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真実はいつの日も、無情

◇◇◇


 その後、涼子の行動は早かった。

 翌日、土曜日のホームルームの前に全校生徒を集め、全て真実を包み隠さず話した。その横には、警察官である涼子の父の姿もあった。


 聞くところによると、この涼子の計画の裏で、警察も全力で犯人捜しをおこなっていたようだ。しかし事件が立て続けに起こったことや、情報が少なかったことで、犯人の特定には至れなかったようだ。


学校の関係者全てを対象に、取り調べをすることもできたが、仮にそれで犯人が特定できなかった場合、完全に取り逃がす可能性があったため、中々行動を起こせなかったらしい。


 思えば最初の事件から今まで二週間経っていないのだ。複数の事件を解決するには、少し短いのかもしれない。


 美羽には多量の謝礼金が払われることになった。彼女の精神的苦痛を考えれば当然だが、いくらもらったのかは分からない。

 


 あれから日曜日を挟み、三日。

 美羽の周りには日常が戻り始めていた。


 最初は微妙の空気だったが、紗英が大きな声で謝罪してからは、連鎖的に皆が周りに集まり謝罪していた。紗英自身は全く美羽の事を疑っていなかったから、きっとあれはパフォーマンスなのだろうと思った。


「ね、ね。翔桜」

「ん、どうした美羽」


 翔桜も美羽ほどではないにしろ被害は被ったが、それももとに戻りつつある。といっても、一番仲のいい大樹は事件中も変わらず喋ってくれていたし、そんなに大差はないのだが。


 それでも色々な感情のこもった視線を感じずに歩けるというのは、清々しいものがある。


「そろそろいいよね」

「何がだ?」


 あの日以来、美羽は自分の家に帰っていた。

 もうすぐ親が帰ってくるから、その準備をするという事だが、この二週間にあった密度の濃い事件の数々はどう説明するのだろうか。こじれるようならば助太刀もしようと、翔桜は思っていた。


「あの日の返事、聞かせてくれない?」


 随分とストレートに聞かれてしまった。今回の経験を経て、少し精神的に強くなったのではないだろうか。全く喜ぶことはできないが、いい傾向ではある。


「……わかった、じゃぁ放課後、屋上で」


 この場で言うのは心の準備ができてなかったので、放課後まで先延ばしにする。今はまだ朝のホームルーム前だし、授業中精神統一すればなんとか落ち着くだろうと、そんな呑気な事を考える。


「翔桜って、まず形から入るタイプ?」

「う、うるさいな……」


 へへ、じゃぁ楽しみにしてるね。

 そう言って頬を少し赤くさせて、美羽は駆けて行った。向かう先には紗英の姿があった。あれ以来仲良くなったらしい二人は、よく喋るようになったようだ。

 女子の輪の中に溶け込んでいく美羽姿を眺めながら、翔桜もゆっくりと歩き出す。


「九条君」


 心臓が不本意にも強く脈打った。

 もうこれは条件反射なんだと半ばあきらめ、振り向く。


「お久しぶりです、涼子先輩」


 涼子は、土曜日からしばらく学校を休んでいた。警察の関係でしばらく色々と報告させられていたらしい。詳しい事は、よく分からない。


「九条君、本当に、ごめんなさい」


 会って早々、涼子は頭を下げた。

 長い黒髪が絹の様にさらさらと首元で揺れている。


「気にしてないと言えば、嘘になります。けど、先輩を責める気はありません」


 それが正直な気持ちだった。


 涼子のアフターフォローは完璧だった。恐らく、ここまで全て考えて行動していたのだろう。

 美羽はもう傷つかない。それだけで十分だ。


「沢山、沢山迷惑をかけてしまって、傷つけてしまって……こんな事、言う資格もないとは思っています。でも、どうしても謝りたくて……」

「いいですよ、もう」


 いや、これではダメか。いくら言葉で示しても、涼子はいつまでも引きずってしまう。


「じゃぁ、お詫びにひとつ教えてください」


 だから翔桜は別の形で、涼子の謝罪を受け取ることにした。


「あの日、進捗報告会の日。どうして涼子先輩は真相にたどり着けたんですか?」


 ずっとどこかに引っかかっていた。

 狂気にも似た、涼子の発想力。どんな思考で、答えにたどり着いたのだろう。


「え? え、えーと、あれは確か」


 思いもよらぬ質問が来たからだろう。少し面食らった様子で、涼子は答えた。


「最初の事件の死に方だけ、浮いていたので」

「浮いていた?」

「えぇ、他の事件に比べて、なんというか、普通の死に方でしたよね。だから、あの事件だけなにか別の意味合いがあると思ったんです。それに映画のタイトルもなんだか萩原ゆうなのセリフのようでしたし」


 そういうことだったのか。

 決して、翔桜が考えていたような狂った発想からではなく、論理的に、いや水平的に思考し、真実にたどり着いたのだ。

 心の隅でくすぶっていたもやもやが、消えた気がした。


「そうだったんですね。とっても勉強になりました」

「えと、あの、九条君?」

「なんですか?」

「こんな事で、いいんですか?」


 恐る恐る、という感じで、涼子がいった。なんだか小動物の様で可愛らしい。


「こんな事で、いいんです」


 予鈴が鳴った。

 もうすぐホームルームが始まる。

 全ての懸念は、消え去った。


 またこれから、普通の生活が始まる。

 この強烈な経験も、いつしか薄れて、笑い話になる時がくるのだろうか。


「くると、いいな……」

「なんですか?」

「いえ、なんでもありません」


 笑って答える。空の色は青い。空気は少し冷たくなった。


 季節は移り替わる。


「じゃぁ先輩、僕はこれで」

「あ、九条君」


 教室へ向かおうとした翔桜を、涼子が呼び止めた。


「最後に、一つだけ」

「どうぞ」


 何度も何度も、季節が回って。


 それで、この二週間の経験が。


 笑い話に。



「ねぇ九条君」



 なる、日が。



「こんな結末が、お好みですか?」



 背中がざわりと粟立った。



「誰も傷つかず、笑って、また普通の生活が戻ってくる。いつしかこの経験が笑い話になる。そんな、生ぬるい、笑ってしまう、反吐が出るような、絵本のようなハッピーエンドが、欲しいんですか?」



 周りの景色が一変した気がした。



「はっきり言いましょう」



 空の色は灰色がかって。空気は淀んでしまって。息苦しくなって。



「そんなものは、まやかしです」



 涼子の顔が近づく、顎に手が添えられる。


「ねぇ、九条君。気づいているのでしょう? 自分が、真実を一つ、見過ごしていることに。わざと、見落としたことに」


 そうだ。気づいてはいた。だけど自分は、それの事実にわざと気づかないふりをした。


「私が第一の事件の現場を見ただけで、全ての真相を暴いた。いい推理です。可能性としては、なくはない。けれど、本当にそれだけですか? 推理に少し、無理があるとは思いませんでしたか?」


 もう一つの可能性。翔桜が無意識に切り捨てた、答え。


「目を反らさずに、ちゃんと受け止めてくださいよ」


 彼女は突きつける。

 その真実を。

 あまりにも、無情に。


「私は、犯人を目撃していた」

「そんなはず、ない」

「どうして?」


 いや、そちらの可能性が高かった。

 何故なら、涼子は。


「あんなに見つかりにくい場所にあった死体を、私はどうやって見つけたというのですか?」


 そう、あの日、あの朝。

 彼女は翔桜を迷うことなくあの場所に連れて行った。

 それはつまり、一度その場所を訪れていたという事。

 それが、いつなのかは分からない。

 少なくとも、普通の生活を送っていればあそこには足を運ばない。


「おかしな場所から森部沙耶が出てきたから、確認したら死体があった。そう考えるのが普通なのではないですか?」

「ちがう、そんなはずない!」

 

 違わなくてはならない。

 じゃないと、この人は。

 全てを知っていながら、犯人を野放しにしていたことになるではないか。


「いいですか、本当の事を教えてあげましょう。あなたが今回、私の思考回路をたどって練り上げた推理。あれは私の保険です」

「保険?」

「そうです、同じ学校の生徒を犯人に仕立て上げる。それがもし何らかの形で、間違っていたとばれてしまえば、私はもう学校にはいられなくなる。それを避けるための、保険です」


 もし翔桜が涼子を論破していたら。警察が先に犯人を捕まえていたら。その時披露するはずだった推理だという事か。


「私は事件当日、森部先生の姿を目撃していました。そこから今回の計画を練り上げた。失敗した時の保険も用意して」


 まさかそれを使って真犯人を特定されてしまうとは、思いませんでしたけど。

 そう言って涼子は目を細めて笑う。さげすむような、笑い。


「ねぇ九条君。あなたは私を完全に打ち負かさなければならなかった。犯人を知っていながらのさばらせるような下種野郎だと周知させねばならなかった。私が春日井美羽を犯人に仕立てあげたのは何かの意味があるはず。理由があるはず。そんな風に、私を完全に敵と認識できなかったから、こんな事になるんです」

「どうして」


 翔桜は、ただ、掠れるような声で、そんな言葉を発することしかできなかった。


「どうしてそんな手の込んだことを、するんですか」

「ふふっ、言ったじゃないですか」


 耳元に、唇が寄せられる。甘い香りがした。


「あなたを、私の奴隷ものにするためです」


 チャイムが鳴った。

 涼子の体が離れ、膝から崩れ落ちそうになる。


「それじゃぁ九条君」


 終わっていなかった。

 平穏な生活など、戻ってきてはいなかった。


「また、やりましょう?」


 涼子の掌で、自分はいつまで、踊り続ければいい。

 彼女の虚構の推理劇は今もまだ、続いていると言うのだろうか。

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