第11章 : 死聖たちの残響
その囁きはかすかにしか聞こえなかったが、まるで空気そのものを震わせるような重みを帯びていた。
次の瞬間――
世界が揺らいだ。
病院の壁が霧のように溶けていき、代わりに現れたのは、漆黒に包まれた円形の大広間。
天井から降り注ぐ一本の白光が、彼女の立つ場所だけを照らしている。
その光は、時の流れさえ拒むように静謐で、荘厳だった。
彼女を囲むようにして三つの巨大な木製の座――それは王座ではなく、儀礼の象徴。
精神の紋と、三つの寺院を示す古代の印が刻まれていた。
その座の影から、三人の人物が彼女を見下ろしていた。
言葉を発さずとも、空間を支配するほどの威圧と気配が漂う。
最初の人物は水原師匠。
完璧な姿勢のまま、穏やかな笑みを浮かべていた。
左の座には、火ノ川寺の師範。
名はほとんど伝説のように囁かれ、その存在だけで敬意と畏怖を抱かせる女性。
表情は静かで、まるで風のように柔らかい――だが、わずかに傾けた首や目の細かな動きが、彼女が常に何かを計算し、すべてを見透かしていることを物語っていた。
そして三つ目の座。
黒月寺の師範。
その男の存在は、まるで重力そのものだった。
姿勢は緩やかで、どこか無造作に見える。
だが空気は張り詰め、その眼差し一つで壁すらたわむような圧があった。
彼は何も言わない。
ただその瞳で真実を暴き、どんな光刃であろうと偽りを見抜く――そんな古き叡智を宿していた。
綾澤は静かに息を吸い込んだ。
頭上から降り注ぐ光が彼女の体を包み、心を落ち着かせる。
三人の師範の視線は鋭くも重い――その圧に抗うように、彼女は背筋を伸ばした。
大広間そのものが生きているようだった。
精神の波動に共鳴し、わずかな姿勢の変化や呼吸の乱れさえも感じ取っている。
この空間はまるで審判そのもの。
沈黙の中に、幾百年もの伝統と規律が息づいていた。
「――始めましょうか、藤坂師範。」
水原師匠が穏やかに促した。
「そうね。」
火ノ川寺の師範――藤坂師範が前に出る。その声は刃のように鋭く、空気を切り裂いた。
「光刃・綾澤光。あなたは月影の森任務において、天心の正式な許可を得ずに出立し、独断で行動しました。そのような行為は、あなたの階位にある光刃として相応しくありません。特に初伝を導く立場にある者として、自らの責務を逸脱したと言わざるを得ない。よって本評議会は、あなたの行動を正式に審査し、指導者としての資格を一時停止、あるいは剥奪する可能性を検討します。」
その言葉が放たれた瞬間、冷たい風が広間を吹き抜けた。
まるで彼女の罪を突きつけるように、周囲の空気が重く沈む。
それでも綾澤は目を逸らさなかった。
胸の奥は締めつけられるように痛んだが、視線はまっすぐ前を向いていた。
水原師匠がわずかに身じろぎし、藤坂師範へ静かな視線を向ける。
「――軽率だと?」
彼の声は落ち着いていたが、その奥には制御された炎が宿っていた。
「勇気と判断力を軽率と呼ぶのは違う。綾澤師範が即座に行動しなければ、彼女の保護下にいた初伝たちは命を落としていたでしょう。危機の中で決断し、命を守った。それは、私が全力で支持すべき行為です。」
その言葉に、黒月寺の師範がゆっくりと目を細めた。
声は低く、だが響きは雷鳴のように重かった。
「水原師匠……あなたの意見は、この件においてほとんど意味を持たない。彼女はあなたの寺の者だ。だからこそ、あなたはもっと厳しくあるべきだろう。結果さえ良ければ全て許される――そんな甘さこそ、あなたの寺が抱える病だ。」
広間の空気が一層張り詰める。
「規律には理由がある。任務にはそれぞれ計画があり、それを守れぬ者は失敗する運命にある。月影の森は初伝の試練だった。危険もまた、彼らの成長の一部。それをあなたが介入して壊した。天心の判断を無視し、我々評議会の権威を越えてまで。――それが師範の取るべき行動だと? 違う。それは危険で、無責任だ。彼女の弟子たちが生き延びたのは幸運に過ぎぬ。幸運は規律の代わりにはならん。あなたの直感に従って盲目的に動く弟子を、あなたは本当に望むのか?」
水原師匠はわずかに身を乗り出した。
声は低く、静かでありながら、鉄のような重みを帯びていた。
「……恐怖を規律と呼び違えるな、金村師範。命令に従うことを美徳と勘違いしている。」
その言葉が放たれた瞬間、空気がわずかに震えた。
「彼女の弟子――ハヤト、ケンジ、アカリが生き延びたのは、綾澤師範の洞察と判断、そして彼女が彼らを正しく理解していたからだ。確かに森は戦場だった。だが、命令に盲従していれば全員死んでいた。――お前のように手続きを満たすためだけに、弟子を見殺しにする者には分からないだろう。」
教えるとは、生かすことだ。
知識でも階位でもない。
その本質を見誤る者の寺が、瑞羽寺の下に位置するのは当然のこと。」
広間に緊迫した沈黙が走る。
金村師範の顎がわずかに引き締まり、怒りと屈辱の光がその瞳に宿った。
彼は玉座の肘掛けを握り、低く唸るように言い返した。
「……責任を説くな、水原。この任務を下したのはお前だ。弟子が死ぬ覚悟もなかったのなら、最初から送るべきではなかった。死は試練の一部――それが自然の摂理だ。任務の目的を損なってまで生かすことに、何の意味がある? 感情に流されて命令を破ることを正義と呼ぶなら、他の者たちも同じように規律を無視し始めるだろう。」
その瞬間、水原の周囲の空気が微かに波打った。
抑え込まれた精神の力が、警告のように空気を震わせる。
「――だからこそ、貴殿の寺は停滞している。」
彼の声は低く、だが鋭く響いた。
「我々は失敗を恐れる者ではない。行動し、理解し、生の尊さを守る者だ。月影の森の任務は、服従を試すためのものではない。生き抜く力、適応、そして敵を知るための試練だった。初伝たちの命は数字ではない。報告書に記される項目でもない。我々が彼らを失えば、それは任務の失敗ではなく――師としての、光刃としての敗北だ。綾澤光は失敗していない。彼女は真の師として、弟子たちを明日へ繋げたのだ。」
その言葉に金村師範の唇が薄く結ばれた。
一瞬、彼の気配が嵐のように重くなる。
だが水原の姿勢は微動だにしなかった。
その存在は山のように静かで、どんな風にも揺るがぬ威厳を放っていた。
綾澤自身は沈黙を貫いていた。
胸の鼓動が激しく高鳴る。
だが、その沈黙には迷いはなかった。
――これは、自分だけのための弁護ではない。
弟子たちのため。
そして命を軽んじないという光刃の信念のため。
藤坂師範はその間、一言も発しなかった。
ただ二人の間を静かに見つめ、その眼差しの奥で、何かを計り、見極めている。
彼女が沈黙を守るたび、広間の緊張がわずかに形を変えていった。
金村師範は最後に、わずかに視線を落とし、かすれた声で言った。
「……お前の理屈は理解した、水原。だが――規律は、理由あってのものだ。」
「――ここで口を挟ませてもらうわ。」
藤坂師範が静かに言った。
その声は穏やかでありながら、長年の経験からくる確かな重みを帯びていた。
「私は、綾澤光の行動を支持します。彼女は光刃の奥伝として、また指導者としての責務を果たしたにすぎない。無謀ではなく、先見の明と責任感をもって行動した。託された命に対して、最大の敬意を払っていたのです。」
金村師範の唇がぴくりと動いたが、藤坂はその視線をまっすぐに受け止めた。
「――それに、」と藤坂は続け、ゆっくりと綾澤に向き直る。
「もっと深刻な事案があるようね。あなたは迷っている、光。そうでしょう? ここは評議の場。隠す必要はないわ。何があなたを悩ませているの?」
綾澤の胸が上下する。
彼女は一度深呼吸をし、静かに頷いた。
その声はかすかに疲弊を滲ませながらも、確固たる意志を帯びていた。
「――月影の森に到着した時には、もう戦闘は終わっていました。ハヤト、アカリ、ケンジ……三人とも意識を失い、瀕死の状態でした。」
彼女の言葉に、広間の空気が変わる。
沈黙の波が、重く静かに広がった。
「彼らが対峙した屍魔――あれは光刃の記録にあるどの存在とも異なっていました。高位の霊的個体ではないにも関わらず、負の精神を操り、己の肉体を喰らうようにして放出していた。さらに、彼らの認識を歪め、幻覚を見せ……通常なら、あの状況で生き延びることなどあり得ません。それなのに――ハヤトは自力でそれを打ち破り、傷一つ負わずに生還したのです。……それが、どうにも自然ではない。」
その告白に、三人の師範が微かに反応した。
眉が動き、呼吸が一瞬止まる。
場の空気が、凍りついたように重くなった。
藤坂師範の瞳が、少しだけ柔らいだ。
わずかな驚きと、同時に尊敬の光が宿る。
「……ハヤト、ね。あの状況でそんな力を発揮できるとは。確かに、その行為自体は驚嘆に値する。けれど――あなたの報告の通りなら、事態は異常よ。低位屍魔がそこまでの力を持つなど、あり得ない。もし我々が事前に把握していたなら、飛心の一人を派遣していたはず。……過小評価が命を奪うこともある。」
金村師範が鼻を鳴らし、低く呟いた。
「――とはいえ、結果的に綾澤の判断が部隊を救った。だが、前例としては――」
「前例ではないわ。」
藤坂がその言葉をやわらかく、しかし断固として遮った。
「ここにあるのは失敗ではなく、証明です。優れた指導と、奥伝としての判断力の証。光は傲慢に動いたのではなく――賢明に動いたの。」
綾澤はゆっくりと顔を上げ、評議の三人を見渡した。
その瞳には迷いがなかった。
「……まだ、報告すべきことがあります。」
声がわずかに震えながらも、確固として響く。
「屍魔の脅威は排除されました。けれど――ハヤトは、戦場の外縁で何かと――いえ、誰かと遭遇しています。」
三人の師範は互いに視線を交わした。
その沈黙は鋼線のように張りつめ、広間全体に緊張が満ちる。
水原師匠が身を乗り出し、眉をひそめた。
「……説明を、光。包み隠さず話せ。」
綾澤は一瞬だけ水原に視線を向け、やがて他の二人を見据えて言った。
「――ハヤトの前に、何者かが現れました。白い法衣に精神の紋が刻まれ、顔は仮面で覆われていました。挑発も、警告もなしに現れ……そして、自らを死聖と名乗ったのです。」
その瞬間、空気が凍りついた。
金村師範の顔から冷静さが消え、唇が固く結ばれる。
藤坂師範の瞳にも、かすかな驚愕と不安の色が宿った。
「……五十年ぶり、か。」
金村が低く呟いた。その声は信じがたいという響きを帯びていた。
「最後に確認された出現から、半世紀。なぜ今……?」
「その意図は分かりません。」
綾澤の声は揺らがない。
「ただし、あの存在は光刃に対して直接的な敵意は示しませんでした。しかし――ハヤトを脅した。おそらく、その目的は彼自身に関わるものです。」
藤坂が静かに頷く。
その表情には、驚きと同時に冷静な観察があった。
「……厄介ね。けれど、同時に意味深い。死聖が無目的に姿を現すことは絶対にない。五十年という沈黙を破って現れた――それは、何か大いなる動きの前触れに違いない。だが、同時にこれは機会でもある。この時代に目撃されたということは、彼らが動き始めた、あるいは世界の均衡を探っているということ。この死聖が自ら姿を晒した――それも、ハヤトを通して。これは偶然ではないわ。」
水原師匠の表情がさらに険しくなる。
「……だが、なぜ今なのだ。前例も、兆候もない。理屈に合わぬ。あえて姿を見せる理由があるとすれば――それは意図的な行動だ。だが、目的は何だ? 何を狙っている?」
金村が冷たい声音で応じる。
「――それこそが問題だ、水原。奴らが理性を持って動いているのかすら不明だ。あるいは、我々がその思考を理解できぬだけか。五十年、姿を隠してきた者が、今になって初伝の一人を通して姿を現す――偶然ではない。試しているのだ。誰かを――ハヤトを、かもしれん。」
その言葉が終わると同時に、広間は再び沈黙に包まれた。
五十年という歳月を超えて甦った脅威。
見えぬ敵の影が、今、確かにこの場に存在している。
水原師匠が口を開いたのは、その静寂のあとだった。
声は落ち着いていたが、底には鋼のような意志が通っていた。
「……光人試練まで、あと数ヶ月。この事態は憂慮すべきだが――試練そのものの意義を否定する理由にはならない。試練は初伝の成長を見極め、新たな才能を見出す最も確実な方法だ。」
金村は苛立ちを隠さず、前のめりに腕を組んだ。
「軽率だな。世界の根幹が揺らいでいるこの状況で、どうしてそんな悠長なことが言える? 死聖が動き出した今、各部隊、各初伝はすべて標的になり得る。そんな中で試練を強行するなど、無謀以外の何物でもない!」
だが藤坂は静かに首を横に振った。
その仕草には、穏やかでありながら確固たる力があった。
「――いいえ、金村。」
彼女の声はやわらかくも、決して逆らえない響きを持っていた。
「――だからこそ、試練を中止してはならないのです。」
藤坂師範の声が静かに広間に響いた。
「光刃の秩序と結束を保つ唯一の道は、継続――すなわち試練を行うことにあります。
もし死聖たちが再び動き始めたのだとしたら、今こそ我々は、その結束と力を確かめるべき時。次代の人材を見極める機会でもある。それは戦闘力だけではなく、判断力、そして適応力を測るためのものなのです。」
金村師範の鋭い視線が二人をなぞった。
「……結束だと?」
その声は低く、冷ややかな毒を帯びていた。
「私は災厄と呼ぶね。下位の者たちを、予測もできぬ脅威に晒すつもりか? その試練こそが罠になるだろう。」
しかし藤坂は、柔らかく目を細めた。
「あるいは機会よ。」
その声は静かだが、確信に満ちていた。
「試練は力だけでなく、勇気や創意、圧力下での判断をも見極める。その中でこそ、死聖の脅威に立ち向かう者が現れるかもしれない。これは無謀ではなく――伝統に偽装された備えです。」
「……藤坂の言う通りだ。」
水原師匠が口を開いた。声は穏やかだが、言葉の一つひとつに確かな重みがあった。
「私も彼女の意見を支持する。金村、お前の慎重さは理解できる。だが今ここで試練を止めることは、恐れに屈したという印を残す。我々光刃は、恐怖に支配されてはならない。」
金村は息を荒く吐き出し、苦々しげに顔を背けた。
「……好きにするがいい。」その声には苛立ちとわずかな諦念が混じっていた。「だが忠告しておく――この決断が愚かであったと、後に思い知ることになっても私は驚かん。」
藤坂は静かに手を上げた。
「では、決定とします。各寺は所属する全ての弟子を評価し、その中から六名の初伝を選抜しなさい。彼らこそが次の試練に臨む者、そして――この不穏な時代に立ち向かう可能性を秘めた者です。」
水原と金村は視線を交わす。
数秒の沈黙ののち、水原が頷いた。
「異論はない。既に候補は選定済みだ。名簿をすぐに評議へ提出しよう。」
金村は肩をすくめ、薄く笑った。
「相変わらず性急だな、水原。少しくらい慎重に選んでも罰は当たらんぞ。」
「――時間はもう贅沢ではない。」
水原の声が静かに響く。
「初伝たちは準備できている。選抜は完了だ。変更の予定もない。」
彼は立ち上がり、ゆっくりと印を結んだ。
光が走り、彼の姿が霞のように消える。
残った二人も、無言で頷き、次々に姿を消していった。
そして――広間には、綾澤光と水原だけが残された。
水原は振り返り、表情を和らげた。
その声は先ほどまでの威厳を失い、静かな温もりを帯びていた。
「光。」
彼はゆっくりと歩み寄り、穏やかに言った。
「ハヤトたちのことは聞いている。お前の判断と献身は、何よりも貴重だ。……彼らを導けるのは、お前しかいない。」
綾澤は目を見開き、息をのんだ。
感謝と驚きが入り混じったような表情。
水原は微笑を浮かべ、続けた。
「彼らを傍に置き、鍛えなさい。厳しく、しかし愛をもって。お前自身の成長も止めるな。昇格の時は来る。だが今は、お前の焦点は導く者としての使命にある。彼らの安全も、成長も――お前にかかっている。」
綾澤は深く一礼した。
「……承知しました、水原師匠。必ずや、期待に応えてみせます。」
「分かっている。」
水原はわずかに笑みを見せた。
「そして忘れるな。我々が今なすべきことは、彼らを未来へ備えさせること。試練は技能の試しではない――光刃の未来そのものを映す鏡だ。死聖が再び動き出した今こそ、その覚悟が試される。」
彼の姿が光の粒とともに消え、広間は静寂を取り戻す。
綾澤はその場に立ち尽くし、胸の奥に残る言葉を噛みしめるように目を閉じた。
静かに息を吸い、涙をこらえる。
――覚悟は、できている。
彼女は再び目を開き、未来への決意を宿した瞳で一歩を踏み出した。
――その頃、どこかの場所。
正確な位置も、時も、誰にも知られていない。
闇が蠢いていた。
広大な円形の石造りの空間――まるで地中をくり抜いて造られた古代の闘技場のように、段状に並んだ石の座が中央を囲んでいる。
だが、そのほとんどは空席だった。
冷たく蒼白い光が上方から降り注ぎ、その長い影を壁に這わせていく――まるで生き物のように。
五つの影が、すでにそこにあった。
それぞれが仮面をまとい、圧倒的な気配と威圧を漂わせていた。
その存在だけで空気が重く、呼吸すら音を立てる。
静寂が数分、続いた。
彼らの息づかいの反響だけが、空間の奥に消えていく。
――そして。
音もなく、六つ目の影が現れた。
足音は規則正しく、儀式のように整っている。
彼の仮面は他とは異なり、複雑な紋様が刻まれ、右の瞳だけを露出していた。
その瞳の中で渦を巻く光――異質で、催眠的で、見る者の魂を引きずり込むようだった。
五人の死聖たちが同時に動く。
注がれる視線が、一斉にその男――アキヒコへ。
「……遅かったな、アキヒコ。」
低い声が沈黙を破った。
威厳を保とうとするが、その声にはわずかな動揺が混じっている。
返事は、ない。
「おい、聞こえてんのか?」
別の声が、怒気を含んで響いた。
だが、アキヒコは足を止めない。
そして――氷の刃のように冷たい声が、静寂を切り裂いた。
「……貴様ら下等なものに、語る言葉などない。ここに主はいないのか? まさか――マサキ、お前が座長か? それともカザンか?」
その瞬間、場の空気が裂けるように震えた。
緊張が広間全体に波打ち、沈黙の中から新たな存在が現れる。
白い法衣に淡い色の紋をあしらい、静かに歩み寄る影――死聖たちの長。
その傍らには、彼に仕える副官が一歩遅れて続いた。
声なき威厳が空間を支配し、すべての囁きが消えた。
「――もうよい。」
その声は冷たく、完璧に整っていた。
「座れ。全員だ。」
五人の死聖は即座にひざまずき、定位置に座す。
アキヒコもまた、獣のような滑らかさでその列に加わった。
その足音一つひとつが、罪の鐘のように響く。
「――すべての駒は配置された。」
長の言葉が、淡々と降る。
「駒も、器も、隠された秘密も――すべて、我らの掌中にある。」
忍耐を弱さと勘違いするな。
我ら死聖は信仰を求めぬ。
崇拝を必要とせぬ。
我らは存在の法則そのもの――
重力のように、変わらぬ理。
抗えぬ意思。
一つの意志だ。」
アキヒコがわずかに顔を傾け、あの不気味な瞳をマサキとカザンに向けた。
誰かが問う。
「何を持ち帰った?」
アキヒコは、静かに、冷ややかに答える。
「必要なものだけを。――それ以外は貴様らの知ることではない。」
「……もういい、アキヒコは。」
その声は低く、冷たく、空気を切り裂くようだった。
「ふざけた真似はやめろ。お前は――頼んだことを、果たしたのか?」
言葉の一つひとつが重く響く。
言い訳の余地など、どこにもなかった。
「……ああ。」
その声は低く、迷いがなかった。
「呪印は少女に刻まれた。」
仮面の下、長の唇がわずかに吊り上がる。
「――よくやった。
時が来れば、彼女は器として完成する。
望もうと望むまいと、死聖の意志に従い……
その使命を果――」
広間が静まり返る。
空気が重く、世界が息を止めたようだった。
六つの影――いや、八つの存在が並び立つその様は、もはや個ではなく、力そのものだった。
長はゆっくりと顔を上げる。
その周囲で灯された燭火が逆巻くように揺れ、光が彼を避けるように歪んでいた。
「我らは、あまりにも長く闇に潜んでいた。
今こそ――動く時が来たのだ。
この腐敗した世界の光のもとへと姿を現し、盲目のまま彷徨う迷える魂たちに、神の導きをもたらさん。」
その声は穏やかで、礼節すら感じさせた。
だが、一語一語に骨を砕くほどの重みがあった。
「――備えよ。」
声は低く、しかし確実に世界を震わせた。
「古き世界の最後の息は――嘆き。
新しき世界の最初の息は――静寂だ。」
冷気が吹き抜ける。
冬よりも深い、魂を凍らせるような寒さ。
長はゆるやかに片手を上げた。
その瞬間、白き炎が掌に灯る。
周囲の者たちは息を呑み、その光景を畏怖と共に見つめた。
「真滅の光焔は、この世界を再び焼き尽くすだろう。
死聖たちは残り、新世界の神として君臨する。」
光が消え、闇が満ちる。
やがて、世界は沈黙に包まれた。
真滅の光焔【第1巻:精神】 完
こんにちは、黒羽スイです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
本作が、私にとって小説家としてのデビュー作となる
『真滅の光焔』第1巻「精神」、
最後までお付き合いいただけたことを心から嬉しく思います。
この物語の初稿を書いたのは、2023年10月のことでした。
しかし、自分自身の事情や迷いが重なり、
長い間、筆を取る勇気が持てずにいました。
「どうせうまくいかない」
「まだ早い」
――そんな言い訳ばかりを心の中で繰り返していたのです。
それでも、ある日ふと
「もう立ち止まるのはやめよう」と思い立ち、書き始めました。
そこからはもう、振り返らず、ただ前へと進むだけでした。
もし今、このあとがきを読んでくださっているあなたが
――小説家を目指しているなら、
あるいは漫画家、アーティスト、どんな夢でも構いません。
どうか、その想いを全力で追いかけてください。
時間は誰のためにも止まりません。
本作には、まだまだ未熟な部分や、
作品として至らぬ点が多くあると思います。
ですが、これは終わりではなく、始まりです。
これからも新たな物語、新たな巻をお届けできるよう、
全力で筆を進めていきます。
もしこの作品を気に入っていただけたなら、
ぜひ次の巻にもご期待ください。
――どの媒体で読んでくださっていても、
心より感謝を込めて。
本当に、ありがとうございました。
――黒羽スイ




