ずっと一緒に…いられない
「ハーディの服を買いたい。お風呂にも入れたいし、お腹も空いた。う〜ん、どうしよう」
リリアムが腕を組んで眉根を寄せる。
「ハーディをキレイにしたいから、やっぱお風呂か…いやいや着替えがなきゃ意味ないから、服が最初だ。―よし、服を買いに行くよ」
「待て、リリー」
張り切って歩き出そうとしたリリアムをアーケルが止める。
「ハーディは三日間歩き詰めだ。まずは宿で休ませてやれ。見てみろ、疲れた顔してる―なんだ、リリー。その変顔は」
「笑ってるんだよ、殺すぞ…いや、そうじゃなくて。なんだかんだ言って、ハーディのことちゃんと気にしてあげてるじゃないの」
「別にそういうんじゃない」
「照れない、照れない」
早速宿を取ると、リリアムはハーデンベルギアに向き合う。
「ハーディはここで休んでいて。わたしたちちょっと買い物に行ってくるね。すぐ戻ってくるから」
そう言うと、二人は出掛けていった。
一人残ったハーデンベルギアはベッドの端に座る。
それにしても、リリアムとアーケルはどうしてこんなに親身になってくれるのか。二人は魔獣を退治する旅をしているというが、村を訪れたのは単なる偶然でしかない。
―あたしは何の価値もない人間なのに。
今更竜に覚醒したからといって、それが何だと言うのか。ニンファー村のみんなを助けられなかった時点で、自分の人生は終わったも同然なのだ。
リリアムは今はしきりと面倒をみてくれる。けれど、いつまでもそんなことが続くだろうか。
―あたしのことなんて、すぐ興味を失ってしまうに違いない。
何もできない自分は二人の足手まといにしかならないのではないか。現に今、自分のせいで二人の貴重な時間を奪っている。
邪魔だと思われたらあっさり奴隷に売り飛ばされるだろう。二人にとっては、偶然出会っただけの何の関係もない子どもなのだから。
―だったら、今のうちにいなくなったほうがリリーの迷惑にならない。
ハーデンベルギアは一人頷くと、ベッドから降りて部屋を出た。
階下に降りると、ガラの悪そうな3人の男がちょうど受付前で宿主と話をしているところだった。
「ねえ、おじさん。お願いがあるんだけど」
ハーデンベルギアは男たちに声を掛けた。
「なんだ、お前は」
声を掛けられた男は、不審そうにじろじろハーデンベルギアを見る。それはそうだろう。ボロボロの服を着たボサボサ髪の少女に突然話し掛けられたのだから。
「あたしを連れていってよ」
「はあ? なんだそれは」
「奴隷商人に捕まって売られるところなんだ。ここから逃げたいの」
「ほう、奴隷ねぇ…」
奴隷と聞いて実にわかりやすくハーデンベルギアを値踏みし始める。何を考えているか子どものハーデンベルギアでも明らかだった。
「よく見りゃお前、キレイな面してるじゃねえか。よし、いいだろう。俺たちが助けてやるよ」
男たちは顔を見合わせ下卑た笑いを交わし合う。
ハーデンベルギアは男たちと連れ立って宿を出ていった。
―さようなら、リリー、ヨーマ。あたしのことは忘れて。
―そういえば助けてもらったこと、ちゃんとお礼言えてなかったな。
頭の片隅をちらっとよぎった。ハーデンベルギアは振り返りかけたが、すぐに前を向いて歩き出した。
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「ハーディ、待たせてゴメンね〜」
リリアムは勢いよくドアを開けて部屋に飛び込んだ。後ろから大きな買い物袋を抱えてアーケルが続く。
「……って、アレ? いない」
大して広くもない宿屋の部屋を何度も見回すが、ハーディの姿はどこにもなかった。ベッドの上にはきちんと折りたたんだリリアムのローブが置いてある。
「もう、あの子ったら。部屋から出ないでって、あれほど言ったのに」
「そんなこと言ったか?」
買い物袋をテーブルに置きながらアーケルが言う。
「遊びにでも行っちゃったのかな。可愛い服買ってきたのに」
「そのせいで戻るのが遅くなったがな」
「女子は服選びに時間をかけるの! ―にしても、あの子まだ汚れたままだよ。ローブも着ないであんな格好のまま街なか歩いてたら、悪いやつにさらわれちゃうかも」
「それは無いと思うが―」
「わたし探してくる!」
リリアムはアーケルに最後まで言わせず部屋を飛び出していった。
「やれやれ」
頭を振り振りアーケルが後を追う。
それから小一時間、二人で手分けして宿屋の周辺や表通りを探し回ったが、どこにもいない。
宿屋の受付前にいったん戻るも、いよいよ只事ではないと焦燥を深める。
「……どうしよう。あの子、ほんとにさらわれちゃったんじゃ…」
「手がかりが何もない。情報が欲しい」
「ヨーマ、人の居場所が分かるんだろ? ハーディを感知できないのか?」
「個人は特定できない。あくまで人間とか魔獣とか種族の生体エネルギーを感知できるだけだ」
「使えねーやつだな」
「あの〜、もしかしてお子さんをお探しで?」
宿主が遠慮がちに声を掛けてきた。
「なんだよ、こっちは忙しいんだ、話し掛けてくんな」
完全にテンパっているリリアムは、宿主を邪険に扱う。
「もしかして、何か知っているのか?」
アーケルが冷静に宿主を質す。
「汚れた服をお召しになったお子さん、お客様のお連れでしたよね」
「そうだが」
「そのお子さんなら、ここで男の方々とお話しになり連れ立って出ていかれました」
「何だと!? なんでそれを早く言わない? ボケがっ」
リリアムが気の毒な宿主に喰ってかかる。
「そいつらがさらったのか? どうなんだ、早く教えろウスノロっ!」
「いや、その、そうではなく…お子さんがご自分で連れていって欲しいとお願いされていました」
「何だとぅ? そんなワケあるか、クソがっ。ウソついたらただじゃ済まさんぞ!」
「いえいえ、本当です。奴隷商人に捕まっているから逃げたいと仰ってました」
「ど、奴隷商人…」
聞いたとたん、リリアムの顔から血の気が失せる。
「確かにその子どもはそう言ったんだな? 奴隷商人から逃げたいと」
アーケルが宿主に念を押す。
「ええ、間違いないです。私の目の前で会話されていましたから」
「……リリー。そういうことだ」
振り向くと、リリアムはショックのあまり頭を抱えてその場にうずくまっている。アーケルが顔を近づけるとなにらやブツブツと呟いていた。
「まさかわたしたちのこと、奴隷商人だと思ってたなんて…」
「リリー。しっかりしろ」
「わたしは心底あの子を心配して精一杯接してきたつもりだったのに…」
「仕方がない。お前は親身になって一生懸命やっていた」
「わたしたちから逃げたいと思ってたんだ…」
「あいつが選んだことだ。もうあいつのことは忘れろ」
「でもあの子は名前を教えてくれた。奴隷商人に自分の名前をわざわざ教える?」
「は…?」
「ぜぇったい、おかしい。きっと何かの間違いだよ」
「リリー…?」
「そうだよ。あの子がそんなこというはずない。本人から直接聞かなきゃ信じられない―ヨーマ。ハーディを追いかけるよ」
「……やれやれ」
アーケルはついに諦念というものを実感として理解した。悟りの境地に近いかもしれない。
「追いかけるのはいいが、どうやって探す?」
「ウサギってさ、嗅覚が人の2倍あるって知ってる?」
「バカのくせに博学気取りか? それともパニクり過ぎてとうとう脳がゴブリンになったか?」
「後で100回殴ってやるから覚えてろ―そうじゃなくて、わたしの召喚獣リングラビットだよ」
「……確かにウサギには違いないが」
「ハーディに着せてたローブがあったでしょ。匂いが残ってるはず。リングラビットたちに覚えさせて跡を追うよ」
リリアムは十数のリングラビットを召喚し、四方に放った。
街道の端で二人並んでリングラビットたちの吉報を待つ。
ところがいつまで待っても一つも帰ってこない。
「……リリー。ウサギは人間の嗅覚の2倍と言ったな」
「それがどうした」
「2倍って、実は大したことないのでは?」
「うっさいな〜、人より優れていることに変わりはないでしょーよ」
「まあ、仕方がない。今は奇跡に頼るしか―あっ!?」
珍しくアーケルが驚いた声をあげる。それもそのはず。アーケルのいう奇跡が飛ぶように向かってくるのが見えたのだ。
「キャーっ、いい子ね〜」
リリアムは飛び込んできたリングラビットを抱き止めた。
「よしよし、さすがはわたしのガーネットちゃん。やればできる子だと思ってたよ」
「なんだ、そのガーネットっていうのは」
「愛称だよ、愛称」
「召喚獣にまであだ名をつけるな」
「ヤキモチ? あだ名ならあなたにだってあるでしょーよ」
「誰がヤキモチ焼くか」
「西よ! ヨーマ」
次々とリングラビットが戻ってくる。もたらす情報はどれもが同じらしい。
「このずっと先、西の草原にハーディがいる! 跡を追うよ」
「待て、リリアム」
走り出そうとするリリアムを引き止めた。
「ここから遠いんだろう? 走るより翔んだほうが早い」
「…わたし浮遊魔法使えないんだよ」
たいていの魔法使いは空中に浮く浮遊魔法を使える。が、リリアムは召喚魔法しか使えない。しかも最近ようやくランクDになったばかりである。
「ではオレが連れていく」
「えっ…ちょっ!?」
アーケルはリリアムをひょいと抱き上げ、ちいさく唱えた。
「翔」
「えっ…ウソ―やだっ…え〜〜〜〜っっ!?」
リリアムの悲鳴を残しアーケルは空へ飛び出した。