哀 召喚士
「どう思う? ハーディ」
アーケルがパーティーを抜けたその夜。村長の家に泊めてもらうことになったリリアムたちは、二階の客室を寝室として提供された。別部屋ではあるが、ベランダで外はつながっていた。
そのベランダでファーグスとハーデンベルギアは夜風にあたりながら話し込んでいた。話題はもちろんリリアムとアーケルのことである。
「……どっちも子どもね」
「ハーディに言われちゃ、世話ねえな。―二人はいつもあんなふうにケンカしてるのかよ?」
「口喧嘩はしょっちゅうだよ。というか、あれはじゃれ合ってるだけだね。リリーはああいう人だからすぐケンカ腰になっちゃうだけで」
「今回はまともにやり合ってたな」
「ヨーマは最近イライラしてたし、売り言葉に買い言葉…みたいな」
「あいつイライラしてたんだ。全然気がつかなかった」
「あたしだって、なんとなくだよ。理由とかわからないし」
「まさか、このまま、ってことはないよな」
「……わからない」
「ヨーマを探してこようか? まだ遠くには行っちゃいないと思うぜ」
「どうかな? むりやり引っ張ってきても意地の張り合いになるだけで解決しないと思う。―何かきっかけがあればなあ」
「きっかけって言われてもな」
「ほんと、面倒くさい二人。世話が焼けるったらありゃしない」
「……それにしてもハーディはすっかり大人になったなあ」
ほとほと感心したように言う。
「最初の印象はリリーの後ろに隠れてる控え目な女の子だったんだけどな。どっちが子どもか正直わかんねえよ」
「あたしのことより今はヨーマでしょ?」
「……そうだな」
「二人とも今は絶対、後悔してる。元に戻りたがってるよ。口が裂けても言わないだろうけど」
「……ハーディ、もう寝る時間よ」
リリアムの呼ぶ声がした。
「はぁーい、今行く。―とにかく明日ね。何か方法を考えましょ」
ハーデンベルギアとファーグスは部屋へと戻っていった。
その夜。リリアムは悪夢を見た。
大事にしていたバレッタを失くした夢だった。大好きな人に貰った大切なバレッタ。どこを探しても見つからない。探しているうちに路に迷い古ぼけた神殿にたどり着いた。
神殿の中で休んでいると、魔獣が現れる。魔獣はリリアムのバレッタを持っていた。返してほしければ妻になれという。
泣く泣く承諾してバレッタを取り戻したはいいが、魔獣に服を脱がされ全裸にされる。誰かの助けを呼ぼうとするが、名前が出てこない。とても大事な人のはずなのに。思い出せないまま魔獣の顔が目の前にせまってきて…と、ここで目が覚めた。
「……大丈夫?」
魔獣ならぬハーデンベルギアの秀麗な顔が眉根を寄せて覗き込んでいた。
「だいぶ、うなされてたけど」
「……怖い夢を見た」
「……」
「あ、ごめんね、ハーディ。わたしは大丈夫。うるさかった? 起こしちゃったね」
「……もう夜明けだから」
確かに窓から陽射しが差し込んできている。
リリアムは気だるくベッドから起き上がった。
―あんなことになったから、夢に出てきたんだろうな。
悪夢の心当たりがありまくりのリリアムである。今になって思えば感情的になり過ぎた。どこかでアーケルが折れてくれるとたかをくくっていた。でも、間違ったことは言っていないと今でも思っている。だから余計、こちらから歩み寄る気はさらさらなかった。
早朝だというのにユオニマス家に人気はなかった。外へ出てみると既にファーグスがいて、リリアムを認めると黙って指差した。
村人が大勢集まっていた。前日の犠牲者を弔っているようだ。リリアムを見つけたユオニマスが話しかけてきた。
「リリアムさまは召喚士でしたな。もしよろしければ葬送の舞をお願いできませぬか」
ユオニマスが頭を下げる。
「もちろんです」
リリアムは快諾し、埋葬された墓地の前に立った。静かに歌い始める。魂の安らぎを願う葬送の詩である。リリアムの声はよく通る。一度でもその歌声を聞けば誰もが耳を傾けずにはいられない。心を捉えてやまない。
詩に合わせて舞い始める。優雅で荘厳な舞だった。次第にリリアムの身体が光に包まれていく。その場にいた者すべてが涙を流して舞を見つめていた。
朝陽が輝く中、詩と舞が静かに終わった。
「……ありがとうごさいます!」
「とても感動いたしました!」
村人たちはリリアムに次々と礼や称賛を浴びせる。
「リリアムさま。心のこもった歌と舞、本当にありがとうございました」
ユオニマスは改めてリリアムに頭を下げた。
「なんと素晴らしい葬送の舞でありましょうか。この齢まで生きてきて、これ程見事な舞は見たことがありませぬ」
「お褒めいただきありがとうごさいます。わたしにできるのはこれくらいですから」
「感動ついでに、老婆心ながらリリアムさまに助言などをさせてくだされ」
「……なんでしょう?」
「ご自分の心に素直になりなされ」
「えっ…」
「言葉は一瞬。後悔は一生ですぞ。婆に言えるのはそれくらいです」
「……」
挨拶もそこそこに、リリアムはふわふわとした足取りで一人朝陽に向かって歩いていった。
ハーデンベルギアは、ユオニマスに対して深くお辞儀をした。感謝の気持ちを込めて。
ユオニマス家で質素ながら心のこもった朝食をいただいた後、リリアムパーティーはワイバーンの棲む山へと出発した。再び三人となって初めての旅立ちである。メンバーは入れ替わっているが。
「……どのあたりにワイバーンは巣くってるんだろうな」
ファーグスが何気無く言う。
「頂上あたりかな。ヨーマ、探れるか…!」
リリアムはアーケルに呼び掛け、いないことに気づく。
「……そうだったね。もういないんだっけ」
リリアムは自嘲気味に頭を振った。ハーデンベルギアとファーグスは顔を見合わせるが何も言葉にはしなかった。
「……リリー王女さま、ご機嫌いかが」
山へ向かう道中、既に見知った男が待ち構えていた。
「セネシオか」
「おや。随分元気がないけど、何かあったの?」
「別に何もないよ。……そうそう、ディレニアでは世話になったね。まだお礼してなかった―」
「やあ、ハーディ。今日も綺麗だね。明日はもっと綺麗になっているんだろうな」
「……おいっ、わたしに話振っておいて結局目当てはハーディかよ!」
「ごめんごめん。つい美しい方に目が奪われてしまって」
「ケンカ売ってんのか、コラ」
「お〜、怖。ご機嫌もかなり斜めだ。……あれ? そういえばヨーマがいないね。別行動?」
「……」
一瞬で場が凍り付く。
「……セネシオ。悪いが用事がないなら帰ってくれ」
ファーグスが突き放すように言う。
「あれ? 僕、何か悪いこと言ったかな。今日はみんな様子が変だね。触らぬ神に祟りなし。退散することにしよう。―そうだ。ヨーマなら今朝、あっちの山の方に行くのを見たよ。じゃあ、またね〜」
「えっ!?」
セネシオは風を巻いて消えた。しかし、リリアムの意識は既にセネシオにはない。彼が言い残したヨーマの向かった山というのが、まさにワイバーンの棲む山だったからだ。
リリアムは無意識に走り出していた。頂上につくと息が切れてしばらく動けない。山と言ってもランタナが住んでいる山と大して変わらない高さだが、それでも坂道を登ってきたのだ。
頂上は開けていた。上空ではワイバーンの群れが騒いでいる。侵入者にとっくに気がついているようだ。しかし。
そこには誰もいなかった。リリアムが期待した人の影すら見いだせなかった。
―そりゃ、そうよね。都合よく会えるわけないよ。
もうどこか遠くへ行ってしまったのかもしれない。考えてみればアーケルをパーティーにしばる理由など初めからないのだ。たまたまリリアムの召喚に応えただけで、アーケルにしてみれば他のパーティーでも一向に構わないだろう。そもそも結婚の約束などしていないのだから。
リリアムは何かを振り払うように目元を強く拭った。そしてロッドを取り出す。
「ハーディ、フィール。行くよ。―召喚! ヴェズルフェルニル!」
ヴェズルフェルニルは巨大な翼で羽ばたき、大空へ舞い上がった。そのままワイバーンの群れへと突っ込んでいった。