碧き大鷲
リリアムたちは王女宮の部屋に軟禁された。
罪人のはずだが、なぜか地下牢ではなく客間のような部屋だった。大人三人が十分過ごせる広さがあり、ベッドやテーブルが完備されている。まるで客人のような扱いだ。
「あの王女、どういうつもりなんだろうな」
アーケルは、遠くを探る仕草をした。
「さすがにドアの鍵は外からかける仕様になっているが、見張りはいない。この部屋といい、リリーへの言葉と実際の行動が違い過ぎる。―リリー。聞いているのか」
「……ああ、わたしってバカだ」
リリアムはさっきから頭を抱えて唸っていた。
「リリー。大丈夫?」
ハーデンベルギアが心配して寄り添う。
「なんで流れに身を任せるなんて思ったんだろ。子どもたちを探さなきゃいけないのに、こんなところで足止めくらっちゃって」
「仕方がないだろう。まさか王都に入ったとたん拘束さるとは想像の外だった」
「あのときは、むしろシメたと思ったのよ。子どもたちはクソ王女に会いに来てるわけでしょ。うまく潜り込めるなら、子どもたちを見つけるチャンスかなって」
「ねえ、リリー。センナたちは少なくともこの王女宮にはいないと思うの」
「えっ…」
「だって、もしここにいるなら、あの王女さまのことだから人質にとって言うことをきかせようとするんじゃないかな」
「……それもそうね」
「そうしないってことは、あの子たち、王宮には来てないのよ」
「ハーディの言うことはもっともだ」
アーケルは大きくうなづく。
「そもそも、ガキどもがいきなり王宮に来たところで、門番に追い返されるのがオチだ。むしろ、会う方法がわからず町をさまよっている可能性が高い」
「……そうだね。二人の言うとおりだ。なら、ますますこんなところで、いつまでも油売ってるわけにはいかない。なんとかして外に出ないと」
「そうと決まれば、行動あるのみ」
アーケルは、部屋中の壁際を探る。
「……この辺りだな」
「何してるの? ヨーマ」
嫌な予感がして、形のいい眉をひそめた。
「この壁の先には部屋が二つある。逆に言えば二つ先には何もない。つまり外だ」
「……だったら何だっていうの?」
「外に出たいのだろう? 最短距離がこの壁の先ということだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって、壁をぶち壊して進むってこと?」
「人間の生体エネルギーもあるが、うまく避けて通れば問題ないだろう」
「ダメよっ。いくらなんでも衛兵に感づかれる!」
「衛兵が来る前に外へ出てしまえばいい」
「ウソでしょっ!? そんな無茶苦茶な…」
「壊」
アーケルが唱えると轟音ととともに壁が崩れる。
「キャーッ!?」
隣の部屋には男女が二人いた。ベッドの上に。女性は慌てて服を身体に引き寄せた。なぜなら上半身裸だったからである。
「……ハーディは見ちゃダメっ」
リリアムは、ハーデンベルギアの両目をふさぐ。
「ったく、真っ昼間から何してんだよ」
「な、なんだっ、お前たちはっ!?」
裸の男がうろたえ騒ぐ。
「失礼。オレたちはここを通り抜けたいだけだ。気にせず続けてくれ」
「ねえ、リリー。目を塞がなくてもあたし知ってるよ」
「何を?」
「あの人たち、赤ちゃんを作ってたんでしょ?」
「えっっっ…!?」
リリアムの顔が引きつる。
「そ、そんなこと、どこで覚えたの」
「フィールだよ。サリックスさまとの将来に備えて覚えとけって」
「―あのクソヤロウ、わたしの知らないトコでハーディになんちゅうこと教えてんだよ…後で八つ裂きにしてやる」
「壊」
派手な破壊音とともに次の壁が崩れる。部屋にいた人影が一斉に動いた。
「……なんだ、きさまらはっ!?」
部屋の住人の二、三人が剣を抜いて身構えていた。
「エキナセアの刺客か!?」
剣士たちに守られるようにして部屋の中央に佇む若い男。リリアムがその男の顔を認めた瞬間。
「……げっ!? やばっ!」
慌てて顔をそむけた。しかし時既に遅し。若い男はリリアムを見逃さなかった。
「あっ、君はリリー!?」
「あちゃ〜。バレたか」
リリアムは観念して若い男に向き直った。
「……ご、ご機嫌よう、アスクレピアスさま」
「ご機嫌よう、じゃないよ。なんで君がこんなところに? ユーストマの魔法学校に留学に行っているのではなかった? 壁なんか壊して、この人たちはいったい誰?」
「ちょ、ちょっと待ってくださる? いろいろご不審かとは存じますが、只今非常時につき、ご説明は後ほどということで…」
「やだなあ〜、リリー。僕たちの間でそんなよそよそしい態度はやめてよ。別れてからそんなに日はたってないじゃないか。以前のようにアックスって呼んでよ」
「そういう時期もありましたわね、ほほほ」
「……リリーの知り合いか?」
アーケルが当然の問いかけをする。視線はアスクレピアスに向けられたままだ。
「知り合いもなにも。ブルンフェルシアの外務大臣、デュランタ侯爵のご子息だよ」
「ほう、かなり親しいようだが」
「ま、まあね。幼なじみだから」
「……リリー。僕に紹介してくれないのかい」
アスクレピアスがアーケルの目の前に立った。長身のアーケルとほとんど変わらない。碧色の髪と瞳をした爽やかなイケメンである。軍服に剣を佩いているので、軍人なのだろう。
「……こ、こちらはわたしの冒険者パーティーメンバーでアーケル。この子はハーデンベルギア。よろしくね」
「ブルンフェルシア第一騎士団第一連隊長のアスクレピアスといいます。以後、お見知りおきを」
アーケルとアスクレピアスはしばし睨み合った。……ようにリリアムには見えた。
―火花まで散ってたのは気のせい…だよね。
「アーケルだ。リリーの婚約者でもある」
「えっ!? それは本当?」
アスクレピアスは驚いて碧色の瞳をリリアムに向けた。
―ぶっ!? アーケルめ、よりによってアックスに言うなんて…。
「え〜と、それは…間違いじゃないけど…なんというか…その…」
答えに窮してリリアムが身をよじったその時。
「これは何事だ!?」
衛兵がドカドカと乱入してきた。これだけ派手に壁を破壊したのだ。当然聞きつけてくるだろう。
「罪人どもが騒ぎを起こしおって! 殿下の寛大なるお心を無下にするとは許さんぞ」
「静まれっ、皆のもの!」
アスクレピアスは、威厳にあふれた態度で衛兵を抑えた。
「これなるはブルンフェルシア王国カリステファス伯爵姫君、リリアム姫なるぞ。子細は知らぬがもし姫に手出しするというなら、この僕が相手になろう。―ブルンフェルシアの『碧き大鷲』たる、この僕がね」
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リリアムが『碧き大鷲』に遭遇しているころ。ファーグスは、アエスキュラスとともに王都ジャスティシアに入城していた。
無論、大貴族・七星侯の一人アエスキュラスがリリアムたちのように関所を通る訳はなく、貴族専用の通用門からである。同行しているファーグスも難なく入城を果たした。
ファーグスたちが王都に来たのには当然理由がある。
ファーグスはリリアムからウラの仕事を託され、以来アエスキュラスに張り付いていた。目的は、アエスキュラスにシュテラリアへの恋を諦めさせること。これは少々難題であろうが、もう一つ重大な任務があった。
それは、カレンデュラを始めとするエキナセア王家の内情をさぐること。何としても王女の横恋慕を阻止しなくてはならない。王女の弱みに繋がるような情報が欲しい。
旧友の立場を利用して、アエスキュラスとはかなり深いやり取りができた。アエスキュラスのシュテラリアへの想いは本気だということがわかった。そして失恋することは間違いないだろうことも。
アエスキュラスは、先日の失言についてシュテラリアに謝罪するべく孤児院を訪問した。ファーグスも同行し、そこで初めてアルテアたちが王都へ行ったことを知った。
汚名挽回とばかりにアエスキュラスが張り切ってしまい、リリアムパーティーに依頼したから必要ないというシュテラリアを振り切り、子どもたちを連れ戻すべく王都へと参上したのである。
「王女に直談判とは、思い切ったことをするなあ、子どもたちは」
「まったくだな。そういう向こう見ずな精神は嫌いじゃないが」
「しかし、おいそれと子どもが会えるとは思えない。町をさまよってる可能性が高いと思うが、どうするつもりだ、アエスキュラス」
「インペレータ侯爵家の総力を上げて、しらみ潰しに町中を探すまでだ」
「人海戦術か。まあ、妥当なところだな」
アエスキュラスの馬車は、王都でのインペレータ侯爵屋敷へと入っていった。
「……旦那さま。ちょうど良いところへ。使いをインペレータに出そうとしているところでした」
執事がアエスキュラスを迎えるなり、困ったように訴える。
「珍しいな、お前がそんな渋い顔をするなんて。私も頼みたいことがあってきたんだ」
「頼み事、でごさいますか」
「ああ。私の将来がかかった重大事だ。孤児院の子ども三人を探してほしい」
「えっ、旦那さま。私のご報告こそまさにそのことにございます」
「何!?」
「インペレータ孤児院の子どもと名乗る三人組が、当屋敷に迷い込んでいるのでございますよ」
「……!」
ファーグスとアエスキュラスは顔を見合わせると、屋敷の奥へと駆け出していった。