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滑稽な劇画と共に、狂え part1

【My mother has killed me】

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お母さんが私を殺して(My mother has killed me,)


お父さんが私を食べて(My father is eating me,)


兄弟たちはテーブルの下にいて(My brother and sisters sit under the table,)


私の骨を拾って床下に埋めたの(Picking up bury them under the cold marble stones.)


My mother has killed me – by Mother Goose


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 無期懲役になっていた人が実は冤罪だった、というニュースが流れていた。「火のない所に煙は立たない」とも言うし「疑わしきは罰せず」とも言う。

 結局どっちなんだ、という感じはするが、要するにケースバイケースという事なのではないだろうか。

 

 そんな毒にも薬にもならない事を考えながら、九条翔桜は冷めかけた目玉焼きを流し込んだ。

 

 冤罪、誤認逮捕。最近そんな言葉をよく耳にするようになった。大衆受けがいいからなのか、はたまた犯罪者が増えたからなのか。


「どっちにしろ、世も末だよなぁ……」

「そーゆー事言うのは、後三十年経ってからにしなさい」


 母親に後頭部をはたかれ、翔桜は顔をしかめた。


「なんだよ、別に間違った事言ってないだろ?」

「十七歳のお子ちゃまに何が分かるって言うのよ。それよりその『やれやれ……』みたいな斜に構えるスタイル、流行ってるの? 隣の伊藤さん家の息子さんもあんたみたいな感じらしいんだけど、病院とか連れてったほうがいいの?」

「そっとしておいてあげて。その方が双方幸せだから。あと、俺は違うからね」

「知らぬは本人ばかりなり、ってね。まぁいいわ。さっさと学校行きなさい」

「ん……。ごちそうさま」



 空になった皿が片づけられるのを横目で見つつ、翔桜は玄関に向かった。いってきます、とリビングに声を投げかけて通学路を歩き出す。


 別に、「やれやれ、こんな事件が起こるなんて世も末だ。でもまぁ世の中こんなもんだよね。(斜に構えてる俺かっこいい!)」的な自己陶酔に陥っていた訳ではない。何か大事な歯車がかけているのではないかと、本気でそう思うのだ。

 特に、あんな映画を見た後では。


「おはよー翔桜」


 今日二回目、けれど一回目よりは軽い一撃を後頭部に見舞われる。


「おう、おはよう美羽みう

「私が後ろから来たのに気付かないなんて、朝からぼーっとしてるね。ちゃんと朝ご飯食べた?」


 朝ごはんはしっかり食べて来たし、美羽が後方から走ってきていたのも知っていた。先に声をかけるのは何となく負けた気がするので、気付かないふりをしていただけだ。何に対しての敗北感なのかは、良く分からないが。


「映画の事、考えてたんだ」

「あ、それってもしかして、わたしと一緒に見に行ったやつ?」

「『どうしても見たい。でも友達はもう皆見た後だから翔桜しか残ってない。一緒に来て』って、半分強制で連れて行かれたんだけどな」

「結構楽しんでたじゃん」

「美羽と一緒だったからな」

「本気?」

「五割ぐらいは……いたいいたいやめなさいやめて下さい」


 つねられた脇腹をさすりながら、ほんとは八割だけどな、と心の中で付け足す。絶対に口には出さないけれど。


「で、何で映画のこと考えてたの?」

「んー、なんであんなに流行ってんのかなぁ、って」

「面白いからでしょ」

「でも、感動したっていう子が多いのはおかしいと思う」

「そう? わたしは分からないでもないけど」


 タイトル「私を殺したのはだぁれ?」、ジャンルは推理物。

 ある学校で連続殺人が起こり、それを解き明かしていくと言うなんとも良くある話なのだが、物語の結末が割と予想外で感動的らしく、集客数が七百万を超えているという話だ。


「狂ってるだろ、あんなの」


 徒歩五分。学校に着いた翔桜と美羽は真っ白な校門をくぐった。


「現実で起こったらねー。でも非現実的だから、物語は面白いんじゃない?」

「なるほど」


 なかなか的確な意見だ。


「まぁあんな内容の映画が流行るあたり、心のどこかで『こんな死に方がしたい』って思っている人は多いのかなー。そう考えると、確かに狂ってるかも」

「だよなぁ、俺、あんまりあのラストとか気に食わないんだよ、だっておわぁあ!」


 途中から情けない叫び声に代わってしまったのは、突如誰かに目を覆われたからだ。


「だーれだっ」


 自分の目を覆った華奢な手をどけて、翔桜は振り返った。シャンプーなのか香水なのか、何かはわからないが、とりあえず仄かにいい香りがした。


「おはようございます、涼子先輩」

「おはよう九条君、それに春日井さんも」


 とても綺麗な笑顔で、涼子は翔桜と美羽に挨拶をした。銀行窓口の接客マニュアルに笑顔の模範例を載せるとするならば、涼子先輩をモデルに起用すればいいと翔桜は思った。


「久しぶりですね、九条君」

「そういえばそうですね。ここしばらく顔を見てなかった気がします」

「なんで久しぶりなんだと思いますか?」


 涼子の言葉の真意を測りかね、翔桜は首をひねった。


「なんで、でしょうね……」

「ヒントをあげます。その一、私たちは同じ部活に所属しています」

「その通りです」


 翔桜と涼子は同じ文芸部に所属していた。文芸部と言っても小説を書いたりするよりも、読んで感想を言い合う方がメインの部活だ。


「その二、文芸部は週に一回、月曜日に集まりがあります」

「そんな決まりもありましたね」


 なんとなく雲行きが怪しくなってきた感触がして、翔桜は涼子から目をそらした。が、そらした先に居た美羽も不機嫌なオーラを放っていたので、結局戻す。


「その三、なのに私は九条君を二週間ほど見ていません」

「不思議ですね。世の中にそんな奇怪な現象があるなんて」

「さてもう一度質問です。なんで久しぶりに会うんでしょうか」

「俺が部活をさぼり倒していたからですごめんなさいごめんなさい」

「今日は、来ますよ、ね?」


 再度、とても綺麗な笑顔を作って、涼子が言った。先ほどとは違い威圧的な笑顔。だから翔桜は、即答する。


「行かせていただきます」


 ここで行かない等と答えれば、学校から滅されてしまいそうだ。


「よろしい」


 くすくすと鈴が転がる様に涼子が笑ったとき、予鈴が鳴った。後五分でホームルームが始まる合図だ。


「それじゃぁ二人とも良い一日を。九条君は部活で会いましょ?」


 三年生の教室に去っていく涼子の背中を見ながら、翔桜はため息をついた。


「めんどくせぇ……」


 学校の規則で、生徒は何かしらの部活に所属しなければならない。基本的に速攻で帰って堕落した生活を送りたい翔桜は、文科系の、その中でも一番楽そうな文芸部に入っていた。学内にある部活の中では断トツで自由でゆるい文芸部だったが、その週一の集まりでさえ、翔桜には億劫だった。


「ねぇ、翔桜」


 二年二組の教室に向かいながら、美羽が問いかけた。


「先週の月曜日ってさ……映画に行った日だよね」

「あぁ、そうだけど?」

「なんか、ごめんね。月曜日に部活あるなんて知らなかったよ」


 美羽は園芸部に属しており、その活動は文芸部に負けず劣らず、ゆるい。

 しかし水やり当番など大事な事柄を決める会議への出席は絶対厳守されている。それもあってか、翔桜が活動をさぼったことが、とても悪いことのように感じているようだ。

 翔桜は美羽の頭を軽くなで、笑いながら答えた。


「美羽と映画見に行くほうがよっぽど有意義だったし、気にするな」

「……本気?」

「八割くらいは」

「残りの二割はなんなのよ……」


 それはもちろん、たださぼりたかっただけだ。


◇◇◇

 失敗した。


 盛大に失敗したと翔桜は思った。

 今日出席するべきではなかった。今日こそ、さぼるべきだったのだ。

 円形に並べられた机に、翔桜は力なく座る。


「さ、みなさん。ご覧のとおり今日はサボり魔の九条君が出席してくれました。盛大な拍手をお願いします!」


 憐れみと同情がちょっとだけ含まれた、大方がおもしろがっている拍手を一身に受け、翔桜は天を仰いだ。部活動の場として放課後に借りている図書館の一角。その天井をくるくると回るシーリングファンがとても呑気で腹立たしい。

 

 文芸部には二か月に一度、進捗報告会なるものがある。二か月間自分が部活動で何をしたのかをまとめた資料を配り、簡単にプレゼンテーションするという、極めて面倒くさい日だ。内容はとても簡単なものでよい。「私の読んだ本、おすすめ」でも、「主人公の心理描写に意義あり」でも、なんでもよいのだ。


「では今日は進捗報告ということで、久しぶりに来てくれた九条君から」


 部長である涼子が満面の笑顔で司会進行する。元生徒会長ということもあってか、涼子は文芸部の内情を大きく変えていた。


 彼女が部長になってからはまず、イベント事が増えた。生徒会長だった頃にも「ときめき二度目のバレンタイン」やら、「ハロウィンってなんじゃいかぼちゃパーティ」やら訳の分からないイベントを次々と繰り出していたあたり、性格的にお祭りが好きなのだろう。


「どうぞー!」


 かくいうこの進捗報告会も、涼子の発案である。翔桜以外の部員は喜んで参加していたし、客観的にみれば今後の人生で役立ちそうな会ではある。


「えー、みなさんお久しぶりです。とりあえず忘れている人もいると思うので自己紹介から入った方がいいのかな?」


 軽く笑いが起こる。


「えー、僕の名前は九条翔桜。好きな物語はフランダースの犬です。だって主人公の名前がネロですからね。あんな名前つけられたら僕なら一日の大半は寝てますね。でもまぁ僕が小学生の時唯一泣いた作品なのでやっぱり好きな作品と言って差し支えないかと――――」

「九条君?」

「すいません真面目にやります」


 必死の尺伸ばしも失敗に終わり、翔桜は途方に暮れた。

 進捗報告会は発表できなかった場合、ペナルティがある。一つは図書館の本の整理。もう一つは二か月間の部活後の掃除および戸締り担当だ。まぁ簡単に言えば、毎週部活動に参加しなければならなくなる。

 

 それだけは、避けたい。


「活動報告をする前に、僕が先週何故休んだのか、それを話しておく必要があります」


 普段は使わない頭を必死に回転させ、現状の打破を試みる。


「僕は先週、映画を見に行っていました。タイトルは『私を殺したのはだぁれ?』」


 映画のタイトルを言った瞬間、軽くざわめきが走る。人気があるのはやはり疑いようもない。


「映画というのは物語を紡ぐ手段の一つです。小説や漫画とは違った見せ方があるし、楽しみ方も違う。『私を殺したのはだぁれ?』は元々小説だったものが映画化されたものです。僕は原作と映画を比較することで、何故元はそんなに話題になっていなかったこの小説が、映画になってここまで売れているのかについて考察したいと思います。映画を見ることができたのが先週だったので、資料はありませんがお許しください」


 自分で言うのもなんだが、嘘もここまでくれば清々しい。原作なんてもちろん読んではいないし、資料どころか何を喋るかすら全く考えていない。


「ただ、知っている人もいるかと思いますが、この映画はミステリーです。比較するためにはネタバレをしなくてはなりませんし、もし未視聴の方がいればやめておこうと思うのですが」


 この場にいるのは、翔桜を除いて十五人。


「まだ見ていないって人は、どれくらいいますか?」


 一人でいい。一人でもいれば、ネタバレを避ける名目でこの場を逃れられる。


「誰かいませんか?」


 返答はない。万事休す。さようなら俺の堕落した日々。がっくりとうなだれて平凡な日常に別れを告げた時


「あのー……」


 涼子の手が、ゆっくりとあがった。


「み、見てないの、私だけ、なんですか……?」


 翔桜を含め、皆が意外そうに涼子に顔を向ける。なんとなくだが、この手の流行ものにはいち早く順応していそうなイメージだったのだ。

 予想外の人物に助けられ若干面食らったが、翔桜は用意していた言葉を使った。


「あー、あれは名作なので絶対一回見たほうがいいですよ。ほんと、最高なので。涼子先輩がみたら発表するので、それまで僕の進捗報告は延期ということで……」

「えー、それじゃぁ九条君にペナルティを課せられないじゃないですかー」


 なんてことを言うんだこの人は。


「いやー、でも面白いミステリーをネタバレされるのは嫌でしょう?」

「それはそうですけど……」


 勝った。これは完全勝利だ。不満そうな涼子を、必死で真面目な顔を取り繕いながら見やる。


 これが涼子でなければ、この場を逃れることができたのであろう。


 涼子の顔がぱっと輝いた瞬間、翔桜はそう思った。


「あ、いいことを考え付きました!」


 きっと今自分は死んだ魚のような目をしているに違いない。他の部員が必至で笑いをこらえている様を横目で捉えながら、翔桜は言う。


「……どうぞ」

「そのミステリー、私に問題形式で出してください。それを私が解けば、実際に見たも同然ですよね」

「……はい?」

「私、ミステリーは犯人と犯行手段、トリックが分かれば後はなんでもいいんです。幸い私以外のみんなはこの映画見たみたいですし」


 ね? と小首を傾げた涼子は、とても自信に満ち溢れていた。まるで自分に解けない謎はないとでもいうように。


「……わかりました」


 少々予想外の申し出ではあったが、悪くないと思った。出題できるということは、難易度の調節も自由自在だ。


「解ける範囲なら、難しくしていいですけど、あくまで常識の範囲内でお願いしますね?」

「はは、当然じゃないですか。ちゃんと解答方法があってこその問題ですからね」


 内面を見透かされたようで苦笑いがこぼれた。

 だが問題はない。第一ミステリーを言葉だけで説明して、解けるはずがないではないか。

 ホワイトボードを手繰り寄せ、黒のマーカーペンで映画の内容を図示していく。


「ではいきます。そうですね、キーワードは……『マザーグース』です」



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