05/孤独の君
天蓋からは薄く透けた柔らかな布が垂れて、ベットを覆っている。
中央に引っ掛けられているランプが、クリスの呪文で明かりを消した。
暗くなった部屋の輪郭が窓から入り込む月明かりだけで淡く浮かぶ。
…人形やぬいぐるみが非常に不気味なんだけど。
二人で並んで(距離はかなりあるけど)寝ころんでいると、不意に毛布が引かれた。クリスが寝返りをうったんだ。
チラリと横目で見ると、僕に背中を向けていた。
そりゃそうか。
「私はあんな言い方しか出来ないのよ」
ふと、声が落とされる。
「?」
僕は首を傾げた。何かクリスに言われたっけ。
「…朝食にコーヒーくらいなら飲んでも良いわ」
「ぁあ!」
ようやく僕は思い至った。
「もしかして、ご飯とか断った事、気にしてたの?」
「そうよ」
クリスは他に何があるんだとばかりな言い方をする。
僕はくすっと小さく笑った。
だって、クリスが謝るなんて思ってもみなかったから。
「僕は…したい事を《自由》にやっただけだよ。それに応えるかはクリスの《自由》じゃないか。ま、出来ればご飯は一緒に食べたかったけどね」
「私の《自由》…ね」
クリスはもぞもぞと動いてこちらを向いた。
――おや?これってちょっと期待していいのかな。
ベットの中から右手を出して、クリスは恐る恐る僕へと伸ばしてくる。
「馬鹿よね。あたしはこんな性格だから、誰にも相手にされなくて。でも、人形相手だけじゃあ物足りなくて。かといって、動物を飼えばやっぱり煩わしくて」
ベットは広すぎて、クリスの伸ばす手は僕まで届かない。
「終いには、放っておいても生きてける悪魔に命令よ?本当に馬鹿みたい…」
――ああ、そうか。
僕はようやく納得した。
僕の召喚された理由はそんな簡単な事だったんだ。
確かに、広すぎる家の中にずっと一人だなんて淋しすぎる。
僕なら半日持たないね。
やけに人形やぬいぐるみが多いのも頷ける。女の子だからだと思っていたよ。
伸ばされたクリスの手ひらを見つめ、僕も腕を伸ばした。
いくら広いベットだからって、二人で腕を伸ばしてしまえば何とか届くだろう。
「クリス…」
もう少しで指先が絡み合うという直前になって、不意にクリスは手を引いた。
「ありゃ?」
なんだか肩すかしされた気分。
「命令で無理に懐かせて悪かったわね。…おやすみ」
「え?」
僕が近づいたのは、別に命令だからとかじゃない。
僕がそうしたいって思ったからなのに。
それに《懐け》とは命令されていないじゃないか!!
僕はベットから這い出して、クリスに近づいて行った。
――どうしよう。この孤独な少女を力一杯に抱きしめたい。
月の淡い光に反射して、キラキラと光る銀の髪。
色付く影は薄く紫を帯びる青色だ。
指先がまさに触れようとした瞬間、背中に目がついてるみたいにクリスは言い放つ。
「触ったら《罰》を与えるわよ」
「う゛」
それは非常に嫌だ。
魔女の《罰》は魂が引き裂かれるくらい痛い。いや、引き裂かれてるんだけどね。
渋々、僕はベットの中に戻っていった。
くそぅ。この欲求不満をどうしてくれるんだ。すぐそこに居るのに触れないなんて…。
悪魔に欲を我慢しろというなら、思ったよりもつらい仕事かもしれない。
この気持ち、なんて例えよう?
…そうだ、ぴったりの言葉がある。
――愛おしい。
僕はクリスを愛おしく思い始めていた。