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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第十章 愛のカタチ
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偏屈王

「リリー。お久しぶりね。元気にしていた?」


女性は、可憐な笑顔をリリアムに向けた。幼い少女の手を引いている。この子も赤毛だった。


「ハル姉さま!」


リリアムはバネ仕掛けのように立ち上がり破顔一笑、女性に抱きついた。


彼女はハレシアという。アスクレピアスの姉であり、デュランタの娘であり、国王の妻でもある。


「わたしは元気もりもりよ。ハル姉さまも変わらないねえ」


「リリーが帰ってきたと聞いて、矢も盾もたまらず会いにきちゃった」


「ごめんなさい。本来ならわたしのほうから挨拶に伺わなきゃいけないのに」


「いいのよ。子どもたちにも会わせたかったし」


「―この子がお父さまのお葬式のとき、ハル姉さまが抱っこしてた子ね」


「アルピニアよ」


「こんにちは、アルピニア。わたしはリリーよ。よろしくね」


「……」


アルピニアは目をそらし、母のスカートの陰に隠れてしまった。


「あらら。嫌われちゃった」


「引っ込み思案なのよ。上二人はうるさいくらいおしゃべりが好きなのだけど、この子は大人しくて、誰ともあまり話さないの」


「へえ。それも個性だから、いいじゃない。―そういえば、デュランタおじさまから、もう一人生まれたって聞いたけど」


「この子よ」


ハレシアの後ろから、赤子を抱いた侍女が歩み寄る。


「きゃあぁーっ、かわいいっ!」


リリアムは赤子の顔を覗き込んで歓声を上げた。


「うわーっ、この子も赤毛だ。うちの血筋はみんな赤毛なのよねえ。4人目にして初めての男の子なんでしょ?」


「イリシウムというの」


「ちっちゃーい!」


手を伸ばすとイリシウムはその小さな手でリリアムの小指を握った。


「―リリー。陛下に養子縁組をお願いするのですって?」


「うん。―ハーディ、こっちに来て」


リリアムはハーデンベルギアの肩を抱いてハレシアの前に立たせた。


「ハーデンベルギアというの。わたしの大事な妹。ハーディ、この方が前に話したハレシア王妃陛下よ」


「初めまして、王妃陛下。ハーデンベルギアと申します」


ハーデンベルギアは優雅に王侯貴族に対する挨拶をした。


「初めまして、ハーデンベルギアさん」


ハレシアは パッと明るい表情を浮かべた。


「まあ。とても可愛らしい方ね。陛下がお許しになられたら、私の義理の娘になるのね」


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


「私、26歳にして、6人の子持ちになるのね」


「ハル姉さまがお母さまになるのかー。なんか違和感あるなー」


「違和感って…あなた、承知の上で陛下にお願いするのでしょ?」


「あんまり気にしてなかった。ハーディと姉妹になることばっかり考えてたから」


「やあねえ。リリーらしいといえばらしいけど」


「……なんだか、ずいぶん賑やかだな」


そこへデュランタがやってきた。


「じいじっ!」


途端にルナニアとペオニアがデュランタに飛びつく。アルピニアは、相変わらずハレシアのスカートにしがみついて離れない。


「おおっ、姫たちは今日も可愛いのぅ」


デュランタは相好を崩して孫たちを両腕で抱き上げた。今にもとろけてしまいそうだ。


「……こうなるとおじさまも、ただの孫可愛がりのクソジジイだね」


リリアムは、孫にデレデレのデュランタに呆れ返る。


「リリーったら。相変わらず口が悪いわねえ」


ハレシアは、鈴が転がるような声音でとても楽しそうに笑った。


「―リリー。陛下がすぐにお会いになるそうだ」


デュランタは、真面目な顔に戻りリリアムに告げた。


「ハーデンベルギアどのも共に謁見なさる」


「……いよいよね」


「陛下には一通り事情を説明してはいる。改めて言わずともわかっていると思うが、陛下のペースに乗せられるなよ」


「わかってる。心配しないで。―さあ、ハーディ、いくよ。なんとしても認めさせてやるからね」


リリアムは力強く前を見据えた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―陛下。永のご無沙汰、申し訳もございません。カリステファス伯が娘、リリアムにございます」


リリアムは跪拝して玉座の人物に言上した。


玉座の人物こそ、ブルンフェルシア王イフェイオンである。赤毛の美青年でこの年33歳。ブルンフェルシア王家に連なる者たちはみな、美形揃いである。


「……」


イフェイオンは玉座の上であぐらをかいて、ジロっとリリアムに鋭い視線を向けた。行儀が悪いのはいつものことなので、リリアムは大して気にしない。しかし…。


「……リリアム? 誰だ、それは?」


「は…?」


さすがのリリアムも、予想外の言葉に面食らって二の句が継げない。


「俺はリリアムなんて娘は知らんぞ。確かユーストマに留学するといっていた姪はいたがな。留学中の姪がここにいるわけがないし」


「その姪が私にございます。陛下の召還命令をいただいて、急ぎユーストマから戻って参りました」


「それはおかしい。留学したと思っていた姪は、ユーストマにはいなかったと聞いたぞ」


―ちっ。もうバレてたか。


リリアムは内心舌打ちする。


「ユーストマから戻ったというお前は、さだめしリリアムを名乗る偽物であろう」


―ったく。このひねくれ者め。真っ直ぐ留学偽装を責めればいいものを。


イラつく気持ちを無理やり抑え込んで、リリアムは頭を下げた。


「その件につきましては、伏してお詫び申し上げます。ある目的のため冒険者を志しました。冒険者になるといってもお許しにはならないと思い、留学すると偽りました。誠に申し訳ございません」


「俺を騙しておいて、今度はお願いごとか。都合が良すぎはしないか、()()()()?」


「陛下に偽りを申し上げたこと、幾重にもお詫びいたします。どんな罰でもお受けする覚悟で参りました。陛下のお気が済むのでしたら、カリステファス伯領の返上もいたします」


「ほう。俺の娘になれれば、伯爵家もいらん、というわけか」


「……いえ、決してそのようなつもりで申し上げたわけでは―」


―まずい。陛下のペースに乗せられた!


リリアムは焦り出す。あれほどデュランタに注意されたのに。


「伯爵より王の息女のほうが利は大きいからなあ。そういう考えは嫌いではないぞ」


「利害など考えてはおりません。ただただこれなるハーデンベルギアと姉妹になりたいがためにございます。ぜひ、この者にご挨拶を…」


「その必要はない」


ハーデンベルギアに挨拶させようとしたリリアムを、イフェイオンはピシャリと遮った。


「ハーデンベルギアなど、俺は知らん。知らん者を俺の娘にして何の得がある?」


―やっぱり、そうきたか。


この男は利害しか頭にないのか。沸々と怒りが湧いてくる。


「陛下! それではなぜ、私たちを召還なさったのですか。ハーデンベルギアを謁見に伴うようお命じになられたのは陛下ご自身です。人のことを呼んでおいて挨拶もさせないなんて、バカにするにも程がある!」


「おお、誠、お前はリリアムに相違ない」


イフェイオンは、手を叩いて喜んだ。


「俺に意見するのは、この王宮の中でもリリアムとハレシアとデュランタ、あとはエランシス、お前くらいだからな」


イフェイオンは傍らに立つエランシスに視線を投げた。エランシスは先代国王から仕える宰相である。イフェイオンの少年時代からの守り役でもある。


「御意。誠にリリアム姫君さまにお間違いないかと」


エランシスは身をかがめた。


「陛下に意見する者として、一言申し上げてもよろしいでしょうか」


「ふん。よろしくはないが、俺が嫌だと言ってもどうせお前は()()()()()のだろう? ―構わん。言え」


「恐れ入ります。リリアム姫君さま偽装留学の一件、ご本人も反省なさっておられる由。領地返上などと大事になさるほどの問題でもございますまい。そのようなことをすればカリステファスの領民から陛下が恨まれます。百害あって一利なし。不問に付すべきかと存じます」


「百害あって一利なし、か。エランシスの言う通りである。―リリアム。留学の件は不問に付す」


「はっ。ありがたき幸せ」


―さすが、エランシス。伊達に長年、陛下の側仕えをしていないなあ。陛下のツボをバッチリ押さえてるもんね。


リリアムは敬意と感謝の気持ちをこめてエランシスへも頭を下げた。


「改めて陛下にお願い申し上げます。ハーデンベルギアにぜひ、ご挨拶を述べさせていただく栄誉を賜りますよう」


「……挨拶だけは許そう」


「はっ。ありがたき幸せ」


リリアムに促されて、ハーデンベルギアは一歩膝を進めた。


「お初にお目にかかります、陛下。カリステファス伯が娘リリアムの()、ハーデンベルギアと申します。以後、お見知りおきくださいますよう、お願い申し上げます」


リリアムに負けないほどよく通る声で、ハーデンベルギアは名乗った。堂々とした貴賓溢れるその姿は、充分イフェイオンの注意を引いたようだった。


「妹? リリアムの妹と名乗りおったか、この娘は」


イフェイオンは興味深そうにハーデンベルギアを見つめた。


「俺の前で大胆なやつだな。挑戦的でもある。リリアムにそう言えと事前に言われたか?」


「いえ。姉リリアムからは何も言われてはおりません」


「では、お前一人の考えというわけか。面白いやつだ。―だがな、リリー」


イフェイオンはリリアムに冷たく言い放った。


「俺の考えは変わらんぞ。俺には既に3人、娘がいる。この上、5人娘にするつもりはない。王家にとっても俺にとっても、まったく何の意味もないからだ。出直してこい、リリー」

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