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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第十章 愛のカタチ
109/213

すれ違い

「ごめんね、リリー」


ハーデンベルギアはしょげ返っていた。リリアムの控室に戻ってきてからというもの、謝り続けている。


「ハーディのせいじゃないよ」


「あたしがリリーの妹だなんて陛下に挨拶したから、反発しちゃったんだよ。認めていただけなかったのは、あたしのせいだ」


「そんなことないって。何言っても認めるつもりがなかったんだよ」


リリアムは一生懸命慰めるが一向にハーデンベルギアの気は晴れない。


「困ったなあ…」


世のすべての負を背負ったかのようなハーデンベルギアを見つめながら、リリアムは大きくため息をついた。


「……ねえ、ハーディ。まったく絶望っていうわけでもないんだよ」


「どういうこと?」


「陛下は出直してこいっていったのよ。それって、もう一度会ってくださるっていう意味じゃないの」


「……」


「陛下を納得させる理由が見つかれば、希望が出てくるよ」


「納得させる理由…」


「全っ然、思いつかないけどね。さっきからずっと考えてるんだけど…」


リリアムはしばらく黙考していたが。 


「……ああっ、もうっ。煮詰まったぁーっ!」


突然、立ち上がった。


「ハーディ、気分転換に町に出ない?」


「町…?」


「そう。フーストニアの町に行こうよ」


リリアムは半ば強引にハーデンベルギアの手を取って歩き出した。王宮を出て外門に向かう途中、アーケルとばったり行き会った。


「ヨーマ! これから町に行くんだけど一緒に来ない?」


「付き合おう」


「フィールとレギーも誘おうか。どこにいるか知ってる?」


「やつらなら、中庭にいるのを見かけた。レギーが楽しそうに話していた」


「……二人にしておこう」


即決すると、三人連れ立って外門を出る。


王宮前通りはたくさんの店が軒を連ねていた。ブルンフェルシア一の繁華街である。


新鮮な野菜や果物を売っている店。焼き立てのパン屋。若い女性が群がっているスイーツ店。すぐ食べられる惣菜屋。食べ物だけではない。


おしゃれな服を売っているアパレルショップ。高級な貴金属店。お手頃価格の服飾品店。日用品を扱っている店もあれば、高級家具を売っている店もある。


道行く人々も、買い物に来ている常連もいれば、キョロキョロ物珍しそうに見回している旅人もいる。商人もいれば、冒険者もいる。大変な賑いをみせていた。


「とっても活気があるね。リリーは特徴のない小国って言ってたけど、どの国にも負けないくらい賑わってるよ」


ハーデンベルギアは、目を輝かせて店や町行く人々を眺めていた。ようやく気分が晴れたらしい。リリアムは内心ホッとしていた。


ハーデンベルギアは繊細で責任感の強い子だ。すぐに自分が悪いと決めつけて背負い込んでしまう悪いクセがある。


―わたしが盾にならなくちゃ。傷つきやすい心を守ってあげられるのはわたししかいないのだから。


「……リリー」


そのとき、突然男に声をかけられた。


「えっ…?」


「そのまま普通にしていてくれ」


「あなた、セネシオ!?」


それは、パルナッシア諜報軍のセネシオだった。行商人の格好をしているので、初めは誰かわからなかった。あたかも商売の話をしているフリをして小声で話し込む。


「怪我はもういいの?」


「おかげさまで完治したよ。あのときは、本当にありがとう。君たちをサポートすべき僕が逆に助けられちゃ、話にならないけどね」


「現場復帰してたのね。元気になって良かった」


「あれ以来、諜報軍も体制を組み換えたんだ。僕の部下は全滅しちゃったしね」


「ルータのことはお気の毒だったわ」


「丁重に埋葬してくれたんだってね。感謝するよ。僕たちは闇に生きる者だ。死んでも野ざらしなんてザラさ。そういう覚悟で仕事に臨んでもいる。ルータは幸せなやつだよ」


「スピラエさんはどうしたの?」


「父はアイヒホルニアに行っている」


「アイヒホルニア…」


ブルンフェルシアに戻っていなければ、次に向かう国がアイヒホルニアのはずだった。


「政情不安が勃発したらしい。リリーたちも近いうちに通るのだろう? 一足先に行って環境整備をしに行ったんだよ」


「よくわからないけど、無茶はしないように伝えておいて」


「父もジャスティシアでは世話になったね。親子で君たちには恩義ができた。恩には恩で報いる。―君たち一人ひとりに複数の諜報員を張り付かせた。誰かに何かがあってもすぐに連絡できるように体制を整えた。もちろん、君たちの日常生活には立ち入らない。普段はいないものと思ってくれ。それを知らせに来たんだ」


「ありがとう、セネシオ。でも、あまり無理をしないでね。諜報員さんたちにまた何かあったら申し訳ないわ」


「……リリーは優しいね。もし、僕たちに用事ができたら合図をくれ。すぐに駆けつける。連絡方法はファーグス兄さまかハーディが知ってる。じゃあね」


セネシオは何食わぬ顔をして人混みの中へ消えていった。


「……珍しくハーディに一言もなくいなくなったね」


「心境の変化でもあったのだろう」


アーケルは興味なさそうに言う。


「……もう。どうしてあなたは、いつもそう周りに関心がないの? もっと人と関わりを持とうとしなよ」


リリアムは頬を膨らませてアーケルを睨んだ。


「オレはリリーにしか関心がない」


「えっ…」


「リリーがオレの世界のすべてだから。リリーさえいれば、ほかはどうでもいい」


「アーケルったら…。ほかはどうでもいいなんて言ったらダメよ〜」


と言いながら、リリアムは照れたように両手で頬を覆った。


「……仲良しだね」


ハーデンベルギアは、二人の間に入って腕を絡ませた。


「やあね〜、ハーディ。からかわないで」


悩みもいっとき忘れて、穏やかな時間が流れていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「見て、フィール。コスモスが咲いてる」


ブレティラは、歓声を上げて花壇の花に顔を近づけた。


パルナスやジャスティシアの王宮庭園には及ばないが、フーストニアの王宮庭園も秋の花々が美しさを競い合っていてとても華やかだった。


ただ、一年中花が咲き乱れているジャスティシアとは違って、冬になると花は途絶え、冬枯れの中に沈んでしまう。


「……なあ、レギー。話があるんだがな」


ファーグスは、思い余ったというように切り出した。ブレティラは深刻そうに思い沈んでいるファーグスの様子にとっくに気がついていたが、わざと気がつかないフリをしてはしゃいでいたのだ。


「……それじゃあ、あっちの東屋で話しましょ」


庭園に設けられた東屋のベンチに腰掛ける。


「話って、なに?」


ブレティラは、橙色の瞳をファーグスに真っ直ぐ向けた。


「その…前からレギーには話さなきゃと思いながら、言いそびれてたことがあってだな…」


ブレティラの瞳を直視せず、ファーグスはあらぬ方向へ向ける。


「……なんとなく言いたいことはわかる。だから聞きたくない」


「えっ…」


驚いて、ファーグスはブレティラの美しい顔を見つめた。


「どうせ、リリーのことでしょ」


「……なんでわかった?」


「それくらい、嫌でもわかるよ。僕が腕を絡めていても、隣にくっつていても、いつも視線はリリーを追っているもの。だから、聞きたくない」


「……」


「前に貴方が言ってた尊敬する冒険者って、リリーのことなんでしょ?」


「……ああ、そうだ」


「やっぱり。でもいいんだ。僕もリリーのことは好きだから。あんなに他人のことしか考えていない人、初めて見たわ。好きになって当然よ」


「……知っていて、はしゃいでいたっていうのか」


「それでもいいの。僕はファーグスのことが好きで好きでたまらないんだ。こうやって隣にいるだけで幸せ。だから、お願い。このまま隣にいさせて」


「レギー…」


「ジャスティシアにいた頃は、僕が将来こんなふうになるなんて、自分でも想像できなかった。あの頃はただ復讐することしか考えていなかった。心が真っ暗な闇の底に沈んでいたから。それを光の下に引き上げてくれたのは貴方よ、ファーグス」


「ブレティラを見捨てることができなかっただけだ」


「それでも嬉しかった。僕がここにいられるのは貴方のおかげよ。だから、例え僕の想いがかなわなくても―」


ブレティラは声を詰まらせた。必死に涙を堪える。


「……ごめんなさい。泣くなんて卑怯よね。誤解しないで。涙で貴方の気を引こうとしてるわけじゃないの。僕はただ―!?」


ふいにファーグスはブレティラを抱きしめた。


「ファーグス? 気を使わないで。かえって僕が惨めになるよ」


「違うんだ、ブレティラ」


「え…」


「今になってアエスキュラスの気持ちが痛いほどわかる」


「アエスキュラス…? えっ、それって…」


「俺は…ブレティラのことを好きになったみたいなんだ」


「えっ!?」


「でも、リリーへの想いも断ち切れないでいる。それこそ、あいつはアーケルのことしか見てないから。俺の気持ちにはまったく気づいていないから。それはよくわかってる。わかってるのに断ち切れないんだ」


「ファーグス…」


「不実だよな。二人を同時に好きになるなんて。こんな俺のことなんか、呆れただろう? こんなこと告白したら、二人とも失うと思って、今まで言い出せなかった。俺は…俺のほうこそ卑怯者だ」


「……嬉しいっ」


「なっ!?」


ブレティラはファーグスの広い背中に両腕を回した。


「僕のこと、好きになってくれていたなんて、嬉しいよ!」


「ブレティラ…いいのか?」


「もちろんよ。なんでダメなの? 好きになってくれてありがとう。とても幸せよ」


「……いや、やっぱりダメだ。こんなの良くない」


ファーグスは、ブレティラから身体を離した。


「なんで…?」


ブレティラは、悲しそうに手を宙にさまよわせた。さっきまで確かに感じていた温もりが、するりと手から抜け落ちた気がした。


「ブレティラに対して不誠実過ぎる。こんな気持ちのままでブレティラに甘えるわけにはいかない」


「僕のことは気にしないでよ。さっきも言ったでしょ。このまま隣にいさせてくれるだけで幸せなのよ」


「……時間を」


「え…」


「時間をくれないか。必ず心に決着をつける。それまで、待っていてほしい。こんなこと、頼める立場じゃないことは重々承知している。でも―」


「嫌よっ!」


ブレティラはファーグスを遮って立ち上がった。


「僕は何があってもファーグスから離れないからっ!」


そう言うと、ブレティラは庭園を走り去っていった。流れる涙も構わずに。


ファーグスは、追いかけることもできず、じっとベンチに座っているばかりだった。


ファーグスから少し離れた花壇の中。花々の間でうごめく黒い塊があった。黒いスライムであった。それは、しきりとゼリー状の身体を揺らしていた。やがて揺らしを止めると、地中へと姿を消してしまった。

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