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真滅の光焔  作者: 黒羽 スイ
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第3章 : 精神の隠れ寺

目を覚ますと、見知らぬ寝室にいた。

ここがどこなのか、何が起きたのか、頭の中で考えが一気に溢れ出す。

「ここで何してるんだ? 俺はどこだ? 皆は……どこにいる?」

体がふわりと軽く、まるで雲の上を漂っているような感覚だった。

体を触ってみると、傷らしい傷は見当たらない。

あれは夢だったのか。幻覚か。いや、確かにあの夜のことは覚えている――あれを体験したという確信はある。


それでも、どこか違和感が残る。まだ次の思考を終えぬうちに、誰かが部屋に入ってきた。

「やっと目を覚ましたか、ハヤト! いやー、よく寝たな、このバカ!」

涙混じりに叱るような声。振り向くと、アカリが走り寄ってきて抱きついた。

どこにいるかはわからない。だが、アカリと一緒で無事だ――それだけで十分だった。

俺は持てる力のすべてで彼女を抱き返し、涙混じりに感謝を伝えた。


しばらくして、夜の村で俺たちを救ってくれた男が部屋に入ってきた。微かに笑みを浮かべている。俺とアカリの再会を見て、どこか嬉しげだ。

「回復は順調なようだな」

感謝はしていたが、問いたださずにはいられなかった。

「一体何をしたんだ! なんで気絶させたんだ!? ここはどこなんだ?」

男はふふっと笑い、肩をすくめるようにして答えた。

「すまんな、坊主。あれは手順だ。ここは外界には知られてはならない場所だ。万が一に備えて安全措置を取る必要があったんだ。改めて自己紹介しよう。星川涼馬だ。よろしく頼む」

礼をされるのは少し恥ずかしかったが、すぐに立ち上がって頭を下げた。

「星川さん、ここは一体どこなんですか?」

「ハヤト、ここにお前とあの少年を連れてきたのは、アカリの治療のためだ」

「アカリは? 大丈夫か? 立てるのか? あの少年はどこにいる?」

「アカリはもう大丈夫だ。翌日には起き上がったよ。やつは根性のある娘だ」

「翌日って……どれくらい寝てたんだ、俺?」

「五日と十八時間だ。なかなかの昼寝だったな。あの少年は二日で起き上がったよ。今は庭に出ている。花が好きらしくて、静かに見ていることが多い」

みんなが無事だと聞き、少し胸が和らいだ。だが、俺にはまだ確かめねばならないことがある。

「星川さん、村で何が起きたんだ? あれは一体何だったんだ?」


涙が込み上げ、アカリが俺の手を強く握る。

「あれが何であれ、お願いだ……あいつを倒すのを手伝ってくれ!」

星川がこちらに来て、俺の脇に立った。

彼は大きく息を吐くと、落ち着いた声で言った。

「面白い願いだな、ハヤト。だが、その決定に私が口を出す権限はない。現状、説明できることはできるだけしてきたつもりだ。いま我々は重要な会合に遅れているようだ。行こうか」

星川が指をピシャリと鳴らすと、視界が波打った。

足元に水たまりが現れ、世界が水面に映る像のように歪み始める。気づけば、部屋にいた俺たちは消え、四人とも広大な聖域の中心に立っていた。


壁は伸び、三本の高い柱が並ぶ。柱にはそれぞれ別々の紋様が彫られており、じっと見つめているとその模様がわずかに揺らぐように見えた。

その奥の端に、一人の男が座していた。これまでに見たことのない威圧感を放つ人物で、ただそこにいるだけで部屋全体が引き締まる。だが不思議と、どこか安心感も与える。左右には猟犬のような犬が二匹、黒い毛と淡い金色の毛で並んでいる。

彼らは像のように微動だにせず、それぞれ違う瞳を持っていた。ひとつは緋色、もうひとつは群青のような深い色――無表情の瞳が俺たちに向けられる。静寂が重くのしかかる。ここがただの会合の場ではないことを、一瞬で悟った。

「ここに座すは、水原師匠、天心である。面前では礼を尽くせ」

星川がそう告げると、ひざまずいて頭を下げた。俺たちも同じようにひざまずき、頭を下げる。


「おや、よく回復したようだな。アカリ、ケンジ、ハヤト。さあ立て、落ち着け。そうだ、君たちに貸した法衣もよく似合っているぞ、なかなかよい」

その男は温かく迎え入れるような微笑みを浮かべた。

気づくと、俺たちはいつの間にか着替えていた。すべてが早すぎて追いつけない。だが迷わずに前へ進み、礼を返した。

「水原師匠、光栄です。ご厚意に感謝します。差し支えなければ、いくつかお伺いしたいことがございます」

その瞬間、二匹の犬が低く唸り声を上げた。驚いて一歩後ろに下がり、これ以上刺激しないように気をつける。


「まあまあ、ノア、テツ。もう大丈夫だ。君たちがなぜここにいるのか、混乱しているのも無理はない。順を追って説明しよう。まず最初に――ここは瑞羽寺だ。

この寺は、太古より地上を護る三つの聖なる柱のひとつであり、世界の均衡を保つ者たちの拠点でもある。我々は光刃と呼ばれている」


「光刃……? 太古から? そんな集団がずっと世界の均衡を保ちながら、どうして誰にも知られずにいられたんですか?」

「世界は、君たちが思っているよりずっと広いのだよ、ハヤト。だが心配はいらない。私はできる限り、君たちの疑問に答えるつもりだ。さあ、何でも聞くといい」

俺は言葉を失っていた。だがケンジは違った。彼は一歩前に出て口を開いた。

「その光刃って、どういう意味なんですか? それに、ここは一体……?」


「光刃の組織は、何世代も前に創設されて以来、世界から隠されてきた秘密の集団だ。我々は均衡の守護者として、誰にも知られぬ戦いを続けている。

光刃は精神――つまり魂の本質を操る。この世界のあらゆる生物が精神を宿しており、光刃はその精神を具現化し、形を与えることができる。攻撃、防御、支援……それらの力を精技と呼ぶ。

そして精技を通じ、自らの属性を制御するのだ」


アカリも、ケンジも、俺も――ただ呆然としていた。言葉が次々と飛び交い、頭が追いつかない。あまりに多くの概念を、一度に浴びせられた気がした。

「ふむ……少し説明が専門的すぎたかもしれんな。すまない。要するに、我々光刃は――助けを必要とする者を、できる限り守る。それだけの存在だ。それなら、君にもわかるだろう? ハヤト、尋ねよう。天原の村で起きたこと……あれが自然なことに思えたか?」

信じがたい話ではあったが、その問いには何も言い返せなかった。あの夜、起こったことのすべてが――自然であるはずがなかった。すると、アカリが一歩前に出て口を開いた。


「水原師匠、質問してもいいですか? どうして光刃は世界から身を隠しているんですか? 正義の名のもとに行動したり……警察や他の組織と協力したりはできないんですか?」

その瞬間、水原師匠の表情に陰が落ちた。まるで古い傷が再び開いたかのような悲しみが滲む。アカリはすぐにそれに気づき、自分の言葉が踏み込んでしまったのかと、不安そうに彼の様子を見つめた。

「……気持ちはわかる、若き娘よ。だがな、世界というのは我々が思うほど寛容ではないのだ。過去に起きた出来事を経て、人々は深い傷を負った。死、喪失、悪夢、心の傷の再発……人々は恐怖に囚われ、我々を拒絶した。異端者、悪魔、災いを呼ぶ者――そう呼ばれたこともある。命を救おうとしただけなのに、彼らの中には、あの記憶を抱えるくらいなら死を選ぶと言う者すらいた」

アカリは息を呑んだ。

水原師匠の静かな声には、言葉では表せないほどの痛みがにじんでいた。星川や光刃の仲間たちが、彼女を助け、看病してくれた。それなのに――この人たちが悪魔と呼ばれたなんて、到底信じられなかった。

「それでも、我々光刃は立ち止まれなかった。助ける力がある以上、祖先の意思を継ぎ、世界の均衡を守らねばならぬ。それが我々の存在理由だ」

俺はおそるおそる手を上げた。混乱よりも、純粋な好奇心が勝っていた。

「えっと……師匠? それじゃあ、どうやって人を助けるんですか? 人前で力を使えば、きっと騒ぎになると思うんですけど……」

水原師匠はゆっくりと目を上げ、静かに答えた。その声はまるでこの世の理を語るようだった。

「光刃は、目撃者の心を鎮める術を編み出した。戦いの後、我々は介入し、記憶の棘を丸くする。だが――喪失の痛みだけは消すことができない。それを取り除くことは慈悲のようでいて、人の成長を奪う。悲しみを経て、人は現実を受け入れる形に心を作り替えるのだ。荒れ狂う獣は嵐となり、炎の魔物は野火に変わる。そこには怪物も、術も、光刃も存在しない。残酷な優しさだが、そうでなければ世界は壊れてしまうのだ」

師匠の言葉に、俺はただ圧倒されていた。多くの人にとっては、きっと狂気じみた話に聞こえるだろう。正直、最初は俺もそう感じていた。

だが――その中に、自分が守りたいものを守る道があると気づいた。村で起きた出来事を償い、前へ進むための道が。

「水原師匠。俺は、あなたが正しいことをしてくださると信じています。光刃の皆さんにも、心からの感謝と幸運を」

アカリとケンジも俺に続き、深く頭を下げた。だが、二人が驚いたのはその直後だった。俺が立ち上がり、改めて言葉を発したからだ。

「師匠……お願いがあります。光刃の道――その術を、俺に教えてください」

アカリとケンジは息をのんだ。俺は動かず、ただ返事を待った。

「ほう……これは面白いな、涼馬」

師匠の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。何のことなのか、理解できなかった。

「普通なら、我々の世界を見すぎた者には安らかな忘却を与えるのだが……お前たちは違う。天原の件、そして焔鬼人えんきじんとの遭遇について、涼馬から報告を受けている。私は驚かされたよ。恐れを知らず、利己的でなく、真に他者を思う心を持っていた。その資質を見抜いた涼馬にも感謝している」

「焔鬼人……?」

俺は思わず聞き返した。


「そうだ。あの村でお前たちが遭遇した怪物――我々は焔鬼人えんきじんと呼んでいる。憎悪と怨念から生まれた歪な存在……別名、屍魔レイスボーンとも言う」

師匠の声には悲壮さと同時に誇りが宿っていた。

「だが、今はそれよりも重要なことがある。お前たちがこの地に運ばれた瞬間から、我々は感じていた。お前たちの身体に、精神が絡みついている――まるで、ずっと待ち続けていたかのようにな。今もなお、その力は揺らぎ、形を成そうとしている」

師匠は一瞬言葉を切り、俺たちの反応を見つめた。表情は穏やかで、どこか嬉しそうですらあった。

「だからこそ、もし望むなら――ここで共に学ぶがいい。光刃の道を、三人で歩んでみないか? どうやらその問いを口にする前に、ハヤトに先を越されたようだな」

予想外の言葉に、胸が熱くなった。世界は俺たちが知っていたものとは違う。だが、だからこそ――守る力を手に入れられる。アカリが口を開いた。

「もし……断ったら? どうなるんですか?」

「この生き方が自分に合わぬと思うなら、村へ送り届けよう。記憶には手をつけない。それに、考える時間が欲しいなら、数日ほど猶予を与えよう」

俺たちはそろって頭を下げた。

「ありがとうございます、水原師匠。少し考えさせてください」

師匠が指を鳴らすと、世界が波打ち――次の瞬間、俺たちは再び、アカリと俺が目覚めたあの部屋へ戻っていた。三人とも言葉を失い、ただ見つめ合う。沈黙を破ったのは、ケンジだった。

「ふう……すごい話だったな。正直、あの師匠のそばにいた二匹の犬のほうが、話よりよっぽど怖かったけどな!」

ケンジの軽口に、アカリと俺は思わず吹き出した。

そして俺は彼の方へ向き直る。

「なあ、村で助けてくれてありがとう。あのときの一投……勇気と腕力、どっちも相当なもんだよ。俺はタカギ・ハヤト。よろしくな」

ケンジの目がぱっと輝いた。

「気にすんなよ。結果的に助かったんだしな。俺はシバタ・ケンジ。こちらこそよろしく!」

二人で握手を交わすと、俺はアカリの方を見た。話をしなければと思っていた。


「アカリ……これ、馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど、俺たちがここにいるのは運命なんじゃないかって気がする。危険なのはわかってる。でも、もしこの力で誰かを救えるなら――俺はやりたい。じいちゃんの最期が、ずっと頭から離れないんだ。もう二度と、無力でいたくない。あの化け物がまだどこかにいると思うと……黙って見ているなんてできない」

アカリは静かに聞いていたが、次の瞬間、笑顔を見せて俺の頭を軽く叩いた。

「まったく……あんた一人で突っ走る気? そんなの、許すわけないでしょ。私も行くわよ。ハヤトが罪悪感を抱えてるのと同じように、私だって感じてる。あのとき、じいちゃんは私を守ってくれたのに、私は何もできなかった。もう、足手まといにはなりたくないの。次は、私も戦う」

その言葉を聞いて、胸の奥が少し軽くなった。一緒なら、きっと前に進める――そう思えた。俺たちは同時にケンジの方を見た。

「で、ケンジはどうする? 面白い話だったろ?」とアカリが尋ねる。

「うーん、そうだな。全部急に起こりすぎて、まだ実感ないけど……まあ、残るよ。村に戻っても特にやることないし、お前らももう友達だし、な!」

俺は思わず笑った。

「はははっ、それだけか? もう少し深い理由とかないのか?」

ケンジは肩をすくめて笑い返す。

「まあ、それと……ここの飯、めっちゃうまいんだよな。今夜の夕飯が楽しみだ!」

結局、三人の心はひとつだった。これから先、何もかもが変わっていくだろう。けれど、それを選んだのは自分たちだ。

「師匠に決意を伝えてくる」

俺はそう言って部屋を出た。次の瞬間、視界が歪み、気づけばまた水原師匠の前に立っていた。

「――やあ、タカギの若者。どうやら決心がついたようだな?」

(……やっぱりこの人、ちょっと怖い)

「師匠、正直に言うと、少し不気味です」


「ほっほっ、そう言われるのも一度や二度じゃない。さて――君の答えを聞こう」

「はい! シバタ・ケンジ、タカギ・アカリ、そして俺、タカギ・ハヤト。三人そろって、光刃への加入を希望します。できる限りの力を尽くし、この世界のために戦うことを誓います!」

「それは素晴らしい決意だ、ハヤト。だが一つだけ、忠告しておこう。この世界は危険に満ちている。今まで信じてきた常識は――すべて捨てろ。そして、愛する者を決して離すな。彼らこそ、お前にとって最大の支えとなるだろう」

「……はい、師匠。肝に銘じます」

「うむ。よろしい。では、今はゆっくり休むがいい。これで正式に、お前たちは光刃の一員となった。階位は初伝――最下位の位だが、すべてはここから始まる。おめでとう。三人の門出に、祝福を」

水原師匠は穏やかな笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「三日後に教導師を遣わす。そこで本格的な修練を始めるのだ。瑞羽寺には今、生徒は多くない。だからこそ、この時間を使って他の者たちと親しくなるといい」

俺は深く頭を下げ、師匠に礼を言った。その瞬間、視界がまた波打ち、気づけば再び自分の部屋に戻っていた。――あの転移術、いつになっても慣れそうにない。けれど、これからはそれが日常になるんだ。

三日間はあっという間に過ぎていった。訓練が始まるまでは自由時間を与えられていたので、俺たちは寺の案内を受けながら、隅々まで歩き回った。


瑞羽寺は想像を超える広さだった。終わりが見えないほどの境内。外からは見えないように、巨大な迷いの森に隠されている。知らない者が入れば、たちまち道を失うだろう。

厨房、医療棟、倉庫、そして修練場――見学した場所はどこも整然としていて、少人数ながら、皆がそれぞれの役目を果たしていた。人数の多さではなく、志の強さこそが光刃を支えているのだと実感した。

そして訓練前夜。俺の部屋に三人で集まり、他愛もない話をしながら時間を過ごした。光刃になるとそれぞれに個室が与えられるが、この夜だけは一緒に過ごしたかった。

やがて、寺の侍女が夕食を運んできた。湯気の立つ味噌汁に、ふっくらとした白米、そして煮物の小鉢。三人でちゃぶ台を囲みながら食事を始めた。

「ケンジ、調子はどう?」とアカリが尋ねる。

「うーん、正直まだわかんねぇ。これまで何か目的を持って動いたことなんてなかったからな。いつもなんとなくで生きてきたけど……今はそのなんとなくも、何も言ってくれねぇ」


ケンジは天井を見上げながら、だらりと寝転がった。アカリはそんな彼を見て笑い、俺の膝に頭を預けたまま目を閉じた。すぐに寝息が聞こえ始める。その穏やかな横顔を見ながら、昔の記憶が浮かんだ。

まだ子どもだった頃、無邪気に笑っていたあの日々。けれど今、俺の膝で眠る彼女は――もう立派な大人だった。

(……アカリ。これから先、どんなことがあっても――俺はお前のそばにいる。そして、お前も……そうであってくれ)

部屋の外では、夜風が木々を揺らしていた。こうして、俺たち三人の光刃としての第一夜が、静かに更けていった。

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