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3.回想~逆風~

 ラクアが、フェースに手を出さなくなった。


 相変わらずフェースのことは嫌っているようだが、棘のある突っかかり方もしなくなった。なにがきっかけだったのか、ミラローズにはさっぱりだったが、とにかく大きな進歩である。


 一度だけ、セイディがミラローズに声をかけてきたことがあった。


 声楽の授業のあとである。わらわらと教室から吐き出されていくクラスメイトたちを追おうとしたところで、呼び止められた。


「ネルテ伯爵令嬢?」

「はい……って、セイディ殿下」


 何人かが心配そうにセイディを見ていたが、彼女は手を振ってそれを追い払った。

 教室が空っぽになる。


「あなた、最近わたくしの婚約者に近づいているそうですね。王女の婚約者に馴れ馴れしく接するなんて、どういうおつもりですか?」


 天使のような愛らしい顔に浮かんでいるのは、はっきりとした不快感だ。


 ミラローズはぽかんと口を開けて、セイディを凝視した。


 ぱっと出てきた言葉は、こいつ、本気か? である。

 セイディがミラローズを責めにくるなんて、これっぽっちも考えていなかった。


(いやいやいや、え? だって、殿下、あなた、婚約者を放置して勇者様といちゃこらしてますよね? ご自分のことは棚に上げて? ラクア様に付きまとっている私を咎めるんですか?)


 自分の言動を振り返ってからどうぞ、である。セイディが言っていることは、本来であればラクアがフェースに対して言うべき言葉だ。


 喉元にせり上がってきたものをすべて吞み込んで、ミラローズは考えた。どう答えるのが、一番丸く収まるだろうか。ラクアに責が及ぶようなことがないように、言葉を選ばなくてはいけない。


 気を遣わなくてはいけないのは、それだけではない。

 相手は王女である。ミラローズの首を飛ばすのなんて簡単だ。以前も言ったが、ラクアの破滅を阻止する前にミラローズが破滅してしまっては、元も子もない。


 とにかく、穏便に――。


「うーん、私、フェースさんと話したことは一度もないのですが……」


 冷静な思考に反して、ミラローズの口から飛びだしたのはとんでもない嫌味である。オブラートに包みすぎて、一周回ってドストレートだった。


 案の定というべきか、セイディの顔がみるみるうちに真っ赤になる。

 いや、赤くなるってことは、ミラローズの嫌味が刺さっているということではないか。


(自覚、あるんじゃん!)


「わ、わたくしが言っているのは、ラクアのことですよ! なんですか、その言い方は」

「失礼しました、てっきりラクア様との婚約はとっくに解消されて、フェースさんと婚約しているものと……違ったんですね」


 内心では冷や汗をだらだら流しながらも、ミラローズの口は止まらない。


 こうして対面してみると、ミラローズは、セイディに対して結構怒っていたらしい。

 いままではラクアを諫めて奮い立たせるのに必死で、ほかに気を回す余裕がなかった。目を逸らしていたのかもしれない。


 だって、ミラローズは、無力だ。


 ミラローズがラクアのために行動できることなんて、ひとつだってない。


 本当なら、セイディに直接はたらきかけて、ラクアを救いたかった。フェースに苦言を呈して、セイディから引き離したかった。


 しかし、それをするには家格も、人脈も足りない。


 王女に文句を言うのはもちろん、セイディが囲っているから、フェースに近づくこともできない。


 そして、たとえ。


「婚約者だから近づくなとおっしゃるのなら、殿下がご自身でラクア様のお傍に立って、余計な虫がつかないように見張ればいいんじゃないですか。婚約者でもない男の人にべたべたするのではなくて」


 たとえミラローズが進言したところで。


「どうしてわたくしが、そこまでしなければならないのです。王女の婚約者が相手なのだから、あなたがご自身で身を引くべきですよ」


 結局、聞き入れてはもらえないのだ。


「どうして、ではないでしょう! それはこっちの台詞です! 他の男にべったりの婚約者を見て、ラクア様が傷つくとは思わないんですか!? わざわざ私みたいなちんちくりんまで追い払おうとするほどほかの女性を近づけたくないなら、どうして大切にしようと思わないんですか!?」


 ミラローズがはっと我に返ったのは、セイディの顔から、羞恥が消え去っていることに気づいたときだった。


 淡いピンクのストレートの髪を、手櫛で梳きながら、セイディは思案して……思いついたように、口角を上げた。


「……ネルテさん、ラクアのことが好きなんですね?」

「なっ」


 頭を思いきり殴られた気分だった。


「見苦しい嫉妬はやめた方がよろしいですよ。そう……それで、やたらとラクアに絡んでいたのね。可哀想に。あなたと彼が結ばれることなんて、あり得ないのに」


「だって、彼はわたくしの婚約者ですもの」


「わたくしが誰となにをしようが、わたくしが誰をお慕いしていようが、ラクアはわたくしのもの」


「あなたのもには、ならないのよ」


 ミラローズは挨拶もそこそこに、教室を飛びだした。


 気づいてしまった。

 わかってしまった。


(私、セイディ殿下にも、フェースにも、なにも言えなかったんじゃない)


 なにも、言わなかったのだ。


 家格とか、人脈とか、周囲への影響とか、保身とか。そんなものすべてどうでもいい。

 本気で変えようとする気なら、まずは近い友人から、折に触れてラクアの話をすればいい。セイディは婚約者を放置してほかの男と親しくしているのだ、それはよくない、と話せばよかった。

 どう考えても、正しいのはミラローズだ。


 いずれ話が広がって、大勢の生徒をラクア側につけることができたかもしれない。真っ向から逆風をくらえば、セイディもフェースも、表立って男女の仲として親しくすることはできなくなる。


 でも、ミラローズはそうしなかった。


 ぜんぶ、自分がラクアと関わりたかったからだ。結ばれないとわかっていたからこそ、ほんの少し、ほんのひとときだけでも、ラクアと交流して、記憶にミラローズを刻みたかった。


(……こんなんじゃ、ラクア様の破滅なんて回避できるわけがない)


 もう駄目だ。ラクアを追いかけ回したりなんて、できない。セイディにも面と向かって咎められてしまった。これ以上は、ミラローズだけでなく、ミラローズの実家にまで話がいくだろう。


 だから、うちわを作るようになった。


 言葉で伝えられなくても、目に見えてラクアを応援している者がいるとわかるようにする。

 ミラローズが思いついた、最上で最大の応援方法だった。

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