花の都の恋祭り
「あなたたちってマジでホンモノの底抜けバカなんだね〜」
すっかり日が暮れた王都パルナスへの帰り道。リリアムは一人上機嫌だった。
「いや〜、そこまでバカだったとはわたしも迂闊だったよ」
「……リリー、機嫌がいいな」
ファーグスがこっそりアーケルにささやく。まだ脚がしびれてうまく歩けない。
「やっぱアレかな、忠実に正座してたのが良かったのかな」
「だから言っただろう、脚をくずすのはお薦めしないと」
「アーケルの言うとおりだ。命拾いしたぜ」
「伊達に十日も一緒にいる訳じゃない。リリーの考えそうなことはだいたいわかる」
「さすがお大尽。これからもよろしく頼むぜ」
―この人たち、やっぱりゴブリン頭。
ハーデンベルギアはアーケルたちに白い目を向ける。
「こおら、バカども。なに二人だけでコソコソ話して―キャッ!」
リリアムは何かにぶつかり派手に転んだ。
「痛たたたっ。なんなの、いったい…」
見上げた先に佇むモノ。
「ま、魔獣!?」
「斬」
「アルブス・リクトル!」
アーケルとファーグスが同時に動いた。
魔獣の首が先に落ち、遅れて銅が両断される。アーケルの魔法は言うに及ばず、ファーグスの剣技も並外れた技量だった。地面を強く蹴り一瞬で間を詰めると瞬速のなぎ払いで魔獣の胴体を斬り裂いたのだ。
「怪我は無いか?」
尻もちをついたままのリリアムにアーケルが手を差し伸べた。
「……ありがとう」
心なしか頬を赤らめながら立ち上がった。
「ヨーマ…?」
アーケルはリリアムの手を離さない。紫色の瞳がじっと見つめてくる。一瞬で頬が赤い髪と同じ色になる。
「な、なんだよ、ボケがっ。手ェ離せよ…」
「リリー、変だよ」
「ハ、ハーディ! わ、わたしはヘンじゃないよ、ア、アーケルのボケがヘンなん…」
「見て。メダルがないよ」
「えっ!?」
ハーデンベルギアは魔獣の消えた跡を指差す。確かに必ず落とすはずのメダルがない。
「な、なんだ。そっちの事か…って、違う違う。―ハーディの言うとおり変だね」
必要以上に首を捻るリリアム。照れ隠しなのだろう。
「こんな王都近くに魔獣が現れるなんて珍しいな」
リリーたちが幕間を繰り広げていたことを知ってか知らずか、ファーグスはリリアムとは違って深刻な顔で首を捻る。
「最近の魔獣は人里によく現れるっていうが、王都のような大都市にまで近付くのはめったにないはずなんだ」
この時代、町すべてを覆うような広範囲の防御魔法はまだ開発されていない。魔獣でも町を襲うことはできるが、人口の多い町ほど軍のような迎撃体制が整っている。魔獣もそのことはわかっているので大きな町には近付こうとしないのだ。
「それに今の魔獣。手応えがなさ過ぎる」
「お前もそう思うか、アーケル」
「オレは魔獣の生体エネルギーを離れた場所から感知できる。だが、今はリリーがぶつかるまで存在に気が付かなかった。まるで魂のない人形のような感じだった」
二人で頭を捻ったところで結論が出るはずもなく。もやもやしたまま城門へ着いた時だった。城門から出てきた騎馬数騎と行き合った。
「おや、兄上ではありませんか」
先頭の馬上から声が降ってきた。
「今夜も夜遊びですか。ほどほどにしてくださいよ。兄上の振る舞いは王家の恥、ひいては国の恥になるのですから」
「……ガレオラ。お前こそこんな夜に城外に出るとは珍しいじゃねえか」
「城外に魔獣が出たとの情報がありましてね、討伐に行く所です」
「魔獣ならついさっき倒した」
「……また先を越されましたか。いつも兄上は先に物事をこなしてしまう。私より早く生まれたというだけなのに」
「……」
「私は一回りしてきます。まだほかの魔獣が潜んでいるとも限りませんから。―兄上。庶民と交わるのも結構ですが」
馬上の男はリリアムたちを眺め回す。
「王宮にも顔を出してください。祝典も迫っていることですし。父上が寂しがっておられますよ」
「―ファーグス。あれ、誰?」
騎馬隊が去っていくとリリアムは怒り混じりの口調で尋ねる。
「なんか、イヤなやつだったね。嫌味っぽいこと言ってたけど、弟なんでしょ? 兄上って呼んでたし」
「第二王子のガレオラさ。お察しのとおり、あんまり仲は良くねえんだ。いろいろあってな。……そんなことより、町の様子を見てやってくれよ」
城門をくぐり王都へ入ると。昼とは景色が一変していた。
道という道に篝火がたかれ、街中に色とりどりの飾り付けがされていた。
建物の外壁やベランダはリボンや紙テープでさまざまな装飾が施されていた。バルーンやのぼりがあちこちに掲げられて、風もないのにはためいていた。魔法がかけられているのかそのすべてが淡く光をまとっていて、道の篝火との相乗効果でまち全体が光り輝いて見えた。
更に大通りのずっと奥、王宮前広場あたりは一段と眩いほどの明かりに包まれている。
「ずいぶんと華やかになったね〜」
「だろ? 昼間、まちのみんなが総出で飾り付けしたんだ」
「大きなお祭りでもあるの?」
「5日後に父上の在位30周年記念祝典が行われるのさ。王都はその5日前から前祝いの祝祭になる。ほんとは俺も手伝いたかったんだが、誰かのおかげで足止めくらっちまったから」
「それは…」
「いや、いいんだ。自業自得だし、そもそも王族の俺には手伝わしちゃくんないだろうし。それにしてもみんな頑張ったんだなあ。これでもまだ飾り付け半分なんだぜ」
「そうなの?」
「明日は町中に花を飾るんだ。ただの花じゃないぜ、デコレーションしたやつだとか、花細工したものだとか。町会ごとに花で人形や建物を作って品評し合う花合戦なんてイベントもやるんだ。パルナスは別名『花の都』って謳われるくらい鑑賞用の花の栽培が盛んだから」
「楽しそうだね」
「そりゃそうさ。王宮前広場、すげえ明るいだろ。サーカスが来てるんだ。今日から祝典の前日まで興行うつんだってよ。祝典の二日前からは花火大会も…」
「そうじゃなくて、お祭りも楽しいけど、ファーグス自身がさ、とっても楽しそうだよ」
「俺か…まあな。町のみんなが喜んでるのを見るとこっちも嬉しくなっちまうんだよな。それにこんな大きな祝典は10年ぶりだしよ。20周年祝典も華やかだったなあ。子ども心によく覚えてるよ」
「10年前か。ファーグスって今何歳なの?」
「21だ」
「そうなんだ」
―意外と若い。もっと上かと思ってた。
「リリーはいくつなんだ?」
「17歳だよ」
「年相応だな」
「どういう意味よ?」
「いやいや、深い意味はねえって。―アーケルはいくつだ。俺と同じくらいだろ?」
「誤魔化したな、ファーグス」
「オレは15だ」
「ええぇ〜〜っ!? 15歳ぃ?」
リリアムは思わず声が裏返る。
「わたしより年下かよ、マジか」
リリアムはアーケルの頭の上から足元までじろじろ眺め回す。
「妖魔って成長早いんだなあ〜。どう見てもわたしより年上にしか見えないんですけど。…ん? ちょっと待って。ヨーマお前、15のガキのくせに結婚だの婚約だのぬかしてたのか。ふざけやがってこのマセガキが」
「妖魔は15で成人だ。自分の意思で結婚もできる。不都合は何もない」
「こっちは18で成人なんだよ、一緒にすんな」
「お前ら、結婚の約束でもしてんのか」
「そうだ。オレたちは婚約している。渾沌を倒したら結婚する約束だ」
「ち、違うっ! アーケル、勝手に言いふらすんじゃねえよ。これには前提条件があってだな、アーケルが最強を証明してから…」
「リリーたち、結婚するんだね。とっても素敵。お似合いだよ」
「ハーディまで…ヤメてよ、わたし結婚なんて承知してないんだから」
髪と同じ色に染まった顔を両手で覆って身体を捻じっている様子は、言葉ほど否定しているようには見えなかった。
「……まあ、そのあたりは二人でよろしくやってもらうとして―」
「誰がよろしくだ、ファーグス。テキトーなこと言うと殺すぞ」
「ハーディちゃんはおいくつなのかな?」
既にリリアムの口の悪さには順応したファーグス。無視してハーデンベルギアに問いかける。
「今は11。5日後には12」
「えっ!? あなた5日後、誕生日なの?」
リリアムはまた驚きの声を上げる。
「そうだよ」
「大変! お誕生日祝いしなくちゃ。プレゼント! プレゼントも買わないと」
「いいよ、リリー。あたしなんかのためにお祝いしなくても」
「ダメよ、わたしがお祝いしたいの。あなたが気を遣うことない」
「プレゼント買うなら明日中にしたほうがいいぞ」
ファーグスが口を挟む。
「祝典の3日前から町の店はすべて休業に入って、お祭り一色になっちまう。その代わり屋台が大通りにずらっと出るけど、食い物屋がほとんどだからプレゼントには向かねえぞ」
「それなら、明日はお店巡りだね。何がいいかな〜、ハーディ欲しい物ないの? ―そうだ! ジムナスター亭にお願いしてご馳走作ってもらおう。お店も飾り付けしてもらってさ、それから―」
リリアムの一人はしゃぐ声が夜の王都にこだましていった。
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王都から少し離れた街道脇の森の中。月明かりも届かない闇に騎馬が一騎佇んでいた。
「廖疾。そこにいるのだろう?」
馬上の男が闇に問いかける。
「……殿下御自らおいでくださるとは恐悦至極」
闇から青白いもやが現れ人型を形作った。人型の顔には目も鼻も口もない。それは、騎馬の前で畏まった。
「おけ。例の木偶はあっさりファーグスに始末されてしまったではないか。本当に使えるのだろうな」
「無論でございます。あれはまだ起動前の偶然の事故。起動すれば殿下の手足となって働きましょう」
「そう願いたいものだな」
「第一王子の処理はいまだ苦戦されておられる御様子」
「ふん。ファーグスは愚かだが剣の腕だけは達人だ。すべて返り討ちに合ってはいる。だが、まだ手はある」
「祝典の際には立太子の儀が執り行われてしまいますぞ。陛下が第一王子をお選びになっては、殿下の大願も叶いますまい」
「第一王子などといっても、妾腹の子ではないか。私は王妃の子なるぞ。私こそ正統な後継者なのだ」
『……その目によく焼き付けておくのだ。母を殺したのはそなたの父である。……ファーグスめに決して玉座を渡してはならぬぞ』
馬上の男はギリッと奥歯を噛み締めた。
「ファーグスめは必ず排除してやるわ。父上にも私を認めさせてやる。どんな手を使ってでもな」
その時、青白い人型が発光した。その明かりに照らされて馬上の男の顔が闇に浮かび上った。
パルナッシア王国第二王子、ガレオラの憎悪に歪んだ顔を。