焦燥と激昂を込めて、叫べ part2
◇◇◇
憂鬱な気分を引き下げながら、下駄箱で靴を履き替え、校門に歩を進める。当然ながら足取りは重かった。美羽にどんな顔をして会えばいいのか分からない。それでいて、一刻も早く顔が見たい。相反する気持ちが洗濯機のようにぐわんぐわんと回る。
「おつかれ、翔桜」
そんな自分ではどうしようもない状態を、何も知らなくてもあっさりと打破してくれる。
「肉まん買ってきたから、半分こしよ?」
春日井美羽は本当にどうしようもなく、尊い存在だ。
「美羽、帰ってなかったのか?」
今日は園芸部の活動はないはずだ。翔桜が突然涼子に呼び出されたのは知っていたはずなので、既に帰宅していると思っていた。
「頭使ったらおなか空くでしょ?」
「まぁな」
「この時間だと購買空いてないし、コンビニは逆方向でしょ?」
「うん」
「だから買ってきたの」
それでも半分こなのは、こんな時間まで待っていて美羽もお腹が空いてしまったからだろうか。そんなことを考えながらも、美羽の気遣いに心から感謝する。
「ありがとう。すごく、嬉しいよ」
「わたしも食べたかったから気にしないでー」
そう言いつつも、翔桜に手渡された肉まんは明らかに美羽の物よりも大きかった。
毎日食べれば健康に害が出そうな、それが分かっていてもかぶりつきたくなる油の匂いに胃袋が反応した。思いっきりかぶりつき、肉汁を堪能する。
「おぉ、いい食べっぷり」
「最高にうまい」
「それはよかった」
自分の分はぺろりと平らげ、美羽は思いっきり伸びをした。そして息を大きく吐き出して、言った。
「聞いちゃった」
「何を」
「二人のやり取り」
肉まんを咀嚼する動作が止まる。
「ひ、ひたのは」
「食べてから喋る」
「ん、おう…………い、いたのか」
「あんなところで喋ってるなんて、知らなかったもん」
唇を尖らせ、続ける。
「料理の本探しててさ。あの図書館、あんまり生徒が見ないのは奥の方にしまってあるんだよ。そしたら何か衝立があって話し声が聞こえたから、その、つい……」
「全部、きいたのか?」
「と、途中から途中までだよ? 全部じゃないよ?」
うん、でも、ごめん。勝手に聞いたことを気にしているらしく、小さく謝った。形のいい頭を軽く撫でて、翔桜は言う。
「気にするな。別に聞かれて困るような内容では……あるけど、ない」
他の生徒ならば少し困るが、美羽であれば問題ないだろう。
「それなら、いいけど……」
「どう、思った」
率直な感想が聞きたくて、問いかける。
「机上の空論。はったりのかまし合い。可能性のあくなき模索。重箱の隅のつつき合い」
「ぐさりと来るな」
「でも」
伏せていた顔をあげ、美羽は笑った。涼子のお手本のような笑顔よりも、翔桜はずっと好きだった。
「とっても、頼もしかった」
「そう、かな……」
今日の自分の戦いぶりは、決してほめられたものではなかった。心の中が穏やかになることはなく、情緒不安定で、幾度となく心は折れかけた。
「色んな葛藤があったんだろうけど。それでもずっと、翔桜はわたしのこと考えてくれてた。それだけは、分かるの」
「うん、まぁ……うん」
それだけは間違いない。美羽の顔が、姿が、いつだって翔桜の頭の中にははっきりと映っていた。しかし
「なぁ美羽。一体どこからどこまで聞いてたんだ?」
「う、え? え、えーとー」
うろうろと目線を漂わせ、しばらく考えたのち、観念したように答えた。
「犯人はわたし、って言われたあたりから、翔桜があらかた反論し終えたとこまで、かな?」
「ほとんど全部じゃねぇか」
「ごめん、なんか正直に言えなくて……」
「全然気にしなくていいよ」
そもそも当事者は美羽なのだ。あの会話の中に、美羽が入っていないこと自体がおかしい。ただ、美羽がいたとしても、傷つけるだけで何の解決にもならないような気がした。
当事者の発言など、きっと涼子はバッサリと切り捨てていくだろう。ならばやはり、あの場には美羽がいない方が良い。
どちらともなく歩き始め、帰路につく。少し冷たい風が頬を撫でた。
「あのね、翔桜」
「どうした」
小走りで翔桜の前に回り込み、正面から、きれいな眼をこちらに向けて、美羽は言った。
「わたし、翔桜がいればいいから」
「な」
「翔桜さえいてくれれば、ほんとに、大丈夫。だから……だからさ」
きっと逸らしたいであろう瞳を、依然こちらに向け続ける。本当に強い子だと思った。
「やめたくなったら、いつでもやめて」
「やめない。やめたくない」
「だって翔桜、苦しそうだった!」
「美羽の人生がどうにかなる方が、よっぽど苦しい」
大切な人を助けるすべを持っていて、それを生かさければ、きっと自分は一生後悔する。そんな業を背負うつもりは、さらさらなかった。
「……ありがとう、翔桜。ほんとに、ほんとに、ありがとね」
「その台詞、次は全部うまくいった後に聞けるといいな」
「……うんっ」
再び歩き出す。
手はつながない。
けれど、誰よりも心は近い。
「さっきわたしが言った言葉だけどさ」
「お、おう」
ともすれば告白なのではないのかとも思える発言を思い出し、鼓動が早まる。
「よく考えたら、自分勝手だよね」
「お、おう?」
「わたしがどんな状況になっても傍に居てって、意味だもんね」
それもそうか、と翔桜は納得する。
例え美羽が全てを失っても。戻る場所がなくなったとしても。
自分だけは傍に居る。横に立って、一歩一歩、共に歩を進めていく。大変なことかもしれない。多くの困難が立ちふさがるかもしれない。
けれどそんな事は。
「当たり前すぎて言葉も出ない」
「え?」
少し足りなかったと感じ、付け加える。
「今更離れるわけ、ないだろ」
どんなことがあっても、美羽だけは守ってみせる。
そう例え。
自分がどれだけ、傷つこうとも。
◇◇◇
次の日。
土曜のニュースは、当然のように例の事件がほとんどの尺を取っていた。
目を通してみても、大体のことは昨日涼子に聞いた通りだったが、やはり気になってしまうので視聴する。
被害者の名前は、加藤圭吾。年は二十一。Y大学に通う大学三年生。
発見されたのはK山へ続く道の途中、トンネルの中で、今回もマザーグースの詩が一節置いてあった。死因は頭部への強い打撃による頭蓋骨陥没および外傷性くも膜下出血。
連続殺人として調査を進めると共に、近隣の住民に警戒を呼び掛けている。
その後画面は警察の記者会見に切り替わった。この中に涼子の父親もいるのかもしれない。
そういえば、警察はどのように調査を進めているのだろうか。まさか、警察まで美羽のことを犯人だと推定しているような事はないと思うが、記者会見では核心に触れるような話題にはならなかった。
テレビを消し、ソファーに横になりながら今後のことを考える。
涼子は次の勝負では、更に密度の濃い推理をしてくるだろう。一回目と二回目は、美羽だけを犯人とする決定的な証拠がなかった。そしてそれは翔桜も同じで、美羽が犯人ではないとする決定的な何かが足りていなかった。
両者共あと一歩が踏み出せないまま、互いの論理を詰めきれずに終わっている。
だが間違いなく、次はそうはならない。事実上次の勝負が最後の戦いだと、翔桜は思っていた。
「美羽の潔白を百パーセント証明する何か、か……」
何かを仕込むにしても、いつ事件が起こるか分からなければどうしようもない。
自分の頭の鈍さに腹立ちソファーに頭を打ち付けていると、携帯が鳴った。影響に木村大樹の文字が躍る。
「どうした」
「よう翔桜。昨日どうだった?」
挨拶もそこそこに大樹が切り出した。
「今回もドロー」
「そうか……まぁ負けるよりは、いいよな」
「どうかな」
「沙耶ちゃんも心配してたぜー。まるで自分のことみたいに。ほんと優しいよな」
「ほんとにな」
沙耶と大樹には、今回の件でとても助けられている。二人に事の顛末を話していなければ、あの後まともな行動をとれていたか分からない。
「で、詳しい話、聞いてもいいか?」
「あぁ、ついでに月曜日に森部先生にも伝えておいてくれ」
そして翔桜は昨日の涼子との攻防を話した。聞いている間、大樹は無駄口を叩かずいいタイミングで相槌を打った。沙耶の影響でも受けたのだろうか。とても喋りやすかった。
全て喋り終えると、大樹は何かを考えるように唸った。
「なんだよ変な声出して。腹でも壊したのか?」
「俺の腹は超頑丈だから余裕。そんなくだらない事じゃなくて、ちょっと気になることがあるんだよ」
「教えてくれ」
ソファーに腰掛け直し、メモ帳とペンを手繰り寄せる。
「学校の裏掲示板、知ってるか?」
「存在だけはなんとなく」
確か、学生同士が情報のやり取りをする場所として提供された、学校管轄下の掲示板のはずだ。よほどのことが無い限り、学校側が介入してくることはない。大体の話題は他愛もない雑談であったり、テストの過去問の募集だったりする。
「そこに、春日井美羽が犯人だって書き込みがある」
「なに……?」
家族共有のノートパソコンを手繰り寄せ、学校の裏掲示板を開く。最新の書き込みは、「マザーグース殺人事件の真実」というタイトル。コメント数は
「五百超え……」
「まだまだ増えるぜこれは。しかも内容もすげぇ」
嫌な拍動を繰り返す心臓を必死でなだめすかし、クリックする。最初の欄には「春日井美羽が犯人である理由」とあり、その下に膨大な量の書き込みがしてあった。
「おい、これどういうことだよ」
その内容はあまりにも正確だった。
あまりにも正確に、涼子の展開した推理が書き記してあった。
「どうなってんだよ、これは!」
「落ち着け翔桜、冷静になれ」
「だって、こんな。こんな書き込みができるのは」
二人しかいない。
一人は翔桜。
そしてもう一人は、涼子本人。
「推理がずさんだってコメントもある。冷静に真実を見極めようとしているやつもいるんだ」
ブラウザを一度閉じる。吐き気がした。大樹が言うような人間は本当に一握りで、残りの大多数は春日井美羽犯人説に染まっていた。
現実での噂の浸透が遅いから。だからこうやって、他のアプローチをかけてきたというのか。こんな陰湿な方法で。美羽が今まで築き上げてきた仲間を、日常を、壊そうというのか。
「俺は今から学校に連絡して、この掲示板を一度アクセス不可にしてもらおうと思う。それでもいいか?」
「あぁ、頼む……助かる」
大樹の行動の速さに感謝しつつ、電話を切る。美羽に連絡を取るべきだろうか。知らさない方が美羽の為になる気もする。だがもし、美羽が既にこの掲示板を見ていたら。
やはり電話を入れよう。
震える手で連絡先を開き、美羽の番号を押す。たった二コールで電話は取られた。
「はろ。どしたの翔桜」
「美羽……」
電話をかけたのはいいが、なんと伝えればいいのだろうか。
「落ち着いて、聞いてくれ」
「まぁ大抵のことは冷静に聞けると思うよ」
色々と考えた挙句、結局ありのままを話すことに決める。
「学校の裏掲示板に、お前が犯人だって書き込みがあった」
数瞬の間。時計の音が、やけに大きい。
「おー、ついにそこまで手が回ったかー」
「今、大樹が掲示板閉めるよう掛け合ってくれてる」
「大樹君優しいね。今度ポンデリングあげなきゃ」
「美羽」
「なに?」
「必ず守る」
向うから衣擦れの音がする。布団に転がっているのだろう。
「ありがと」
「でももし辛かったら、学校には来なくていい」
「それはいや。なんか認めてるみたいだもん」
「……クラスの居場所は、もうないかもしれない」
「翔桜の隣にはあるんでしょ? それでいいって言ったよね」
「……わかった」
電話を切る直前、美羽が声を発した。
「翔桜」
「ん」
「また月曜日にね」
つーつーという機械音がして、通話はそこで終わった。
まるで、何事もなかったのような美羽最後の言葉に、優しさがあふれていた。
肩の力を抜いて、いつも通りにいこう。そう、諭されているような気がして。
自分の心の弱さを、まざまざと思い知った。
◇◇◇
「おはよ、翔桜」
「おう、おはよう美羽」
月曜日になった。
通学路に現れた美羽は、あまりにもいつも通りだった。
「今日はなんか、天気悪いね」
「夕方から雨降るかもしれないってさ」
「えー、傘持ってきてないよ。早く言ってよねー」
翔桜もそれに合わせて、他愛もないやり取りをする。
心の中は、この空のようにどんよりとしていて、学校に向かう足取りはどんどんと重くなる。
けれど、当事者である美羽が、少なくとも見た目には軽快に、何の迷いもなく歩を進めるから。翔桜もその隣を同じペースで歩く。
くだらないやり取りをして、いつもと変わらない速度で歩いていれば、学校はすぐに見えてくる。胃が、重い。
「どしたの翔桜」
「美羽、あのさ……」
何か言いかけた翔桜の背中を、美羽が叩く。どっ、と鈍い音がした。結構痛い。
「しゃきっとしろ九条翔桜。ここで立ち止まっても、仕方ないよ」
「……悪い」
大きく息を吸い、吐き出す。目の前に鎮座する通いなれた学校が翔桜を威圧する。
そこに立ち向かうように。挑むように。
二人は学校に足を。
踏み入れた。
そこは。
異界だった。
翔桜の知っている学校ではなかった。
『あれ春日井美羽じゃない?』『連続殺人事件の犯人なんでしょ?』『アリバイが全然ないんだって』『殺人現場にしか生えてない植物の種が服についてたんだって』『あのマザーグースの詩を書いた紙も自分で作ったらしいよ』『あー、知ってる。ラミネーター使ったんでしょ』『わざわざ買うようなものじゃないよね』『あんな細い子が人殺しなんてできないんじゃね?』『いやいや人は見た目に寄らないって』『なんでこんなことやったんだろうね』『あと二回殺人犯すわけだろ? こえー』
「なんだよこれ」
「翔桜、足、止まってるよ」
『わたし聞いちゃったんだけど春日井さんってあの映画の大ファンなんだって』『え、じゃぁ、あれを再現するためにやってるってこと?』『俺が聞いた話と違うんだけど』『なになに』『いや。大人しそうに見えるけど実は結構共謀なんだって。園芸部に前入ってたやつが言ってた』『まじで? スコップとか振り回しちゃうのかなぁ』
視線が絡みつく。森を歩く時に顔にまとわりつくクモの巣のように、払っても払っても、取り除くことができない。
「こいつら、なんで」
「あ、おはよー」
園芸部の友達だろうか。美羽がかけた挨拶は当然のようにぎこちない会釈で返されて、その子はそそくさとどこかへ去ってしまった。
「んー、やっぱりそうだよねー」
ま、しょうがないか。と下駄箱から靴を取りだし履き替える。いたって平静に、冷静に、見える。
「なんなんだよ」
ひそひそとした話し声が、堂々とした大きな耳障りな声が、防ぐ術もなく耳から入り込む。
『そういえばわたしこの前見たんだけど『俺もこの前『そしたらその時さ『やべぇなそれ。やっぱ殺人の心は分からねぇ『わたしは前から変だと『お、きたきた。目線合わせたら殺されそうだな『おい誰か喋りかけろよ『いやだよお前が『いやいやお前こそ『じゃんけんにしようぜ』
「お前らいったい――――」
「翔桜ー、今日の一限なんだっけー」
『あいつがあれが殺人者で隣のあの男が彼氏で毎日毎日グロテスクなビデオを園芸部では植物をずたずたにしててそしたらそれが殺しの原因であーたしかに納得納得? 怖い恐いじゃんけんで遊んでしゃべりかけてまだ無理もう無理嫌だ気持ち悪い無理無理無理無理』
嘔吐感がこみ上げてくる。この空間にはいたくない。いたくないけれど、隣の美羽は何食わぬ顔で歩いている。
「ねぇ、翔桜ー――――っと」
段差につまずき、美羽がよろける。とっさに手を回し、支えた。
その時
「ご、ごめんごめん。こんなとこで転びそうになるなんて、年かなー」
翔桜は気づいた。
「さて、そろそろ予鈴がなりそうだね。行こ?」
美羽の体は、小刻みに震えていた。
「美羽お前」
「大丈夫」
おびえていた。当たり前だった。平気なわけがなかった。
翔桜ですらこんなに気分が悪くなるのに、当の本人が何食わぬ顔で当たり前のように登校するなんてできるわけがない。
『アレガハンニンアレガサツジンシャ、アイツガイタカラヨナカアルキマワルノモオヤニキンシサレテホントサイテイ、フザケルナセキニントレイヤナカナカオモシロイコトニチョットフキンシンデショイイジャンベツニヘルモンジャナイシヘルトカヘラナイトカソウイウモンダイジャナイクテ――――マァトリアエズヒトツイエルコトハ』
「隣にいてくれれば、大丈夫」
それに気づかずに。美羽に気を使わせて。
「大丈夫、なんだよ」
こんなに小さな体に。
(俺はっ――――――)
『『『『『『『『『『『『『『『『『『春日井美羽が、犯人だ』』』』』』』』』』』』』』』』』』
「うるせぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
叫ぶ。
「てめえら何を知ってんだよ! こいつの、春日井美羽の何を知ってんだよ! 」
「翔桜だめ」
突然絶叫した自分の意図を察したのか、美羽が静止の声をかける。気にしない。
「勝手に噂を鵜呑みにして、勝手に身内で妄想ふくらませて、こいつの事を何も知らないくせに、あたかもそれが真実みたいに話し合って、楽しんで、笑って、はしゃいで」
「だめだよ」
廊下にたむろしていた生徒が、教室で談笑していた生徒が。全員こちらを見る。 そうだ、もっと見ろ。春日井美羽と共にいる、俺を見ろ。
「ふざけんじゃねぇよ! いいかよく聞けよ」
「翔桜……っ」
だからここで、翔桜は宣言する。
「俺がこいつの無実を、証明する!」
高らかに堂々と胸を張って叫ぶ。
「だからお前らは、しばらく黙って傍観してろ!」
静寂が空間を支配した。
学校の中のごく一部ではあるけれど、確かに翔桜の叫びは届いたはずだ。聞いていた人間は、他の友達に伝え、おもしろがって話題にするかもしれない。
だけどそれでいい。
この鬱陶しい視線が俺にも降り注ぐなら、それでいいんだ。
「熱いセリフですねー九条君。思わず涙が出るくらいに」
ぱちぱちと、乾いた拍手をしながら、涼子が現れた。
「でももうすぐホームルームの時間ですし、そろそろ教室に行きましょう?」
「涼子先輩、あなたのことは、許さない」
「何の話でしょう」
「どれだけ謝っても許さない」
「私が九条君に何を謝ると?」
「覚悟していてください、次の勝負」
人差し指を突きつけて、言い放つ。
「俺はあなたに打ち勝ってみせる」
翔桜の言葉を聞き、それでも涼子はいつものように笑う。
「楽しみに、しています」
醜悪で憎悪に満ちた炎が、心の中でめらり燃えた。




