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私の瞳に宿された不治の病

作者: 桃井夏流

最初はシリアスですが、最後は糖度盛りです。よろしくお願いします。



恋は不治の病と言うけれど、これもそうなんだろうか。


それならば私は、恋なんか、しなければ良かった。


「おはようカナリア」

「…おはようございます、エニクス様」


いつからだろうか。私にはエニクス様のお顔が分からなくなった。

最初は目が霞んだのだろうか、と思う程度だった。けどそれは日に日に酷くなり。


今はもう、辛うじて輪郭が分かる程度。


どんな表情をなさっているのかも分からない。

今ももしかしたら疎まれているのかもしれない。


そう思うと怖くて。

私はいつからか最低限の挨拶や相槌しか出来なくなった。

いつも俯いてばかり。


こんな欠陥のある人間はエニクス様の、侯爵家のご長男の伴侶と言う未来は荷が勝ちすぎる。


私はいつからかどうやって婚約解消を切り出そうか、そればかり考える様になっていた。


「カナリア」

「はい」

「君はもう俺の事が嫌いになってしまったのかな」


エニクス様の悲しそうな声に思わず顔を上げてしまって、後悔する。やはり、表情は、分からない。

悲しそうな声だった。それを信じたい。でもこの異様な阻害のせいで自信が持てない。


「私がエニクス様を厭うことなどございません」

「でも、君は俺を見ない」


泣き出しそうな程悲しみを孕んだ声に、限界だった。もうおかしな人間だと思われても構わない。黙っていられなかった。


「見えないのです」

「…………え?」

「私の目は、随分前からエニクス様のお顔を見る事が出来ないのです」


エニクス様が息を呑んだ。私は信じてもらえないかもしれないという恐怖心と戦いながら手を強く握り締めた。


「…カナリア、少し、目を見せてもらっても、良いかな?」


私が握り込んだ手を労る様に優しくエニクス様の指が私の指に絡んだ。


「は、はい…」


私は意を決して顔を上げた。ぼんやりとしたエニクス様の輪郭が徐々に近付いてくる。


ドキドキと高鳴る鼓動を堪えながら目を真っ直ぐ向けていると、エニクス様が苦しそうな声を出した。


「エニクス様…?大丈夫ですか?」


私にはエニクス様が見えない。心配でもお声をかける事しか出来ない事がとても歯がゆい。


「…誰かが君に呪いをかけたと思う」

「えっ!?」

「君の瞳に鳥の様な模様がうっすら見える。おそらく何処かの家紋だろう。家に来て。父さんならきっと解呪出来る」


エニクス様々のお父様は魔術師長だ。呪術にもお詳しいと聞いた事がある。


「…私、誰かの恨みを買ってしまったのですね。お恥ずかしいです」


恨みを買っただけでなく、呪われるなんて。

しかも今までそれに気付けずに居たなんて。

無知にも程がある。そう私が落ち込んでいると

、そっと瞼に何かが触れた。


「君は悪くない。悪いのは呪った方だ。大丈夫、きっと治る。治ったらまた俺を見て笑ってくれる?」


瞼に触れると、その手をそっと握られた。

きっと先程瞼に触れたのはエニクス様の唇だろう。そう思うと頬が火照る。


「可愛いねカナリア。今俺がどんな顔をしてるのか君に見せてやりたいよ」


エニクス様の御宅に着くと、直ぐに侯爵様が見に来て下さった。

お忙しいところ申し訳ありませんと言うと。


「堅苦しいのは無しだよ。君は私の娘になるのだから。さっさと悪い物は本人に返してしまおうね」


そう笑顔で言って下さって、私はその優しい声に安心して思わずふふっと笑った。


「おーおー息子の顔がこわ〜い!妬いちゃって、心せま〜い」


私は思わずエニクス様に顔を向ける。こほんと言う咳払い。エニクス様が照れて空気を変えたい時に使う癖だ。


私はまた思わず笑った。


「……カナリアを治せるのが俺ではない事は悔しいが、その笑顔を久しぶりに見られたなら、まぁ、許そう。父上、頼みます」


「カナリアくん、まず瞼を閉じて。そう。そして君が一番見たいものを思い浮かべて欲しいんだ。おそらく、君の呪いは『一番見たいものが見えなくなる』と言うものだ。だから、それが愚息のどんな表情でも構わない。君が見たいものを思い出して」


私が一番見たいもの。


それはエニクス様の笑顔だ。


私が呼びかけると、少し驚いた後、ふわりと優しく綻ぶ顔が好き。


もう一度見たい。エニクス様の笑顔は、いつだって、私に力をくれる。


「お願い、返して…!」


「捕らえた!」


鳥の叫び声が聞こえた。私が思わずビクリと体をふるわせると、優しい手が私を抱き締めてくれた。


「大丈夫、君の事はどんな時も俺が守るよ」

「エニクス様…はい、ありがとうございます」


安心してその胸に身を委ねていると、咳払いが聞こえた。あ、おんなじ癖だわ、なんて呑気に思ってから、慌ててその胸を押し返した。


「空気読んでよ」

「その台詞はそっくり返そう。まぁ、呪いは無事に返したよ。今頃あちらは阿鼻叫喚と言ったところじゃないかな。あはは、いい気味」

「言い方あるだろ、カナリアが気にするだろ。俺達と違って優しいんだから」

「優しくないお前としては?」

「ざまあみろ」

「うんうん、それでこそ私の息子だ」


「カナリアくん。君の呪いは解けたよ。もう大丈夫だ」


「あ、ありがとうございます!なんてお礼をしたら良いか」

「君が早くお嫁に来てくれるのが何よりのお礼かな。じゃあ私は仕事に戻るけど、エニクス、羽目を外し過ぎないように」

「はい、ありがとうございました、父上」

「素直なお前は怪しいなぁ。タガを外すなよ。絶対だぞ」


それって、そう言う意味、だよね?

私は途端に恥ずかしくなってしまって、目を覆って俯いてしまった。


「カナリア、俺を見て」


甘い甘い声に私はちょっと待って下さい、とふるえる声で返す。


「カナリア、お願い。顔を上げて、目を瞑って居てもいいから」


それなら、と私がゆっくり顔を上げると唇にフニっと何か触れた。

私がびっくりして目を開けると、至近距離にエニクス様のお顔がある。

また唇を今度はペロリと舐められて、私は思わず体を揺らした。


「…俺が、見える?」


その瞳に、ようやく見られたそのサファイアの瞳に胸がドクリと跳ねる。

私は小さく頷く事しか出来ない。

幸せで、でもこの距離がとても恥ずかしくて、けれど目が離せなくて。


ふわりと、エニクス様が安心した様に笑った。


「良かった」

「あの、エニクス様…」

「なにかな」

「私、とても、貴方のお顔が見たかったみたいで」

「うん」

「とっても、嬉しいです。もっと、よく見せてもらっても、良いですか…?」


「カナリアならいくらでも。もっと良く見て。君が好きでしょうがないって顔、してるでしょう?」


甘い甘い言葉と表情に、私は見ていたいのに、思わず目をそらしそうになってしまう。



「駄目、もっと俺を見て」



恋とは不治の病の様ですが。



それもまた、悪くないかと思ってしまったのです。



読んで下さってありがとうございました!

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