商都の商人
「可愛いわ〜。ホントにハーディってば可愛い〜」
リリアムはハーデンベルギアを見ては何度もため息をつく。
ハーデンベルギアは、明るい赤を基調とした王侯貴族が着るようなワンピースに胸元にはえんじ色の大きなリボンをつけている。
「わたしの見立てに間違いはなかったわね。ハーディは美人さんだから、こういう華やかな服が似合うと思ったんだ」
「……あたし、こんな派手な服着たことない」
ハーデンベルギアが恥ずかしそうに細い身体をよじる。
「とっても似合ってるよ。黒髪とよく合ってるし。こんなにツヤツヤで真っ直ぐな髪、羨ましいわ。わたしは少し癖っ毛だから。今度は髪飾り買おうね」
ガタンと馬車が大きく揺れた。はずみでハーデンベルギアが椅子から転げ落ちそうになる。
「ハーディ! 大丈夫!?」
慌てて助け起こす。
「……ヨーマ、気をつけてよ。ハーディに何かあったらどうすんの」
「この程度で怪我するものか」
アーケルは済まし顔で馬車に手を振りかざす。すると馬車が安定し、滑るように走り出す。馬車といったが、正確には幌も屋根もないただの荷台である。荷台を引っ張るべき馬は先頭にいない。
「自立走行に加えて浮遊魔法もかけた。もう揺れはしない」
「こんな便利な魔法があるなら、もっと早く言えよ。苦労して歩くことなかったでしょーよ」
「自分の足で一歩ずつ刻むから冒険の意義があるのだろうが」
「気の利いたふうなこと言って誤魔化すな。ぜえったいまだ隠してるだろ、便利な魔法。ケチくさい奴だ。―ねえハーディ、そう思わない?」
「あ、あたし…よくわからない」
ハーデンベルギアがリリアムとアーケルを交互に見て困った顔をする。
「こんな奴に気を使うことない。正直に言っていいんだよ、ケチやろうって」
「……無敵だな」
「は? ヨーマ。突然なに?」
「オレはハーディに強い興味がある」
「また話しそらせて誤魔化す気?」
「竜人は人型の時でも『竜鱗』が常時発動するという」
「……ハーディがあの下衆野郎に刺された時、肌が黒い鱗になったこと言ってるの?」
「そうだ。『竜鱗』は物理攻撃無効だけじゃない。魔法攻撃無効、身体状態異常無効、精神状態異常無効。あらゆる攻撃が効かない。まさに無敵だ」
「すごいじゃない。さすがはわたしの自慢の妹だわ」
リリアムがハーデンベルギアの頭を撫でる。ハーデンベルギアは照れたように目を伏せる。
「それにこの子の身体中にあった傷、キレイに消えちゃったんだよ。すごいと思わない? あの焼きごてもだよ」
「竜鱗の効果だろう。体組織ごといわば塗り換わったのじゃないか」
「でも最初に会ったとき、既に覚醒してたんでしょ。まだ傷あったよ」
「覚醒してすぐ塗り換わるのではなく、徐々に変化するのだろう。サナギから羽化したばかりの蝶の羽が時間をかけて乾いて大きく広がるように」
「ふ〜ん…」
「なんだ?」
「ヨーマって何でもよく知ってるなあと思って」
「文献で読んだことがある」
「それそれ、その文献ってよく口にするけど、何なの?」
「人間界の様々なことを記した書物の総称だ。オレは人間に興味がある。妖魔界にある文献は全て読んで頭に入っている」
「ちゃんと予習済みってワケね。妖魔界にはわたしの知らないことも書物になってるのね」
「リリーが本を読まないただのバカだというだけの話だ」
「ケンカ売ってんのか、コラ」
「……ハーディと互角に闘えるのは魔王ぐらいだろうな」
「魔王? 今この世界に魔王なんていないよ」
「例えさ。そのくらいハーディは強い。オレの爆を試してみたいが傷一つつけられないだろうな。せいぜいがその派手な服を消し飛ばすくらいか」
「変態! もしそういう目的で爆を使ったらブチ殺す」
「なんだ、そういう目的とは?」
「やらしい。どうして男ってこうもやらしいの」
「待て。お前は勘違いしている。オレは別に深い意味で言ったのではない。ただ単に事―」
「見て」
珍しく慌てたように言い募るアーケルを遮り、ハーデンベルギアが遠く前方を指差す。
「あれは…戦闘?」
前方の道の真ん中で馬車が停まっている。ちゃんと馬が引っ張る馬車だ。それを守るように男たち三、四人が剣を振り回している。相手は無論、魔獣。
「襲われてる! 助けなきゃ!」
「翔ばす」
アーケルが手を振ると、荷台が急加速する。リリアムたちの周りにはいつの間にか防御壁が張られていた。
「飛び降りろ!」
リリアムたちは弾かれたように荷台から飛び出した。衝撃もなく地面にふわりと着地する。
荷台はそのまま突き進み一体の魔獣に激突して大破した。荷台をぶつけられた魔獣がリリアムたちに気づき、猛然と向かってくる。
「斬」
アーケルが唱えると魔獣の首がポロリと落ちた。
「斬。斬…斬」
アーケルは馬車に近付きながら次々と魔獣の首を落としていく。ついにはすべての魔獣を倒してしまった。
「へえ〜、あんた強いな」
剣士の一人が感心したように唸った。
「俺たちじゃ防戦一方だったのに、一撃かよ」
「大したことではない」
アーケルは興味なさそうにそっぽを向く。
「皆さんお怪我はありませんか」
リリアムが心配そうに声をかける。
「大丈夫だ。みんなかすり傷だけさ。そこの兄ちゃんのおかげで助かった」
「それは良かった」
「……本当に助かりました」
馬車から男が降りてきた。背が高くグレーの髪をした初老の男だ。
「私はスピラエと申します。商人をしております。町へ戻る途中魔獣に襲われまして難渋しておりました。この剣士の方々は私が雇った護衛なのですが苦戦していたようで、助けていただいて本当にありがとうございました」
「お役に立てて良かったです」
「そちらの男性は本当にお強い。お嬢さまの護衛の方ですか?」
「いえ、パーティーメンバーです。わたしたち、冒険者なので」
「ほう、その若さで冒険者パーティーですか」
スピラエがハーデンベルギアに目を留めた。リリアムのローブを握りしめ背後に隠れるようにして立ちすくんでいる。
「あっ…えっと、この子はわたしの妹なんです。二人姉妹で身寄りもないので連れ回しています。不憫とは思いますが」
「失礼しました。ご事情がおありのようで。いや、命の恩人に大変不躾な物言いをしました。お許しください」
「いえいえ、お気になさらずに」
「お詫びといってはなんですが、これから町にある私の店へぜひお立ち寄りください。助けていただいたお礼もしたい」
リリアムはそんなつもりで助けたのではないと言って再三断わったが、スピラエに押し切られる形で馬車に同乗することになった。魔獣の落としたメダルも無理やり押し付けられた。
改めてリリアムたちは自己紹介をした。
「リリアムさまは召喚士でしたか。それは珍しい。最近では召喚士さまは、とんと見かけませんからねえ」
スピラエは落ち着いた物腰の紳士然とした男だった。
「そうですね。冒険者になって実感したのですが、召喚士はあまり冒険者向きではないようです」
―わたしの場合、ただの実力不足だけど。
内心苦笑いする。
「そんなことはないでしょう。大召喚士ブラシカさまのご登場以来、冒険者パーティーに召喚士は不可欠でしたから」
既に過去形にされている。そう思ったが、口には出さない。
「私は商売柄よく旅をするのですが、行き会う冒険者パーティーは剣士と魔法使いの組み合わせばかりですね」
「護衛の方々も冒険者パーティーなのですか」
「彼らは護衛を専門とする傭兵です。長年務めてもらっているのですよ。頼りになる連中なのですが、最近は魔獣の出没も多くなりましたし、力の強いものも増えた気がします。―お、そろそろ町に着いたようですな」
馬車の窓から、町の喧騒が聞こえてきた。大通りなのだろう、大勢の人が行き交っている。道の両側には店がびっしりと並んでいる。店頭の品数も種類も豊富だ。活気のある豊かな町だということが伝わってくる。
「ようこそ。わが町、交易都市『アクティニディア』へ。歓迎しますぞ、リリアムさま」