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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第一章 召喚士、妖魔、そして黒竜
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竜少女

悪魔の子。


奴隷として売られた村の人からはそう呼ばれて苛められた。悪魔の目をしているから、らしい。


悪魔ではないが、悪い子なのわかっている。だって、ニンファー村が全滅したのは自分のせいなのだから。


―それなのに、なんでこの人たちは、あたしなんかにこんなに優しくしてくれるんだろう。


ハーデンベルギアは、さっきから同じ自問を繰り返している。


前を歩く若い男女二人。


一人はリリアムと名乗る赤毛の女性で、やたらと話し掛けてきて世話を焼こうとしてくる。陽気でよく喋る。でも騒々しくはない。そばにいるととても気持ちが暖かくなる。


もう一人はアーケルという紫色の髪をした男性。表情があまり変わらず何を考えているのかわからない。でもいつも気に掛けてくれていることが伝わってくる。


「キャーッ、ハーディ可愛い!」


涙と鼻水で汚れた顔をリリアムが拭いてくれた。

汚れを落としたあとの顔を見た反応がこれである。


「あなた、とっても美人さんじゃないの。早くお風呂に入れてキレイにしたい!」


村では顔すらまともに洗ったことがない。ましてや風呂など論外。そもそも奴隷は入ることが許されなかったのだ。


「……竜人伝説?」


「ああ。文献で読んだことがある」


二人の会話が耳に入ってくる。魔獣に襲われたあと更にもう一日歩いて、今は近くにある大きな町を目指しているそうだ。


「極東の国の少数民族で、稀に竜になれる人間が生まれるそうだ。その竜というのは少数民族の護り神で、蛇のような長い身体に鱗があり、気象を支配するという」


「それって、ハーディが竜人だ、ってこと?」


「わからないが、伝説とは符合するな」


「東方の国から連れ去られて奴隷としてあの村に売られた。何かの拍子に竜に変身して村を壊滅させた。…辻褄は合うわね」


「竜人だとすると、とてつもなく強いぞ」


「ヨーマの価値観って、強いかどうかだけなんだね」


「リリーも見ただろう、あの雷撃を」


「そりゃあ見たけどさ。こんな小さな子がねぇ…なんだか今でも信じられないよ」


「正直、お前より強い」


「うっ…悪かったわね、わたしは弱くて」


リリアムが小さくヘコむ。


―リリーは弱くないよ。


そう言ってあげたいが、言葉が出せない。どうやって接すれぱいいかまだよくわからないのだ。


ニンファー村では『竜人さま』と大切にされた。

先代の竜人さまが生まれてから5百年ぶりに誕生した新しい竜人だったから。


竜人の最大の証は特徴的なその眼にあった。竜の眼といって、先代も同じ眼をしていた。


ハーデンベルギアが先代に会ったのは一度だけだった。とても年老いたおばあさんで、竜人の象徴だという淡い青色をした玉石を渡された。これからはお前が村を守れと言って。


竜人は生まれてすぐ竜になれるわけじゃない。ある年齢になると突然竜に目覚めるのだ。大人たちはそれを『覚醒』と呼んでいた。


覚醒する年齢は特に決まっているわけではないが、子どもの間というのが多いらしい。


ハーデンベルギアは11歳になっても覚醒しなかった。覚醒を待ちわびたまま先代は亡くなった。


それからは頻繁に魔獣が現れるようになった。年老いた竜でもその力を恐れて魔獣たちは近付こうとはしなかったのだろう。


その重しがなくなったのだ。村人総出でなんとか撃退していたが、ある日とても強い魔獣が襲ってきた。


人の言葉を話す魔獣で、全身血のような赤い色に山みたいに大きな身体をしていた。手下を大勢連れて暴れ回った。村のみんなは頑張ったがまったく敵わなかった。剣士だったハーデンベルギアの父も奮闘したが、人の言葉を話す魔獣に殺された。


家はすべて焼かれみんなも殺された。


魔導士だった母は、盾となって魔獣を食い止めハーデンベルギアを逃がす時間かせぎをしてくれた。


村を逃げ出せたのはハーデンベルギアただ一人だった。そのさなかに竜の象徴だといって先代がくれた玉石もなくしてしまった。


―あたしが覚醒していれば。みんなは死なずに済んだのに。


竜人である自分が先頭に立って闘うべきだったのに、むしろ守られて逃された。


―あたしは役立たずの悪い子だ。


ハーデンベルギアは自分を責めた。


どこをどう彷徨ったのかわからないが、いつしか砂漠に迷い込んだ。食べ物も水もない。


このまま死ぬのかもしれない。でも役立たずの自分は死んだほうがいいのだろう。村のみんなを守れず一人生き残っても何の意味もない。


いつの間にか気を失って倒れていたらしい。


気が付いた時には馬車に揺られていた。たまたま通り掛かった商人に拾われたのだ。


商人は水と食べ物をくれた。親切な人だと思った。でも違った。商人はハーデンベルギアを奴隷市場に売り飛ばした。


市場で奴隷の印だという焼きごてをされた。あまりの痛さに気を失った。


市場で奴隷商人に買われた。売られた先があの村だった。


粗末な小屋を与えられ朝から晩まで働かされた。炊事、洗濯、掃除の家事や畑での農作業といった重労働。両手はすぐにあかぎれだらけになった。少しでも失敗したり仕事が遅くなったりするとムチで叩かれた。外を歩いていただけで子どもに石を投げられたこともある。


どこへ行っても悪魔の子と蔑まれた。


悪魔ではないが、確かに悪い子だ。肝心な時に役に立たない悪い子なのだ。村人に酷い仕打ちをされても、これは天が与えた罰だから我慢しなければならない。


村に売られた時、彼岸花が咲いていた。厳しい冬を超えツツジが咲き始めたから、まだ一年は経っていなかった。


畑に向かおうと小径を急いでいた。遅れるとまたムチで打たれる。途中、男に呼びとめられた。その男は村に来た時からいやな目付きで見てくるやつだった。できるだけ関わらないようにしていたが、今は周りに誰も人がいない。


腕を掴まれて農具をしまう小屋に無理やり連れ込まれた。


地面に押し倒された。ボロボロになった服を脱がし始める。


これから何をされるのかまったくわからなかった。わからなかったが、今まで受けてきた酷いこととは全然違う、とても嫌なことをされるということだけはわかった。


それをされたら、今までの自分には二度と戻れなくなるようなこと。これからはまったく違う()()に変わってしまうようなこと。


身体の痛みは耐えられる。でも、今度はきっと心が傷つくのに違いない。心の痛みには耐えられない。心の痛みはニンファー村だけでたくさんだ。これ以上傷が増えたら、きっと…あたしは…。


心の奥で何かが爆発した。


身体がとても軽くなった。不思議な開放感。風を感じる。ふと下を見ると村人たちが空を指差し口々に騒ぎ立てていた。


―あたしは空を翔んでいるんだ。


これが覚醒か。強く実感した。


ようやく竜に覚醒した。今になって。なぜ今なのだろう。どうしてあの時…ニンファー村が魔獣に襲われた時じゃなかったのだろう。


後悔と共に怒りが全身を駆け巡った。


それからは破壊と殺戮の限りを尽くした。なにもかも壊してしまいたかった。壊し尽くすと気が遠くなった。


目覚めると見知らぬ若い女の腕の中だった。


急に怖くなって夢中で女の腕を抜け出した。


女の人が怖かったのじゃない。自分が怖かった。怒りに任せて村の人をみんな殺してしまった。確かに村の人は酷いことをした。でも、こんなふうに殺されるほどの罪を犯したのだろうか。


女の人は男の人と一緒だった。二人で村の人を埋葬し始めた。最後に女の人は歌い舞った。夕陽を浴びて舞う姿は神々しくて、こんなに綺麗なものが世の中にあるのかと思った。


女の人の美しく優しい歌声を聞いていると、心が軽くなっていく気がした。村の人を殺した事実は消えないが、女の人のおかげでさっきまで抱いていた恐怖が消えた。


そして。夜中の魔獣襲撃。男の人は強かった。一瞬で魔獣を消してしまった。でも、背後から近づく別の魔獣には誰も気が付かなかった。


魔獣が目の前に迫った時。女の人が飛び込んできた。自分の身を犧牲にしてまでアカの他人のあたしを救けようとした。


―どうして? あたしなんかそんな価値ないのに。


そう思った瞬間、心の奥が熱くなり、気が付くと竜になっていた。眼下にはまだ魔獣が残っていた。


許せなかった。女の人に酷いことをしようとした魔獣はあたしが倒す! 女の人の無事を確かめると気が遠くなった。


目覚めるとまた女の人の腕の中だった。今度は女の人は派手に泣いていた。『ごめん』と言いながら大きな声を上げて。


その言葉を聞いたとたん、涙がこぼれた。胸の奥で冷たく凍りついていたものが溶けて消えるのを感じた。気づくと自分も大声で泣いていた。


それではあたしのために泣いてくれる人がまだいたのだ。こんな生きる価値もない人間に手を差し伸べてくれる人がいたのだ。


「……ほら、ハーディ。町が見えてきたよ」


リリアムがハーデンベルギアに振り向き、指差す。


ハーデンベルギアの目に映ったのは、城壁に囲まれ見たこともない高い尖塔が立ち並んだ姿だった。

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