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絶望的劣勢下で尚、奮い立て part2

◇◇◇

 

彼女の名前は、藤堂亜紀とうどうあきといった。大学の三年生で、経済学部に所属しているらしい。

畳の上に置かれた、ちゃぶ台に所狭しと散らばった煎餅をばりばりと食べながら、亜紀は自己紹介をしてくれた。大学にサークルはみんなこんな感じでお菓子が撒かれているのだろうか、と不思議に思いながら、翔桜と美羽も簡単な自己紹介をした。


「美羽ちゃんに、翔桜君ね。二人ともようこそ、ミス研へ」


 ミステリー研究会の事を、縮めてそう呼んでいるのだろう。名前の通り、部屋の中にはお菓子以外にも、推理小説がずらりと並んでた。


「ミス研は部活じゃないから、まぁゆるくやってたわけ。本読んだり、書いたり、後はおもしろいトリックをみんなで考えたりしてね」


 活動内容は、どことなく文芸部に似ている気がした。仮に大学でもどこかの部活やサークルに所属しなければならなかったとすれば、こういうところが良いと翔桜は思った。


「でも文化祭の出し物とか、かなり人気あったんだよ。部屋一個使って殺人現場作って。そこでお客さんに推理してもらうんだ。解答までにかかった時間で競ってもらったり、毎年大盛り上がり」

「お、おもしろそう……」


 思わず口に出すと、亜紀はからりと笑った。


「だろ? で、そういう評判が口コミとかで広がって他大学から入部したいって人も出てきて。今じゃ幽霊部員も合わせて、百人近く部員いるかな」


 それが今のうちのサークルの現状。とそこまで言うと、再び煎餅の袋を開ける。とても気持ちのいい食べっぷりだ。


「で、今年の文化祭の準備もいい感じだったのに、あの事件が起きた。うちのサークルから三人とも被害者出るなんて、ほんと、何があったんだろうね」

「ちょっと待ってください」


 聞き流しそうになったが、今、とんでもない情報が耳に入った気がする。


「何人被害者が出たんですか?」

「いや、だから三人。藤原有香と佐藤涼と、加藤圭吾」


 最初の二人、藤原有香と佐藤涼がこのサークルに所属していたのは知っていた。だが、加藤圭吾、は確か、Y大学に通っているはずだ。


「もしかして加藤圭吾さんは、他大学からこのサークルに入部していたんですか?」


 美羽の問いかけに、亜紀はさも当然とばかりに頷いた。


「なんだ、知らなかったのか?」

「えぇ、そもそもサークルのこと自体、世間一般には公開されていませんし」

「あー、そういえばニュースとかでも聞かなかったな。あれか、大学側が圧力かけてんのか」


 恐らくそれは間違いない。今まで殺された人物全員が、このサークルに所属していたと分かれば、大学のイメージは大きく下がる。

 しかしだからと言って、学生を危険にさらしておくわけにもいかない。その結果が、ミス研に所属する学生全員の自宅謹慎というわけか。


「あの、三人の関係について、教えてもらってもいいですか? あ、あともし知っていれば、佐藤涼さんの妹の、佐藤彩さんに関しても」


 三人が同じサークルに所属していたのであれば、他にも何かしらの共通項があるかもしれない。


「三人の関係ねー。まぁあいつら同い年だし、普通に仲は良かったんじゃないかな。特別仲がいいって感じでもなかったけど。あー、でも涼はよく加藤にチビって言われて怒ってたな」


 あいつは成長期がこなかったんだろーなー、と笑いながら煎餅をほおばる亜紀の目は少し寂しそうに見えた。


「……藤堂さんは」

「亜紀ちゃんでいいよ、女の子同士仲良くやろうぜ美羽ちゃん」

「え? あ、じゃぁ、えーと、亜紀さんは、三人と仲が良かったんですか?」

「どうだろうね」


 本日三枚目の煎餅をあけながら、亜紀がつぶやく。見ていると、小腹がすいているというよりは、気を紛らわすために食べているような感じにも思える。


「私は暇さえあればここに来てたし、あいつらもあの学年の中ではよく来てる方だった。だから顔を合わせる機会は多かったし、当然よく喋ったさ。有香ちゃんの悩み聞いてあげたこともあったし、涼のシスコンをいじり倒したこともある。圭吾は飲み会で絡みすぎてドン引きされたっけな。うん。そんな感じで、沢山思い出はあるけど、でも」


 ばりっと、煎餅が割れる。悔しさと共に、噛みしめているのだろうか。


「なんであいつらが殺されたのか、全然わかんねーんだよ……っ」

「亜紀さん……」

「はは、悪い悪い。ついね。やっぱ後輩が三人もいなくなるのは辛いわ」


 鞄からペットボトルのお茶を取り出し嚥下する亜紀の姿を見ながら、翔桜はなんとなく、この人も犯人を捜し出したいのではないかと思った。自宅謹慎中にもかかわらず部室に来たのは、ここに何か手がかりがあるかもしれないと、足を運んでみたのではないだろうか。


「藤堂さん。その藤原さんの悩みについて、教えてもらってもいいですか」


 だとすれば、変に気を使って遠まわしに聞くのではなく、どんどんと情報を集めよう。それがきっと、お互いの為になる。


「あぁ、それか。あいつの悩みはあれだよ、もてすぎて困る」

「へぇ……」

「って言ってもあれだぞ? 自慢とかそういうんじゃなくて、どうやって断ればいいのか、みたいな。有香はすっごく優しくて気の利くやつだったから、色んな男を無意識に釣っちゃってたんだよ。で、告白されてどう断ればいいだろう、ってな感じで」

「つまり、サークルのアイドル的存在だったんですか?」

「そうだな。まぁ私の知る限り、あいつの事嫌いなやつなんていなかったよ。男も、女も」


 なのに殺された。恨みを買わない性格だったのであれば、何故殺しのターゲットにされたのだろうか。


「その、家庭環境に問題とかは」


 私を殺したのはだぁれ? の映画のことが思い出されて、聞いてしまった。どことなくあの映画の最初の被害者に似ている気がした。


「いや、特には聞いてないな。まぁあいつ独り暮らしだったしよくわかんないけど、実家から米が送られてきたってよく喜んでたし、仲は良いんじゃないかな」

「そうですか」

「あぁ、関係ないかもしれないけど、家族との仲って言えば、涼も良かったよ。特に妹の彩とはできてんじゃないかってくらいだった」


 佐藤涼と佐藤彩。第三の事件の被害者で、一連の事件の中で唯一、二人同時に殺されている。


「あったことがあるんですか?」

「あるよ。涼はかわいい顔してたから、年上に人気があったんだよ。それを聞いたからかどうかは知らないけど、涼含めて何人かと遊ぶってなった時は、よくくっついてきてたんだよ。まぁ人当たりもいいし、すぐに馴染んでたから誰も何も言わなかったけど」

「妹さんは、高校二年生でしたよね」

「そうそう、涼とは四つ違いだったかな。シスコンブラコンってのはあいつらの為にある言葉だと、今でも私は思ってるよ」


 翔桜には兄弟がいないから想像しにくいが、兄妹間で恋愛感情というのは生まれる者なのだろうか。聞いてい見ると、亜紀は笑って答えた。


「もちろんありえないよ。涼の方は他に好きな人がいたって噂も流れたし、特にないんじゃないかな。彩に関しては……正直分からない。でも何回か会った感じだと、兄妹の間柄以上の何かを求めてる感じはしたかな」

 

 ふと横を見ると、美羽がノートに何かを書き留めていた。よく見れば今までの亜紀との会話をまとめてメモしてくれていたようだ。



藤原有香

第一の事件の被害者

ミス研所属

アイドル的存在モテる

両親との仲も良好


佐藤涼

第三の事件の被害者

ミス研所属

顔立ちが可愛い。年上にモテる

妹ととてもも仲が良い

好きな人がいた(?)


佐藤彩

第三の事件の被害者

高校生

ミス研には所属していない(ただし一部のミス研メンバーとは顔を合わせた事あり)

人当たりが良く、年上の中でもすぐに馴染める

兄に対して恋愛感情を抱いていたかも?


加藤圭吾

第二の事件の被害者

ミス研所属(ただし大学は別)



こうしてみると、まだ加藤圭吾についての情報が少ない事に気付く。


「加藤圭吾さんについても、教えていただいていいですか?」

「圭吾? あー、圭吾かぁ」


 腕を組み困ったように天井を見上げる。


「なんというか、地味なやつだったよ。別段すごく強い個性があるわけでもなかったし。でもまぁよく話を聞いてくれるやつだったから、男女問わず、よく相談とかにはのってたみたいだな」


 美羽がノートに書き足していく。

 少しではあるが、被害者たちのサークルでの立ち位置は見えてきた。だが、共通項としては、少し弱い。もっと何か、決定的なつながりはなかったのだろうか。


 次は亜紀に何を聞こうかと考えていると、ふとちゃぶ台の下に無造作に置かれたピンク色のノートに目がいった。表紙には「ミス研雑談ノート」と書かれている。


「これ、読んでもいいですか?」

「別にいいけど、くっだらない内容だよ? 授業サボりましたとか、単位降らせてくださいとか、独り言みたいなやつ」

「部員同士のやり取りとかもありますね」


 このノートは愚痴を書きなぐったり、旅行のお土産置いときました、などの連絡事項を書いたり、部室であったことを暇な人がかいたりしている、いわゆる雑談帳や交換日記のような役割を果たしているようだ。

 日付と、雑談、そして最後に誰が書いたのかが記されている。例えば、



七月二十日

 期末試験なんて滅べ

 亜紀



 しゅっとした文字からあふれ出る負のオーラに同調するように、隣に他の人のコメントが書かれている。



 期末テストしてくれるだけありがたいと思え。出席百パーセントなんてきいてねぇよ

 和人



 がんばれ来年の俺たち

 正行



 部員達の関係や、性格がおぼろげに伝わってくる。ななめに読み進めながら、三人の名前を探す。


「あった」


 亜紀が言う通り、三人ともかなりの回数部室に来ていたのであろう。苦も無く三人のコメントを見つけることができた。


 どうやら加藤圭吾は、大学の授業が終わったらほぼ毎日この部室に来ていたようだ。


「この大学に在籍してる私より加藤君の方が部室に居る気がします。もう彼は転校してきたらいいんじゃないでしょうか」「部室の番人圭吾君にお菓子もらいました!」「小さいからって圭吾君が牛乳くれました。百六十センチはチビじゃありません」


 最後のは涼の書き込みだ。二人は軽口を言い合うくらいには仲が良かったようだ。

 他にも何かないかとぺらぺらとめくり続ける。ノートを見ている感じでは、楽しそうなサークルだった。部員同士の仲はよさそうだし、毎日たくさんの人が部室に来ているようだ。


 といっても、これはあくまでサークルのほんの一面に過ぎない。ここから何かを判断するのは軽率というものだろう。


「あ、ここ見て翔桜。三人の名前が書いてあるよ」

「ほんとだ」


 見ると、ノートの半ページほどを使って、六月十八日のやり取りが書かれていた。書いたのは藤原有香の様だ。



 圭吾君の書いたミステリーのトリックについて涼君を含めた三人で一緒に話しました。私と涼君が強引過ぎるって言ったら怒ってどこかに行っちゃった……。


 と、思ったら一時間後に帰ってきました! 前より面白いトリック考えてきてたし、やっぱりすごい! 完成したら是非皆さん読んであげてね!



「三人の名前が一気に載ってるのは、これくらいか」


 ノートを閉じ、考える。

 殺された四人の内、三人はミス研に所属していた。残りの一人も、所属はしてないとはいえ、少なからず関与はしていた。


 共通項はあった。ならば、何故この四人が被害者に選ばれたのか。


 話を聞くところでは、全員誰かに恨みを買うような性格ではない。そもそも、三人は特別仲がいいわけではなかった。あくまで、サークルの同じ学年というつながりだけ。


 だとすれば、彼らが殺害された理由は、もう一つ考えられる。


「藤堂さん。ミス研は何か、トラブルのようなものを起こしてはいませんでしたか? 特にこの二年生に関して」


 それは、ミス研ならば誰でもよかった、という可能性だ。

 ミス研という大きな枠組みの中で、たまたまこの四人が選ばれた。ミス研を狙った連続殺人事件。


「んー、思い当たる節はないなー。うちは騒音とかも立てないし、軽音部とかと違ってトラブルは少ないんだ。深夜に酒持ち込んでどんちゃん騒ぎするようなやつも、いなかったしな」

「恋愛がらみとかは」

「それこそないんじゃないかねー。まぁ幽霊部員に関しては全然わかんないけどさ」


 これも外したか。頭をかきむしる。


 連続殺人事件の被害者の共通項を見つけて、なおかつその人物について大まかに知ることができて。にもかかわらず肝心の部分が全く分からない。見えない壁が立ちはだかっているような気がする。


 隣で美羽が亜紀に色々と質問してはいるが、やはり核心に迫るような事実は見えてこない。


 ふと視線を上げると、本棚に入った沢山のミステリー小説が目に入った。あの中には連続殺人を題材にしたものも、きっとたくさんあるのだろう。そういえばミステリーはあまり読んだことがなかったことに気付く。


「藤堂さん。これはあんまり事件には関係ない質問なんですけど」

「いいよ、なんでも言ってみな」

「連続殺人を扱ったミステリーを読むとき、どんな事を考えながら読んでますか?」


 翔桜の質問に小首を傾げながら、亜紀は答えた。


「うーん、そうだな。被害者に共通する部分とか、誰かに恨みを買っていなかったかとか、色々気になるところはあるけど、やっぱり一番は――――本当に連続殺人事件なのか、疑うことかな」

「本当の、連続殺人」

「そ。もし連続殺人じゃなかったら、視点を変えて読まないといけなくなるからね。同じ地域で三人殺されたからって、それらの事件に関連性があるかどうかは、慎重に考えなくちゃいけない」


 それは間違いない。

 だが、今回の事件では、マザーグースの詩が置かれているという決定的な関連性がある。連続殺人事件である事は、間違いないのではないだろうか。


 いや、あるいは


「そこから、間違ってるのか……?」

「ん、どうした?」

「いえ、何でもありません。あと、他にもいくつか聞いておきたいんですが……」

 その後も亜紀にミス研について質問をし、翔桜たちが部屋を後にしたのは日が傾き始めたころだった。



◇◇◇


 亜紀にメールアドレスをもらい、帰路に着いた翔桜は、生ぬるい風を切りながら自転車をこいでいた。腰に添えられた美羽の手が温かい。


「どう思った、美羽」


 夏が過ぎると、夕方の時間も短くなるようだ。部室を出たときはオレンジ色の空気が詰まっていたのに、今は群青色に代わっている。


「なんか、今一つパンチに欠ける感じ」

「だよなぁ……わかったことは、沢山あるんだけどな」


 沙耶の言った通り、今日ミス研を訪ねたのは正解だった。おかげでよく知らなかった被害者の背景がつかめたし、何より被害者たちの共通項が見つかった。


 確かに犯人はまだ分からないが、大きな前進ではある。


「帰ったらすぐに飯食べて、明日の行動を決めような」

「もちろん」


 明日は唯一、丸一日行動できる日だ。明後日には涼子に犯人の報告をしなくてはならない。時間はない、焦ってはいる。だがここで冷静に頭を働かせなければ、元も子もない。


「なんかさ」


 後ろから美羽の声が聞こえる。横を通り過ぎる車の音がすこしうるさい。


「今日、沢山いろんなことが分かったけど、まだ犯人は分からないよね」

「あぁ」

「涼子先輩なら、どんな推理するんだろーって、ちょっと思っちゃった」


 確かに何を考えているか分からない涼子が今日の話しを聞いてどんな推理を展開するのかは、気になるところだ。


「もしかしたら、犯人分かっちゃったりするのかな」

「はは、さすがにそれは……」


 思わず、自転車のブレーキを強く握る。

 あまりにも衝撃的な仮説が、頭の中をよぎった。


「ど、どうしたの翔桜」


 急に翔桜が自転車を止めたことに驚いたらしく、美羽が慌てて荷台から降りた。


「目になんか入った? 虫とか砂とか?」


 心配そうに覗き込んでくる美羽を片手で制し、思考を整理する。


 涼子なら、今日の話しで犯人に気づけそう。あながち突飛な発想ではないかもしれない。


 だが、よく考えてみろ。

 あの時、涼子は何と言った?



『一つだけ、美羽さんを助けてあげる方法があります』



 美羽を助ける。確かにそう言った。

 だが、助けるとはどういうことだ?

 あの状況で「助ける」というのは、真犯人を特定するという事に他ならないのではないか。


 仮に、今回の一連の出来事の涼子の目的が、本当に翔桜を自分の奴隷ものにすることだったと仮定しよう。


 その場合、あそこで翔桜を頷かせるためには、美羽を助けなければならない。

 美羽を助けるためには、真犯人が分かっていなければならない。

 なら、涼子はどこでその真相に至っていたのだろう。

 少なくとも翔桜に勝負をかける時点で、この筋書きを描き切れていなければならないのではないか。


 だと、するならば


「涼子先輩は、第一の事件の時に既に犯人が分かっていたのか……?」


 あの事件現場に、全ての真相が詰まっている。

 翔桜も目に焼き付けた、あの場所に。


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