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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第十章 愛のカタチ
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ノスタルジア

「……みんな、見えてきたよっ」


リリアムは吹きすさぶ強風に赤毛を押さえながら、眼下に広がる町を指差した。アスクレピアス以外は、興味深そうに下を覗き込む。


何しろそれは、泣く子も黙る『クラッシュ・リリーズ』のリーダー、リリアムの故郷であるブルンフェルシアの王都、フーストニアなのだ。


リリアムたちは、ヴェズルフェルニルの上にいた。王都の召還命令を受けてブルンフェルシアに帰国することを決めたのはいいが、さすがに歩いて帰るには厳しい距離である。


メンバー全員の意見一致によって、空から帰国することにしたのである。


ヴェズルフェルニルなら一日で越えられる距離だが、乗客たちの身体が保たないので、途中パルナッシアに寄ることにした。多分にそれは、ハーデンベルギアへのプレゼントの意味合いが濃かったが。


思いがけない再会に、ハーデンベルギアとサリックスは夜通し語り合ったようである。ファーグスはファーグスで父王・カランサに一晩中話し相手をさせられていた。


翌朝、ハーデンベルギアは上気した表情で現れた。充実感を漂わせていたが、本人曰く語り足りないということだった。


反対にファーグスは酒臭い息を吐きながら現れた。充実感とは程遠い疲れ切った表情だった。本人曰く二度と()()したくないとのことだった。


原因はブレティラにあった。


なんと彼女は、父子水いらずの場に乱入し、父王への紹介を迫ったのだ。カランサは大いに驚き、酒を酌み交わすうちに大いにブレティラを気に入ったようだ。酒の席のこととはいえ、終始『我が娘よ』と呼んでいたという。


「いくらお酒の席って言っても、よく部屋に入れたね、レギー」


「そりゃ、エキナセアの王女、って名乗ったからね。衛兵はすんなり通してくれたわ」


「……すんなりどころか、無理やり押し退けて強引に入ってきたように俺には見えたが」


「貴方は酔ってたから、見間違えたんでしょ」


ブレティラは澄まし顔で言う。


「でも、これでパルナッシア王家公認になったね」


「そうなの〜。陛下はとてもお優しい方で良かったわ。やっぱり、嫁としては夫の実家とはうまく付き合いたいじゃない? ねえ、ハーディ。貴方もそう思うでしょ?」


「えっ!? ……あ、あたし、よくわからない」


突然話を振られて、ハーデンベルギアは目を白黒させた。


「貴方こそ、よく考えたほうがいいわよ。僕の方はただの穀潰し王子だけど、ハーディは跡取り息子だから、いろいろ気を使わなきゃいけないし」


「誰が穀潰し王子だ。そもそも俺はまだ結婚を承知した覚えはない」


「―と、昨夜も言い続けてたわね。結局僕のこと、最後まで恋人とは紹介してくれなかったし」


「紹介もなにも、レギーが自分で恋人だと名乗ったんだろうが」


「僕が言うのと貴方が言うのとでは、雲泥の差があるの」


リリアムは、ブレティラの積極性がとても羨ましかった。もし仮にアーケルが王子だとして、初めて会う父王にここまで己をアピールできるかと言われれば、おそらくできないと思う。このバイタリティはいったいどこから来るのだろう。


ちなみに、ハーデンベルギアたちが『感動』の再会を果たしていたころ、リリアムとアーケル、アスクレピアスの三人はどこにいたかといえば、ジムナスター亭にいたのだ。


こちらもセリッサと久し振りの再会を果たし、大いに盛り上がった夜を過ごした。


「……シトリン、王宮の裏庭にわたしたちを降ろして」


ヴェズルフェルニルは、上空を旋回し、一度大きく羽ばたいて地上へと降り立った。


地上では既に迎えの人々が集まっていた。


「リリー!」


「おじさまっ!」


リリアムは、両手を広げて待ち構えるデュランタの胸へ飛び込んだ。


「お帰り、リリー」


「おじさま、いろいろ骨を折ってくださりありがとうございます」


「リリーの頼みとあらば、なんということもない。―さあ、まずはこちらへ。話は旅の疲れを癒してからだ」


デュランタに導かれ、『クラッシュ・リリーズ』の面々は王宮へと入っていく。一人、アスクレピアスは迎えに来ていた第一連隊の人たちと別の方へ歩み去っていった。おそらく騎士団寮へ戻るのだろう。


リリアムは王宮内にカリステファス伯家の控室があるので、そこで旅装を解いた。アーケルたちはそれぞれデュランタが手配した客室に収まった。


リリアムにとっても王宮に来るのは久し振りである。召喚士になるべく魔法学校へ入学する際に国王へ挨拶しに来て以来だ。この控室も懐かしい。この部屋はほとんど父ブラシカと二人で利用していた。独りでいると、ガランとして広く感じる。


「―リリー、入ってもいい?」


ハーデンベルギアが顔を覗かせた。


「もちろん、いいよ」


「くつろいでいるのに、邪魔してごめんなさい」


「……こっちへおいで」


ソファに並んで座る。ハーデンベルギアはリリアムにピタリと身体を寄せてきた。


エキナセアの王宮とは違って、部屋に侍女は控えていない。広い客室にポツンと独りでいて心細くなったのに違いない。


―わたしは、独りじゃない。


ハーデンベルギアが、いる。アーケルやファーグスやブレティラがいる。仲間がいるというのは、なんと心強いことだろう。


「……ここが、リリーの故郷なんだね」


「そうね。厳密にはフーストニアじゃなくて、カリステファスだけどね」


「ブルンフェルシアの王都か。その…可愛らしい王宮だね」


「はっきり言っていいよ、小さい王宮だ、って」


パルナッシアやエキナセアの王宮を巡ってきたハーデンベルギアからしてみれば、こじんまりとした質素な王宮と感じられても仕方がない。


大国に比べれば、ブルンフェルシアは小さい国だ。これといった産業はない農業国なのである。財政も豊かとはお世辞にもいえず、王宮に金など使っていられない。


このカリステファス伯家の控室からして、リリアムが懐かしいと思うほど代わり映えのしない古い部屋なのだ。


「そんなことないよ。確かにパルナッシアに比べたら小さいかもだけど、掃除は行き届いてるし清潔で明るくて、あたしは好き」


「……なんかハーディの視点がババ臭くて、将来が心配なんだけど」


「リリーだって、故郷は好きでしょ?」


「そりゃあね。慣れ親しんだところだし。―そうだね。うん…そうか、そういうことか」


「……?」


一人納得するリリアムをハーデンベルギアは不思議そうに見た。


「……あ、ごめんごめん。ちょっとね、思ったんだ。なんか妙に安らぐなあ、って」


「安らぐ…?」


「旅の間は、ずぅっと知らず知らず緊張してたんだよね。でもブルンフェルシアに戻ってきたら、和んじゃって。故郷だからなんだと思ったの」


「……」


ハーデンベルギアは、遠い目をした。その神秘的な瞳は何を見ていたのだろう。リリアムが声をかけようとしたそのとき、前触れもなく賑やかな来客が訪れた。


「……リリーお姉さま!」


小さな女の子が飛込んできた。そのままリリアムに抱きつく。


「リリーお姉さま、会いたかった!」


「ルナ!?」


「リリーねえさまーっ」


驚いていると、更に幼い女の子がハーデンベルギアを邪険に押し退けてリリアムに飛びついた。二人とも、ものの見事にリリアムと同じ赤毛である。


「もしかしてあなた、ペオニア!? あなたたち、しばらく見ないうちに大きくなったねーっ」


「あのね、ペオニアはね、5歳になったんだよ」


「へえ、そっかー。ペオニアはわたしのこと覚えてるかな?」


「おぼえてるよっ。おそうしきのとき、ペオニアと遊んでくれた!」


「ウソおっしゃい。それは私が教えてあげたんじゃないの」


ルナと呼ばれた少女がペオニアを責める。


「ブラシカ伯父さまのお葬式のときといったら、ペオニアはまだ2歳でしょ。さっき聞いたら、何も覚えてないって言ったじゃない」


「おぼえてるもん! ねえさまのバカ!」


「こらこら、ケンカしないの」


リリアムが仲裁に入るが、間を挟んで二人はお互いにあっかんべーをし合った。


「元気な子たちだね」


リリアムから押し退けられたハーデンベルギアは、気分を害した様子もなく言う。むしろ、子どもたちへの眼差しは温かい。


インペレータの孤児院のときもそうだったが、ハーデンベルギアは年下の子どもに対する慈しみの心が深いのだろう。


「この子たち、わたしの従姉妹なんだ。上の子がルナニア、下の子がペオニアというの」


「そうなんだ」


「もう一人、妹がいるはずなんだけど…」


「……ルナニア、ペオニア。王宮の中は走ってはいけませんよ」


リリアムが誰かを探す仕草をすると、待っていたように若い女性が現れた。


それは、誰かを彷彿とさせる碧色の髪と瞳をした、清楚で貴賓溢れるとても美しい女性だった。

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