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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第二章 花の都の陰謀
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柳眉倒豎

「……よう、兄ちゃん。休んでるとこ済まねえな」


大いに盛り上がった一夜のバカ騒ぎのあと。リリアムたちは宿屋も兼ねているジムナスター亭の二階の客室に泊まることになった。


その深夜。大活躍のリリアムとハーデンベルギアは疲れたのかぐっすり眠っている。


アーケルはファーグスから密かに呼び出しを受け階下に降りてきたのである。


ファーグスは明かりがすべて落とされた暗い店内で、酒を片手に窓から夜の街を眺めていた。


「夜の街っていいと思わないか。人の思いやらしがらみやらを暗い底に沈めて、いっとき自分自身をすべてさらけ出せるような気がしてくる」


「オレに話があるのだろう? さっさと話せ」


「無粋な野郎だ。風情とか感傷とかないのか?」


「……」


「もっとも、無粋だからこそお姫さまの護衛にはもってこいか。感情に流されないのは必須の要件だ」


「何が言いたい?」


「あんたたちの目的が知りたい」


「目的? 何のことだ?」


「役目上シラを切るのはわかる。だがな、俺も一応一国の王子なんでな。隣国のお姫さまがお忍びで入国してきた以上、そのまま見過ごすって訳にはいかねえんだよ」


「その一国の王子が一人でこんなところにいていいのか? 暗殺者に狙われているようだし」


「こっちもいろいろ事情があってな。もしかしてブルンフェルシアの狙いはその当たりか?」


「お前は何か勘違いしている」


「兄ちゃんは…確かお姫さまにヨーマって呼ばれてたな」


「それはあだ名だ。本名はアーケルという」


「あだ名ね。コードネームの間違いじゃないのか?」


「うちのお姫さまは何にでもあだ名をつける。自分の召喚獣にもつけるくらいだ」


「アーケル。あんたはやっぱりただ者じゃねえ。俺にはわかる。あの暗殺者にも気付いてたのはあんた一人だけだった。俺を除いてな」


「……」


「それにお姫さまにくっついてるガキ。…竜人だろ?」


「よく知ってるな、竜人を」


「これでも大国の王子だ、小さいころから高等教育を受けてる。最東端の国の竜人伝説も習った。あのガキの目、竜の眼っていうんだろ。竜人の証だ。見るのは初めてだが」


「……」


「カリステファス伯爵家の姫君が王家から密命を受けて冒険者パーティーになりすましパルナッシアに潜入。その護衛として精鋭をつけた。あんたがお姫さまの剣でガキの竜人が盾、というところか」


「やはりお前は甚だしく勘違いしている。オレたちは渾沌(こんとん)という魔獣を探しているだけだ」


「それだ、俺がわからねえのは。師匠を訪ねてくるのはいい。何しろ父親のパーティーメンバーだからな。旧交を温めにくるっていうのは自然だ。だが、あんたたちはスピラエのおっさんの紹介とわざわざ名前を出した。どういうことだ?」


「何が言いたいのかわからんが」


「スピラエは王家に忠実な男だ。ウラでブルンフェルシアとつながってるなんてありえねえ。それなのになぜスピラエの紹介であんたたちが師匠に会いに来る? 名前を出さなくたって単に会いに来たって言やあいいじゃねえか。スピラエを罠に嵌め無実の罪をきせて排除するためか?」


「まったくの的外れだ」


「渾沌って野郎がお姫さまの仇なのは間違いないんだろう。居場所を探しているのも。師匠にしてた話は演技じゃなかった。お姫さまは裏表のある人じゃねえ。それは今夜のことでわかった。だがな―」


アーケルを見据えるファーグスの目がギラリと光った。


「ぶっちゃけスピラエが罠に嵌まろうが知ったこっちゃねえ。だけど師匠を巻き込むのはやめてくれないか」


「……」


「あの人はただの世捨て人なんだよ。政治の世界とは無縁の人なんだ。一番弟子の俺が言うんだ、間違いねえ。俺一人しか弟子はいねえけど」


「……」


「あんたが口を割るとはハナから思っちゃいねえ。だけどあんたらの目的に師匠は関係ねえはずだ。なあアーケル、頼むよ。師匠は巻き込まないでくれ」


「……なぜオレに頼む? リリーに直接話せばいいだろう」


「ブルンフェルシア王家から密命を受けたのは実はアーケル。あんたなんじゃないのか? もしくは密命はお姫さまが受けたが、計画を立てたのはあんたなんじゃないのか?」


「話にならんな。お前は想像の翼を広げ過ぎる。推測に推測を重ねているだけでは真実は見えてこないぞ」


「師匠を巻き込みたくないだけだ。どうしても目的を完遂するっていうなら、俺はあんたらの敵になるしかない。あのお姫さまのこと、本当に気に入ったんだよ。できれば敵になりたくねえ。これは本音だ、アーケル。正真正銘、掛け値なしの俺の本音さ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『お父さま。冒険者パーティーのお話しして』


優しく微笑む父ブラシカの膝の上で幼いリリアムはおねだりをした。それを目前にすれば決して断れなくなる満面の笑みで。


『リリーは冒険者の話が好きだなあ』


『ブラシカパーティーのお話、とっても面白いもの』


『それじゃあ、魔の島の話をしようか。あれは、船で南大陸に渡る途中だった。大嵐に遭遇してしまって、船が難破したんだ。たどり着いたのが海図にも載ってない小さな島で―』


懐かしそうに語る父をリリアムは目を輝かせながら見上げた。冒険譚ももちろん好きだが、語る父を見るのが好きだった。父はブラシカパーティーの旅の思い出を大切にしているのが伝わってくる。父にとって宝物のようなものなのだろう。


そんな父を見ているとこっちまで幸せな気持ちになってくる。幸福感に包まれながら父の膝の上でいつの間にか眠ってしまった。


「……」


はっとして目が覚める。そこはブラシカの膝の上ではなく、柔らかいベッドの上だった。


「……夢か」


まだ幸福感の余韻にひたっていたい強烈な欲求が湧いてきた。しかし。


部屋は窓から射し込む陽の光で既に明るい。朝はとっくに過ぎているようだ。


「大変! 寝坊したっ。―ハーディ、起きて。朝よ」


無理やり感覚を現実に引き戻す。


朝はきちんと時間どおりに起きられるリリアムであるが、思っていた以上に疲れていたらしい。夕べは少々はしゃぎ過ぎたかもしれない。


寝ぼけ眼のハーデンベルギアを急かせて急いで支度する。


「……おはよう、ヨーマ。待たせてごめん」


階下ではアーケルが既に支度を整えて待っていた。


「珍しいな、リリーが寝坊とは」


「意外と疲れてたみたい。じゃあ、出掛けようか」


「それなんだが、リリー」


「なあに?」


「渾沌の情報は空振りだったし、もうこの街に用はないだろう。他の町へ移動しないか?」


「え…だって昨日はダメ元でもう一度ランタナさんのところに行こうって決めただろ? 何で急にそんなこと―」


「気が変わった。これ以上あの人を訪ねても情報は引き出せないと思う。無駄足になるよりほかを当たったほうがいいんじゃないか」


「……ヨーマ。何かあったの?」


「特に何もないが」


「今朝のヨーマはおかしい。話が妙に説明っぽい。わたしに隠し事してない?」


「……いや、何も隠してなど―」


「ぜぇったい隠してる。わたしにはわかるんだぞ、正直に言え。下手に隠し事して後でバレてみろ、一生後悔することになるぞ」


「ヨーマ。これ、正直に言ったほうがいいパターンだよ」


ハーデンベルギアがそっとアーケルに言う。


「…………実は―」


アーケルは渋々口を開いた。


〜しばしの刻がたち。


ジムナスター亭から暴風が飛び出した。


暴風はランタナの棲む山へまっしぐらに突き進む。遅れてアーケルとハーデンベルギアが後を追う。


「ファーグスっ! 出てこい!」


暴風は山へ入るや、森に向かって大きく呼ばわる。


「いることはわかってるんだ、早く出てこい、ボケがっ!」


「……リリー、なんなんだ?」


ファーグスが樹上から現れる。


「なんの騒ぎだ?」


「ファーグス、誰が密命を受けてるんだって?」


「なっ!? なんでそれを…あっ、アーケル!」


ようやく追いついたアーケルを見てファーグスが薄花色の眼を細める。


「アーケル、これがお前の回答か? 俺の敵になるってことか?」


「黙れっ!! このクソ野郎! 百回死んでこいっ」


「えっ…!?」


初めてリリアムの啖呵を目の当たりにしたファーグスは目を丸くして絶句する。


「ヨーマが剣だ? ハーディが盾? 笑わせるな、バカ野郎が! お前の脳みそはゴブリンかっ?」


「……それ、オレが前に使った台詞…」


「ヨーマ! お前もこっちに来い!」


リリアムの剣幕に大人しく従う。


「ファーグス、ヨーマ。そこに正座しろ」


顔を見合わせ、渋々地面に座る二人。


「いいか、ファーグス。今からわたしの話をよおく聞いていろ。その間一切しゃべるな。声を出すことは絶対に許さん。いいな」


リリアムは話し始めた。ブラシカが渾沌に殺されたこと。仇を討つため召喚士になったこと。最初のパーティーをクビになったこと。アーケルを召喚したこと。ハーデンベルギアとの出会い。スピラエとの出会い。的確に要領よくじゅんじゅんと説いて聞かせる。


「わかったか? わたしたちは王家とは何の関係もないんだ、ゴブリン頭が!」


「……よくわかったよ。それならそうとアーケル、最初に説明してくれれば良かったのに」


「オレは何度もお前の勘違いだと言ったぞ。人のせいにするな」


「おいお前ら、わたしは声出し禁止を解除した覚えはないぞ」


「だって、リリーがわかったかって聞くから…」


「ああ? 今、ゴブリン頭の声が聞こえた気がするが、空耳か?」


「……」


「……それくらいでカンベンしてやれ、リリー」


「ランタナさん!」


ランタナがお腹を抱えながら現れる。どこかで様子を見ていたらしい。


「とても面白かった。こんなに笑ったのは久しぶりだよ」


「すみません、ランタナさんのお住いで騒ぎ立ててしまって」


「構わねえよ。しっかし、リリー。お前の啖呵はブラシカそっくりだな」


「えっ、そうなんですか」


言われてみれば、いつも優しいブラシカが叱るときは、同じ人間とは思えないほどの罵声だった気がする。


「こういうのって、遺伝するんだな」


(遺伝じゃないだろう)


ランタナとリリアム以外ここにいる全員がそう思ったが、もちろん声には出さない。


「ブラシカは最後は伯爵さまに収まっちまったが、元々は下町の靴屋の息子だ。あたいが初めて会ったころはクソガキでな。召喚士になってようやくマシになったが、それでも興奮すると地が出てあたいがお姫さまに思えるほどのヒドさだったよ」


「へえ〜。お父さまが…。ランタナさんは父の幼馴染でしたよね。父の話、もっと聞きたいです!」


「そうだな。……たまには昔話ってのも悪かぁねえか。いいよ、リリー。あたいの庵に来な。お茶を出してやる。―ハーディといったか、あんたも一緒においで」


ハーデンベルギアを手招きする。


―リリーの言い付けはできるだけ守ることにしよう。


去り際、ハーデンベルギアはちらっと正座したままの二人を振り返り、固く心に誓った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……でね、ヨーマがそんなこと言うんですよ〜」


「あのスマシ顔がか、そりゃ傑作だ」


リリアムとランタナは、初めてここで会った時の氷のような空気が嘘のように、打ち解けて大いに盛り上がっていた。


「それでね、ランタナさん。ヨーマはね―」


「……リリーはヨーマのことを話すとき、とても楽しそうだな」


「えっ、そう…ですか?」


ほんのり頬が染まる。


「……でも、ランタナさんもお父さまのことを話すとき、とても楽しそう」


「……」


「……リリー」


ハーデンベルギアがリリアムの袖を引っ張った。


「ん? どうしたの、ハーディ?」


「陽が傾いてる」


「あれ? もうそんな時間?」


おしゃべりに夢中でまったく気がつかなかった。これが時間を忘れる、ということなのだろう。


「リリー、今日はここまでにしよう」


「……はい、ランタナさん。とっても楽しかったです。また来てもいいですか」


「ああ。今度はあのスマシ顔も交えてな」


「あっ! 忘れてた……あいつら、正座させたままだった」


「構うこたぁねえ。とっくにどこかへ飛んでいっちまってるよ。あのままバカ正直に座ってたら、それこそホンモノのバカどもだ」


「ですよね。さすがにそこまでバカじゃないですよね。はははっ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……なあ、アーケル。俺たち、きっと忘れられてるよな」


「たぶんな」


「ハラ減ったなあ。もう随分陽が傾いちまった。脚もしびれてるし」


「オレはとっくに感覚がない」


「脚、くずしてもいいかな」


「オレはお薦めしない」


「だよな。……なあ、一つ聞いてもいいか?」


「なんだ?」


「ゴブリン頭って、俺のあだ名だと思うか?」


「知るか、そんなこと。オレは完全にお前の巻き込まれ事故なんだぞ。少しは真面目に反省しろ、ファーグス」


「やだな〜、ゴブリン頭。ほかのあだ名がいいな〜。ほかのにしてくんないかな〜。あ〜あ…」


カアァァーッ。


カラスが一羽、夕陽に向かって飛んでいった。

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