わな
リリアムたちはセネシオの部下の首を丁重に埋葬すると、禍乱の指定する遺跡へ向かった。その途中、セネシオの部下が接触してきた。遺跡まで案内できるという。
「セネシオは生きてるのよね?」
「……わかりません。副団長があのバケモノに連れていかれて、我々で奪回を試みたのですが、みな殺されました」
「そう…」
「私も遺跡に入ったのですがなぜか殺されず、リリアムさまたちを招待したから案内してこいと言われました」
「そうだったのね。―あなた、お名前は?」
「……ルータと申します」
「ルータだけでも無事でほんとに良かったわ」
「もったいなきお言葉。恐れ入ります」
「そんなかしこまらないで。わたしはただの冒険者よ」
「とんでもない。本来なら私のような下々の者が直接言葉をかわすことさえ憚れる高貴なお方とお聞きしております」
「いやだわ。わたしはほんとに普通の可愛い女の子なんだから。普通に接してよ」
「普通の女性は自ら可愛いとは公言しないだろう」
またアーケルが口を挟む。
「ヨーマ。それどういう意味よ。わたしが可愛くないとでも?」
「そうは言ってない。もちろんリリーは可愛い。なにしろオレが好きになった女だからな」
「えっ…んもう、ヨーマったら、正直なんだからぁ」
「……聞いてらんねえな。なあ、ルータ」
ファーグスは呆れたというように大きなため息をついた。
「いえいえ。とても仲が良くて羨ましい限りです」
ルータは少し頬を赤らめながら微笑んだ。
「……リリアムさま。ここです。ここの最奥に副団長が囚われています」
先導していたルータが立ち止まった。
それは石造りの神殿のような建物だった。町からかなり離れた森の中である。
遺跡はかなり年月が経っているようで、所々崩れて雑草に覆われていた。何の用途に使われていた建物なのかも今となってはわからない。入口に扉はなく真っ暗な口をぽっかり開けて奥はまったく見通せなかった。いかにも怪しげな雰囲気に包まれている。
「ルータはここで待っていて。わたしたちだけで行ってくる」
「お気をつけて。やつらは正真正銘のバケモノですから」
「やつら? それって…」
言いかけてリリアムは目を疑った。ルータの顔がふいに膨らんだからだ。
「ルータ、どうしたの!? 顔が変よっ!」
「ううっ…がぁーっ!?」
リリアムの目の前でルータの頭が爆発した。首から血が激しく吹き出す。リリアムの顔にも血が飛び散る。
「いやぁーっ!」
リリアムはルータに手を伸ばした。頭のないルータはその手を避けるように仰向けに倒れた。
リリアムは膝から崩れ落ちそうになる。それをアーケルが抱き止めた。
「嘘でしょっ!? ルータが…どうしてこんな…」
リリアムはアーケルの胸にしがみついた。
「ついさっきまでわたしと話をしてたのよ!? それなのに、どうしてこんな酷いことに…!」
リリアムはアーケルの胸の中で泣き崩れる。
「……これは廖疾の時限魔法だ。見たことがある」
「……時限魔法?」
ハーデンベルギアがリリアムの代りのようにアーケルに尋ねた。ハーデンベルギアのほうはファーグスがとっさに覆いかぶさるようにして視界を遮っていた。
「あるキーワードを口にすると自動的に爆殺する魔法だ。つまり、ルータは廖疾と接触している」
「この中にいる…と考えたほうが自然だろうな」
ファーグスは暗い入口に視線を向けた。
「……リリー。行こう。ルータは戻ってきてから必ず弔うから」
アーケルは限りなく優しい口調でリリアムに声を掛けた。
「……絶対に許さない。五指仙…」
リリアムは涙を拭って顔を上げた。まだ潤んだままのその美しい蒼い瞳に強い決意をみなぎらせて。
「五指仙をぶっ殺して、セネシオを救出するぞ!」
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「……中はとっても広いのねぇ」
外から見た遺跡はさして大きくもなかったが、一旦中に入ってみるとその規模の大きさに驚かされた。
まず通路は天井が高く長い。途中に扉は一切なくどこまで続くのかと不安になりかけたとき、とても広いホールのようなところに出た。通路よりも更に天井が高くヴェズルフェルニルが自由に飛び回れるほどだ。
そのホールからは、3方向に通路が枝分かれしている。
「……どの道を選ぶ? リリアム」
「そうね…」
ファーグスに尋ねられ、少し考える。
「パーティーを分けるのは得策ではない。4人一緒に行動したほうがいい」
「あたしもヨーマに賛成。少なくとも五指仙が2体いる可能性が高いのでしょ? 一対一で向き合うのは避けるべきだと思う」
「そうだね。そうしよう。正面の通路を行くよ。みんな、離れないでね」
リリアムたちは正面の通路に入った。足を踏み入れたとたん、先頭にいたリリアムとハーデンベルギアが突如消え失せた。
「リリーっ!」
アーケルが後を追おうとしたが、空を掴むだけだった。
「くそっ。言ったそばから分断されちまったな」
ファーグスが舌打ちする。
「まずい! リリーを一人にしてはいけない」
「おいっ、ヨーマ。よせ!」
「リリーを探して連れ帰る」
「それが罠なんだよ! 行くな、ヨーマ!」
ファーグスが止めるのも聞かずアーケルは通路の奥へ走っていってしまった。
「あ〜あ。これじゃ、やつらの思うつぼじゃねえか」
ファーグスは仕方なさそうにアーケルの後を追おうとした。しかし。
「……!? なんだ、これ」
目の前に突然壁が出現した。通路だったはずの空間は消え、完全に行き止まりとなってしまった。
「……なるほど。これで俺のほうこそ孤立したわけか。しょうがねえ。元のホールへ戻って別の路を探るしか―!?」
ファーグスは殺気を感じてホールを振り返った。
「やあ、剣士くん。また会ったね」
どこから現れたのか、ホールの真ん中に禍乱が立っていた。
「やってくれたな、禍乱」
「何のこと?」
「いろいろだ。この妙ちきりんな遺跡とか、生首送ってきたこととか、可哀想なルータを殺したこととかだ」
「生首とかはボクは反対したんだよ。そんなことわざわざしなくても、キミたちの好きな人間愛ってやつ? 人質をとれば絶対に取り返しにくるでしょ?」
「廖疾がすべてやったっていうのか? セネシオをさらったのも?」
「さらったのはボクだよ。黒髪優男はいちばん弱いからね。弱いやつほどキミたちは守りたがるでしょう。どうしてもキミと本気で闘いたかったんだ。ここなら竜の子ちゃんとかの余計な邪魔が入らないし」
「セネシオは生きているんだろうな」
「殺してないよ。まだね。キミを殺したらすぐ殺すけど」
「セネシオは殺せないさ。きさまは俺を殺せないからな」
「森で別れたとき今度会ったら殺す、って言ったでしょ。ボクは有言実行をモットーにしてるんだ」
禍乱はニッと笑った。二本の牙が口元から覗く。そして、両手に双剣を握った。
「せいぜい楽しませてよねッ」
禍乱が一気に間を詰める。ファーグスは大剣で双剣を受け止めた。禍乱は構わず双剣を次々と繰り出す。ファーグスは防戦一方になる。
「これじゃア、森のときと同じじゃないか、剣士くんッ。進歩がないなァーッ!」
「ルブラム・インペラートル!」
竜巻が禍乱を襲う。しかし、禍乱は既に影響の及ばないところへ移動していた。右目がラピスラズリの輝きで満ちている。
「無駄無駄ーッ! ボクにはそんなへなちょこ技、あたりっこないよ」
禍乱はまたニッと笑った。ファーグスは奥歯をギリッと噛みしめ禍乱を睨みつけた。