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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第十章 愛のカタチ
112/213

王子様のプロポーズ

「ブレティラが誘拐された!?」


リリアムは真っ青になる。


「いったい誰に?」


「わかりません。ブレティラさま番によると、白いドレスを着た女が突然現れて、ブレティラさまを気絶させ空へ飛んでいったとのことです」


「空へ…」


「少なくとも魔法使いだな」


アーケルが淡々と言う。


「どんな女だった? 名前はわかるか?」


「申し訳ありません。我々は必要以上には皆さま方に近づきませんので、会話までは聞こえず名前はわかりません。ただ、若い美しい女性だったそうです」


「それだけじゃ、何もわからないわ。どこへ連れ去られたのかはわかる?」


「副団長とブレティラさま番で追跡しています。飛んで行った方向はわかっていますので」


「それはどっちの方向?」


諜報員の説明からすれば、王都から東の峡谷地帯が最も怪しい。


「人気のなさそうなところだな。好都合だ。オレなら人間のいる場所はわかる。生体エネルギーを感じたところがおそらくブレティラの居る場所だ」


「すくにわたしたちもそこへ向かおう。―お祖父さま、ごめんなさい」


リリアムは申し訳なさそうにサピンダスに頭を下げた。


「もっとお話ししていたかったのだけど、わたしたちの大事な仲間が誘拐されたの。助けに行かなきゃならないから」


「わしのことは気にせんで良い。早く行きなさい」


「ありがとう。行ってくる」


リリアムたちは急いで離宮を後にした。


「―召還! ヴェズルフェルニル」


ヴェズルフェルニルの背に乗り、大空へ飛び立つ。


「諜報員さん、フィールはこのことを知っているの?」


ハーデンベルギアが同乗した諜報員に尋ねる。


「ファーグスさまは既に峡谷へ向かわれています」


「そう……」


ハーデンベルギアは物思わしげに神秘的な瞳を曇らせた。


「シトリン! 急いで!」


ハーデンベルギアの様子を横目に、リリアムはヴェズルフェルニルに檄を飛ばした。


ヴェズルフェルニルは、大きく羽ばたいて加速した。リリアムたちはしっかりとヴェズルフェルニルの背にしがみついて強風に耐えた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……舐めた態度取ってたら、勢いで殺しちゃうかも」


禍乱(からん)はブレティラの首を絞める手にほんの少し力を加えた。


「……!」


ブレティラの顔が赤黒く変色し始めると、禍乱はようやく手を離した。ブレティラは激しく咳込んだ。


「……じゃあ、続きといこうか」


禍乱は咳込むブレティラの髪を鷲掴みにして顔を上げさせた。


「その目を壊すことにするよ。さっきからずっとボクのこと睨んでいて癪に障るから」


「……」


「そもそもキミが悪いんだよ。ボクのフィールにちょっかいを出すから。―ん? 恋人ってことは、キミもフィールのことが好きなのか。なんか許せないなあ〜」


禍乱はブレティラに己の顔を寄せた。血だらけで目の周りが少し青くなり始めている。


「よく見ると、キミは綺麗な顔をしてるね」


禍乱はブレティラの頬に付いた血を舌で舐めた。ブレティラは目を瞑りじっと耐える。


「美味しそうだなあ。今ここで食べちゃいたいくらい」


禍乱は頬から首を舐め回す。そのまま胸へと舌を這わせた。ブレティラの全身が総毛立った。不気味さと気色悪さで震えが止まらなくなる。


「―嫌…」


禍乱の舌は執拗にブレティラの白い二つの膨らみを這いずり回った。まるで別の生き物が肌の上をうごめいているようだ。感情がもみくちゃにされて嫌悪が全身を駆け巡る。


「嫌ぁぁぁっー!」


ブレティラば耐えきれずに叫んだ。橙色の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。


「ん〜ふ。いい響きだねえ」


禍乱はブレティラの瞳を覗き込んだ。


「それじゃあ、その綺麗な目玉をくり抜くよ。捨てるのはもったいないから、ボクが食べてあげよう」


「……禍乱さま」


花柑子が抑揚のない声で言う。


「目もいいですが、男性は女性の髪をことのほか愛でるものです。ファーグスさまへのあてつけなら、髪を切ったほうが効果的ですよ」


「ええー? そうなの?」


禍乱はジロジロと橙色の髪を眺め回す。ブレティラは『ユリオプス』を名乗っていたときはボーイッシュにしていたが、最近少し伸ばし始めていた。禍乱は、その髪を無造作に掴んだ。


「じゃあ、バッサリ切っちゃおう」


剣を髪に当てて、素早く引いた。橙色をした絹の糸が束になって地面に舞い散る。


「……こんなことで本当にフィールは恋人くんに愛想をつかすのかなあ?」


不満そうに禍乱は眉を寄せる。


「つまんないッ。やっぱり目玉を食べたいッ」


下を向いて唇をきつく噛んでいたブレティラの切っていない髪を、また無造作に掴む。


「泣いたってしょうがないよ、恋人くん」


濡れた橙色の瞳を覗き込む。


「フィールを好きになった自分自身を呪うんだね」


手にした剣を瞳に向けようとした、そのとき。


「ブレティラぁーっ!」


太い声が洞窟中に響き渡る。


「……あれ? どうしてここがわかった―」


「アルブス・リクトル!」


禍乱に言わせもせず、ファーグスは跳躍した。横殴りの剣が禍乱を襲う。渾身の剣が届く前に花柑子が立ちふさがった。胴が両断される。


「……!」


「ヒドいなァ、いきなり斬りつけるなんて」


禍乱はニッと笑った。ブレティラには目もくれず、ファーグスに双剣を向けた。


「花柑子は女だよ。女に向ける剣はないはずじゃなかったの?」


「うるせえ! 外道がっ」


ファーグスは怒りに燃える目で禍乱を睨んだ。


「お前らは人間じゃねえ。ただの魔獣だ。魔獣に女もクソもあるかっ」


「いいねえ。その振り切りかた。ワクワクしてきたよッ。―なるほど、花柑子。これが好きって感情なんだね」


「……そうです、禍乱さま」


ファーグスに両断されたはずの花柑子の身体は、するするとお互いを引き合い、綺麗に元通りになってしまった。白いドレスがお腹のあたりで切断されたままなのが名残りのように目立っていた。


「その高ぶる感情が、好いた殿御を前にした乙女の証なのです」


「わあッ。新鮮だ。フィール。ボクはキミのことが好きなんだッ」


「―何を言っているのかわからんが、ブレティラを返してもらうぞ」


「イヤだねッ。この女はボクだけのフィールを好きになった極悪人だ、報いを受けなきゃいけないんだ」


「魔獣風情が人間さまみたいなこと言ってんじゃねえ」


「どうせボクには敵わないんだよ、実際どうやって取り返すのさ?」


前触れもなく、洞窟が爆発した。地響がして轟音が轟く。大量の粉塵が舞い上がる。そのときには洞窟の入口から途中まで天井も壁も破壊され吹き飛んでいた。


日差しが辺り一面に差し込んだ。


ブレティラは暗さに慣れた視界を奪われた。視界が戻る前に、両手の縛めが解かれた。お腹の鉄板も外される。力が抜けてくずおれそうになるが、逞しい腕に支えられた。


「……」


少しずつ視界が戻ってくる。


「ブレティラ。……大丈夫か?」


ファーグスの心配そうな顔が間近にあった。


「―ファー…グス」


ブレティラは力無くファーグスに抱きついた。いつの間にか上着が身体にかけられている。


「顔を殴られたのか」


ファーグスは、青黒く腫れ上がった顔を痛ましそうにそっと手で覆った。


「―クソっ。禍乱のやつめ。今度は俺があいつをボコボコにしてやる」


「ファーグス、ありがとう。助けに来てくれたのね」


「当たり前だ。言っただろう、俺はお前の恋人なんだから」


「ファーグス…」


「泣くなよ」


「だって…嬉しくて。僕なんかのために生命を張って助けに来てくれるなんて…幸せだわ。僕は世界一の幸せ者だわ」


「大げさだ」


「ううん。僕、一度は身を引こうと思ったの。ファーグスの負担になりたくなかったから。でも、禍乱に捕まって、ずっと考えてた。ファーグスのいない世界で独り生きていけるのかって」


「俺の隣は嫌になったのか?」


「違うよ。逆だよ」


「……」


「ファーグスから離れられない。僕はファーグスのことが好きなんだ。好きで好きでどうしようもないんだ。―待つよ。貴方が待てというならいつまでだって待つ。例えおばあちゃんになってもずっと待ってる」


それは、奇しくもブレティラの妹であるカレンデュラが、アエスキュラスに言った台詞とまったく同じであった。


「待たせはしないさ、ブレティラ」


「え…」


「お前がさらわれたと聞いて、俺は目の前が真っ暗になった。同時に怖くなった。お前をもし失ったら、と思ったら、禍乱に対峙したとき以上にとても怖くなったんだよ」


「ファーグス…」


ブレティラの瞳からは、止めどもなく涙が流れ落ちている。


「俺の方こそ、ブレティラのいない世界なんて考えられない。生きていけないよ。今度のことでそれがよくわかったんだ。―ブレティラ。俺と結婚してくれ」


「―僕なんかでいいの?」


「お前じゃなきゃ、だめなんだ」


「ファーグス…。貴方に出会えて、本当に良かった。暗闇から光の下に出られて、本当に幸せだわ」


「なんだよ。もっと派手に喜んでくれるのかと思ってたのに。結構、あっさりしてるんだな」


「そんなことないよ。とっても嬉しいよ」


「……それより、返事はもらえないのか?」


「えっ!? 返事?」


「プロポーズの返事だよ。まだ、お前の返事を聞いてないんだが」


「―プッ…ふふふっ!」


ブレティラは、心底楽しそうに笑い転げた。


「……そんなに可笑しいこと、俺、言ったか?」


「ほんとに貴方はニブいのねえ」


今度はめいっぱいの力でファーグスに抱きついた。


「もちろん、イエスよ!」


「……良かった。ありがとう、ブレティラ」


しばらく抱き合ったあと、ふと思い出したようにブレティラが言う。


「―そう言えば、リリーのことはどうするの?」


「ああ、それはだな―」


「―わたしのこと、呼んだ?」


リリアムがこちらを見つめていた。傍らにはハーデンベルギアもいる。


「あれ? リリー、いたの?」


ブレティラは不思議そうに呟いた。右目が腫れ上がって、よく見えない。


「そりゃ、いるでしょーよ」


リリアムは頭上を指差した。見ると、空の上でアーケルと禍乱が闘っていた。


「洞窟を破壊して、禍乱の相手を引き受けてくれたのは、ヨーマなんだよ」


ファーグスが言う。


「……みんな、来て…くれたのね―」


力を使い果たしたように、ブレティラはファーグスの腕の中で気を失った。その顔は安心しきって少し微笑んですらいた。


ファーグスは一度抱きしめると、壊れ物でも扱うようにそっとブレティラを両腕で抱え上げ、静かに歩き出した。

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