延長戦場の私達
この物語は、数ある世界線のうちの一つに過ぎないのだろう。1976年初頭、ある交渉の決裂に寄って"それ"は起こった。
"それ"は後に第三次世界大戦と呼ばれ、多くの歴史的建造物を破壊し、多くの命を奪ったとされる悲劇となった。
時は遡り、1976年日本、東京都新宿区。その中心にあるビルの中で一人の男が座っている。見た目からして、5、60代だろう。
「......。」
その男は頭を抱え、鬼の形相のような目をしながら黙っている。
「大丈夫ですか?怖い顔してますよ、明川さん。今は休憩中なんですから私みたいに少しは気を抜いてみたらどうですか?」
そこに、30代程の男性が来て、黙っていた男性、明川 有二郎にそう言葉をかけた。
「......あぁ、梨田か。いや、な。こんな事態になって、気を抜くも何もないだろ。」
「まぁ......それはそうですね。」
梨田と呼ばれた男は明川の返答を聞き、呟きながら外を見る。目に映ったのは、瓦礫と埃に塗れた様な新宿の姿だった。
建物は崩れ、硝子は割れており、血が付いている部分もある。所々では、片付けられていないのか、死体も見えた。
「突如起こった世界を巻き込む規模の戦争、第三次世界大戦。その被害の大きさ故、第二次世界大戦後結ばれたポツダム宣言受諾を取り下げるべきとの意見も出た。が、長年戦争をしないと決め、その結果突如の戦争にビビってしまった日本は、周りからの報復を恐れ、その許諾は出されなかった。」
「まぁ、それが日本の選択だってんなら、従うしかないでしょう。でも大変ですよね。明川さんってば、大佐なんだから、色んな責任や対応に追われて胃がキリキリしてしょうがないでしょ。」
と、状況にため息をついている明川に梨田がそう言葉をかける。明川は大佐、17の階級のうち上から4番目の立場の様だ。
「責任や対応に追われているのはどっちだ?最年少で中佐となった梨田中佐。追われてる割に気を抜きすぎだ。それに、上の立場に対してそうフランクな絡み方をするとは、時代が時代なら、処罰の対象だな。」
中佐。上から5番目の階級で大隊長や副連隊長を務める。梨田はその立場で、明川よりも下の立場だが、立場を気にせず話しているようだ。
「アッハハ、違いないですね。でもそうじゃないってことはだいぶ緩くしてるって証拠でしょう。......それにしても、なんで人間って繰り返すんですかね。」
けらけらと笑っていた梨田だが、外を見ているうちにその表情が段々と暗くなる。
「明川さんは知っている通り。私達は、歴史の中では大きな戦争を二度してきました。第一次、第二次。どれも人間の行為によって、世界を巻き込む戦争が起こった。どれだけ多くの死者を出そうが、どれだけ多くの国民が、それをもう起こさないべきと訴えていようが、それでも人は、繰り返している。なぜなんですか?」
「さぁな。起こしてるのは大体目上の高尚な考えやお力を持っている権力者サマだ。考えてることなんぞ分からん。」
暗い顔をして話す梨田に、明川はさらっとそう伝える。
「そう、ですね。でも、これは。この現実は絶対にダメなんです!
......私はこの起こっている世界大戦は、ただの延長線だと思っています。いくら私達日本がこの第三次世界大戦で再び戦わないと宣言した所で、いつかは剥がれ、また同じ戦争の始まり......。戦場で消える命は帰ってくることはないのに。若い人口を増やしたいと言ってる人たちが若い人達を減らしている今の世界は、さしずめ『延長戦場』でしょうか。その戦場という名の線のレール上で私達はコマのように戦わされ、消費され、捨てられる。そして、その戦いを生き延びた人達が!【延長戦場の私達】が!!今度はコマを動かす側となり、戦わせ、消費させ、捨てる行為をするッ!!!......結局は連鎖に囚われてるんですよ。いくら誰かがコマを動かさないとしても、別の誰かがその汚れ役を引き受け、しなきゃいけない状況となる。それの繰り返し。円状のレールの上で戦争は起こっているんです。そういうものなんですよ。戦争って......あっすみません。色々込み上げてしまってハハ。」
さらっと答えられた回答に何か怒りを感じたのか梨田は恐ろしさすら感じる様な雰囲気で戦争に対しての意見をさらけ出していた。が、まずい行為だと思ったのか意見を伝えきったのか乾いた笑いをして話すのをやめた。
「......。」
「......梨田。」
「っ!!」
黙ってしまった梨田に明川が呼びかける。急に呼ばれたからか梨田はハッとした。
「お前の言っている事はよく分かる。戦争は大きな被害をもたらす割りに同じ様な事を繰り返す。下の意見はお構い無しだ。」
「......。」
「だがな、それでも、そのレール上の流れに沿っていくのが嫌だとしても、俺達はそれに従わなきゃ行けないんだ。足掻くなんて出来やしない。お前も言った通りそういうもん、なんだ。戦争ってのは。」
明川ははっきりと伝え梨田は神妙な面持ちで聞いていた。
「きっとそれはこの先も変わりやしなくて、永遠に続く。生きていようが死んでいようがな。」
「......。」
「でも、そのレール上で足掻く事は出来なくても、レールを走る列車に乗り続ける事は出来る。」
「......。」
「乗り続けて乗り続けて、せめて後世に伝えるのが、この戦争においての俺たちの役目なんだ。」
「っ!! ......。」
明川の言葉を聞き、梨田の神妙な面持ちは段々と真剣な顔に変わっていった。
「さ、もうすぐ会議の時間だ。このレール、乗り続けて伝えるぞ、次の人間に。」
「......はい。」
そう言って2人は、会議室へと向かった。永く続く風が彼等の周りで吹いている。