しかし、殺すというのは非常で短絡的で、ある意味苦痛を与える中では一番魅力的ではなかった。


 四人の中の一人が言った。


「死というのは何も、他界することだけではない」


 なるほど、と皆が納得した。

 できるだけ大々的に、あの母親が萩原ゆうなを死に追いやったことを、社会にしらしめよう。そうすればあいつは、みじめな人生を送るしかなくなるのだ。



 ならば、どうやって社会にアピールすればいいだろう。

 四人はまだ高校生だった。

 社会的地位も、知識も、財産も、全く持ち合わせていない。

 しかし、一つだけ、全ての人に与えられた等価の価値を持つものがあった。

 命だ。


 「この詩を使おう」


 既に命を絶つ決意のついていた四人は、いかにして世間を沸かせる死に方をするかを考える事にした。

 

 「連続殺人事件なら、キャッチーでマスコミやニュース記事に映えるんじゃないかな、と思って」

 「いいね。大衆の目はひきつけられるに違いないよ。しかもその連続殺人事件が、実は一人の女の子の為に行われた集団自殺だったとすれば」

 「その原因を作ったのが、その女の子の母親だったとすれば」


 これほど世間をにぎわすニュースはない。四人はそう確信し、実行を始める。



 マザーグースの詩に則っていることは、三つ目の事件あたりで誰かが気づくであろう。問題は、自分たちの死が自殺ではなく他殺だと判断されるかどうかであった。

 それは、他殺のほうが警察やマスコミが力を入れて調査してくれると判断したからだった。

 

 そこで四人は、自殺が、他殺に見えるよう工夫することにした。



 第二の事件。

 伊佐美翔太は首を刃物で切り、自害する。

 この時、凶器が鶏小屋の中にあっては、自殺と判断されてしまう。

 だから残った三人の内の誰かが、この刃物を回収し、処分した。

 鶏小屋での凄惨な死体は、何かしらのメッセージ性があるのではと警察に訴えかけることができた。



 第三の事件。

 佐々木絵里と佐々木市江は七輪での自殺をはかる。

 これが自殺に見えないよう、二人は互いに争った。衣服が乱れていれば、誰かに襲われたのでは、と錯覚させることができると思ったのだ。

 そして、唯一の出入り口の内側のテープは、少し甘く貼った。

 

 扉の内側に貼ったガムテープは、外側から掃除機などを隙間に充てれば、軽く接着させることができることを、二人は知っていた。

 ガムテープの張りが一部甘ければ、誰かが意図的に作り出した空間だと思わせることができる。

 最後に、扉の外側のテープは樋口洋子が貼った。


 

 そして第四の事件。

 これまでの三つの事件を、既に世間はマザーグース殺人事件として大きく取り上げていた。

 樋口洋子はこれに終止符を打つだけでよかった。

 一人では、他殺を作り上げることは難しい。

 樋口洋子はかつて眠れない時にもらった、萩原ゆうなが処方していた睡眠薬を服用することで、自殺することにした。


 樋口洋子の大事な作業は、全てを告発した手紙を用意することだった。

 マザーグースの詩のとおり、骨をうずめた彼女は、そこに真実を書き記した手紙を、ジップロックに入れて埋めた。



 翔桜が言わなかった解決篇で明かされた情報はこれだ。

 全ての真実を書き記した手紙。一連の事件の真相の後、最後はこう締めくくられている。



――――――――――――――――――――――――――――

 折角もらった命を、勝手に捨てたことは申し訳ないと思っています。

 そこだけは、私たち四人とも、心に引っかかっていました。


 けれど、恨むならゆうなの母親を恨んでください。

 あらゆる負の感情は、あの人に向けてください。

 ゆうなと私たちを殺したのは、彼女なのですから

――――――――――――――――――――――――――――



 この後、あるジャーナリストが事件の記事を書き、見出しを「友愛が紡ぐ復讐劇」としたところで、映画は終わる。


 翔桜は、このラストがとても気に食わなかった。

 本当にこの事件の原動力は、友情なのか。

 

 例えば、萩原ゆうなは何故この四人にメールを送ったのだろう。最後に親しかった友人に遺言を残したかったから、と考えるのが普通なのかもしれない。

 しかし、きっとこの四人なら、母親に復讐してくれると、そう思ったからメールをしたと考えるのは、おかしいのだろうか。

 

 四人の行動に関しても、崇拝にも似た友情によって突き動かされたというよりも、生きる意味を失ったことによる生への諦観が行動源になったと考えるのは、不自然だろうか。

 

 たかが映画に対してこんな感情を持つのもおかしいが、真実はいつだって汚れた一面を持ち合わせているはずだと、翔桜は思っていた。




 いや、そんな個人的な考えはどうでもいい、と翔桜は頭を振って柵を登り始めた。 どれくらいの時間放心していたかわからないが、気が付いたら隣に涼子の姿はなく、力なく地面に座り込んでいる自分がいた。

 一刻も早く死体のそばから離れたくて、必死で柵に手をかける。そんな中思い出されるのは、昨日の進捗報告会でのことだ。



 翔桜はこの事件をあたかも、連続殺人事件であるかのように涼子に話した。それがこの映画のコンセプトであったし、ずるをしたわけではない。

 普通なら一連の流れを聞いた後、こんな仮説を立てるのではないだろうか。


●仮説A

 犯人Xがマザーグースの詩に則って殺人を行っている。


 ならばその場合、翔桜に対する質問はこうだ。


クエスチョン

 殺された被害者に共通する知人はいるか?

 マザーグースの詩は最近被害者たちに深いかかわりがあったのか? 

 学校で習ったのか?


 人によって、思考展開は違うかもしれない。しかし少なくともこういった質問を序盤にすることは想像に難くない。

 だが、涼子の質問はこうだった。


●Q

 萩原ゆうなの家族構成とその関係性は?


 つまり彼女の頭の中ではこのような仮説が立っていたことになる。


●仮説X

 萩原ゆうなの為に、四人が自殺した


 様々な可能性をつぶしてたどり着いたのではなく、最初にこの仮説を思い描いたとするならば。

 他人の為に命を賭すということを、ごく自然に思いていたことになる。

 そう、例えば、霧沢涼子の為ならば誰もが死んでくれると、当たり前のように感じているのではないだろうか。


 本当のことは全く分からない。少ないヒントから導き出した推測にすぎない。

 だがあの会の後、一瞬だけ抱いた不信感を、翔桜は今再び感じつつある。


 少なくとも、大目に見て、控えめに言って、どれだけ過小評価したとしても。

 霧沢涼子は、狂っている。


 予鈴のベルが鳴った。授業に行く気には、なれなかった。


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