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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第八章 王城の姉妹
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アタック オン レッドタイタン

リリアムたちはディオスピロス王の下を辞すると、急いで王宮の外へ向かった。


「……それで、アエスキュラス。被害状況は?」


「死傷者、建物損壊、ともに多数。インペレータ軍が応戦しているが、とにかく赤い魔獣が強くて歯が立たない」


「そいつは五指仙(ごしせん)大凶(だいきょう)だ。通常の軍じゃ、相手にならない」


「五指仙…?」


「詳しい話は後だ。早くしないとインペレータが壊滅する!」


「馬車を出そう」


「いや、空を飛んだほうが早い」


「空だと!?」


「召喚! ヴェズルフェルニル!」


リリアムは王宮の広い庭園で、鳥の王、ヴェズルフェルニルを召喚した。


「みんな、乗れ!」


ヴェズルフェルニルが大空を舞う。すぐに赤い巨体が視界に飛び込んでくる。


「……インペレータの町が!」


大凶の進むところ、建物はすべて破壊され瓦礫の山と化していく。人がボロ切れのように切り裂かれていく。インペレータ軍はほかの魔獣軍にかかりきりのようだ。


「あっ…! シュテラリアさんたちがあそこに!」


ハーデンベルギアが孤児院の人たちをめざとく見つけた。初めて迷子のラミウムと出会った野菜売りの店の付近でひとかたまりになっていた。まだ大凶から距離はある。しかし、早く離れないとすぐに追いつかれそうだ。


「シトリン! わたしたちをあそこへ降ろしてっ」


リリアムたちはシュテラリアたちのところへ急ぐ。


「リリアムさんっ」


「シュテラリアさん、みんな無事ですか?」


リリアムとシュテラリアが手を取り合う。傍らにはマッティオラが寄り添っていた。人影は孤児院の人たちだけだった。住民はみな、避難したのだろう。


「私は軍の指揮に入る」


アエスキュラスはインペレータ軍が戦闘中の方へ駆け去った。


「センナ! 怪我はない?」


ハーデンベルギアは幼少組の輪の中へ飛び込んだ。


「ハーディおねえちゃん、来てくれたの?」


センナたちが、わっとハーデンベルギアを取り囲んだ。


「おねえちゃん、怖いよう」


泣き虫ラミウムが大泣きしている。


「大丈夫、大丈夫よ。あたしたちが必ず守ってあげる」


「ハーディおねえちゃん、私たちは怪我してない。でも、院長先生が…」


「えっ!?」


見ると、少し離れたところにケリアがうずくまっていた。レウィシアとスカビオサが介抱している。


「……母が避難する際に足を挫いてしまって。それでもここまで逃れてきたのですが、動けなくなってしまって往生しているところだったのです」


「俺が背負っていく」


マッティオラが言う。


「でも、子どもたちの引率が…」


「手分けしてやるしかねえだろ」


「シュテラリアさん、ヴェズルフェルニルを使ってください」


「えっ…」


「さすがに全員は一度に乗らないから、怪我人と小さい子どもたちを優先しましょう。さあ、急いで! すぐ大凶がやってくる」


みんなで手分けしてヴェズルフェルニルにケリアと幼少組を乗せた。付き添いでレウィシアとスカビオサも乗り込もうとした、そのとき。


大凶の大きな吠え声とともに、巨大な柱が飛んできた!


柱はしかし、雷撃を受けて粉々に砕け散った。


「……ハーディ!」


ハーデンベルギアが仁王立ちで右手に雷光をきらめかせていた。


「やらせない! あたしがみんなを守るっ!」


「……シトリン! 今のうちよ!」


ヴェズルフェルニルが飛び立った。


「リリアムはどこにいる? いるのはわかっているんだ! 出て来い!」


大凶がジャスティシアの王宮にさえ届くのではないかというほどの大音量で吠えた。


「えっ…わたし?」


「お前の相手はあたしよ!」


ハーデンベルギアは大凶の前に立ち塞がった。


「……あたしはハーデンベルギア。リリアムの妹よ。魔獣なんかじゃない!」


ハーデンベルギアの全身が黒い光に包まれた。閃光が爆発する。青い空に黒雲が湧き出し、黒竜が姿を現した。


「あの子、竜に変身したわ!」


リリアムは記憶が蘇る。それは、ダンスパーティーの歓迎会が終わった後。それぞれの部屋へ戻る途中の廊下だった。アーケルが突然ハーデンベルギアに話しかけてきた。


『ベランダでリリーと何を話したのかは知らん。しかし、お前がもう一歩を踏み出せる後押しをしてやろう』


『え…?』


『オレが魔獣や人間の生体エネルギーを判別できることは知っているな』


『うん…』


『人間でいるときのお前からは人間の生体エネルギーを感じる』


『……』


『それは竜体になっても変わらん。竜体からも人間の生体エネルギーを感じる』


『えっ!?』


『だから安心しろ。お前はまごうかたなき立派な人間だ。魔獣なんかじゃない』


『ヨーマ…』


『目に見える形に囚われるな。本質を見極めろ。お前の本質は何だ? 誰彼隔てなく愛せる慈愛の心だろう。それは人間にしか持ち得ないものだ。それを忘れるな』


『うん。……うん。ありがとう、ヨーマ。勇気が湧いてきた。あたし、大凶とだって禍乱(からん)とだって闘える。闘って必ず勝つよ』


『……ヨーマ。さっきの話、本当か?』


ハーデンベルギアを見送ってから、リリアムはアーケルを呼び止めた。


『ウソだ』


『やっぱり…。ヨーマならハーディが悩んでるときにとっとと話してるはずだもんね。でも、そうすると、竜に変身してるときのハーディは…魔獣なの…?』


恐る恐る尋ねる。仮に魔獣だとしてもハーデンベルギアへの想いは変わらない。ただ、覚悟は必要だ。


『ウソと言ったが、全てじゃない。人型のときは間違いなく人間の生体エネルギーを感じる。だが、竜のときはわからない』


『わからない…?』


『何も感じないんだ。生物である以上、必ずエネルギーかある。それなのに、竜のハーディからは生体エネルギーを感じない』


『……そんなこと、あり得るの?』


『生物であればあり得ない。生き物ではないのかもな』


『何よ、それ。死んでるとでも言うの?』


『神…なのかもな』


『神!?』


『竜人のことはまだまだよくわかっていない。文献にも詳しく書かれている訳ではないしな。しかし、神でもいいではないか。人だろうと神だろうとハーディはハーディに違いないんだからな』


「……良かった。あの子、ようやく人と竜との折り合いをつけたのね」


涙ぐむリリアムの想いを知ってか知らずか、黒竜は長大な身体をくねらせた。雷撃を大凶に浴びせる。大凶は雄叫びを上げ雷撃を跳ね飛ばした。巨大な棍棒を振り回し黒竜の身体に打ち込む。激しい衝突音が轟いた。黒竜の身体にはダメージ一つない。


二体の激しい闘いの衝撃波がヴェズルフェルニルを襲う。ヴェズルフェルニルの身体が大きく揺れ子どもたちが悲鳴を上げた。レウィシアとスカビオサが必死に子どもたちを支える。


「……見て! ドラゴンよ!」


センナが黒竜を指差す。


「きっとあのドラゴン、ハーディおねえちゃんだよ。―頑張れーっ!」


「頑張れっ、ハーディおねえちゃん!」


グリシンが叫ぶ。つられて幼少組全員が叫んだ。遠ざかるハーデンベルギアに届けとばかりに、声の限り叫び続けた。


「頑張れーっ! ハーディおねえちゃあぁぁーん!」


子どもたちの声援が届いたのか、黒竜の全身が光り輝いた。雷撃の巨大な槍が次々と大凶に降り注いだ。かつてブラックドラゴンを消滅させた技だ。


爆発音と衝撃波がリリアムたち地上にまだいる者たちへも容赦なく襲いかかる。しかし、アーケルの防御魔法でまったくの無傷だった。


雷撃の槍は確実に大凶の身体を削り取っていく。すると。大凶の全身が赤く光り輝いた。閃光が爆発する。光の中から現れたのは。


「……レッドドラゴン!?」


四脚の巨体に長い尾・大きな羽を持ち、赤い鱗に覆われた魔獣。レッドドラゴンは蒼い炎を吐き出した。すべてを焼き尽くすほどのすさまじい高熱である。


「大凶の最終形態だ」


アーケルが言う。


「やつは生命の危機を感じたとき、レッドドラゴンに変身する。やつの身体はハーディと同じ竜鱗に覆われている。雷撃の槍はもう通用しないぞ」


黒竜は焔獄の炎をまともに被った。しかし、焦げ跡一つない。お返しとばかり、雷撃の槍の雨を降らせた。激しい爆発に包まれるがそれが収まると、レッドドラゴンの無傷の姿が現れた。


レッドドラゴンはまた蒼い炎を吐き散らす。インペレータの建物が燃え上がる。すると、黒雲が空一杯に広がり雨が振り出した。たちまち豪雨となって燃えた建物が鎮火する。


「……これじゃ、埒が明かない。どっちも無敵の竜鱗なんでしょ、致命傷を与えられないじゃない。何とかしてよ、ヨーマ!」


焦燥にかられたリリアムが悲鳴に似た声を上げた。しかし、アーケルは首を横に振った。


「……いや、ここはハーディを信じよう。ハーディなら、必ずやり遂げてくれる」


そこへ、ヴェズルフェルニルが戻ってきた。子どもたちを安全な場所へ降ろしてきたのだろう…と思ったら、まだ背中に乗せたままだった。


「あの子たち、なんで戻ってきたの!?」


ヴェズルフェルニルは上空で旋回し始めた。子どもたちの声が聞こえてくる。


「頑張れっ! ハーディ! 頑張れっ! ハーディ!」


子どもたちの大声援だった。


「……頑張れっ!」


「マッティオラさん!?」


「頑張れっ! ハーディ!」


マッティオラに続いてアルテアも全身で叫ぶ。次々と子どもたちは黒竜に声援を送った。豪雨の音に負けずそれは、地上を圧するほど鳴り響いた。


「みんな…」


リリアムは涙を拭って、己も叫んだ。


「頑張れっ、ハーディ!」


子どもたちの声を力に変えたように、黒竜の全身が再び光り輝いた。


黒竜は長大な身体をくねらせ、レッドドラゴンに巻き付いた。雷撃がレッドドラゴンの全身を走る。


「……ダメよ、それじゃ今までと同じだわ」


しかし、黒竜の狙いはそれではなかった。レッドドラゴンの口元に雷撃の槍が集中しだす。レッドドラゴンは炎を吐こうと口を開けた。その瞬間を逃さなかった。溜めていた雷撃の槍を口の中へぶち込んだ。


「……!」


レッドドラゴンの身体中に雷撃が走った。それは先ほどとは違い、表面だけではなく身体の中からも溢れ出していた。やがて全身から炎が吹き出す。


一際光り輝くと、大爆発が起こった。爆風がリリアムたちを叩きつける。周辺の建物という建物が吹き飛ぶ。そして、爆風が収まると。


レッドドラゴンのいた場所はほぼ更地と化していた。そのグラウンド・ゼロに立ち尽くすハーデンベルギアの姿があった。


「……!」


リリアムは走り出した。ハーデンベルギアを背中越しに抱きしめる。


「ハーディ…よく頑張ったわ」


振り返ったハーデンベルギアの神秘的な瞳には、涙が溢れていた。


「リリー…。あたし、やったよ。みんなの声援が聞こえて、身体の底から力が湧いてきて…」


「うん。……うん」


リリアムの蒼い瞳にも涙が溢れてくる。


「……あたし、大凶を倒した。ニンファー村のみんなの仇をとったよ」


「おねえちゃぁ〜ん!」


子どもたちがわらわらと駆け寄ってきた。たちまちハーデンベルギアは囲まれ大歓声に包まれた。


涙ぐみながらその様子を見つめていたシュテラリアは、急に肩を叩かれて驚いて振り返った。


「ご領主さま…!」


アエスキュラスだった。


「あの子はたいしたもんだ。赤い魔獣を一人で倒してしまった」


「ええ。子どもたちの英雄ですわ」


「……さあ、私たちもこれから忙しくなるぞ」


「はい…?」


「町の再建は私たちの役目だ。一からやり直すぞ。シュティ、マット。頼りにしているからな」


「……はいっ!」

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