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焦燥と激昂を込めて、叫べ part1

 今日は金曜日、涼子との「はったり」のかまし合いからまだ二日しかたっていない。放課後、突然涼子に呼び出された翔桜は、部活ではめったに来ることのなかった図書館に一週間で三度も来ていることに今更ながらに気付く。


「もう、ですか」

「えぇ、昨晩死体が発見されました」


 美羽の周囲の雰囲気は、目に見えて何か変わったということはなかった。相変わらず友達と一緒に昼ご飯を食べているし、休み時間も友達と楽しそうに喋っている。


 けれど、クラスメイト以外は。

 廊下ですれ違えば、じっとりとした目線を投げかけている。

 通り過ぎた後は、ひそひそと小声で何かを話し合う。

 美羽が平和に過ごせる空間は、がりがりと削られていた。唯一残っているのは、自分のクラス、そして園芸部のコミュニティーだ。美羽が高校に入ってから、あるいは中学生の時から築いた空間は、いまだに崩されていない。

 

 それが壊れてしまう図は想像したくない。その時美羽を、どのようにはげませばいいのか、あるいは慰めない方がいいのか。翔桜にはそれを考える余裕はないが、今、できることは。


「死亡推定時刻は」

「十八時から二十一時です」


 この場で、美羽の無実を証明する為に全力を尽くすこと。ただそれだけだ。


「場所は」

ケー山の中腹に続く、今はもうあまり使われていない道路がありますよね」

 昔はそこに段々畑を作り、農作をやっていた人たちがいたようだが、今はもうそれもなくなり、道路が頻繁に使われることはなくなった。普段は人通りも全くなく、人気ひとけはない。


 だが、K山の中腹は、夏祭りの最後に上がる花火が最もよく見えるベストポジションで、このあたりに住んでいる人はその日だけ、荒れかかった道路を歩き夏の終わりを感じるのだ。


「そこの途中にあるトンネルの中で、死んでいたそうです。大学生、男性、年は二十一」

「よくそんなところの死体が見つかりましたね」

「この時期は麓に住んでいるおじいさんおばあさんが、山菜取りに出かけるために、あの道路を使われることがあるそうです」

「なるほど」


 山菜ではなく死体を見つけてしまったおじいさん、あるいはおばあさんを気の毒に思いつつ、続ける。


「で、今回の犯人は」 

「春日井美羽でしょう」


 さも当然とばかりに、ごく自然に涼子は言った。


「理由を聞かせてください」

「まず一つ目。今回の事件で、犯人の伸長がおおよそつかめました」


 ホワイトボードを手繰り寄せ、棒人間が棒人間を、バットのようなもので殴り倒している図を描いた。絵は、あまりうまくないようだ。


「今回の死因は鈍器で殴られたことによる頭蓋骨陥没および、くも膜下出血です。トンネルの壁面についた血痕、そして凶器に使われたと思われる鈍器の跡。そして被害者の伸長を考慮すると、犯人の伸長は、百六十センチ前後と予測されます」


 美羽の伸長は百六十センチとちょっとだ。


「加えて春日井美羽に、犯行時刻アリバイはありません」

「ちょっと待ってください」


 ポケットから携帯を取り出し、涼子に突きつける。


「死亡推定時刻の範囲内。つまり三時間以内で、俺と美羽は二十回程度メールのやり取りをしています。平均すれば大体十分間隔。こんな短時間で、人を人けのないところに連れ込んで、撲殺するなんて、できないと思います」

「あら、沢山メールしているんですね」


 翔桜の証言には微塵も揺るがず、涼子は笑った。


「ですが、それがなんだっていうんですか」

「……」

「その時の様子が映し出されているわけでも、声が録音してあるわけでもない。予約送信機能なんてものまである便利な時代に、メールが証拠になると思いますか?」

「それは……」

「あと、三時間で二十通やり取りしたから十分間隔というのも、気に食わないですね。どこかに偏りはあるはずですし、それだけやり取りをしていれば、十五分二十分、返事が来ていない時も、あったんじゃないですか?」


 その通りだ。前回の時はメールが来なかったこともあって、アリバイに関しては触れなかったが、そもそもメールはアリバイを証明することにはならない。


「それにしても、今回になってそれを提示してくるのは奇妙ですね。おそらく、毎日それくらいやり取りしているのでしょう? もしかして、この前の時はメールが返ってきていなかったとか、ですか?」

「さぁ、どうでしょう」

「ふふ、まぁいいです」


 いらぬ情報を与えてしまったことに歯噛みする。メールのことは知らなかったのか。


「春日井美羽の父親は単身赴任、母親は現在実家に帰っていますね。夜十八時から二十一時といえば、通常であれば家族の方と食卓にいる時間帯。しかし春日井美羽の家には誰もいません。よって、彼女のアリバイを証明する人間はいない」

「なぜ、それを」

「こんな程度の情報、調べればすぐわかりますよ」


 こともなげにそう言うと、涼子はノートを開き、その中身を読み上げた。


「春日井美羽、伸長百六十・三センチ、体重四十八キロ。スリーサイズは上から八十六、五十八、八十。Z市に生まれ小学校までは地元で過ごすが、両親の仕事の都合上X市に転校。が、父親がその後一年で再び転勤。子供の環境のことを考え、父親のみ単身赴任することとなる。性格は大人しく、それでいて自分の意見はしっかりと言う。成績はすこぶる優秀。取りわけ生物の成績が良く、園芸部では植物を育てている。水やりの当番は一度も欠かしたことがない。料理もできるがお菓子作りは苦手。男性と付き合った経験はなく、小学生の頃片思いしていた男の子とは転校以来連絡を取り合っていない。現在好きな男性は――――」

「やめてください」


 放っておけばいつまでもしゃべり続けそうな涼子を止める。それ以上のことは、聞きたくない。涼子は美羽に関して、翔桜と同程度、あるいはそれ以上の情報を持っていることは分かった。


「ここからがいいところなのに、残念です」

「美羽にはアリバイがない。加えて犯人の伸長は百六十センチ前後。美羽にも当てはまる。けどそれだけの条件なら、他にも該当する人はいるでしょう」

「えぇ、その通りですね」


 さぁ、ここからだ。


「今回も、死体の上にこれがありました」


 涼子が胸ポケットから写真を取り出した。 



My father is eating me,



 第一の事件と同じく、ラミネート加工されたカードには、マザーグースの詩が書かれてあった。


「前回の事件と同一犯による犯行、ということですか」

「えぇ、まぁそうでしょうね。ですが、問題はそこだけではありません」


 写真の一点を指さし、続ける。


「ラミネート加工、されていますよね」

「えぇ」


 血に汚れてしまって文字が読めなくなったり、風に飛ばされたりしないようにするための、犯人の工夫なのだろう。それだけ、この詩を世間に公表したがっているように思える。


「春日井美羽は、今週の月曜日、ラミネート加工をするための機械を購入しています」


 月曜日、美羽が翔桜に送ってきたメールの内容を思い出す。


『大丈夫。わたしも翔桜に見られたくない買い物があるから丁度いい』


 あれは、ラミネーターを買っていたのか。

 だとすれば何故自分に見られたくなかった?

 何故、その晩メールの返信なかった? 

 ラミネーターを使って犯行現場に残すプレートを作っていたから? そしてそれを使って、犯行に及んだから?

 そんなわけがない。


「加えてここ一年で、X市でラミネーターを購入した人間のうち、第一の事件、第二の事件にアリバイがなく、且つ伸長が百六十センチ前後の人間は、春日井美羽だけです」

「X市で購入した人に絞った理由は」


 美羽をよく知っているが故に、少し知らないことが出てくると、焦ってしまう。落ち着け、何故ラミネーターを買ったのか。そこは置いておくんだ。


「それはもちろん、犯行現場がK山に続く道だからです」


 K山に続く道は、地元の人のみぞ知る場所。市外の人間はそもそも候補に入れていないということか。


「第一の事件の検証と、今回起こった第二の事件。これらを総合的に鑑みるに、春日井美羽は犯人になり得る可能性が非常に高い。そう判断しました」


 事件が重なれば重なるほど、条件は狭まっていく。美羽以外に当てはまらなくなっていく。


「マザーグースのこの詩はあと二節あります。これ以上の被害を防ぐためにも、私は今から父にこの事実を伝えようと思います」

「待ってください」


 前回のように、一日間をおいてくれるつもりはないようだ。

 思考を働かせる。思いついたことはどんどんと口に出せ。


「おかしいじゃないですか。そんな人気のないところに、どうして美羽が赤の他人を連れ込めるんですか。あいつは別に力が弱いわけじゃないけど、大学生を力づくでどうこうできるほどじゃない」

「相手は男って言ったじゃないですか。男が男を連れ込むよりも、むしろ簡単だと思いますよ? ほら、春日井さん、とってもかわいいですし」

「こういうときだけ、敬称を付けるのはやめてくれませんか」


 美羽が男を誘惑して、人気のないところに連れ込んで、そして撲殺した。その間翔桜には逐一メールを送り続けていた。あり得ない。狂っている。けれど、それを証明する手立てはない。


「これ以上なにもありませんか?ないようなら、早く父に報告したいのですが」

「待っ――――」


 制止しようとして、やめる。

 寧ろ、その方がいいのではないだろうか。こんな薄っぺらいやり取りを交わすよりも、公式に調べてもらって、正式に無罪だったことが分かった方がいいのではないか?


「そういえば父に教えてもらいましたが、警察の取り調べって本当に怖いらしいですね。思わず、有る事無い事全部喋ってしまう程に」


 そんな思考を先読みしたかのように、涼子が言った。


「そうなんですか」


 自分に喝を入れる。逃げの姿勢になった自分を恥じる。

 美羽が警察に一度捕まった方がいいわけがない。

 涼子の言う通り、美羽が冤罪を認めてしまうかどうかは置いておくとしても、警察に捕まれば噂は一瞬で広まってしまう。

 そんな事になれば、例え無罪放免で帰ってきたとしても、学校の中では確実に浮いてしまう。今ある生活が壊れてしまう。


「最後に、言いたい事があります」

「どうぞ」


 何としてでも、美羽を解放する。

 そうでなければいけない。

 何事もなかったかのように、この一週間は悪い夢であったかのように、日常に返してあげなければならない。

 けれど今。翔桜の中に彼女の無実を完璧に証明する案は浮かんでいなかった。それでも最悪の展開だけは、避けてみせる。

 

 涼子の発言には前以上に穴がある。考える時間が少なかったのは涼子も同じ事だ。一つの可能性に賭け翔桜は言う。


「まず、ラミネーターの購入者をX市に絞った理由が曖昧です。X市にいる住民が、他の市の友達にK山への道の話をした可能性もある」

「なるほど」

「後、ラミネート加工についてですが」


 去年文化祭でメイドカフェをやったクラスがあった。一年前はクラスの違った大樹が先導してやっていたらしい。

 その時に聞いた話を思い出した。


「別にラミネーターを使わなくてもできますよね」

 

 ラミネーターは安くても数千円はする機械だ。高校生が購入するには少しハードルが高い。ましてや、使用用途は一度しかない文化祭となれば、別の方法を探すのが普通だろう。

 大樹は百円均一ショップで買ったラミネートフィルムを使って、メニュー表に簡単な加工をした。

 紙でそのままぺらんと出すよりも少し高級感がでると言っていた。


「今回のその紙が、どのようにラミネート加工されているか、確認しましたか? それが本当にラミネーターによる物だと証明できますか?」


 涼子が黙る。恐らくできないはずだ。

 そこまで意識が回る程、時間はなかったはずだ。


「もし、証明できないのであれば。捜査の範囲はラミネーターだけではなく、百円均一ショップ全体にも回さなくてはなりませんね」


 そしてそれは、あまりにも膨大な作業になる。ラミネーターはメジャーとは言えない。購入者も限られているだろう。だが、ラミネートフィルムであれば、話は違う。


「つまり、捜査範囲が狭すぎるために、春日井美羽以外の犯人の可能性を見落としていると、そう言いたいのですね」

「はい」

「ですがそれは、春日井美羽の無罪を証明するものでは、ありませんね」


 春日井美羽の可能性もある。だが一人には絞りきれないはずだ。

 それが今回の、翔桜の出した答え。


「……その、通りです」


 ここが、翔桜の考え付く打開策の限界だった。

 辛うじての先延ばし。延命措置。


「なるほど。今回もドロー、なんですね」

「…………」

「ここで犯人を捉えなければ、次の被害者が出る。それを知っていながら、尚彼女をかばうのですね」

「な、にを――――っ」


 言っている。

 あなたの目的はそこではないはずだ。

 何故かは分からないが、美羽を、自分を貶める事が狙いなはずなのに。

 今更どうして、正義を振りかざす。


「しかしあなたの意見も、最もではあります」


 自分はこんなにも、美羽に対して申し訳ない気持ちに押しつぶされそうで、悔しくて、苦しくて、張り裂けそうなのに。


「第一の事件と今回の事件、そして次に起こるであろう第三の事件に向けて、少し案を練らなければなりませんね。どうも私の推理は、後一押しにかけているようですし」


 あなたはどうしてそんなに、凛として立っていられるんだ。


「それでは、また次の事件で。今回も楽しかったですよ?」


 分からない。涼子の考えていることが全く分からない。

 他人の人生を弄んで、精神を蝕んで、それでいて尚、平然と顔をあげて、堂々と光の当たる道の上を歩いていられるのならば。

 それはもう、殺人と肩を並べられるほどの、罪なのではないだろうか。


「ごめんな、美羽っ……」


 涼子が去り、誰もいなくなった図書館の中で、机を叩く鈍い音が、溶けて消えた。


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