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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第一章 召喚士、妖魔、そして黒竜
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小町藤

「わたしはリリアム。リリーって呼んで。あなたと友だちになりたいんだ」


何歳くらいなのだろう。背格好からすると10歳くらいだろうか。


着替えの服がないためリリアムのローブをまとい、後ろを黙ってついてくる少女にあれこれ話し掛けながらリリアムは思う。


壊滅した村でただ一人生き残っていた少女。奴隷の印を身体に刻まれ、おそらく虐待も受けていたのであろう。


村で倒れていた少女を抱き上げた時、その軽さにひどく驚いた。リリアムには想像もつかない壮絶な日々を過ごしていたに違いない。


村人を弔い一晩野宿してから、少女を連れ大きな町を目指すことにした。孤児を引き取ってくれる施設を探すためだ。


リリアムは何とかして少女と意志疎通を図ろうと奮闘するがまったく反応はない。じっと己の足元を見つめたまま後をついてくるだけである。


「……ねえ、名前だけでも教えてくれない? あなたを何て呼べばいいかもわからない」


「………」


「困ったなあ〜」


「放っておけ、リリー。どうせ施設に預けるんだ、名前なんかどうでもいい」


アーケルが冷たく突き放す。そのくせ、少女の足取りに合わせてゆっくり歩いている。


「とか何とか言っちゃって。結構この子を気にかけているんじゃないの?」


「バカかお前。オレが気にかけるどんな理由があるって言うんだ」


「ヨーマは優しいから」


「ふざけるな。そんなガキ、オレたちの目的にはただの足手まといだ」


「ま〜たそんな憎まれ口たたいて。冷酷キャラを装ったってわたしはもう騙されないよ」


「オレは何も演じてはいない」


「そういうことにしておくよ」


「リリー。お前性格悪くなったな」


「ヨーマほどじゃないけどね」


仲睦まじく盛り上がる二人の会話を聞いているのかいないのか、少女は淡々としたままである。


町はまだ遠い。リリアムの地理の記憶でも最も近くてまだ二日はかかる。子どもの足なら三日だろうか。


道中心配なのはやはり魔獣だ。認めたくはないが戦力外が二人もいる。どんな想定外の事態が出来するとも限らない。


先ほどからアーケルは魔獣の気配をビシビシと感じているらしい。リリアム相手にどうでもいい会話を続けながら警戒は怠っていなかった。


そのおかげなのか魔獣は姿を現すこともなく、無事に一日が過ぎ日が暮れた。


少女は、夕食時も就寝時も二人から離れて過ごす。リリアムはめげずに話し掛け続けるが一向に打ち解ける様子はない。


想像するしかないが、少女にしてみれば所詮リリアムたちは奴隷商人とたいして変わらないのかもしれない。体罰をしてこないというだけで、結局どこかわからない場所へ連れて行かれるだけなのだから。


「リリー。起きろ」


夜更けだった。いきなりアーケルから叩き起こされた。


「……何〜? まだ夜中でしょ〜」


「魔獣だ」


「えっ!?」


「いつの間にか囲まれている」


「どういうこと!?」


リリアムは飛び起きる。


「油断したつもりはないんだが、やられた。周りが常に魔獣の気配に満ちていたから、包囲されたことに気が付かなかった」


「ウソでしょ〜!? …あっ、あの子っ!」


リリアムは慌てて少女の元へ駆け寄る。


「起きて! 魔獣よ」


少女はリリアムの切迫した声にも何も感じないかのように、無言で起き上がる。


「来る!」


アーケルが叫ぶ。


間を置かず魔獣が暗闇から次々と飛び出した。


「ゲールウルフ!?」


集団で獲物を襲撃する凶暴な魔獣だ。頭も良く統率の取れた行動は厄介極まりない。


リリアムは思わず少女を抱き寄せた。


「ヨーマ! この子がいるのよ! 爆はやめ―」


言い終わらせもせず、アーケルは紫色に包まれた。


「爆」


世界が爆発した。


轟音と閃光が渦を巻き魔獣もろとも空間を消失させる。


「ひゃぁ〜…」


相変わらずアーケルの魔法の凄まじさに呆れるリリアム。しかも二人の周りにはしっかり防御壁が張り巡らされている。


「簡単、簡単」


アーケルの破壊的な笑顔が眩しい。


「……抜かりなし、だね」


目の前の防御壁が消滅する。アーケルが防御魔法を解いたのだろう。


「一瞬でゲールウルフが全滅だなんて、もう次元が違い過ぎて感覚がおかしくなりそう」


苦笑いを浮かべアーケルに手を振る。


アーケルが応えて歩み寄ろうとした時だった。


リリアムたちの背後から一際大きなゲールウルフが襲いかかってきた。


「リリーっ!」


気付いたアーケルが叫ぶ。


異変に気付いたリリアムが振り返った時にはゲールウルフの鋭い牙が少女に迫っていた。


―別働隊!?


ちらっと思ったが、深く考える余裕もなくとっさにリリアムは身体を少女の前に投げ出していた。


リリアムの細身に大きな牙が食い込む!


その瞬間。世界が閃光に包まれた。


気付いた時にはゲールウルフの姿はなかった。


少女の姿も。


頭上で何かが動く気配がした。見上げると夜空をいつの間にか黒雲が覆い尽くしている。


黒雲の隙間からきらっと輝くものが見えた。


まるで黒曜石のように美しく輝く黒いもの。


それは鱗だった。鱗をまとった魔獣のような長大な生き物が空を泳いでいる!


黒雲が光った。雷鳴が続く。地上に稲光が走る。稲光を受けて黒鱗が煌めく。魔獣の断末魔。木々が燃え上がる。


雨が降り出した。瞬く間に土砂降りになる。豪雨が地上を叩きつける。燃えた木々があっという間に鎮火する。


長大な生き物が身体をひねった。激しい破壊音とともに大地がえぐられる。


全身ずぶ濡れのリリアムは呆然と眺めるしかなかった。目の前で起こっていることが現実のものとは信じられなかった。


「……!?」


長大な生き物がまた身をくねらせた。黒雲から巨大な顔が現れた。リリリアムと視線が合う。その眼は少女のそれとまったく同じだった。


黒色の身体から閃光が弾ける。黒雲が消え、長大な生き物も跡形もなく消えてしまった。そして。


少女が倒れていた。


急いで抱き起こす。村の時と同じように少女の身体はまったく濡れていない。


少女。奴隷。村。壊滅。雨の跡。


リリアムはその時すべてを悟った。すべて理解した。


少女を強く抱き締め、リリアムは声を上げて泣き出した。どうしようもなく悲しく切なくやるせなかった。


少女を虐待した村人を弔ってしまった。どんな思いで葬送の舞を見ていたのだろう。正しいと信じて行動したことが、少女にとっては残酷な行為となったのだ。


「……ごめん。ごめんね」


自然と言葉が出てきた。


少女が目を覚ます。リリアムの恥も外聞もない号泣に気付いて初めて表情が動いた。


「ごめんなさい。ほんとにごめん…」


少女の大きく見開いた瞳から大粒の涙が一つ、ポロっとこぼれた。それが合図だったかのように、たちまち滂沱となり大声で泣きじゃくる。


二人は抱き合ったまま泣き続けた。まるで涙が涸れることはないかのように。


しかし。徐々にそれも収まりやがてお互いにすすり泣きに変わり始めたころ。少女が呟くように口を開いた。


「……ハーデンベルギア」


「えっ―」


「あたしの名前。ハーデンベルギア」


「名前を教えてくれるの? ありがとう、嬉しい!」


リリアムはまたハーデンベルギアに抱きついた。


「嬉しい、ほんとに嬉しいよ! ハーデンベルギアっていうのね。とってもいい名前」


リリアムは頬をハーデンベルギアのそれに押し付ける。


ハーデンベルギアは少し困ったような表情を浮かべるが、リリアムの好きにさせている。


「……わたし決めた。あなたを施設になんかやらない。パーティーに連れて行く―いいでしょ? ヨーマ」


それまで黙って二人を眺めていたアーケルを振り返る。


「オレが反対しても連れて行く気だろうが。―好きにしろ。パーティーのリーダーはお前だ」


「良かったぁ! ハーディ、これからわたしたちずっと一緒だよ!」


「……ハーディ?」


「そうよ、あなたの愛称。あなたのことはハーディって呼ぶことにするよ。わたしのことはリリーって呼んで。ついでにそこの無愛想な男はアーケルって言うんだけど、ヨーマでいいわ」


「おまけみたいに言うな」


「ははっ。ハーディ、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだよ。きっとわたしも同じくらい酷いんだろうな」


ハーデンベルギアはびっくりしたような表情をリリアムに向けたまま固まっている。


そんな彼女の手を取って、リリアムは立ち上がりながら言うのだった。


「まずはお互いキレイにしなくっちゃ。話はすべてそれからだね。……そうだよ、わたしたちには時間ならいっぱいある。ハーディ、すべてはそれからだよ」

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