秘密の贈り物
「ひゃあぁぁ〜。広いねえ…」
リリアムたちが通されたのは、天井の高い広い部屋で、中央に二十人は座れそうな大きなテーブルがしつらえられた豪華な部屋だった。テーブルもそうだがガラスキャビネットなど、巧みな意匠が施された高価な家具だと一目で分かる調度品が数多く配置されている。
「……相当な金持ちだわ、こりゃ」
リリアムがアーケルを肘でつついてささやく。
「どうぞ、おくつろぎください。―お客様にお茶を」
スピラエが使用人の女性に合図する。
案内されたテーブルに着席したリリアムたちの前に、高級そうなティーカップが置かれた。お茶菓子も高そうなものが出されている。
すべてが豪華であるが、ゴテゴテした感じがしないのは室内のインテリアに品があるからだろう。
「スピラエさんは随分手広くご商売なさっていらっしゃるんですね」
「おかげさまでどうにか形にはなっているようです。交易商をやらせていただいていますが、さまざまな国との取引で飛び回っていまして。この店に戻るのも久しぶりという有り様です」
客間だというこの広い部屋は二階にあり、通ってきた一階は扱っている交易品と思しき品々であふれ返っていた。
「お店…なのですね。こちらは」
「自宅は別の町にあります。商売にはここアクティニディアに店を構えたほうが何かと便利ですので」
―これで店舗なら自宅はどんな豪邸なのやら。
こっそりため息をつく。
「……ハーデンベルギアさまは緊張なさっておいでかな」
スピラエがハーデンベルギアに視線を向けた。
隣のハーデンベルギアに目を向けると、確かにお茶菓子のクッキーを凝視したまま微動だにせず固まっていた。更にその隣のアーケルは既にクッキーを食べ尽くしティーカップに口をつけている。
「いいのよ、ハーディ。遠慮せずいただきなさい」
ハーデンベルギアはリリアムを見上げてから、そうっとクッキーに手を伸ばした。
「……美味しい」
ハーデンベルギアがにっこり微笑む。
「それは良かった」
スピラエも一緒に微笑む。
「気に入っていただけて光栄です。ストレリチア産のカカオを使ったクッキーなのですよ。我が家で扱っている交易品の一つなのです」
「ストレリチア産ですか。それは高級品だ」
「リリアムさまはご存知でしたか」
「有名ですよ。南大陸のストレリチアでしか採れないカカオは貴重品ですから。わたしも頂くのは初めてです」
「王室に献上させていただいている一品でもあります」
スピラエはリリアムの挙措を興味深げに見つめている。
「リリアムさまは冒険者パーティーにいつから参加されているのてすか」
「わたしですか…そんなお話しできるほどの経験はありませんよ」
―まさか始めてから十日とは言えないよね。
「これは、もしよろしければというお話しなのですが」
「……なんでしょう?」
「私の護衛団に入っていただけないでしょうか」
「えっ…それは冒険者をやめろ、ということですか」
「いえいえ、とんでもない。私ごときがやめろなどと言えるはずもありません。ただ、冒険者パーティーを組まれて日も浅いご様子。失礼ながら冒険者パーティーで稼がれる金額の5倍はお支払いできるかと」
「5倍、ですか」
これだけの金持ちだ。はったりではなく本当に支払う自信があるのだろう。が、スピラエが本当に欲しいのはアーケルに違いない。リリアムとハーデンベルギアはコブ程度の存在だろう。
「無論、お三人ともどもお雇いいたします」
まるでリリアムの心を読んだかのようにスピラエが言う。
「先程も申し上げたとおり私は旅が多い。道中の安全には万全を期したいと常々念じております。リリアムさまご一行であれば申し分ない」
「申し訳ありません。思うところがありまして冒険者パーティーを続けたいのです。お申し出は大変有り難いのですが」
「そうですか。それなら仕方ない。気が変わったらいつでもご相談ください。リリアムさまならいつでも歓迎します。―さあ、ビジネスの話はこのくらいにしましょう。しばらくは当家にご滞在いただきますよ。昼間のお礼などお受けいただかねば私の名がすたるというものです」
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「キャーッ、選びたい放題だね〜」
リリアムの声が弾む。一階の交易品を並べた店頭である。
ティータイムが終わると、スピラエはすぐに夕餉の支度をさせると言う。それまでくつろいでいてほしいと一人ずつに用意された部屋へ案内される際、スピラエが思い出したように告げたのだ。
「そうそう。一階は私どもが扱っている交易品の店頭となっております。どれでもお好きなものをお一つずつお選びください。昼間のお礼というにはほど遠いですが」
せっかくの心遣いなので有り難くお受けし、部屋に荷物を置くやいなや、早速階下へ降りてきたのである。
「ハーディに似合いそうな髪飾り探そうよ」
「あたしは…いいよ」
「なに遠慮してるの。こいう時は素直に受けるものよ」
「そうじゃなくて…何を選べばいいかよくわからないの」
「なんだ、それならわたしが見立ててあげるから」
「リリーの好きなもの先に探して」
「いいから、いいから―これなんかどう? ―ちょっと地味か。…あっ、これイケそう―う〜ん、色がイマイチね」
リリアムは目を輝かせて装飾品を物色する。ハーデンベルギアはただ目を白黒させている。
「……お、これは―」
リリアムは一つを手にするとハーデンベルギアの黒髪にあてた。それは花の意匠が施されたシルバーのバレッタだった。
「すてき…」
リリアムはうっとりとため息をついた。
「かがみ、かがみ。ハーディ、こっち来て」
リリアムは客用の姿見の前にハーデンベルギアを連れていき、手近にあった手鏡をかざす。
「きれい…」
ハーデンベルギアはバレッタを見て目を輝かせた。
「ハーディ、まるでお姫さまだね」
リリアムはハーデンベルギアの肩に両手を置いて微笑む。
「リリーも自分の選んで」
「そうねえ、わたしは…ん?」
何かを見つけたリリアムがハーデンベルギアに顔を近付けた。
「……ねえ、ハーディ。これ、誰かさんに似合うと思わない?」
ハーデンベルギアは反射的にアーケルの姿を探す。アーケルは背を向けて何かを熱心に見ている様子。
「うん。似合うと思う。でも、リリーのが…」
「ハーディもそう思う? やっぱりそうだよね。―あいつ、これ見たらどんな顔するかな」
いたずらを企む子どものような顔でそれを手にした。
「ヨーマ。好きなもの決まった?」
何か言いたげなハーデンベルギアを制して、アーケルの背中に声をかける。
「あ…ああ。そっちは決まったのか」
「ええ。とってもいいものが見つかったよ」
「これだけ多いと選択に迷う。いっそのこと5、6個もらってしまおうか―冗談に決まってるだろう、二人してそう睨むな」
「ヨーマが言うと冗談に聞こえないんだよ」
「……なあ、リリー。その、なんというか…」
「ん? なあに?」
「もし、その…良かったら…」
「だから、なに?」
「その…以前、お前が欲しが―」
「お待たせいたしました! 夕餉のご用意が整いました」
アーケルが言い淀んでいるうちに執事が呼びに来てしまった。
「はい、今お伺いします。―ハーディ、行こう」
リリアムに手を引かれながらハーデンベルギアが振り返ると、アーケルはうなだれてその場に固まったままだった。