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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第八章 王城の姉妹
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ネゴシエーション

「……お父さまなんて嫌いよ」


カレンデュラは自室のベッドの上でふてくされていた。


「誰も私のことを認めてくれない」


幼いころから父王に褒められた記憶がない。絵を見せてもダンスを披露しても、いつも一言『そうか』で終ってしまう。


唯一、褒めてくれたのがアエスキュラスだった。初めはカレンデュラの遊び相手の一人だった。インペレータ侯爵家は、代々エキナセアの外務大臣を務める七星侯の一つである。その子息であるアエスキュラスは名門貴族の御曹司だ。


でもアエスキュラスは何一つ偉ぶることはなく、かといって王女であるカレンデュラにおもねることもなく、自然体で接してくれた。


いたずらをすれば、いけないことだと叱ってくれる。親ですら叱ってくれないのに。本当は親に叱ってほしかった。自分に関心を持ってほしかった。


アエスキュラスは違う。ちゃんと自分を見てくれる。関心を持ってくれる。嬉しかった。ごく自然に慕うようになった。それがそのまま恋心に変わった。


「―失礼いたします、殿下。よろしいでしょうか」


侍女が恐る恐るお伺いを立てにきた。


「ダメよ! 一人にしてって厳命したはずでしょ。入ってこないで!」


カレンデュラは怒鳴りつけた。


「ですが…王妃陛下がお見えでして…」


「えっ!? 何でそれを早く言わないの! 気が利かないわねっ!」


気の毒な侍女にかなり理不尽な言葉を投げつけ、ベッドから飛び起きた。慌てて身繕いをすると、緊張の面持ちで母を迎えた。


「……カレン」


豪華なドレスを身に纏った美しい女性が部屋へ入ってきた。カレンデュラの実母、エキナセア王妃エフェドラである。


「あなたはいったい何をしているの」


「……はい、お母さま」


「返事だけではわからないわ。陛下から謹慎を申し付けられたそうじゃないの」


エフェドラは、カレンデュラに厳しい目を向けた。その目に射すくめられ、カレンデュラは身体を固くした。


「わ、私はただ、無礼をはたらいた女に罰を与えただけで―」


「相手はブルンフェルシアの王女だというじゃないの。身分を確認もせず拘束するなんて、王女に相応しい行いとは言えないわ」


「……申し訳ありません、お母さま」


「いいこと、カレン。あなたは次期女王になるのよ。なんのために今まで帝王教育を受けさせてきたと思っているの。まったく身についていないじゃないの」


「お母さま。私は帝王教育より恋をしたいのです。好きな殿方と添い遂げたいと―」


「カレン!」


「……!」


カレンデュラはビクッと身体を縮こませた。


「王族に恋愛などというものは必要ない。そんなものは初めから諦めなさい。いいわね」


「……」


「返事はどうしたの」


「……はい。お母さま」


「―謹慎については解いていただけるよう、陛下に口添えをしてみます。あの方が私の言葉に耳を傾けてくださるとは思えないけど」


そういうと、エフェドラは身を翻して部屋を出ていった。


「……みんな嫌いよ! 大嫌いっ! ワーッ!」


カレンデュラはまたベッドに倒れ込み、独り泣き崩れた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「陛下。謁見をお許しくださり御礼申上げます」


王宮の謁見室であった。リリアムが最初に挨拶した謁見の間より小ぶりである。公式ではない私的な謁見に使われる部屋なのだろう。


「よい。私も姫とは話したいと思っていた」


ディオスピロスは、優しげな眼差しでリリアムを見つめた。傍らのグロリオサは相変わらず鋭い視線を向けたままである。


公式には、先日の歓迎パーティーのお礼と称して謁見を申し込んだのだ。目的は無論別にある。ハーデンベルギアとアーケルは同行していない。ここは独りで踏ん張るしかない。


「先日は私たちのために盛大なパーティーを開いてくださり、恐悦至極にございます」


「楽しんでいただけたのなら何よりである」


「実は折入って陛下にお願いしたき儀がございます」


「ほう。何かな」


「カレンデュラ王女殿下のことにございます」


「カレンデュラか。あれには私も手を焼いておる」


「そもそも私たちがジャスティシアに赴いたのは、王女殿下のインペレータ孤児院に対する振る舞いが理由でございました」


「そのことは耳にしておる。故に娘には謹慎を申し付けた。その孤児院にはもう手出しはしないと思う」


「それをお聞きして安堵いたしました。そうでしたか、既にお耳にしておられましたか」


そう言いながら、リリアムは眉根を寄せてできるだけ心配そうな表情を作る。


「む…。姫にはまだご懸念がおありかな。言葉ほど安堵しているようには見えぬが」


「そのことにございます、陛下」


―ここが勝負よ。


リリアムは内心気を引き締めた。


「僭越ながら、王女殿下の振る舞いの遠因は、数週間後の婚約者候補発表にあるかと推察いたします」


「……」


「王女殿下には意中の方がおありの様子。そのために孤児院の方にあらぬ疑いをお持ちになり、思い余った結果あのような振る舞いに至ったものと思われます。陛下にはどうか王女殿下と話し合いをなさって、殿下のお気持ちもお汲みいただき候補者発表を延期―」


「お待ちください、姫君」


リリアムがここぞ勝負所と力を込めて言おうとしたせつな、グロリオサが強く遮った。


「それ以上はご遠慮いただきたい。内政にも関わることにて、他国の姫君がとやかく言うことではごさいませぬ」


「そうでもございましょうけど―」


―やっぱり口出ししてきたか。


もとより、最大の障壁は宰相のグロリオサと見定めてきている。


「孤児院のシュテラリアさまとは少々ご縁がございまして、苦悩しておられる彼女を見かねてのこと。根本的に解決しなければどなたも幸せにはなれません。そのためには、是非とも王女殿下のお心を晴らして差し上げることが肝要かと」


「姫君。それが僭越だと申し上げているのです。何の権限があって王家の内情に口出しなさるのか。内政干渉も甚だしい。それとも、ブルンフェルシア王家から何か言い含められたことでもおありかな」


グロリオサの目がギラリと光った。


「宰相さまは何か誤解なさっていらっしゃるようです。ブルンフェルシア王家とは何の関わりもないこと。あくまでも私個人の責任において申し上げているのです」


「……もうよい」


ディオスピロスは片手を上げて両者に割って入った。


「双方とも、そこまでにいたせ。―グロリオサ、少々言葉が過ぎようぞ。宰相自ら姫に対し礼を失してはならん。群臣に害意すら禁じた手前、示しがつかんではないか」


「ははっ。面目次第もございません」


「姫も、そのあたりで鉾を収めてくれぬか。姫の思いは重く受け止めたゆえ」


「鉾などと、決して事を構えるつもりなどございません。出過ぎた真似をいたしました。お赦しください」


―ここまでか。もう一押ししたかったけど。


無念さを胸の奥に押し隠し、リリアムは深く頭を下げた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「どう見た? レオン」


リリアムが退出した後。


謁見室にはディオスピロスとグロリオサのほかに、レオントポディアムが顔を揃えていた。


「堂々たる態度、物怖じしない物言い、まあ、一廉の人物でしょうなあ」


レオントポディアムは別室でリリアムの言動を観察していたのだ。


「彼女の言動からは嘘は感じられませんでした。宰相が懸念されているようなことはないと存じます」


「では、本当に孤児院のためにここまで乗り込んできた、とレオンどのは仰るのか」


「そう判断してよろしいかと」


「グロリオサ、レオンがこう言うのだ。ブルンフェルシア王家とは何の関係もないのだろう」


「そうであれば、私としては何も言うことはありませぬ」


「ただ、個人的にかの姫には興味があります」


「ほう。レオンが興味を持つとは珍しいな」


「何か姫君からただならぬものを感じます。一度じっくりと()()みたい」


「―失礼いたします。陛下。王妃陛下がお目通りを願っておいでてす」


侍従がエフェドラの訪いを告げた。


「よい。通せ」


「……陛下。我らはこれにて失礼いたします」


グロリオサが慌てて席を立った。


「……宰相どの。何をそんなに急いで席を外そうとなさっておいでか」


一足早く謁見室に入ってきたエフェドラが冷たく言い放つ。


「それは誤解でございます。両陛下の語らいのお邪魔をしては忠義にもとるというものでして」


「おけ。別に語らいをしに来たわけではない。―陛下。カレンのことでお願いに参りました」


「うむ…」


「カレンに非があるのは明白。されど本人も深く反省しております。謹慎は少々厳し過ぎるのではありませんか」


「今回のことはカレンの性根に起因している。以前から目に余ると思っていた。性根を叩き直す良い機会である」


「されど、あの子はまだ16歳にございます。間違いばかりの子どもなのです。大目に見てはくださいませんか」


「ならぬ。王妃といえど、今回ばかりは口出し無用」


「……左様ですか。陛下が仰るのであれば致し方ありません。しょせん、わらわの言など聞き入れてくださるとは思っておりませんから」


「……」


「ただし、()()()()()()()()()()王位継承者であることには何の変わりもありません。このこと、陛下におかれましても、よくよくお含みくださるようお願い申し上げます」


エフェドラはまったく温かみの感じられない言葉を吐き捨てるように言い放つと、夫の顔を見ようともせず謁見室を出ていった。

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