ジムナスターで夕食を
「そうがっかりするな」
うなだれてトボトボ歩くリリアムの隣でアーケルが慰めていた。ハーデンベルギアはリリアムの手を握りしめ無言で寄り添っている。
「本人があれほど言うんだ、本当に知らないのだろう。渾沌のことはまた情報を集め直せばいい」
「それもあるんだけどね、お父さまのパーティーメンバーの生き残りな訳でしょ。態度が冷た過ぎるっていうか…熱く抱擁しろとは言わないけど、もう少し親しくっていうかさ…」
リリアムの気持ちもわからないではない。仮にも昔のパーティーメンバーの娘が訪ねてきたのだ。感動の出会いというものを期待してもバチは当たらないだろう。
「なぜ父上は死んだなどとウソを言ったのだろうな」
「それこそ知らないよ〜。生きてるって知ってたら、わたしだって真っ先に渾沌のこと聞きにいくよ」
「理由はその当たりかもな」
「どういうこと?」
「リリーに会わせたくなかった。つまり渾沌のことを嗅ぎ回らせたくなかった」
「意味わかんない」
「よう、お姫さま」
「ひっ…!」
突然樹上からまたファーグスが降ってきた。
「……猿か、お前は。急に出てくんな、びっくりするだろうが」
「実は俺、猿になることを目指しているんだ」
「コホンっ…。つまらない冗談はやめてください、ファーグスさん。そういう気分じゃないんで」
「それそれ。落ち込んでるだろうと思ってな、誘いにきた」
「誘い…?」
リリアムはうろんそうにファーグスを見やる。
「これから王都へ行って俺の馴染の店に行こうぜ。おごってやるからよ」
「あなたにおごっていただく義理はありません」
「そういうなって。愚痴でもなんでも聞いてやるぞ」
「いったいどういうつもり? 最初に会ったときは気に食わないとか言ってたくせに」
「あれはウソさ。ほんとは初めから気に入ってた」
「なんなの、あなたたち師弟は。人格破綻者か?」
「辛辣だな〜。まあ、黙ってついてきな」
ファーグスは何が楽しいのか鼻唄を歌いながらリリアムたちを先導していく。
やがて大きな町が見えてきた。パルナッシア王国の王都パルナスである。
中央大陸でも一、二を争う大国パルナッシア。交易都市アクティニディアを富の源泉とし、強力な騎馬隊を擁する軍事大国でもある。
王都パルナスの繁栄は目を見張るものだった。王宮前広場につながる大通りを中心に市街地が碁盤目状に広がり、商店街や住宅街は計画的に区画整理されている。王宮の東西には貴族たちの邸宅が立ち並び、どれも豪奢を競い合っている。
リリアムたちが連れてこられたのは、酒処や食事処が集まった繁華街の一角にあるみやこわすれ亭という居酒屋だった。
店内は広く、生演奏が楽しめるステージが設置されていた。酒だけでなく食事も楽しめ、店内の隅にはキッズルームまであった。
「いらっしゃい、ファーグスさま」
若い女の子の店員が笑顔で席まで案内してくれた。
「よう、セリッサ。彼氏とはうまくやってるかい?」
「ええ。おかげさまで。この間イヤリングをプレゼントしてくれたんです」
「それは良かったな。あいつはいいヤツだが酒癖が悪いから、よく見張っとけ」
「はい、ありがとうございます。―今日は変わったお連れさまですね」
店員はリリアムたちを見回す。
「こいつらは師匠の知り合いなんだ。もてなしてやりたくてよ。美味しいやつどんどん持ってきてくれ。その前に酒だ。俺はいつもの頼む。こいつらは―」
「この子にはミルクをお願いします」
すかさずリリアムが注文する。
「わたしとこっちの男にはビールを」
「承知しました」
「へえ、お姫さまはイケる口かい?」
笑顔で店員を見送ると、ファーグスは感心したように言う。
「お酒くらい飲んだことあります」
「ここは酒も美味いが料理が自慢の店でな。どれも絶品だから楽しんでくれ」
「すごく活気のあるお店ですね」
「この界隈じゃ一番繁盛してる店だな」
「ファーグスさま! ファーグスさまだ」
隣のテーブルの客がファーグスに気付く。
「おう、ソラナム。今日はかーちゃんどうした。一緒じゃねえのか」
「かみさんは婦人部の会合に行ってるんでさ。明日の準備で忙しいようで」
「そうか。いよいよ始まるんだな。無理すんなって言っといてくれ。大病したばっかだろ」
「ありがとうございます、ファーグスさま。いつもお気遣いいただいて。かみさんも喜びます」
「お待たせしました」
先程の店員が飲み物を持ってきた。ファーグスの前には一際巨大なジョッキが置かれた。
「じゃあ、乾杯しようぜ。…俺たちの明日のために!」
「……ぷふぁっ!」
リリアムは一気に飲み干す。
「お姫さまにしちゃ、いい飲みっぷりだね〜。ますます気に入った! ―セリッサ、お代わり持ってきてくれ」
「ファーグスさん、そのお姫さまっていうのやめてもらえませんか」
「なんで? 大召喚士ブラシカっていやあ、ブルンフェルシア王国のカリステファス伯爵さまだ。その姫君なんだから、正真正銘のお姫さまじゃねえか」
「リリーって、お姫さまだったの?」
「ハーディ…」
「カッコいい! リリーは美人さんだからお似合いだよ」
ハーデンベルギアはリリアムから以前言われた台詞をそのまま返す。
「ありがとう、ハーディ。とっても嬉しいよ。でもね、わたしは冒険者パーティーの召喚士リリアムって呼ばれたほうがもっと嬉しい」
リリアムはちらっとアーケルに視線を向ける。淡々とビールを飲んでいるその表情からは何も読み取れなかった。
―わたしが貴族の娘だってわかってどう思ったかな。
「ふ〜ん、変わったお姫さまだな。世の中の若い女の子はみんな憧れるっていうのに」
ファーグスは興味深そうにリリアムを見つめる。
「よしっ、あんたのことはリリアムって呼ばせてもらう。だったらあんたも敬語はやめてくれ」
「リリーでいいよ。―わかった、ファーグス。これからはタメでいく」
「あっ、ファーグスさま」
テーブルの横を通ったグループ客がファーグスに気付いた。
「ファーグスさま、この前はうちのワルガキに高級な菓子をいただきましてすんませんです」
「気にするなって。大したもんじゃねえよ」
「ファーグスさま、大したもんじゃねえなら、今度はうちのガキにもお願いしますよ」
「ファーグスさまにおねだりとは、てめえ何様のつもりだ」
「わかった、わかった。今度は学校に持っていくことにするよ。そうすりゃ、みんなで分け合える」
「さすがファーグスさま、太っ腹だ」
「ちょっと、あんたら。さっきからファーグスさまにいただくことばっかり。ファーグスさまのために何かして差し上げること考えなよ」
他の客が口を挟む。
「ったりめえだろ。ファーグスさまのためならいつだって火の中川の中どこへでも飛び込んでやらあ」
「あんたは泳げないだろが。役立たずが」
「ちげーねえ」
どっと笑いが起こる。
「……はあ、すごいわ」
ファーグスの周りには人が次々と集まってくる。リリアムはその熱気に圧倒された。
「お待たせしました」
セリッサが料理とお代わりのビールを持ってきた。
「ありがとう。ねえ、セリッサさん。ファーグスってすごい人気者なんですね」
「そりゃ、そうですよ。ファーグスさまのことはみんな大好きなんです。だから、ファーグスさまを見かけたら誰もが話したがっていつも人の輪ができますよ。あんな気さくな王子さまはそうはいらっしゃいませんから」
「へえ。さすがは王子さまねえ。器が違うわね…えっ? 王子さま? ちょっと待って。王子さまって、いわゆる王さまのご子息の?」
「当たり前じゃないですか。パルナッシア王家の第一王子、ファーグス王子さまです…って、お客さま、ファーグスさまをどなたかご存知なくてご同行なさってたんですか?」
「ええぇぇ〜〜〜!?」
リリアムの素っ頓狂な声が店内中に響き渡った。