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2.回想~出会い~

 ミラローズがラクアと出会ったのはほんの一年前である。


 ずっと前から彼に近づくタイミングを狙っていた。それがようやく叶ったのが、フェースが学園に編入してきた一年前だったのだ。


 それまではラクアとセイディもそれなりに上手くやっているように見えた。交流会ではいつでも揃って参加していたし、ラクアも表情こそ冷めていたが、セイディをきちんとエスコートしていた。セイディだって、彼に笑顔で接していたように思う。


 だからその段階で、知り合いでもないミラローズが馴れ馴れしくラクアに近づくと都合が悪かったのである。


 少なくとも、ミラローズの評判は地に落ちる。

 ラクアの破滅を回避する前に、自分が破滅しては意味がない。


 ミラローズがラクアに声をかけることができたのは、セイディがフェースと意気投合して、彼との関係を探る声がちらほらと上がる頃だった。


 原作でのラクアの敗因は、セイディとフェースが親しくなるのを放置したことにある、とミラローズは考えている。フェースにばかり構うようになったセイディと、それを咎めないラクアの関係は、以前までとは比べものにならないほど冷えていた。


 ラクアから直接声をかけてセイディを気遣えば、フェースも身を引いて、セイディはラクアを見直して、晴れてハッピーエンド、のはずだ。


「ら、ラクア様……!」


 学園の庭園の、東屋でひとり静かに読書をしていたラクアを見つけたミラローズは意を決して、彼のいる空間に足を踏み出した。


「最近いらしたあの勇者だという方、セイディ殿下とずいぶん打ち解けていらっしゃるようですが、注意なさらなくていいのですか? 殿下はラクア様の婚約者なのですから、節度のない距離感で接するのは!」

「なんだ、おまえは」

「ミラローズ・ネルテと申します! 最近、ラクア様とセイディ殿下の間には会話が足りないように思えて」

「いい。あれのことは放っておけ」


 でも、と食い下がろうとしたミラローズは、そのとき初めてラクアに見つめられた。


「あの田舎者の茶に痺れ毒を仕込んだ。十分だろう」

「なにが!?」


 絶叫したミラローズは、このとき初めて、現実として理解したのだ。

 だからこの人は、断罪される悪役令息なのだと。




 それからは、セイディがフェースに構いきりなのをいいことに、ミラローズもラクアにつきまといまくった。


 朝は始業までの間に庭を駆けまわってラクアを探し、昼休みにはお弁当片手にラクアを探し、放課後は図書館に走ってラクアを捕まえる。

 毎日のようにラクアを追っているせいで、ミラローズはストーカー令嬢として名を馳せかけていたが、この頃はもう気にする必要がなかった。


 セイディとフェースの関係を邪推する声が、笑えないほどに大きくなっていたからだ。


「ラクア様、このままではいけません! セイディ殿下がラクア様を捨てて、フェースと婚約するって噂になってるんですよ!」


 閲覧スペースにあつらえられたテーブルで、ミラローズは腰を浮かせて向かいに座るラクアに顔を寄せる。ラクアは鬱陶しそうに眉をひそめて、開いていた参考書のページをめくった。


「それがどうした。あれがなにをしようが興味はない」

「駄目です! ラクア様、またフェースに嫌がらせしたでしょう! 寮で、彼の衣装ケースが空っぽだったと聞きましたよ!」

「肥溜めから見つかる。問題ない」

「問題しかないですが!?」


 思わず声を荒げて、ラクアに睨まれた。長い指を唇に当て、しぃ、と咎めてくる。

 耳にかけた長い前髪が、はらりと頬にかかった。


 いますぐこの場面を切り取って絵に残したい、と天を仰ぎそうになるのをこらえて、ミラローズは「すみません……」と着席する。


 セイディに興味はないと言い張りながら、勇者は敵視して嫌がらせを重ねる。この間は転移魔法の実践授業で、フェースを魔物の森に転移させたというのだから、もう学生のいじめの範疇を超えている。


 ちなみにそのとき、フェースは自力で魔物をなぎ倒しながら学園に帰ってきたので、その日一日中、ラクアの機嫌が悪かった。ミラローズが初めて「付きまとうな、気持ち悪い」とはっきり拒絶された日でもある。


 当たり前だが、ミラローズはそれくらいではめげなかった。




 ラクアがセイディを放置し、フェースを嫌う理由を知ったのは、ミラローズが初めてラクアに話しかけてから、実に二か月の時が経ってからだ。


「おまえはどうして私に構う」


 昼休みのことだった。

 いつもはミラローズの存在も無視して、黙って食事を取っているラクアが、初めて話しかけてきたのである。


 サンドイッチを頬張っていたミラローズは、口の中に残ったパンとハムとレタスを、無理矢理のみこんだ。


「どうして、って」


 ラクアの破滅を回避するためだ。しかし、それは口に出すわけにはいかない。ミラローズが未来を知っていることを避けて、それを説明することができないからだ。


 言い訳として成立するのは、ラクアを慕っているから、だろうが。


(下心だけで近づいたって思われたくない)


 だから、ミラローズは言葉を選んだ。


「ラクア様とセイディ殿下は、私の憧れなんです! 学園でも、社交界でも、いつでもふたりで寄り添って……ラクア様は、殿下を大切にしていらっしゃるように見えたから」


 ラクアとセイディがふたりで並ぶ姿を想像する。

 ちくり、と胸を刺すものがあったが、気づかないふりだ。この気持ちは、ラクアの破滅を回避するための足枷になる。


「……おまえにも、そう見えたのか」

「は?」

「私はずっと前から、セイディをそれなりに大事に扱っているつもりだった」


 それはミラローズが初めて聞く、ラクアの心だった。


「ほかの学生たちがはしゃいでいるような、恋とか愛とかいうものはよくわからなかったが……生涯を共にする相手なのだから、きちんと……していた、つもりだ」


「十年以上、私はほかの誰よりも、セイディを優先した。セイディだって、私を慕っていると、何度も口にしていた。しかし……あの田舎勇者」


 ラクアの顔色が変わる。


「あれが来てから、ひと月もなかった。セイディがあれに傾倒するまでに」


「あれはやたら馴れ馴れしくセイディに近づいて、まるで同郷の友人のような気安い言葉をかける。そのくせ、あの田舎勇者は私に向かって『セイディ様は寂しがっている。もっと優しい心をもって接してあげろ』なんてのたまう。私になにをされても、いつも文句を言ってくるのはセイディだ」


「どういうつもりだ? 私からセイディを奪うのは簡単だとでも言いたいのか? いや、違う。あの男の顔にはそんな邪な考えはない。セイディに対する態度も、私に対する言動も、どちらも心からのものだ。反吐が出るほど善良で、本当に気に入らない」


「私が太陽のような笑みを貼りつけて、しつこいほどに話しかけて、人目もはばからず至近距離で会話をして……そうすれば、セイディはあんな田舎勇者に簡単になびいたりしなかったのか?」


 違うだろうな、と締めくくって、ラクアは深いため息をついた。


「結局、セイディを心から愛することができなかった私が悪い」

「だめだめだめ、だめです! ちがいます! 絶対ちがう!」


 ミラローズは跳ねるように立ちあがった。サンドイッチの詰まったバスケットがひっくり返る。まだ残っていたサンドイッチが、地面に具をまき散らしたが、気にならなかった。


「そりゃ、ラクア様のフェースに対する八つ当たり? みたいなのはよくないと思いますし、これからも止め続けます!」


 止めたところで、やめてくれはしないだろうが。


「でも、だからといって、殿下が婚約者を蔑ろにして、ほかの男性といちゃいちゃしていい道理なんてないです!」


 原作では、ラクアがセイディを蔑ろにしていた、とあった。


 それはきっと、ラクアがセイディに恋心を抱いていなかったことを指しているのだろう。これまでずっと大切にしてもらっていたことも、セイディからしたら、ただの「婚約者としての義務」だと受け取られていたのかもしれない。


 しかし、蓋を開けてみれば実態は真逆だった。


 蔑ろにされているのは、ラクアの方だ。


 たとえセイディがフェースを好きになってしまったのだとしても、婚約者であるラクアとの関係を清算するのが先決である。


「そこだけは、絶対に、ラクア様は悪くありません!」


 きっぱりと言い切ると、ラクアはミラローズを見たまま、目を瞬かせた。


「……そうか、そうだな。どうやら私は弱気になっていたようだ」


 ほんの一瞬、されど一瞬。


 ラクアの口角がわずかに上がった気がした。少なくとも、ミラローズの言葉で、彼の機嫌が格段に良くなったのは確実だ。


 だってその後、散らかした昼食の片づけを手伝ってくれた。

 ミラローズにとって一生の思い出である。


 ラクアからフェースへの嫌がらせがぱったり止んだのは、それから間もなくのことだった。

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