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絶望的劣勢下で尚、奮い立て part1

◇◇◇


ドラマや小説で推理物を見ても、なんとなく犯人の目星はつく。

それは限られた時間や、限られたページ数の中で描かれるすべての要素が重要な情報で、それらを踏まえた上で仮説を立てれば、おのずと犯人に行きつくからだ。

例えば推理ドラマなら、さりげない日常会話が物語の伏線になっていたりする。敏感にアンテナを張り巡らせれば、犯人の特定、トリックの推理はそう難しくない。

 

だが、と翔桜は思う。


あまりにも情報があふれ、無意識にそれらを排除し、通り過ぎる現実では、ヒントがばらまかれていることなどありえない。例えばらまかれていたとしても、気づくことなど不可能だ。


 今日を含めて残り三日というわずかな時間で、あるのかも分からない手がかりを探し出し、犯人を見つけることなどできるのだろうか。

 いや、やるしかないのだ。それが翔桜と美羽に残された、唯一無二の道なのだから。


「翔桜? どうしたのあんた、こんな早くに帰って来て」


 まだ昼前だというのに帰宅した翔桜を、訝しげな表情で見ながら千恵がリビングから顔を出した。


「熱でも出た?」

「母さんごめん。俺、今週学校行かないから」


 学校で授業を受けている時間も情報収集に充てなければ、確実に間に合わない。さぼった分は、後で取り返す。ただそれは自分の成績の話しであって、授業料を払ってもらっている親にはしっかりと伝えなければならないだろう。


「あら、反抗期? ぐれちゃった?」

「どうとでもとってもらって構わない。来週からは絶対に行くから、今週だけはさぼらして欲しいんだ」


 千恵に詳しい話をしている暇はない。今は一分一秒ですら惜しいのだ。加えて、殺人事件に首を突っ込むとばれれば、普通に考えれば止められてしまう。


「ふーん、それって美羽ちゃんが関係してるの?」

「……そうかもしれない」


 鋭い指摘に翔桜が驚いていると、千恵はさらりと続けた。


「じゃ、好きにしなさい」

「い、いいの?」


 思っていたよりも簡単に許可が下りてしまい、翔桜は思わず聞き返した。


「あんた最近なーんか顔が暗いのよね。一緒に食べててごはんがおいしくない顔というか、喋っててもちっとも楽しくないというか」

「悪かったよ……」

「だから、さっさとすっきりして、一区切りつけちゃいなさい。あ、でも九時までには戻って来なさいよ。最近物騒だから未成年は夜出歩かせないようにって、回覧板に書いてあったし」

「ん、分かった」

 

 いざとなれば寝たふりをしてもう一度抜け出せばいい。千恵にいらぬ心配をかけたくないし、かと言って悠長に家でのんびりしている暇もない。


「あぁ、それと最後に」

「なに?」


 手早く着替えを済ませ、ポシェットに必要最低限のモノだけを入れ、翔桜は玄関に向かう。


「来週になっても今みたいなしょぼくれた顔してたら、三枚おろしにするから、ねっ」

「いってぇぇぇええ! 母さんこれ絶対跡ついたって!」


 悲鳴が出るほどの力で背中を叩かれ、目に涙を浮かべながら振り返る。


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 学校に行く息子を見送るような気軽さで、千恵は言った。

 だから翔桜も、いつもの通りに返す。


「うん。いってきます、母さん」


 何一つ事情を聞かなくても、自分のわがままを許してくれた母親に感謝しつつ、翔桜は再び家を出た。背中の痛みが、より一層自分を叱咤してくれている気がした。



◇◇◇


 私服に着替えた美羽を自転車で迎えに行き、再び漕ぐこと二十分と少し。平坦な道をだらだらと漕げば、X県立大学に着く。


 高校は自転車で行くような距離ではないので使っていなかったが、ガレージから引っ張り出した若干埃っぽいママチャリの荷台に美羽を乗せ、翔桜と美羽はX県立大学の門の前にいた。


 二人が最初にここを訪れたのには理由があった。



『……そういうわけで、金曜日までに犯人を捜さなきゃならなくなった』


 涼子に負けた事を謝罪し、これからの事を簡潔に伝えると、美羽は広げていた教科書を鞄に終い始めた。


『わかった。じゃぁわたしも手伝うね』

『いや、俺一人でやる』

『どうして?』

『どうしてって言われても……』


 犯人捜しは危険だから。美羽は自分が守ると決めたから。パッと思いついた理由は、どちらも美羽が納得しそうになかった。


『もう嫌だよ、守られてるだけなのは。涼子先輩との時はわたしが出しゃばっても足を引っ張りそうだたからじっとしてたけど……今は違うでしょ?』


 美羽本人が涼子と対決したところで、おそらく有効な手立てはなかっただろう。しかし今はどうだ。犯人を捜すにあたって、考える頭脳も行動する体も、二倍あった方がいいのではないだろうか。


『……でも』

『自分が負けたからこんな事になったのに、春日井さんに迷惑かけたくない、とか思ってるなら、それは間違いよ、九条君』

『森部先生……』


 それまで静かに座っているだけだった沙耶が口を開いた。


『こんな言い方はずるいかもしれないけれど。本当に犯人を捕まえたいのなら。本当に、春日井さんを助けたいのなら。変な意地はらずに、使えるものを使いなさい』


 沙耶の言葉が、妙に痛い。今までの自分の行動が、とても独りよがりなものに思えてくる。


 涼子との戦い。

 最初に勝負を持ちかけられて、それが怒涛のように連なってやってきて。

 けれど自分は、誰かに助けを求めようとはしなかった。


 独りでなんとかしようとしてきた。

 時間がなかったから、一人の方が確実だと思ったから。

 

『美羽』

『うん』


 けれどそれは違ったのかもしれない。美羽の為に戦っていたつもりで、その実、最適な行動は、とれていなかったのではないだろうか。


『一緒にきてくれるか』

『うん、頑張ろうね』


 なら、次こそは間違わない。もう後にはひけないのだ。


『森部先生、色々とありがとうございました』

『いいのよ。本当はもっと早くから、色々と相談に乗ってあげるべきだったのかもしれないわね。そうすれば、こんな事には……』

『そんなことないです。先生がいてくれたおかげで、ここ数日わたしも助かりましたし』


 美羽の言葉に、沙耶が笑った。いつもよりもどこか少し、陰のある笑みだ。


『ありがとう、そういってもらえると救われるわ……。ところで二人とも、これからどうするつもりなの?』

『X県立大学に向かおうかと思っています』

『それは、どうして?』

『第一の事件の被害者と、第三の事件の被害者の所属していた大学だからです』


 それに翔桜の記憶が確かならば、年齢も同じだったはずだ。

 この連続殺人事件をつなぐヒントがあるかもしれないと、翔桜は思っていた。

 少し間をおき、沙耶が口を開く。


『ミステリー研究会に、行ってみるのはどうかしら』

『……それは、なんですか?』

『X県立大学にあるサークルよ。今地図を印刷するわね』


 ノートパソコンを開き、印刷機の電源を入れて暫くすると、慌ただしい音と共にカラー印刷された地図が吐き出された。


『どうしてここを?』

『私も色々と気になっちゃって、事件について調べてたの。そしたらある大学生のブログで気になる書き込みを見つけてね。その二人、どうやら同じサークルに入っていたらしいの』

『まさかそれが……』

『えぇ、このミステリー研究会なの』


 それが本当だとしたら、大きな情報だ。だが、引っかかる部分もある。


『そんなの、テレビや新聞じゃ報道してませんよね』

『情報規制がかかってるんじゃないかな?』


 美羽が印刷された地図に目を通しながら言う。


『私も春日井さんの言う通りだと思う。推測だけど、大学の一つのサークル内で二人も人が殺されたなんて知れたら、大学側としたら大きなマイナスイメージよね』

『けど、それはもう大学名が出ている時点で遅いような気も……』

『そちらの規制に関しては、間に合わなかったのかもしれないわね。サークルとかと違って、所属している大学なんかは、すぐに分かってしまうから』

『なるほど』


 これ以上騒がれないようにする為、沈静化を図ったという事だろうか。だとすれば、沙耶の情報にも信憑性は出てくる。


『じゃぁまずは、このミステリー研究会に行ってみようと思います。色々と、ありがとうございました』

『えぇ、二人は体調が悪くて早退したってことにしておくから、気にせずいってらっしゃい』



 こうして背中を押された二人は、ミステリー研究会を訪れるべく、X県立大学の門前に立っていた。制服のままでは色々と行動に支障が出るため、一度家に戻って着替えることにした。美羽は私服を翔桜の家に持ってきていなかったので、一旦自分の家に戻ったというわけだ。


「大学って始めてくるから……なんか緊張するな」

「オープンキャンパスとかも、結局行かなかったもんね」


 いくつも立ち並ぶ建物と、その間を抜ける綺麗にアスファルト舗装された道。高校とはまったく作りが違っていて、圧倒されてしまう。


「でも、怖気づいてる暇なんてないよな」

「うん、この道をまっすぐ進んで、突き当りを左に曲がったら、部室棟があるみたいだし、まずそこまで行っちゃおうか」

「あぁ」


 適当な場所に自転車を置き、歩き始める。周りには授業に向かうためか何人もの学生と思しき人たちが早足で歩いていた。年は、よくわからない。少なくとも翔桜たちよりも年上である事は間違いないのだが、私服を着ている人物の年齢と言うのは当てにくいものだと思った。


「案外分からないのかもね、私たちが高校生ってこと」


 同じことを考えていたらしい美羽の発言に、翔桜も同意する。


「大学一年生ですって言っても、ばれないかもな」


 五分ほどあるくと、黄土色の建物が見えてきた。ところどころひびが入っていたり、塗装が剥げていて、年期を感じさせる。


 アパートのように並んだ部屋の安っぽい扉に、お手製の看板や、プレートが張り付けてあった。文科系の部、サークルは全てこの建物に集約されているという話だったが、部やサークル毎にそれぞれ特色があって面白い。


「ミステリー研究会は二階みたいだね」


 階段を上り、薄暗い廊下を歩く。程なくして目的の扉の前に着いた。


「ここだな」


  ミステリー研究会の書かれた素朴なプレートがぶら下がっている。新入生歓迎! とシャーロックホームズの様なキャラクターが言っている紙も貼られていた。


「よし……いくぞ」

 意を決してノックしようとしたその時


「どうして連続殺人事件の話しが聞きたいの?」


 古びた廊下に声が響いた。よく通るハスキーボイスを発した女性が近づいてくる。長い黒髪をポニーテールにし、目は少し鋭く、鼻筋は通っていて美しい顔立ち。細身のジーンズに英字のTシャツというラフな格好がたまらなく似合っていた。


「あ、えと。このサークルの方ですか?」

「質問に答えなさいよ、高校生。なんで、あの事件の話しを聞きに来たの」

「えっ……」


 ぐっと言葉に詰まる。初対面、会って早々に自分の身分がばれてしまったことに、少なからず驚いた。


「あの、どうしてわたしたちが高校生だって……」

「はぁ? そんなの考えなくたって分かる事じゃん」


 あきれた表情でため息をつかれ、委縮しそうになる。伸長が翔桜よりも高いからか、受ける印象はだいぶ攻撃的だ。


「うちらのサークル、今活動禁止だから」

「そう、だったんですか」

「そ。しかもサークルメンバーは登校も禁止。自宅謹慎。まぁ私みたいに守ってないやつも当然いるけど……。まぁそんなこんなで、今このサークル訪ねてくるような奴はうちの大学生ではいるはずがないわけ」


 誰もいないサークルの部屋にわざわざ訪ねてくる人はいないという事か。しかし


「それならこの情報を知らない、例えば他の大学の学生が来る可能性はありますよね」

「あんた細かいねー。男はもっとどーんと構えてなさいよ」

「す、すいません……」


 何故かダメ出しをくらい、反射的に謝罪する。完全にペースを持っていかれてしまっていた。


「服装。見ればなんとなく分かるのよ。そっちの女の子の方はまぁちょっと大人っぽいけど、あんたのその恰好はねー」

「変ですか?」

「変とは言わないけど、大学生っぽくはないね。いやいるよ? そーゆー恰好の男子。けどさー、あんたくらいのつらしてるやつは、大学半年も通ってたら大体服のセンス変わってくるんだよね」

つら?」

「はぁ、割とイケメンってことだけど」

 

 どうも、と小声で言い、思わずうつむく。顔をほめられたのは初めての経験だった。


「さ、そっちの質問には答えてあげたんだから、今度はこっちの質問に答えてよね。こんな時期に高校生がやってくるなんて、あの事件絡みしか考えられないんだから。そうでしょう?」


 廊下で翔桜たちを見つけてから声をかけるまでの、恐らく数秒の間にここまで考えていたとするなら、かなり頭の回転の速い人だ。下手な嘘や誤魔化しは簡単に見破られてしまうだろう。


「えぇ、そうです。お話を伺いたくて、ここに来ました」

「どうして? 言っとくけど、興味本位とかだったら蹴り飛ばすからね」


 この人なら本当にやりかねない気がする。しっかりと顔を上げて、少し高い位置にある鋭い眼光を飛ばす目を見据え答える。


「あの事件の、犯人を見つけ出したいからです」

「理由は」


 ちらりと横に立つ美羽を見ると、彼女は小さくうなずいた。


「こいつが、学校でこの事件の犯人扱いをされているからです」

「だから、真犯人を見つけて、彼女の無実を証明しようと?」

「はい」

「そんなの、放っておけばいいじゃない。いずれ犯人はつかまるだろうし」

「だめなんです!」


 二人の肩がびくりと上がる。思っていたよりも大きな声が出てしまい翔桜自身も驚いてしまった。呼吸を整え、再度言い直す。


「それじゃ、ダメなんです。時間がないんです。どうしても、金曜日までに犯人を見つけなくちゃいけないんです。だからどうか」


 深く頭を下げる。美羽も同じようにしているのが、気配で伝わってきた。


「力を貸してください」

「お願いします」


 もしここで断られてしまったらどうしようか。次にどこに行くか、どんな行動をとればいいのか。そんなネガティブな感情が頭の中をうねる。

 暫くして、視線の先にわずかに見えていた女性のつま先が角度を変えた。


「入りなよ。立ち話もなんだし」

「じゃぁ……!」

「あぁ、いいよ。私の知ってる範囲の事なら、全部教えてあげる」

「ありがとうございます! でも、どうして……」

 

 どうして教えてくれる気になったのだろう。そんな疑問を込めて、顔を上げる。

 まだ名前も知らない女性は、部室のドアをあけながら、笑って答えた。


「あんたたち、良い眼してたから」

「目?」

「そ、純粋でまっすぐな、明確な目標に向かって突き進もうとする、きれいな眼。大学じゃあんまり見れないからさ」


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