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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第九章 大天使、降り立つ
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大天使の目覚め

ハーデンベルギアはリクニスの家の前でしゃがみ込んでいた。傍らではファーグスが落ち着かなげに行ったり来たりしている。


「……少しは落ち着きなさいよ、フィール。ウザいったらありゃしない」


ブレティラがファーグスをたしなめるが、一向に収まる気配はない。


「……なあ、レギー。いくら何でも遅過ぎると思わないか。やっぱり様子を見に行ったほうが―」


「フィールが二人を信じて待とうって言ったんでしょ。待つと決めたらとことん待つだけだよ」


「そりゃ、そうなんだけどよ…」


「―帰ってきた!」


ハーデンベルギアが弾かれたように立ち上がった。山のほうから二人の影がこちらに歩いてくるのが見える。無意識に走り出していた。


「―リリーっ!」


「ハーディさん…」


リリアムは支えるように付き添っていたアーケルを一度見上げてから、ハーデンベルギアに小さく手を振った。


「……良かった。元気そうで」


ハーデンベルギアは心配そうにリリアムの全身を見回した。


「家の前でわざわざ待っていてくださったの?」


「え…ええ」


「姉思いの妹さんなのね。さすがリリアムさんの自慢の妹さんですわ」


「……」


違和感を覚えたハーデンベルギアは、形のいい眉をひそめた。


「……リリー。大丈夫か?」


ファーグス、ブレティラ、アスクレピアスの三人も集まった。


「フィールさん、ありがとうございます。わたしは大丈夫ですよ。―レギーさんも、アックスさんもすみません、永らくお待たせしちゃって」


「そのう…元気ならいいんだ」


「わたしもこんな経験初めてでしたから、すっかり動揺しちゃって。でも、ヨーマさんと山の中で話し合ってるうちにわかったんです」


「……」


「リリアムパーティーは世界で最高のパーティーなんだって」


リリアムはウィンクをしてみせた。


「……!」


「いい? みんな。誰にも『クラッシュ・リリーズ』なんて言わせないよ。わたしたちは破壊者じゃない。これからわたしたちのパーティー名は『大天使たち(アークエンジェルス)』にする」


「リリー…!」


何かを確信したように、ハーデンベルギアの神秘的な瞳に涙が溢れ出した。


「わたしたちは『大天使』だ。渾沌(こんとん)の『悪魔』を退治しに行くよっ!」


「リリーっ、戻ったのね!」


ハーデンベルギアはリリアムの首に抱きついた。


「……戻った?」


ファーグスがきょとんとした表情を浮かべた。


「そうか! 戻ったのね!」


ブレティラも手を叩いて喜びを爆発させた。アスクレピアスは既に男泣きに泣いている。


「……あんたら、大げさだぜ。リリーが()()()戻ってきただけでそんなに喜ぶほどか?」


「フィール。意外とお前、勘が悪いな」


アーケルは笑いながらフィールをからかう。


「勘…? そりゃ無事に戻ってきたのは嬉しいけどよ」


「バカね、フィール」


ブレティラがファーグスの肩を小突いた。


「リリーの()()が、戻ったのよ!」


「えっ!? だって、さっき俺たちのこと敬語で呼んで…」


「だから、それはリリーのいつもの悪ふざけだって」


「なっ…!?」


ファーグスが絶句する。


「わあぁぁーんっ!」


ハーデンベルギアが大声を上げて泣き出した。


「ゴメンね、ハーディ。心配かけて」


リリアムはハーデンベルギアを優しく抱きしめた。


「良かった…ほんとに良かった」


ブレティラももらい泣きして二人を抱きしめた。


「……なんだよ。そうか、記憶が戻ったのか。それならそうと初めに言ってくれればいいのに」


三人娘が抱き合う横で、ファーグスは独り言ちた。


「良かった…良かったよ〜。これでリリアムパーティーは元どおりだ」


アスクレピアスは泣きながらファーグスの肩を叩いた。


「……ああ。そうだな。これでようやく元どおりだ」


アーケルは意味ありげにリリアムを見た。


「うん。わかってる」


リリアムはアーケルに頷いてみせた。


「……みんな、心配かけてほんとにごめんなさい。改めてみんなに支えられて冒険者をやっていけてるんだなって、今回のことで痛いほど実感したよ」


「そんなこと改まって言うなよ、リリー。恥ずいだろうが」


ファーグスが照れたように言う。


「いや、真面目(マジ)な話、みんなが勇気をくれなかったら、きっとアンゲルスとしてこの村で生きていたと思うんだ」


「リリー…」


ハーデンベルギアはハッとしたようにリリアムを見つめた。


「だからこそ、けじめをつけなくちゃならない」


「リリー。あたしも付き添うよ」


「ありがとう、ハーディ。ついてきてくれれば嬉しい。でも、口出しは無用よ。これは、わたしが直接言わなきゃだから」


「うん。いい人たちだからきっとわかってくれるよ」


リリアムは歩き出した。力強く一歩一歩踏みしめながら。


「……なあ、レギー。今のはどういう話なんだ?」


ファーグスはブレティラの耳元に口を寄せ、そっと尋ねた。


「フィール。ほんとに貴方、勘が悪いわね」


ブレティラは呆れたように言う。


「お世話になったリクニスさんとグレーニアさんにお詫びをしに行く話じゃないの」


「お詫び? お礼じゃなくて?」


「お礼もあるけど、どちらかと言うとお詫びのほうが比重が大きいと思うわ」


「比重ねえ…さっぱりわからん」


「あのねえ…。見てわからないの? リクニスさんと、記憶を失くしたアンゲルスさんは好き合ってたのよ」


「えっ!? そうだったのか? 全然わからなかった」


「……貴方、少し人情というものを勉強したほうがいいわよ」


「……大きなお世話だ」


そんな幕間が後ろで展開されているとはつゆ知らず、リリアムは家の前に着くと、大きく深呼吸した。そして、静かにドアを開ける。リクニスとグレーニアがリリアムを見つめた。


「リクニスさん、グレーニアさん。わたし、記憶を取り戻しました」


「そうかい。そりゃ、良かったなあ」


グレーニアはパッと顔を明るくさせた。


「ほんとにこれまでわたしなんかのお世話をしてくださって、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


「水臭いのう。わしらは好きでやったことじゃて、そんな有り難く思わんでええに」


「おばあさまにはお料理を教えていただき、感謝しかありません」


そう言いながら、リリアムはリクニスを見つめていた。


「……ほれ、リクニス。お前も何か言わんかい」


「……俺は、別に…」


「口下手な孫ですまんなあ、アン…じゃなかった。リリアムさん、じゃったな」


「……リクニスさん。ほんとにお世話になりました。あなたの優しさがなければ、わたしは山で命を落としていたでしょう。わたしの命の恩人です」


「当然のことをしたまでだ。そんな大げさなもんじゃない」


「リクニスさんとのお昼、いつも楽しみにしていました。わたしのつまらない会話に付き合ってくださってありがとう」


「つまらなくはない。俺は…とても楽しかった」


そっぽを向いたままのリクニスに、リリアムは微笑んだ。


「……お二人には何とお礼を言ったらいいか、わからないほどです。必ずこのご恩はお返しいたします」


リリアムは深々と頭を下げた。


「とても…辛いのですが、お別れを言わなければなりません」


リリアムは前を見据えた。その蒼い瞳には決意が強く滲んでいた。


「散々ご迷惑をおかけしてお世話になっておきながら、身勝手だと思われるでしょうが、わたしにはやらなければならないことが―」


リリアムは泣きそうになるのを懸命にこらえた。


「―わたしには、やらなければならないことがあります。やり遂げたら…もしお二人が許してくださるのなら、やり遂げた後、またこちらにお邪魔させてください」


「……」


「……では、お元気で。わたしは、行きます」


リリアムが身を翻そうとしたそのとき。


「待ちんしゃい」


グレーニアが何かを衣装箱から取り出した。


「……これを持っていけ」


グレーニアから渡されたそれを見て、リリアムは驚いた。


「これ…わたしのローブ!? 山から落ちたとき、ボロボロになったからとっくに捨てちゃったのかと―」 


「確かにボロボロじゃった。だから、わしが縫っといた。汚れも酷かったで、綺麗に洗っといたんだわ。この日がいつか来たら、返そう思うての」


「グレンおばあさま…」


リリアムはローブを握りしめたまま、堪えきれず泣き出した。グレーニアはそんなリリアムを黙って優しく抱きしめた。


「……おばあさま、ありがとう。とっても嬉しい」


「……身体にだけは気ぃつけての」


「おばあさまも、お元気で」


「―アン」


ふいにリクニスに呼びかけられて、リリアムは顔を上げた。真っ直ぐ見つめるリクニスの目と合う。


「アン。お前のパーティーは世界一だ。仲間を大事にしろよ」


「リック…」


「応援してるから。お前の望みがかなうように、ここでいつも声援を送ってるから」


「……ありがとう、リック」


涙で頬を濡らしながら、輝く笑顔でリリアムは応えた。その笑顔は、かつてアンゲルスがリクニスに向けたものと同じだった。


「絶対に忘れない。あなたのこと、絶対に忘れないよ」

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