君との思い出は今も
「今年も赤いチューリップが綺麗に咲いたよ」
風に揺れる赤を見つめながら、彼女は呟き、今は亡き優斗に思いを馳せた。
チューリップは2人の思い出の花なのである。
四季折々の花が咲くことで有名だった公園に、2人はチューリップが満開の4月に初デートで訪れた。
「俺こんなにたくさんのチューリップ初めて見た」
「ほんとにね、壮観だ」
2人は一面のチューリップを見て(おー!)と声を上げた。
「色んな色あるけど、花言葉とかそれぞれ違うのかな?」
「あ、そこの看板に書いてあるよ。んーと、ピンクは誠実な愛、黄色は正直、白は新しい愛…それぞれ違うみたい」
「赤は?私、赤が1番好き」
優斗は看板を見て、少し照れたように言った。
「赤は…愛の告白、だって」
「愛の告白かぁ…なんだかロマンチックだね」
照れくさそうに呟く光の横顔を見つめながら、優斗は微笑んだ。
(バラじゃなくてチューリップもありか…)
それから季節が移り変わる事に、2人は公園を訪れて、四季折々の花と景色を楽しんだ。
それは突然だった。
付き合ってから3年目の春、優斗は病に倒れた―
「ごめんね、今年は一緒にチューリップ見に行けそうにないや」
「大丈夫だよ、また来年一緒に見に行こう」
日に日に細くなっていく優斗、過ぎ去って行く日々。
国内で最高気温を更新した夏のある日、優斗は息を引き取った。
光は、瞼が赤く腫れ上がり、枕が使い物にならなくなるほど泣き続けた。
悲しみに暮れて、何も手につかず、家から出られなくなってしまうくらいには…
毎日、優斗との思い出の写真を遡って見ているだけで時間が過ぎ去っていく。
そんな生活を1週間続けていたある日、初デートの写真にたどり着いた。
「チューリップ綺麗だったな…私も優斗もまだ笑顔がぎこちないね」
電気が灯っていない薄暗い部屋の中で、光の小さな声は暗闇に溶けていく。
数分その写真を眺め続けて、ふと思い立った。
「…チューリップ育ててみようかな…」
1週間写真を見ることにしか使っていなかったスマホは、本来の用途を思い出し始めた。
チューリップの球根7つと園芸用土、プランター、シャベルを時間をかけて吟味しながら注文をした。
これまで花を育てたことのなかった光は、インターネットではたまた図書館で、お花屋さんで、チューリップを育てるためにありとあらゆる知識を取り入れた。
優斗を亡くしてから外出できなくなっていたが、2人の思い出を綺麗に咲かせたい―
その一心で再び外の世界に飛び出すことができたのだ。
『紅葉が見頃になりました』と報道される頃、家のベランダでチューリップの球根を植え付けた。
毎日たっぷりと水をやり、土の表面が乾いた頃を見計らって、またたっぷり水をやることを繰り返した。
「チューリップ綺麗に咲くといいな…」
雪がはらはらと降り始めた12月、光は土が凍結しないように細心の注意を払いながら、水やりを続けていた。
「君たちは何色の花を咲かせるのかな、球根の見た目だけじゃ見分けつかないんだってね」
冬の寒さに耐えているであろう、プランターに植え付けた球根達に話しかける。
「赤いチューリップが咲くといいな…」
日本のとある場所で積雪量が更新された2月、土から小さくぴょこん、と芽が出始めた。
観察の意味と、優斗との思い出が近づいてきたことが嬉しくて、毎日芽の様子を写真に収めた。
「もうすぐ君たちに会えるね」
球根達に話しかけることも忘れずに―
桜の開花が始まり、街がお花見で賑わいを見せ始めた4月、ついにチューリップが全て咲いた。
半年以上心の拠り所であった球根達は、7つとも真っ赤な花を咲かせたのだ。
「全部赤いチューリップだ…うれしい…」
光の目から一筋の涙が零れた。
優斗が亡くなってから悲しみでしか流れなかった涙が、嬉し涙に変わった瞬間である。
初デートで見た赤いチューリップ。
公園の一面のチューリップと比べて、規模は格段に小さいものの、光にとっては優斗との思い出が詰まったチューリップであることに変わりは無いのだ。
むしろ自分と優斗で独り占めできることが、胸がきゅうっとなるほどに嬉しい。
開花したその日は、昼は太陽に照らされた姿、夜は月に照らされた姿を見つめ続けた。
「来年も綺麗に咲いてもらえるようにがんばるね」
チューリップの花びらが落ち始めた頃に花を摘み、葉が枯れ始めた頃球根を掘り上げた。
掘り上げた球根をネットに入れ、ベランダの日陰に吊るしておく。
秋に植え付けて、春に綺麗な花を咲かせて、夏の初めに球根を掘り上げる―
「今年も赤いチューリップが綺麗に咲いたよ」
初めて咲いた年から5年が経った。
優斗との思い出の赤いチューリップは、今年も綺麗にベランダで咲き誇っている。
「今でも愛しているよ。私の気持ち今年も受け取ってね、優斗」
赤いチューリップの花言葉 『愛の告白』
最後まで読んでいただきありがとうございます。また少しずつ投稿できるよう腕を磨き続けます。