紡ぐ縁
「廖疾だけじゃない。禍乱というやつも一緒に襲ってきた」
「それも渾沌五指仙?」
「やつらはそう名乗った。渾沌の5本の指から生まれたのだそうだ。その当時はまだ大して強くはなかったけど、なにしろ廖疾は本体がもやみたいなやつで、あたいの剣が通用しねぇんだよ」
リリアムは、ガレオラが豹変するときの青白いもやのようなものを思い出した。
「廖疾にはこだわりがあってな、王家の人間の身体を奪いたがる。貴人の血は魔力を高めるんだとよ」
「それでガレオラの身体を乗っ取ったんだ」
「お陰であたいの剣も効果があるわけだ。確実に王族が一人犠牲になるけど、王族なんかあたいは知ったこっちゃないから、ぶった斬るだけだ」
「……」
「その点、禍乱は本体がある分闘いやすかった。ただ、両手剣を使う強敵だったよ。見た目は少年のようなやつだったが」
「五指仙、ってことは、他にまだ3ついるんですよね?」
「だろうな。あたいが知ってるのはその2つだけだが」
「そういえば、ヨーマも廖疾のこと知ってるふうだったよね、それも文献?」
思い出したようにリリアムはアーケルに問いかける。
「……そうだ。五指仙のことは知っていた」
「ほかの3つも?」
「統骸、大凶、謀逆、という。ただし、文献には魔王五指仙と書かれている」
「魔王? この世界に魔王なんていないよ。文献が間違ってるんじゃない?」
「もしくは渾沌がいつか魔王になるか、だ」
「えっ!?」
「面白いことを言うな、ヨーマ。確かにあり得ないことじゃない」
ランタナがアーケルの言葉を引き継ぐ。
「何らかの理由で渾沌が魔王と化してもおかしくはない。やつの召喚能力はハンパじゃないぞ。召喚獣だけじゃなくて魔獣も無限に生み出せるとしたら、まさに魔王の所業だ」
「だとしてもオレたちのやることに変わりはない」
アーケルが宣言するように言った。
「渾沌を倒す。そうすれば魔王も存在しない。リリー、改めて約束しよう。オレは渾沌を倒すことに全力を傾けて協力する。リリーの敵討ちを必ず果たさせてやるよ。この生命にかけてな」
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山を降りたリリアムたちは、王都へ戻ってきた。荷物をジムナスター亭に置きっぱなしにしてあったからだ。
「……あ、お帰りなさい、リリーさん」
お店に入ると、セリッサとファーグスが話をしているところだった。
「セル…ごめんっ!」
セリッサの顔を見るないやな、リリアムはいきなり抱きついて謝った。
「せっかく貸してくれたドレス、汚しちゃったの。ホント、ごめん」
「そのことですか。それなら大丈夫ですよ」
「ううん、ちっとも大丈夫じゃない。必ず弁償するから」
「だから、もう代わりのドレスは頂いたんですよ、ファーグスさまから」
「えっ!?」
ファーグスを見ると照れたように頭をかいて横を向いている。
「ありがとう! ファーグス」
今度はファーグスに抱きつく。
「ち、ちょっと、やめろ…」
慌てたように両手を振り回す。
「今回のことは俺の責任だ。何の関係もないあんたらを巻き込んじまって、こっちこそ本当に申し訳ない」
「いいんだよ。友だちのピンチはわたしたちのピンチでもあるんだしさ」
「友だち…」
「ファーグス。気に病むことないよ」
ハーデンベルギアが口を挟む。
「リリーはね、揉め事が大好きなんだよ。呼ばれもしないのに自分から首を突っ込むのが趣味なんだ」
「……その言い方、なんかトゲない?」
「いい得て妙だな。リリーのお節介はある意味病気だ」
「……ヨーマも、なんかヒドくない?」
「ふふふっ」
「はははっ」
セリッサとファーグスは同時に笑い転げる。
「なんなの、みんなして。わたしをバカにしてるでしょ」
「そんなことありませんよ」
セリッサは涙をぬぐいながら言う。
「リリーさんはみんなに愛されているんです」
「……セル。そう、はっきり正面から言わないでよ。恥ずかしいからっ」
リリアムは両手で頬を押さえる。
「セリッサさん。ファーグスさん。この度はお世話になりました」
ハーデンベルギアは丁寧に頭を下げた。
「あたしたち、これから旅に出ることにしましたので、ご挨拶に伺いました」
「あら、そうなんですか。せっかく仲良くなれたのに。寂しくなります」
セリッサはハーデンベルギアの頭を撫でた。
「どちらへ行かれるのですか」
「ユーストマへ」
「だいぶ遠いな。ここから二つ三つ先の国じゃねえか」
ファーグスは少し遠い目をする。
それもそのはず。ユーストマとは、北の有力国レスペデーザの東へ二つ先に行った国である。
しかし、どうしても行かなくてはならない。ある人物に会うために。それは、ランタナの一言から始まった。
〜
『渾沌のことを詳しく知りたければ、あたいよりもっと適任者がいる』
『……適任者?』
『カリカルパさ』
『えっ!? お父さまはカリカルパさんも亡くなったって…』
『ブラシカのやつ、どうしてもあたいたちメンバーを殺したいらしい』
ランタナは苦笑いを浮かべた。
『カリカルパは生きてる。60近いオバさんだがな。まだまだ元気だよ。あいつは魔導師だ。魔法はあいつのほうが詳しい。渾沌のことも』
『どちらにいらっしゃるのですか。ぜひ会いたいです!』
『ユーストマ』
『ユーストマ…ちょっと遠いですね。―でも、わたし行きます』
『そうするといい。―そうそう、道中はスピラエを頼れ』
『スピラエさん…?』
『やつはブラシカパーティー第四のメンバーなのさ』
『えっ!? ブラシカパーティーは三人のはずじゃ…』
『と、世間では通ってるな。でも、本当は四人なのさ。もっとも常時いたわけじゃない。必要に応じてパーティーを組んでいた。やつは諜報活動に長じているから、なにかと便利でな』
『それでスピラエさん、ランタナさんのこと知ってたんですね』
『そういうことだ』
『……一つ聞いてもいいですか』
『なんだ?』
『ランタナさんはお父さまのこと…愛してらしたのですか?』
『……どうだろうな。ブラシカはブルンフェルシアの王女を選んだ。それでいいんじゃないか』
『そう…ですか。……あの、ランタナさん。もう一つだけ、お願いがあるんですが』
『今度はなんだ』
『わたしたちのパーティーに入ってもらえませんか』
『……』
『パーティーに前衛がいると助かることも多いと思うんです。わたしたちに足りないのは剣士だから…』
『あたいがうってつけ、というわけか』
『渾沌のことも五指仙のこともご存じだし、どうか助けてほしいんです』
『……やめておこう』
『え…』
『あたいももう40代だし、長旅は身体にこたえる。なにより、この旅はリリーたちの旅だろ? あたいの出る幕じゃねえよ』
『でも…』
『あたいたちにはあたいたちの旅があった。苦しいことも悲しいこともあったけど、それ以上にとても楽しくて輝いていて…何物にも代え難い宝物のような旅だった』
『ランタナさん…』
『お前たちにもお前たちだけの旅がある。思いっきり楽しんでこい! それで渾沌を倒したら、必ず戻って来るんだぞ。約束だからな、忘れるなよ』
〜
「……だから、カリカルパさんに会うために、ユーストマへ行くんだ」
「そうか。きっと長い旅路になるんだろうな。身体だけは大事にしろよ」
「なに他人事みたいに言ってるんだ、ファーグス。お前も一緒に行くんだよ」
「はあっ!? リリー、ふざけたことをぬかすな」
「わたしたちには剣士が必要だ。お前がピッタリだから特別に連れてってやる」
「冗談…じゃ、なさそうだな」
「わたしは本気だよ」
「もしかして師匠の入れ知恵か?」
「……バレたか。でもファーグスに来てほしい気持ちはウソじゃない」
「誘ってくれるのは嬉しい…けど、ごめん」
「……」
「まだこの国でやることがある。サリックスを助けてやりたいし、父上にも寄り添っていたい。町のみんなを守ってやりたい。俺にしかできないことがたくさんあるんだよ」
「そう…なら、仕方ない。大事な王子さまを引き抜いちゃ、セルにも恨まれるしね」
「わたしは別に…恨むなんて…」
「ほんと、すまん。リリーたちを助けたい気持ちも正直あるんだ。でも…」
「うん。わかってる。いいんだ。―さあ、この話は終わり。セル、荷物預けっぱなしでごめんね〜」
こうしてリリアムたちは、ジムナスター亭を出発した。セリッサは名残惜しそうにいつまでも手を振って見送ってくれた。
「リリーにしては、ずいぶんあっさり引き下がったな」
「なんのこと?」
「とぼけるな。ファーグスのことに決まってるだろう。お前のことだから、半ば強引に連れて行くのかと思っていた」
「……縁、ってさ、不思議だよね」
「は…?」
「ヨーマに会ったのも縁。ハーディに会ったのも縁。みんな縁で繋がってる。ファーグスとも繋がってる気がするんだ」
「……」
「その縁は今がタイミングじゃなかったのかも。でも、いつか将来、必ずわたしたちと繋がると思ってるから。だから急がないし無理強いもしない」
「お前も少しは大人になったということか」
「偉そうに。年下に言われたくないわね」
「オレは既に成人している。成人していないお前のほうこそ子どもだろう」
「それって、インチキじゃない? ただの儀式じゃないの」
「インチキとはなんだ。事実しか言っていない」
「はいはい。二人とも充分子どもですよ」
「「ハーディが言うな!」」
同時に突っ込む二人。ハーデンベルギアは笑顔で二人の手を握った。
「あたしの大事なお姉さまとお兄さま。ちゃんとあたしがユーストマまで連れて行ってあげるからね」
「……ハーディには敵わないわね」
「……ハーディ。そのお兄さまというのはやめてくれないか」
「そうだ! お兄さま、っていうのはいったい何のことなの? わたしにも教えてよ」
「あたし、よくわからない」
「……都合が悪くなるとわからないフリするのやめなさい」
「―おーい」
そのとき、後ろから聞き慣れた声が追いかけてきた。
「……ファーグス!?」
それはファーグスだった。旅の装いをしている。
「とうしたの? その格好…」
「俺をパーティーに加えてくれないか?」
「えっ!? 急にどうして…」
「いや、それが…」
ファーグスによると、リリアムたちが出立したすぐ後にサリックスがジムナスター亭を訪れたのだそうだ。
どうやらランタナが手を回したらしく、ファーグスをリリアムパーティーに参加させるようサリックスに依頼があったのだという。
「国のことはサリックスと父上二人で大丈夫だってよ。俺はいらねえと言われちまった」
「ランタナさんもサリックスもすべてお見通しってことね」
「それにサリックスからは役目を言いつけられてな。忠実なる臣下としては次期国王の命令に逆らえない」
「役目?」
「サリックスからハーディに伝言がある」
「えっ、あたしに…?」
「僕は国を空けることができない。代わりに敬愛する兄上をレディ・ハーデンベルギアの剣士として派遣する。どうか僕と思って好きなように使ってくれ。くれぐれも身体には気を付けて。無事の帰国を待っている。愛する僕のハーディへ、君の剣士より。……以上だ」
一瞬の沈黙の後。
「キャーッ、ハーディ! 素敵! 愛する僕のハーディですって、もうこの子ったら男たらしなんだからっ」
リリアムはハーデンベルギアを揉みくちゃにした。当のハーデンベルギアは俯いた顔を真っ赤にさせてリリアムの好きにさせている。
「……というわけなんで、俺はサリックスの代わりにハーディのナイト役をやらなくちゃならなくなった。悪いんだが、パーティーに入れてもらえないか」
「いいも悪いもないよ。こっちは初めからお願いしてるんだから」
「すまねえな。こんなことになっちまって、俺が一番戸惑ってるんだよ」
「これからよろしくね。あたしの代役ナイトさん」
「たははは。よろしくな、ハーディ姫君」
「……リリー」
ファーグスとハーデンベルギアを横目にアーケルがリリアムに耳打ちする。
「お前の言う縁とやらは、想像以上に早くファーグスと繋がったな」
リリアムはアーケルを見つめ返し、目を輝かせて言うのであった。
「わたしはこうなることは初めから分かってたから。これでわたしたち、無敵のパーティーよ。渾沌なんかこてんぱんにやっつけてやるんだから」
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「……ファーグスは行ったか」
「はい、陛下」
王宮のカランサ王の執務室。王の前にひざまずくのは、スピラエだった。王の傍らには片時も離れないシリンガが控えている。
「しかし驚いたな。あの娘がブルンフェルシアの王女だったとは」
「正式にはブルンフェルシア国王の姉君は降嫁しておりますので、リリアムさまは王女ではございません」
「細かいことはよい。血脈は王家の姫君に違いないのだ」
「はい」
「これでファーグスが王女を妃として連れ帰れば、影響は大きいぞ。ブルンフェルシアと血縁で結ばれることになるのだからな」
「御意」
「ブルンフェルシアとは事実上の同盟となりますな、陛下」
シリンガが言う。
「うむ。他国との関係も変化が起きよう。―スピラエよ」
「は」
「王女を守れ。ファーグスがついているから滅多なことにはならんだろうが、念には念を入れよ」
「ランタナからも協力依頼が来ております。自然な形で配下を周りに散らせます。微力ながら我が息子もリリアムさまのお側に向かわせました」
「あの変わり者をか。よく承知したな」
「ハーデンベルギアさまに興味を示しましたので」
「王女についている竜人とかいう少女のことだな。なんでもサリックスが執心と聞いたぞ」
「そのこともあって、余計会う気になったようです」
「スピラエ。お互い、息子には苦労するな」
「ははっ。恐悦至極にございます」
「時は確実に回っているのだな。これからは若い者たちの時代になるのだろう」
カランサは目を宙に向けた。その様子はまだ壮年の歳なのにひどく老いて見えた。