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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第二章 花の都の陰謀
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和解〜そして破壊

残されたリリアムとアーケルはお互い目を合わせようとせず、沈黙の応酬を繰り広げていた。


―気まずい…めっちゃ気まずい!


何か言葉にしたいが喉にひっかかって出てこない。


―どうしたらいいの。ハーディめ、後でお説教してやる。


時間ばかりが過ぎていく。


「……行くぞ」


アーケルは短く言うと、リリアムがついてきているかも確認せずずんずん歩いていく。


リリアムはアーケルの背中を見ながらとぼとぼと歩き出した。


「……」


また無言が支配する。


途中、衛兵が接近してきたがとっさにアーケルがリリアムの腕を取って物陰に隠れた。


アーケルはリリアムを背中にかばってやり過ごす。リリアムは目の前の高い背中に触れようとして思いとどまる。心臓が跳ね回っている。


周りに衛兵がいないことを確認すると、再び無言で歩き出した。前庭と同様広大な裏庭へ出て西の塔へ向かう。既に空はしらみはじめている。夜明けが近い。


―もう耐えられない!


重い沈黙に我慢できなくなったリリアムは意を決してアーケルに声をかけた。


「……ねえ、アーケル。あのさ―」


「……すまなかった」


「えっ?」


「せっかくリリーが選んでくれた贈り物を拒絶してしまって。傷つけるつもりはなかった」


「うん…」


「リリーがくれるものはなんだって嬉しい。喜んで受け取る。本当だ。でも、あれだけはダメなんだ」


「……どうしてよ。何であのペンダントだけはダメなの」


「それは言えない」


「そんなの納得できないよ。そりゃ、タダで貰ったものだから、気に入らなかったんだろうけど。いっそ、気に入らないからいらないって、はっきり言ってもらったほうがスッキリする」


「気に入るとか入らないとかそういうことではないんだ」


アーケルは右手の中指をまさぐった。


「だったら何だって言うの? 言っておくけど、あのペンダントに深い意味はないんだからね。別にあなたのことをどうとかじゃなくて、ただあなたに似合うかなと思っただけで」


「その気持ちは嬉しい」


「……!」


―今のセリフ、相手をフるときの決まり文句じゃないの。


リリアムの視界が溢れるものでぼやけた。


「……そう。わかった。もういいよ。その右手の指輪、よく触ってるよね。気づいてないと思ってた? どうせ前の世界でカノジョから貰ったんでしょ」


「いや、これは…」


「言い訳なんか聞きたくないっ! 結局わたしのことなんて何とも思ってなかったんだ」


「なぜそうなる。お前のことは誰よりも大切な女性だと思っている」


「いいかげんなこと言わないでっ。結婚がどうとかだって、からかって喜んでただけなんでしょ。どうせわたしなんか―!?」


ふいにアーケルがリリアムの肩を掴んだ。


「どうしてわからない? オレはそんな適当な()()ではない。この指輪を気にしているようだが、妹から貰ったものだ」


「えっ!? 妹さん?」


「オレはずっとお前だけを見てきた。初めて会ったときからずっと。リリアムはオレにとってただ一人のお姫さまだから」


「……!」


「オレは―オレは…リリアムのことがす―」


「そこで何をやっている!」


衛兵がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。それはそうだろう、若いカップルが喧嘩しているのかいちゃついているのかよくわからない言い争いをしているのだ。不審に思って当然である。


「まずい! どうしよう、衛兵とは闘えないし逃げるところもないし―」


リリアムは珍しく逡巡した。頭がぽうっとして何も考えられない。


「逃げはしないさ、リリー。オレたちは前に進むんだ」


そういうと、アーケルはリリアムを抱き上げた。


「きゃっ! な、何するの―」


「翔」


アーケルは空に飛び上がった。そのまま高く高く飛翔していく。


―ああ。またアーケルの腕の中なんだ…。


しびれたようになって呼吸すらするのを忘れそうだ。


―アーケルは、何を言いかけたのかな。


答えは既に知っているような気がした。いや、聞く前から知っていたと思う。でも、アーケルの口からはっきり聞きたいと強く思った。


アーケルは西の塔の最上階まで飛ぶと、大きく唱えた。


「壊!」


激しい爆発音が響き渡り、最上階の天井と壁の一部が崩落した。小さな瓦礫がパラパラと落ちてくる中を着地する。


「―ケホッケホッ。ダメだよ、ヨーマ。ドアからちゃんと入らないと。行儀悪いよ。ケホッ」


リリアムは舞い上がるホコリを手で払う。


「そうだな。いっそ塔ごと吹きとばしてしまえば良かったか」


「絶対にそんなことしないでね」


ホコリが落ち着くと、部屋の状況が見て取れるようになった。


崩落した天井の一部が瓦礫となって出入り口とおぼしき鉄のドアをふさいでいる。おそらく、アーケルが狙ってやったのだろう。部屋の外では衛兵たちがうろたえ騒いでいるのがわかる。


そして。壁の崩落から免れたところに人がいた。


鎖や足枷で自由を奪われたファーグスの首に、ガレオラが剣を当てていた。刃が少し触れているのだろう、血がにじんでいた。口の周りにも乾いた血がこびりついている。


「ファーグス。生きてる?」


リリアムの呼び掛けに言葉にならない唸り声が応えた。


「せっかくファーグス兄上と楽しく会話をしていたのに、部外者が邪魔をしないでほしいな」


「ガレオラ。抵抗できないものを痛めつけて楽しいか?」


「とても楽しいね。―動くとファーグスを殺すぞ」


「動かなくたって殺すつもりでしょーよ。言っておくけど、お前、とっくに死んでるんだからな」


「何を言ってる?」


「ヨーマがこの部屋に入った時点でお前の敗けが確定したっつってんだよ」


「下手な冗談は通じないぞ」


「ファーグスの弟だから猶予与えてやってんだ。大人しく降参しろ。そうしたらファーグスに免じて命だけは助けてやる」


「たかが賤民の小娘の分際で私に命令するか。王となるこの私に」


「お前は王にはなれないよ」


「賤民ごときに言われる筋合いはない。茶番はここまでだ。ファーグスの命が惜しければ私を地上に降ろせ。無傷でだ。そっちの魔法使いならできるのだろう?」


「何だ、まだファーグスを人質にとったつもりでいたのか。おめでたいやつだ」


「動くなと言っている。本当にファーグスを殺すぞ」


「ヨーマ。腕を斬れ」


「斬」


「うがーっ!?」


ガレオラの右腕が握った剣ごと宙を舞った。鮮血がほとばしる。


「ファーグス! 大丈夫か?」


ガレオラが苦痛で転げ回る隙にリリアムはファーグスを助け起こした。


「しっかりしろ」


「ガ…ラ…」


「しゃべらなくていい」


「助け…ガ―」


「何だって?」


必死に何かを伝えようとしているファーグスのために、リリアムは耳を口元に近付けた。


「ガレ…オラを…助けて…やっ…てくれ」


「お前、こんな目に合わされてまだ弟の心配をするのか。お人好しなやつだなあ。―ヨーマ」


リリアムは呆れて一つ頭を振ると、アーケルを振り返った。


「そういうことだから、弟くんはほっといて、わたしたちは下に降りよう」


「待て。その弟の様子がおかしい」


アーケルは監視するようにガレオラをじっと見つめていた。さっきまで苦痛でのたうち回っていたはずが、今は動きを止めて何やらぶつぶつつぶやいている。


「……やめろ、勝手に中に入ってくるな…私に…」


ガレオラの身体が青白いもやのようなもので包まれ始める。


「や…めろ、廖…」


「……!」


突然ガレオラの身体が青白く発光するやいなや、衝撃波がアーケルを襲った!


アーケルは吹き飛ばされ、激しく壁に打ち付けられる。


「アーケル!」


リリアムは悲鳴を上げた。


「ついに手に入れました」


ガレオラの容姿が一変していた。全身は青く変色し、顔には黒い痣のようなものが浮き出していた。目は闇のように黒く、口からは二本の鋭い牙がのぞいている。


「高貴なる血は我が物となりました!」


ガレオラは歓喜に打ち震えた。


「……ガレオラ!? いったいどうしちゃったの…?」


ガレオラから禍々しい瘴気が立ち昇る。人としての気配がまるで感じられない。


「雑魚ですね」


ガレオラの黒い目がリリアムを見据えた。


「せっかくですから、体慣らしに試し打ちでもしましょうか」


ガレオラがリリアムに向けて左腕を伸ばしたせつな。


「斬」


左腕が飛んだ。


「斬」


続けて青い首が跳ね飛ばされた。


「アーケル! 無事だったのね!」


アーケルは澄ました顔で服についた埃を払っている。


「この程度でやられはしない」


「……あなたは変わった魔法を使うのですね」


「えっ!?」


驚いてガレオラの首に目を向けたリリアムは、我が目を疑った。それは笑いながら空中に浮いていたのだ。


「あなたとは遊び甲斐がありそうです」


首と左腕から青白いもやが吹き出すと、胴体に引き寄せられ元に戻った。


「リリー、離れろ! こいつはもうガレオラじゃない」


「当たり前でしょ、生首がしゃべってる時点で人間じゃないよ」


急いで離れようとリリアムはファーグスを引きずってもがく。しかし身体が重くて思うように動けない。


「あなたの名前を聞いてあげましょう。おお、まず自分の名を先に名乗るのが人間の礼儀でしたね。私の名は廖疾(りょうしつ)といいます」


「廖疾だと!?」


めったに驚かないアーケルが驚愕で目を見開いた。


「そんなバカな…。あり得ない。こんなところに廖疾がいるはずが…」


「おや、私のことをご存知なのかな? それほど有名とは知りませんでした」


「……壊!」


問答無用で、アーケルは魔法を唱えた。


「プラエフェクトゥス!」


廖疾も魔法を唱えると激しい爆発が起こった。衝撃波が四方へ飛び、リリアムたちにも襲いかかった。しかし、アーケルの防御魔法でリリアムたちはかすり傷一つない。


「ヨーマの魔法が跳ね返された!?」


初めて見る事態にリリアムは絶句する。それはそうだろう、これまで一撃で魔獣を屠ってきたアーケルの魔法が通用しなかったのだ。


「なるほど、あなたの魔法はどの属性にも属していないのですね」


廖疾は感心したように言う。


「どこでその魔法を習得したのですか。この世界の魔法体系には組みこまれていないものですよ」


「お前に教える義理などない」


「そう仰らずに」


「ふざけるな。―圧!」


空間ごと廖疾が押し潰される。


「プラエフェクトゥス!」


また空間が爆発した。


衝撃でリリアムたちの足元の床に亀裂が走った。


「えっ…?」


一瞬で床が崩壊しリリアムとファーグスは部屋の外へ投げ出された。そして、そのまま地上へと落下していった。

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