夢物語はディナーのあとで
「いやあ、やっぱり温かいものはサイコーだねえ〜」
リリアムはパンプキンシチューをすすりながら、愉悦のため息をつく。テーブルには他にも極上の牛ヒレ肉ステーキやらサラダやらイチゴケーキやらが並んでいる。
「ヨーマ、あなたも好きなだけ食べていいよ。ここはわたしの奢りだから。あっ、でもイチゴケーキはわたしのだからね。わたし、イチゴケーキ大好きなんだ」
「現金なやつだな。ひとのこと散々悪魔呼ばわりしておいて」
アーケルはパンを片手に、幸せそうなリリアムを呆れながら眺める。
「現金を手に入れただけにね。なんちって」
「……」
「はいはい、わたしが悪うございました」
「相当浮かれてるな」
「そりゃそうよ。金メダルなんか2つよ2つ。ベヒーモスがもう一体いたのね。他にも銀メダルが7個でしょ〜、銅メダルが18個でしょ〜、当分お金には困らないわ」
「ここに来る前に寄った変な店でメダルを交換したあれか」
「店じゃなくて、冒険者ギルドね。わたしたち冒険者が必ずお世話になるところよ。メダルの買い取り、冒険者ランクの管理、魔獣討伐の斡旋とかもやってるわね―あっ、すみませーん、追加で肉だんご入りスープください」
通りかかった店員に声をかけるリリアム。
「こうやって美味しいものを食べられるのもメダルを手に入れたおかげよ。ヨーマのあの『爆』とかいうやつ? あれいいよね〜。またお願いね、魔獣の多そうなとこ探してさ」
「……このお金というやつは何とでも交換できるのか?」
アーケルはリリアムから取り分だと渡された金貨をこねくり回す。
「金額に見合うものならね。ていうか、妖魔の世界にはお金ってないの?」
「オレのいた世界にお金はなかった」
「じゃあ、どうやって欲しいものを出にいれるのよ?」
「力だ。力さえあれば手に入る」
「……それって強盗だろ。人としてやっちゃいけないことだよ」
「妖魔は食うか食われるかの世界だ。弱いやつから死んでいく。強いやつは欲しいものをすべて手に入れられる」
「殺伐とした世界だね。わたしはやだな」
「嫌とかそういう問題ではない。お互いに正当な力の行使の結果だ。オレも負ければ奪われる。もちろんオレは今まで一度も負けたことはないがな」
「……ヨーマ。言っておくけど人間の世界でその正当な力の行使とかいうの、やらないでよ」
「人間というのは随分と呑気なんだな。今この時にも魔獣に襲われるかもしれないというのに」
「その時はその時よ。楽しむ時は楽しまなくちゃ。ヨーマだってそんなつまらなそうな顔してないでさ、もっと食べなよ。好きな食べ物とかないの?」
「食べられればなんでもいい。選べるような環境ではなかったから」
「ヨーマのいた世界って、殺伐な上に食べ物もろくにないほど貧しいの? ますますやだなー」
「……リリアム。さっきから気になっているんだが」
「なあに?」
「リリアムが呼んでいるそのヨーマってのは何だ?」
「何って、あなたのあだ名よ」
「あだ名?」
「そう。あなた妖魔なんでしょ、だからヨーマ」
「……単純なネーミングだな」
「なんで〜? わかりやすくていいじゃない。ヨーマもわたしのことリリーって呼んでいいよ」
「はいっ! お待ちっ!」
店員がスープを持ってきた。
「ありがとう。ここ、肉料理が美味しいですね」
「そりゃそうよ。このサラカ地方は畜産が盛んだからね。ここに来たらやっぱり肉料理を食べなきゃ。それを目当てに来るお客さんも多いと思うよ」
まだ夕食には早い夕方にも関わらず、食堂は混んでいた。冒険者ギルドでメダルを換金した後、なにはともあれ目についた食堂に飛び込んだのだ。どうやら当たりの店だったらしい。
「お嬢ちゃんたちは観光かい?」
「いえ、冒険者パーティーなんです」
「あらそう。冒険者には見えないわね〜」
気の良さそうな店員のおばさんは、興味深げにリリアムとアーケルを見比べる。
ひとりは少し癖っ毛の赤毛に蒼い目をしており、黙って座っていればまるで王侯貴族の姫君のような気品溢れる顔立ちをした美少女。かたやスラッとした長身で紫色の髪と瞳をしたイケメン…イケメンを通り越して美しいとさえ言える彫像のように整った顔の美青年。
傍目には若い美男美女カップルが観光旅行しているように見えるのだろう。
「サラカには家畜を狙って多くの魔獣が集まってくるからね。頑張って倒しておくれよ、冒険者さん。うちはこの界隈じゃ一番の味自慢の店だから、うちの肉料理を食べれば魔獣なんか怖くないさ」
さり気なく店の宣伝をして注文に呼ばれたテーブルへと去っていく。少なくとも人間の商魂はたくましい。
アーケルが倒したベヒーモスも、ここサラカ地方の家畜を狙ってきた魔獣の一つなのかもしれない。
「……ところでリリアム。いや、リリーだったか。肝心なことを聞いていないんだが」
ステーキをあっという間に平らげ、スープに取り掛かるリリアムをしばらく黙って眺めていたアーケル。思い出したように言う。
「お前の望みはなんだ?」
「望みって、どういう意味?」
「召喚契約の条件だよ。リリーの望みがかなったらオレと結婚するんだろう?」
「ぶっ…!」
口に入れたばかりのスープを吹き出すリリアム。
「ゲホッゲホッ…! おいっ、ヨーマ! 急に変なこと…ゲホッ…言うんじゃねぇよ、殺すぞ!」
「変なこと? 大事なことだろう。オレたちは婚約している訳だし。将来に関わることだ」
「勝手に婚約を決めるな。わたしは承知してねぇぞ。第一、お前が最強を証明するほうが先だろうが、ボケがっ」
リリアムの両頬がまたその髪と同じ色に染め上がる。
「まあ、結婚の話はともかくとして、望みは教えろ。この先の旅に関わる話だ」
「も、もちろん、わたしは召喚士だから…」
跳ね上がった心臓はまだ元に戻らない。
「目指すは世界最高の大召喚士になることさ」
―まあ、目的は他にもあるけど…。
リリアムは小さく独り言ちた。しかし、アーケルには聞こえなかったようだ。
「リリーの父上ブラシカは大召喚士だったな。父上の後を継ぎたいわけか」
「……お父さまがブラシカだって、よく知ってるね? わたし、一言も言ってないよね?」
「初めて会った神殿で自分から言っていただろう」
「そうだっけ?」
「大召喚士はどうやったらなれる?」
「どうって…そりゃ、魔獣をたくさん倒して地道に召喚士ランクを上げていくしかないわね」
「そういえば、冒険者ギルドだったか、そこの女が金メダル二つでリリーのランクが一つ上がったとか言っていたな」
「そうよ〜。これでわたし召喚士ランクDになったのよ〜」
「では次に金メダル二つ持っていけば大召喚士になれるのか」
「なれるワケないでしょーよ。順番があるの。Dの次はC。Cの次はBってね」
「そんなにまだ先があるのか。お前、やっぱり相当弱いんだな。大召喚士になるなど夢物語ではないか」
「夢物語じゃねえよ、クソがっ。わたしは絶対になるんだ」
―絶対に大召喚士になって、そして…。
『リリー。召喚士になれ。そして将来、大召喚士になってくれ。俺の代わりに夢を叶えてくれよ』
―お父さま…。
「……なんだとっ、もういっぺん言ってみろ!」
追憶の海に浸りかけたとき、店の奥のテーブルから怒鳴り声が聞こえてきた。
「何だろ…?」
リリアムがアーケルの肩越しに視線を向ける。つられてアーケルも振り返った。
男が二人睨み合っている。すると、一人が相手の胸ぐらをつかんで殴り倒した。ぶつかったテーブルが料理の皿ごと派手な音を立ててひっくり反る。
「ケンカか…」
アーケルが興味を無くし元の姿勢に戻ろうとした時、視界の隅を影が駆け抜けていった。
「リリー…?」
リリアムが風になった。
「おいっ、ケンカなんかすんじゃねえよ! ここはみんなが美味しくご飯を頂くとこだぞ!」
「なんだ、てめぇーは? 関係ねぇーやつはすっこんでろ!」
「せっかくの料理が台無しだろうがっ! このトサカ頭っ!」
「何だと!? このクソアマ、俺とやろうってのかっ!」
「ふざけるのは顔だけにしろ!」
「やれやれ…」
アーケルは面倒くさそうに立ち上がった。頭を振りながら、パーティーリーダーを救うべく喧騒の中心へと向かっていった。