01/召喚されし悪魔
身を引き寄せられる感覚。抗ってみてもそれを拒否する事は出来ない。
――誰かが僕を呼んでいる。
不意に開けた視界に、揺らめく炎を見た。
辺りには悪魔を痺れさせるローズマリーの香が漂い、僕は哀れにも狭い魔法陣の中に閉じ込められていた。
――ああ、またか。
ぼんやりと頭の中でそんな言葉がよぎる。
もう、何度目になるだろうか。魔法使いに呼び出されるのは。
「悪魔ジルバール」
僕の名を呼ぶ声は思いのほか幼い。
いや、魔女なんかは若作りが好きだから、本当の年なんて判らないけどね。
僕は今、青い炎の姿をしていた。悪魔はその姿に形を持たない。
あるとすればここが物質界であり《形》がなければ存在できないせいだ。
「お前に命令を下す」
僕の本当の居場所たる魔界で重要なのは《名前》だ。
だから、本当の名を知る者に呼び出されれば嫌でも召還され、命令を下されば従わなくてはならなかった。
僕の名は魔法使いの中で広く知られているから、呼び出しはしょっちゅうだ。
せめてもの救いは、他者に呼び出されてる時は、先に呼んでいる者を優先できるという事。
そして僕は、今さっき仕事を終えたばかりだった。
――何てついてない。
次の仕事は何。誰かの水晶を盗むの?どこかの橋を決壊させるの?
それとも、相手の魔法使いの鼻を明かすためだけに、僕の友人(もちろん悪魔だ)を殺せと言うの?
冷ややかな気持ちで魔女を見つめていると、躊躇った様子で目線を漂わせた。
「命令は…」
――おや?
このタイプの魔法使いは、ボロを出しやすい。
先手をとって弱みを握れば(特に相手の名前を手に入れてしまえば)命令を受けずに済むどころか、逆に喰いころしてやる事も容易いんだ。
僕の場合は殺しはしないけど、元の世界に返して欲しいかな。
試しに辺りを探ってみる。
この魔女の名前か、それでなくとも記憶の断片でもいい。とにかく弱みとなるものだ。
しかし、魔女の描いた魔法陣には文字間違いの綻びなど一切なく、円にはわずかな歪みすら見受けられなかった。
つまり、術者について何も知れないと言うことだ。
そうこうしている内に、魔女は決心してしまったらしく、口を開いた。
――ああ、どうか仲間を伐つ仕事ではありませんように。
「悪魔ジルバール。今から私が死ぬまで側にいなさい」
僕はキョトンとしてしまった。
青い炎がどうやったらキョトンと出来るかはさておき、とにかく意外な言葉に驚いてしまった。
「それだけですか?」
思わず問うてしまう。そんな楽な仕事を今までした事がない。
魔女は頷いた。
「そうよ。従いなさいジルバール」
重ねて名を呼ばれ、僕の頭はクラクラしてきた。
正しい判断が出来なくなっていて、気付はぼぅっとする頭で呟いてしまっていた。
「イエス、マスター」
僕の体か揺らぎ、青い炎から人間の男に変化する。
なにぶんマスターとなる術者は人間なもので、人の姿を要求する場合が多い。これは僕がよく使う物の一つだ。
「なかなか良い男じやない」
「ありがとうございます」