滑稽な劇画と共に、狂え part2
◇◇◇
萩原ゆうな、という女の子がいた。
高校一年生。伸長、体重ともに平均的。ずば抜けて美人というわけでもなく、とび抜けて可愛いわけでもない。ただ、笑顔が魅力的で、その優しい性格から友達は多かった。
そんな彼女が、ある日死んだ。
死因は溺死。
住んでいる町の近くの浜辺で発見された。荒波に揉まれたからなのか、着衣は非常に乱れていた。
前日の夜、浜辺に向かって走っていく萩原ゆうなの姿が数件目撃されており、一方で誰か他の人物が浜辺に向かったという証言はなかった。
他殺の線は薄いのではないか。
そう警察が考え始めたとき、次の事件が起こる。
萩原ゆうなと同じ高校の生徒、伊佐美翔太が死体で発見された。
それはとても奇妙な死体だった。
発見されたのは学校の鶏小屋の中。
全身が鶏に啄まれ、まるで食われたような状態になっていた。
死因は首からの大量出血による失血死。
周囲から首を切ったとみられる刃物が発見されなかったことから、何者かに殺害された可能性が高いと判断された。
しかし鶏小屋の中に死体があった理由は、この時点ではわからず警察は首をひねった。
目撃証言もなく、捜査は難航する。
間もあけず、第三の事件が起こる。
萩原ゆうなと伊佐美翔太と同じ高校の、佐々木絵里とその妹である市江が亡くなった。
二人の死体は学校の美術室にある机の下で発見された。
冷たい大理石の床の上で、重なり合うように死んでいた。
絵里と市江の死因は一酸化炭素中毒だった。
締め切られ、外からも中からもテープがいたるところに貼られた部屋の中、七輪が明々と燃えていた。火災報知器は、美術室のものだけ壊れていた。
二人とも着衣の乱れが激しく、また入口付近のみテープの粘着が甘かったことから、何者かが出入りしたのではないかと推測がたった。
この三つの事件を機に警察はある共通点を見出した。
マザーグースの中の一つ。「My mother has killed me」。この一節毎に、事件は忠実に再現されていると。
この詩は四節に分かれている。
つまり、事件はあと一回起こる。
「先輩はこの詩、知っていますか?」
一度説明を中断して、翔桜は効いた。
「えぇ、マザーグースは小さい頃好きだったので。その詩も好きでしたよ」
「好きだったんですか?」
若干引き気味に、尋ねる。
「ふふ、そんなにびっくりしないでください。一見怖い詩ですが、その真意は『きちんということを聞かないとこうなりますよ』という教訓を含んでいるんです。とても、いい詩です」
「なんだそういうことだったんですか……驚かせないでください」
詩の意味までは映画では触れていなかったので、一瞬涼子の趣味を疑ってしまった。一息ついたところで、ホワイトボードに最後の事件を綴る。
依然操作は難航した。
詩通りだとするならば、
第一の事件の犯人は、萩原ゆうなの母親。
第二の事件の犯人は、伊佐美翔太の父親。
第三の事件の犯人はわからない。
しかし当然、萩原ゆうなの母親と、伊佐美翔太の父親は面識がなく、そもそも事件当日には完璧なアリバイがあった。三つの事件のそれぞれの手口は一貫性がなく、グループによる犯行も考えられる。
そんな中。最後の事件は起こった。
死亡したのは樋川洋子。当然のように、同じ高校の生徒。
発見されたのは自宅の庭で、動物の骨が土の中に埋もれていた。
検査の結果、体内から大量の睡眠薬が発見された。
樋川洋子が睡眠薬を服用していた記録はなく、どこから入手したのかその時点ではわからなかった。
こうして、事件は幕を閉じた。
最後の事件に関しても、捜査当初は何の手がかりもなく、捜査は行き詰った。
「とりあえず問題編はここまででしたね。映画では」
「まとめると、第一の事件は目撃情報がありますが、他の事件では手がかりが無いに等しいということですね」
「そうです」
「なぁなぁ」
右隣で、木村大樹が手を挙げた。
大樹とは同じクラスで、割と仲はいい。文芸部と水泳部を掛け持ちしているという理解できない部分はあるが。
「ちょっとずるくね?」
「何がかな大樹君。あんまり変な言いがかりはつけないで欲しいな」
「え、だってさ」
「ミスド、エンゼルクリームパン、三個」
「全然ずるくなかったわごめん俺が悪かった。でも一つはポンデリングに変えて欲しいぜ」
分かればよろしい。あと、ポンデリングはちょっと高いから駄目だ。
「どういうことですか、九条君」
「いえ、答えがすぐにわかってしまう情報を一つだけ隠しました。でもそれを言ってしまうと多分すぐに分かってしまうので……」
「あ、そういうことですか。それなら、いいです」
よし、と翔桜は心の中でガッツポーズを作った。
隠した情報は一つではない。二つだ。
ただ、そのうちの一つは映画では後半、つまり解答編で出てきた情報な上、知ってしまえば割と簡単に答えにたどり着いてしまう。無い方が推理は楽しめる。
そして、もう一つ。おそらく大樹が指摘したのはこちらの方だが、これも無くても推理はできる情報。ただ、あれば格段に推理はしやすくなる。
翔桜がそれを隠した理由は簡単だ。
推理に時間がかかれば、強制下校時間になる。そうなればペナルティを受けることなく、この会を乗り切ることができるのだ。
「他にも登場人物はたくさんいるんですけど、全部話しているときりがないので質問形式にしましょうか。何かわからないこと、疑問に思うことがあればどんどん聞いてください。可能な限り答えます」
我ながら急遽考えたにしては中々な作戦だと思った。
普通の思考回路なら、解答にたどり着くまでに相当の時間がかかる。周りの部員も「これはわかんねーだろ」とばかりに小さな声で意見交換をしている。皆楽しそうな顔をしているので、放っておいて問題はないだろう。
あとはのんびりと、のらりくらりと涼子の質問をかわせば良い。
そう。
そんな風に思っていたから
「じゃぁ質問です」
涼子の口にした
「萩原ゆうなの家族構成及びその関係を教えてください」
その質問に、
「え……?」
翔桜は戦慄した。
「……萩原ゆうなは母親と父親と暮らしています。兄弟はいません。母親は後妻です。母親との関係は、あまり良好ではありませんでした」
極めて冷静に見えるように、翔桜は返答する。
「その事は、誰か知っていましたか?」
「えぇ、多くの友達が知っていました」
しかし、心の中は全くもって穏やかではなかった。
あり得ない。そんなことがあるのだろうか。
いくら推理力にたけていたとしても。
論理的思考が、得意であったとしても。
この速さで真相にたどり着くなんて
「あ、わかりました!」
そんな、ことが
「犯人は、い――――」
「失礼しまーす。『ハロウィンってなんぞ? 日本人ならかぼちゃだろパーティ』主催委員会会長の笹佐紗英でーす。あー、やっぱこの名称長いっすねー。名乗るだけで超時間かかる……あり、もしかしなくても、お邪魔でした?」
手に持った資料から顔をあげ、図書室内に流れる妙な雰囲気を感じ取った紗英が頬をひきつらせて言った。
「えーと、文芸部さんの展示内容、教えていただきたいなぁとかそんなことを思っておりまして……期日も迫ってるので、『活動中だけどいいよね出さない方が悪いよえーい!』 って入っちゃってごめんなさいまた日を改めた方がいいですよね」
「いえいえ佐江ちゃん。期日ぎりぎりまで提出していなかった私たちが悪いんですから、気にしないでください。ところで、『ハロウィンってなんじゃいかぼちゃパーティ』から改名したのですか?」
「はい! こっちの方がインパクトあるかなーと思いまして!」
「確かにコンセプトも伝わりやすいですね。わかりました。とりあえず今からみんなで話し合うので、少し待っていてもらえますか?」
了解です! と元気よく敬礼をすると、紗英は図書館から出て行った。相変わらず、嵐のような子だ。
「と、いうわけで。今から『ハロウィンってなんぞ? 日本人ならかぼちゃだろパーティ』の展示内容を決めましょう。進捗報告会は次回に延期ということで、みなさんじゃんじゃん、案を出してくださいね」
議題が変わり、翔桜がペナルティを受ける危機はひとまず去った。
他の部員の興味もだんだんと展示内容の方に移りつつある。今年はどんな展示をしようか、そんな内容で盛り上がる部員達を、翔桜は上の空で見ていた。
言葉こそ途中で途切れてしまったが、彼女は間違いなく真実にたどり着いていた。 普通なら――――通常の精神なら、決して届かないはずなのに。
整った顔立ち、楚々とした振る舞い、明晰な頭脳。非の打ちどころのない霧沢涼子という存在の中に、底知れぬ何かが顔をのぞかせていた、気がした。