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SGO+  作者: 大仏さん
3/4

ThirdEpisode.赤黒の狼

 修行モードという項目がウィンドウに現れていたことに気付いたのは、昆虫地獄から帰ってきてからのことだった。

 ゲームの中だから、身体的な疲れを感じることは無いけど、精神的には疲労が溜まる。

 ソレを癒すためにベッドに横になりながらアイテムなどを確認しようとウィンドウを開き、なんとなくまたログアウトボタンが無いか確かめようと思って一番したにスクロールすると、代わりとでも言うように、ボタンの位置に〝修行モード〟と言うボタンがあった。

 明滅していたソレをタッチすると、脳内に声が響く。


〝修行が出来ます。レベルアップも出来ます〟


 無駄に長く説明されたことを纏めるとこんな感じ。

 とりあえず、相手がいないと出来ないみたいだから今は放っておこうと、そう思っているとリリカちゃんからCallが掛かってきた。

 用件を聞くと、ウィンドウの一番下に出た修行モードについて聞きたいから家に来るとのことだったので、了承して待つこと約二、三分。

 到着したリリカちゃんが寝室に入ってきた所で、早速本題に入る。

 と言っても、分からないことはまず実践と言うことで、立ち上がってソレをタッチし、修行モードを開始しますか? という問いかけに、揃って肯定の言葉を返すと、寝室の雰囲気が変わった。

 フィールドやダンジョンで感じる様な、気を抜けない雰囲気に。

 わたしもリリカちゃんも反射的に拳を構える。

 すると今度は室内にアナウンスが響いた。


〝今から一時間、室内に現れる魔物を倒し続けて下さい。一時間耐えきる。又は両者共死んだ時点で終了となります〟


 アナウンスが終わった瞬間、目の前にガルムとスライムが一体ずつ現れる。

 六畳くらいしか広さの無い寝室だと、これでも結構窮屈に感じる。

 けど、そんなことを気にしている間に体は勝手に動き、わたしはガルム、リリカちゃんはスライムを拳で倒していた。

 完全に条件反射だ。

 その後も次々に魔物が一体ずつ現れ、三十分経った時にはレッドオーガまで出て来た。

 それも二体。

 窮屈なんてモノじゃない、息が詰まる。

 寝室が壊れないように加減してたけど、ここまで来るとそんなこと気にしていられない。

 衝拳、気功を発動し、正拳を打ち込み壁に向かって吹っ飛ばす。

 隣では同じ考えに至ったであろうリリカちゃんが発勁を使って吹っ飛ばしていた。

 わたしは手刀、リリカちゃんは短刀を構え、それぞれレッドオーガの首を突き刺し息の根を止める。

 その後の三十分も、小さな青い翼竜のリトルワイバーンや、毒々しい紫色の甲殻を持つ蠍、デススコーピオンなんかが出て来て、最後のボロボロのローブに巨大鎌を持ったデスサイズを倒して修行モードが終わった時には、寝室は見事に散らかっていた。

 ベッドは斬り裂かれて中の羽毛が出ていたり、壁には爪痕があったり、天井には凹みがあったりと……第三者が見たら一体何て言うんだろう、と思うような惨状になっている。

 片付けようと思ったら、その途端室内の雰囲気が修行モード前に戻り、部屋も元に戻っていた。

 その後もう一度詳しく説明を聞くと、修行モード中に破損した物は終了次第修復されると確かに言っていた。

 次にステータスを見てみると、レベルは上がっていなかったけど、わたしもリリカちゃんも全ステータスが3上がっていた。

 多分コレが修行モードをクリアしたご褒美というか、そんな感じの物なんだろうと、細かいことは気にせず、その日は解散し、次の日からは毎日修行モードを使い、数をこなしていくと時間選択が出来るようになって、最長で5時間まで選べる様になった。

 その上で分かったことは、時間によってステータスの向上値が違うと言うこと。

 一時間なら3、二時間なら6、三時間なら9、四時間なら12と、ここまでは三倍ずつになっているけど、五時間だけ30というとんでもない向上値となっていた。

 多分システム暴走の影響だろうと思うけど、使える物は使おう精神が磨かれているわたし達にとっては有りがたかった。

 そして、二ヶ月使い続けた結果、格闘家の時の半分くらいのレベルにも関わらず、その時の全ステータスを上回るというおかしなことになった。

 リリカちゃんの方も同じみたいだ。

 まあ、強くなって困ることはないから良いや。

 それから、今後のこと。

 いい加減、西以外にも進もうということになり、明日から東、北、南の順で進んでいくことになった。

 わたし一人なら、一度進んでるからどんどん進めるけど、パーティの中に一人でも攻略していない人がいる場合は進めないから……修行にはなるけど。

 

 明けて翌日。

 準備を整え、現在いるのは東最初のダンジョン〝蒼の地〟。

 名前で想像出来ると思うけど、その通り景色一面凍り付いている。で、此処に来て、わたし達の感想は、


〝寒い〟


 この一言。

 当たり前だ。完全な氷の世界なんだから、寒くない方が可笑しい。防寒具を装備していないと、とても立っていられないし。念の為ここに来る前、マリーちゃんとケンさんの所に行って武器と防具に火属性を付与してもらったけど、正解だった。あったかい。

 早速進先に進み、最初に出て来たのは体全体が氷に覆われているトカゲ、〝アイスサラマンダー〟と〝アイスガルム〟。それぞれ五体と三体の計八体。リリカちゃんとアイコンタクトを交わし、四体ずつ倒す事を決め、駆け出す。

 まず突進してきたアイスガルムの顔面に滅破を撃ち出す。吹っ飛んだ氷の狼は、後ろの二体を巻き込んで転んでいった。その隙にサラマンダーへ接敵する。噛み付こうと大きく開いた口に生えている、二本の大きな牙。ソレを掴み、へし折る。


〝相変わらず容赦ないな……〟


 とか言いながら、自分だってアイスガルムをきっちり両断しているリリカちゃん。

 確かに容赦は無いけどね。する必要だって無いわけだし。

 それにしても……と、改めてリリカちゃんは成長したなと思う。

 黒き荒野で怖がっていたリリカちゃんの面影は、今ではすっかりなくなり、むしろ戦うことを楽しんでいることが、傍から見ても分かるまでになっているし。潜在能力は、わたしよりも遙かに高かったりするかも知れない。

 恐怖なんて抱かない筈の、ゲームの魔物が、以前リリカちゃんに対して正しくその感情を抱いた様に見えた事が一度だけあった。

 このSGO+では、極稀に、ボスなんかよりも強い力をもつFMフィールドモンスターが現れる。確率は、何処で聞いたかは忘れたけど、一万分の一とかいう、低確率。でも、わたし達はソレに遭遇した。

〝ヘルブラッディ〟と言う、全身が赤黒い毛に覆われた巨大な狼に。

 戦おうなんて思わなかった。勝てるなんて思っていなかったから。見ただけで、実力差なんて考える必要も無い程、圧倒的に開いていることが分かったから。

 一気に駆け出して、そんなわたしとリリカちゃんを追い掛けてきたヘルブラッディの一撃。振り下ろされた爪は、リリカちゃんの肩を掠め、それだけでHPは吹き飛び、リリカちゃんは地に伏した。

 異常が起こったのは、この後。


〝ふう。終わりましたね、シオンさん〟


 思い出そうとしたタイミングで、片を付けたらしいリリカちゃんが戻ってきた。わたしも早く倒そうと思ったけど、どうやら考え事をしながらでも、しっかり戦っていたらしい。魔物はいなくなっている。

 アイテムを確認しながら先に進み、問題ないことを確認して閉じる。襲ってくる魔物を連携して倒し、休憩地点に到着。泉で体力を回復した。

 休憩がてら、ヘルブラッディと会った時のことを覚えているか聞くと、忘れる訳ありませんよ、と返ってきた。

 なんせ、掠っただけで殺されたんだから。

 なら、その後のことは覚えてるか聞くと、街に戻ったじゃないですか、と、何を言っているんですかと言外に言われた。やっぱり覚えてなかったんだ、リリカちゃんは。

 あの後。

 本来、HPが0になったプレイヤーは、その瞬間アバターが消滅し拠点としている街に強制送還される。

 本来、そうならなければいけない。

 SGO+では、そう設定されているんだから。

 にも関わらず、死んだ筈のリリカちゃんは、直ぐには消滅せず、あろう事か起き上がった。幽鬼の様に、ゆらりと。

 その体から溢れていたのは、紛れも無い殺気。途轍もなくこゆい。

 まるで質量を持っているかの様に溢れたソレは、わたし所か、ヘルブラッディまでも恐怖に竦み上がらせ、彼女はまたゆらりと顔を上げ、自らを死に追い遣った目の前の敵を見た。その瞳に何を見たのか、わたしには分からない。その直ぐ後、リリカちゃんのアバターは消滅したから。

 次いで起こった異常。

 ソレは、ヘルブラッディのテイミング。

 正確にはどうか分からないけど、ヘルブラッディは――服従の姿勢を取っていた。

 視線の先、既に消滅したリリカちゃんが立っていた、恐らく目線の位置。そのただ一点を、赤黒の狼は見つめていた。

 ただ一点だけを、ひたすらに。

 きっとあの狼は、未だあの場所で待っているだろう。

 仕えるべき主が戻ってくる、その時を。

 

〝シオンさん、次はわたし達の番ですよ〟

〝みたいだね〟


 立ち上がり、ガントレットを調整してボス部屋の扉を開ける。途端襲ってくる冷気。部屋の中央にいるのは、蒼い体の巨大な鳥。

 青の地のボス、〝フレスヴェルグ〟。

 翼をたたみ、眠っていた鳥は、侵入者が来た事によって目を覚まし、翼を一気に広げた。舞い散る羽の一枚一枚がキラキラと輝き、思わず魅了される。


〝キュアアアアアアアア!!〟


 甲高い鳴き声によって、意識が引き戻される。

 フレスヴェルグは悠々と羽ばたき、突如急降下による体当たりを繰り出してきた。

 左右に散って躱し、同時に気功・衝拳・衝脚を発動。両手脚が光に包まれる。リリカちゃんの短刀も光に包まれている所を見ると、〝剣気〟を発動しているんだろう。剣撃系スキルの威力を、一定時間倍にするSS。今のリリカちゃんのレベルなら、三分持続する。

 空中で旋回したフレスヴェルグは、どちらを狙うか一瞬迷ったような仕草を見せた後、羽を前方に突きだし氷の礫を飛ばしてきた。


〝リリカちゃん!〟

〝はい!〟


 LvUPによるポイントは全てAGIに振っているリリカちゃんがその素早さを発揮し、礫を足場に宙を駆け距離を詰める。

 わたしも駆けだし、フレスヴェルグの下へ向かう。


〝三秒!〟


 速度を上げ、両手を握り腰に付ける。

 瞬間聞こえてくるリリカちゃんの裂昂の気合いが込められた掛け声と、爆発音と紛う程の大音量。紛れて一瞬聞こえたフレスヴェルグの短い悲鳴。

 後一秒。更に速度を上げる。

 最後の一歩を踏み込むと同時、目の前に降ってきた巨体。その土手っ腹に向け、握った両拳を突き出す。

 拳撃系AS・双衝拳。

 突き出された拳は吸い込まれる様に直撃し、瞬間、内包されたエネルギーを爆発させ、巨体を悉く吹き飛ばした。氷の地面を削りながら吹っ飛び、壁に激突したのだろう。大きな破壊音が聞こえた。

 蹴撃系AS・閃。


〝シオンさん!〟

〝だぁああ!!〟


 回転の勢いを+したソレを、降ってきたリリカちゃんに発動。足の裏に当たり爆発的なエネルギーが加算されたリリカちゃんは、小柄なこともあり弾丸の様な速さでよろめいているフレスヴェルグに向けて飛んでいった。

 勢いによってもう一回転し、正面を向いた所で同時に踏み込み後を追う。


〝ぜぇい!〟


 女の子らしからぬ声を上げながら突き出された短刀は、しかし巨大鳥の首を掠めるだけに終わってしまい、後ろの壁に突き刺さってしまった。抜くことは無理と判断したリリカちゃんは直ぐさま手を離し、氷の地面に着地。ロングステップを踏み、こちらに跳躍してきた。すれ違った際、一瞬だけ視線を交わす。

 ガクン、と極限まで姿勢を低くする。DS・龍化を脚だけに部分発動。倍近くなったAGIを活かし――跳ぶ。

 空中で前転をしながら、続けて蹴撃系AS・奈落落としを発動。飛び立ったフレスヴェルグがいた正にその場所へ向け、踵を振り下ろす。衝撃によって砕けた地面。跳び、突き刺さっている短刀に脚を掛け、真上へ跳ぶと同時に抜き、正面へぶん投げる。フレスヴェルグの脚を掠めて飛んだソレを、わたし同様跳躍していたリリカちゃんが掴み、尚上へ跳ぶ。

 龍化を、今度は全身に発動。翼によって空を駆け、フレスヴェルグの背中に拳撃系AS・十破を打ち込み、前へと押し出す。

 鳴き声を上げながら飛んでいく巨大な鳥に、


〝はぁああああ!!〟


 小柄な忍者が放った剣撃系AS・センが炸裂した。

 ギュアッ、と言う、短い悲鳴を上げた、巨大な蒼い鳥。

 リリカちゃんが着地し短刀を収めるチン、という音と共に、その体はポリゴンの欠片となり四散した。


〝――永久凍土、ですか〟


 ボス部屋を越えた先に広がっている次のエリア、〝緑の地〟。

 名の通り緑豊かなフィールドで、魔物が少ない場所にわたしとリリカちゃんはいる。ちなみに防寒具は温かいから脱いだ。

 今、リリカちゃんが見ているのは、先程のフレスヴェルグ戦で手に入れた短刀。その名前が、〝永久凍土〟で、柄から刃の先まで蒼く刃渡りは十㌢程。要求STR値は、300とこの付近で得られる武器にしては高めだけど、今の彼女なら問題なく装備できる。

 暫く陽に翳したりしていたリリカちゃんは、やがて装備することに決めた様だ。さっきまで使っていた〝レイジダガー〟をアイテムウィンドウに収め、〝永久凍土〟を腰に収めた。

 寝転がり空を見上げると、ソコにはシステムによって再現された太陽が光を放っている。頬を撫でるそよ風、ソレに混じって少しだけ聞こえてくるプレイヤー達の声を聞きながら目を閉じると、周囲の気配を克明に掴むことが出来た。

 隣にいるリリカちゃんは勿論、遠くで戦っているプレイヤーに、フィールドを歩いている魔物達。中には、今のわたし達の様に休憩しているのだろう。木陰で眠っているプレイヤーと魔物も、ちらほらといる。

 ゲームの中とは思えない程、現実に近い非現実。

 そして、ゲームの中だと言うのに、気配を掴めることの不思議さ。

 そういったモノを感じながら、気のゆくまで、わたし達は平原で寝転がっていた。


〝ヘルブラッディ〟

〝――ぇ?〟


 突然発したわたしに、疑問の声を上げるリリカちゃん。

 会いに行こうか、と言うと、彼女はポカンと言った表情をした後、勢いよく首を横に振った。両手も合わせて振りながら、何を言っているのかと問うてくる。

 そんな彼女に、あの子はきっと今もずっと待っていることを伝えると、訳の分からないことを言わないで下さい、と怒鳴られた。

 殺された恐怖を思い出したのか、体が小さく震える。その彼女に、あの時の異常な彼女の面影は微塵もなく、あるのは、死の恐怖に怯える只の少女としての彼女だけ。

 起き上がり、頭に手を置きながら大丈夫だと言っても、彼女は首を縦には振らない。

 それなら、これ以上無理を言っても苦しめるだけだ。

 今回は諦め、街へ戻る事にした。


〝――こんばんは〟


 夜。

 わたしは一人、以前、ヘルブラッディと会い、リリカちゃんが殺されたその場所、〝月明海岸〟に来ていた。

 月明かりを受け、妖しく光る毛皮を纏うのは、未だ一点を見つめ続けているフィールドボス・ヘルブラッディ。一瞬こちらに目を遣った後、またその場所に視線を戻した。威嚇も何もされない所を見ると、わたしのことを覚えているのかも知れない。はたまた、興味がないだけか……どちらにせよ、戦う意思はないみたいだ。


〝ごめんね。リリカちゃん、連れてこられなかった〟


 ピクリと、ヘルブラッディが反応した。


〝リリカ。ソレが、我が主足る方の名か?〟


 驚いた。おじさん以外にもいるんだ、言葉を話すことが出来る魔物は。いや、おじさんしかいないってことの方が可笑しいか。地球と同じ規模を再現している世界で、そんな存在が一人だけなんて、有り得ない。

 高く澄んだ声に肯定すると、今はどうしているのか聞かれた。

 寝てるんじゃないかな、と答えると、今度は常に共にいるのではないのか、と返ってくる。

 そうか、と、続けてヘルブラッディは問うてきた。


〝主を連れてこられなかったというのは、どういうことだ?〟


 昼間話したことについて、簡単に説明する。

 リリカちゃんが、ヘルブラッディを怖がっていることも含めて。

 話し終えると、ヘルブラッディは落ち込みながらも、仕方ないことだと納得していた。自分が命を奪ってしまったから、怖がれていることは、きっと聞くまでもなく分かっていただろう。それでも、いざ事実を聞くと結構堪える。


〝待ち続ける?〟

〝無論だ〟


 一泊空くことも無く堪える、狼。

 その目には、一点の穢れも無ければ、疑いの色もない。

 答を聞いたわたしは、踵を返し茂みに向かった。振り返って見れば、また一点を見続けている。

 最後の一歩をわざと大きく鳴らすと、茂みが音を立てた。手を突っ込み、掴んだモノを引っ張り出すと、ヘルブラッディが喜色に満ちた声を上げる。


〝主!〟


 茂みにいたのは、隠れてわたしの後を尾けていたリリカちゃん。一瞬びくついた彼女を立たせ、背中を一押しすれば、困惑の眼差しを向けてくる。


〝よかったね〟

〝っ…………はい……!〟


 ゆっくり。

 ゆっくりと、あの日の場所に立ち、二人は再会した。

 彼女は、きっと誤解していただろう。わたしが、会いに行こうといった理由を、倒しに行こうとしているのだと。無理もない。あの後のことを覚えていない彼女にとって、ヘルブラッディは恐怖の対象でしか無かったんだから。せめてあの目を見ていたら、彼女だって気付いた筈だ。

 込められていた感情に。

 ただ、それでも着いてきてくれたことは嬉しい。向き合う覚悟を決めてくれたのだから。

 ――よくよく考えると、あの時ヘルブラッディの目に込められていたのは、恐怖じゃない。恐怖も感じていただろうけど、ソレは一瞬だけで、わたしが恐怖しか感じていなかったから、ヘルブラッディの目に込められていたモノも同じだと決めつけてしまっただけだ。

 そう、込められていた感情は、単純な物。

 尊敬。

 力で圧倒的に勝る筈の人間に対し、ヘルブラッディは一瞬とはいえ恐怖を感じた。自分に恐怖を与えた存在。ソレがリリカちゃん。

 そんな彼女に、ヘルブラッディは尊敬の念を覚え、おのが仕えるべき主人としたのだ。

 有り得るのだろうか? そんなことが、このゲームの中で。

 有り得るのだろう。だからこそ、今わたしは此処に居るのだから。

 二人を見れば、互いが月明かりに照らされる海岸で、額を合わせていた。

 どこか幻想的な、二人の空間だけ世界から切り離されている様に見える景色を胸に刻みつけ、気付かれない様にその場を後にする。

 彼女は――――もう、だいじょうぶだ。

 わたしとは比べものにならない、最高のパートナーに巡り逢えたから。


〝ばいばい〟


 リリカちゃん。



 ――パーティを解散しますか?

 対象プレイヤー:Lv.42・Ririca

 YES/NO

 YES

 パーティを解散しました。



 それから一年後。

 ある少女と、赤黒の狼は世界各地で目撃され、その圧倒的な力と絶妙なコンビネーション。何よりも、他の追随を許さないスピードから神速という二つ名が付き、知らぬ者はいなくなった。

 そのインパクトが大きい故に、何故少女が世界を巡っているのかは、極一部の者を覗いて知る者はいない。





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