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クラッシュ・リリーズ  作者: 駒戸野圭哉
第九章 大天使、降り立つ
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戦慄

それは、木々をなぎ倒し、地響を立てながら降り立った。


「魔獣!?」


見た目は確かに魔獣だった。黒い体毛に覆われたベヒーモスのような姿をしていたが、人間ほどの体長しかない。しかも、二足で立ち手には大斧を持っていた。


「……こいつではない。こいつからは生体エネルギーを感じない」


「どういうこと?」


「……似てる。似てるよ、リリー」


「何に似てるの? ハーディ」


「サリックスさまをパルナスの東の塔で助けたときにいた操り人形の魔獣と似てるの」


「操り人形…」


「こんな弱そうなやつ、俺たちで充分だ」


ホルデウムのメンバーの剣士が斬りかかった。魔獣が目にも止まらない速さで大斧を振った。剣士の胴が真っ二つになっていた。


「バウヒニア!」


魔法使いが叫びながら炎の魔法を放った。魔獣は大斧を高速回転させて炎を吹き飛ばすと魔法使いに大斧を一閃させた。魔法使いの首が遠くへ飛んでいった。


「ヘパティカ…バウヒニア…」


あっという間の出来事だった。メンバーをあっさり殺され、ホルデウムは呆然と立ち尽くした。


そのとき、魔獣の目が赤く点灯した。


「……ワレは、三日月(みかづき)屍皇(しこう)の一人、三日月である」


「魔獣が喋った!?」


「屍皇だと!?」


皆、魔獣が言葉を発したことに驚愕したが、一人アーケルだけは別のことに衝撃を受けていた。


「……屍皇って何?」


「話は後だ、リリー。やつが動くぞ」


アーケルの言う通り、三日月は構えを取った。


「バウヒニアたちの仇!」


ホルデウムが鬼の形相で魔獣の前に飛び出した。


「ホルデウムっ、やめろ!」


リリアムの制止もむなしく肩から斜めに両断されてホルデウムは吹き飛んだ。


「―てめえ、よくもみんなを…」


リリアムが怒りに打ち震える中、三日月は地を蹴って踊りかかってきた。大剣を振って立ち塞がったのはファーグスだった。


「うわっ…!?」


しかし、ファーグスは大斧に弾き飛ばされた。大木に背中をぶつけて沈む。


「フィール!」


慌ててブレティラが駆け寄る。


「リリアムは生け捕る。他は皆殺しだ」


三日月は大斧をリリアムに向けて振りかぶった。


「斬!」


アーケルが唱えると三日月の腕が大斧ごと千切れ飛んだ。しかし、痛みを感じないのか、三日月は構わず残った腕をリリアムに伸ばした。 雷撃が走り残った腕も吹き飛んだ。それでも三日月は身体ごとリリアムにぶつかってきた。


「キャアァッー!」


リリアムは三日月に抱きかかえられた。そのまま三日月は走り去ろうとする。


「斬!」


三日月の片方の脚が千切れ、もう片方は雷撃で吹き飛んだ。リリアムごと地面に倒れ込む。


「…ムギュ〜」


リリアムは必死に這いずり出ようとする。


「動くな!」


リリアムを助けようと走りかけたアーケルとハーデンベルギアは、声の主を見て言葉を失った。


「やっほー、竜の子ちゃん。おひさ〜。そっちの魔法使いは初めましてだね」


それは禍乱(からん)だった。髪も肌も純白は変わらない。極東の国の巫女装束もそのままだった。美少女の青い右目と茶色い左目も。


「魔法使いくんもかなり強いね。もしかして廖疾(りょうしつ)より強いんじゃない?」


「禍乱…。やはりいたか、五指仙」


大凶(だいきょう)が世話になったみたいだね〜。まあ、あんなやつ死のうが生きようが興味ないけど」


禍乱はニッと笑った。同時に禍々しい気が全身から吹き出す。


「……これ、統骸(とうがい)から渡されたんだけどさあ、どうやって動かすんだ?」


禍乱は手に持った四角い箱をガチャガチャと乱暴に手でこねくり回した。


「あ…動いた」


箱の一部が赤く点灯した。すると、三日月の両脚が再生した。続けて両腕も。


「いやーっ!」


三日月はリリアムを抱え直し走り出した。


「……させるかっ!」


アーケルとハーデンベルギアが同時に地を蹴る。


「動くなッて言うのに」


禍乱の左目が輝き出した。そこへ。


「ルブラム・インペラートル!」


竜巻の旋風が禍乱の動きを妨げる。しかし、禍乱は既に竜巻から大きく距離を取っていた。


「……やあ、フィール。会いたかったよう」


ファーグスが大剣を手に立ち塞がっていた。


「―あれが五指仙の禍乱…」


少し離れた大木の陰にブレティラは、いた。一緒に闘うと主張したのだが、ファーグスに強く止められた。ブレティラでは足手まといだと言われたのだ。


外見は極めて美しい少女だが、全身から溢れる禍々しい気に圧倒される。こんなに恐ろしい存在を見るのは初めてだった。戦慄した。心の底から震えた。


「左右の目の魔法を使う強敵…ファーグス、大丈夫よね、貴方ならきっと勝てるよね?」


ブレティラが祈るように見つめる先。ファーグスと禍乱が対峙していた。


「ボクもあれからいろいろ考えたんだ。どうしてキミはボクにとどめを刺さなかったのか、ってね」


「……俺がバカだからさ」


「ボクの結論も同じだ」


禍乱はニッと笑った。二本の牙が口元から覗く。


「キミは外見にとらわれ過ぎた。何の信条か知らないけど、ボクの見た目が女というだけで千載一遇の機会をみすみす見逃した」


「リリーにも叱られたよ。女だからって五指仙相手に情けかけてどうするんだ、ってな」


「キミの愚かな行動のためにボクの左目は目覚めて、キミに万の一つも勝目はなくなったわけだ」


「確かにその通りだ。俺にはもうお前に対抗する手がねえ。だけどな、それでも俺は闘う。愛する人たちのために、この命投げうってでも」


「それこそ愚か者のすることだよ。敗けるとわかってて闘うバカがどこにいるのさ?」


「さっきも言っただろ? 俺はバカなんだ」


「あッははは。そうだね。ほんとにそうだ」


禍乱の両目が宝石のように光輝いた。右目はラピスラズリ、左目はトパーズ。


「それじゃあ、いくよ。キミとの会話は楽しいからもっと続けたいんだけど、ボクも仕事をしないと統骸に叱られちゃうんだ」


禍乱は背中の二振りの剣を抜いた。


「ルブラム・インペラートル!」


竜巻の旋風が禍乱に襲いかかる。


瞬時に禍乱の姿が消えた。


「……!」


「きゃあっっ…!?」


遠くで誰かの悲鳴がした。気付いたときには禍乱の双剣がファーグスの首を捉えていた。すんでのところで刃が止まっている。


「―どうして…?」


また瞬時に禍乱の姿が消える。次の瞬間には離れたところに立っていた。瞬間移動したとしか思えなかった。これが左目の魔法の威力なのか。まるで勝負にならない。


「あーッはははッ。その驚いた顔。楽しいッ!」


禍乱はお腹を抱えて笑い転げた。


「……これでおあいこだ、フィール。確実に今、殺せたけど、一度キミに『情け』をかけられているからね。ボクも、一度は助ける」


「……」


「楽しんでくれたかな。―次こそ、キミを殺すね」


禍乱の左目が輝いた。そのときだった。


遠くから爆発音が轟いた。


「あれ〜? 三日月がやられちゃったかな。統骸に叱られ―ま、いっか。木偶の一つや二つ」


禍乱が消えた。姿を捉えたときには目の前に迫っていた。


―やられる! 


そう思った瞬間。視界に何かが飛び込んできた。


「……ブ、ブレティラ!?」


それはブレティラだった。ブレティラの胸から激しく血が噴き上がった。


「ブレティラーっ!」


ガクンとくずおれるブレティラをファーグスは抱き止めた。


「ファー…グス。無事で良かっ…た」


「なんで…」


「僕には…これくらいしか…できないから…」


二人を静かに見つめる禍乱の左目が輝いた。


「……ちッ。とんだ邪魔が入った」


再び彼らから距離を置いた。


「踏み込みが甘かった…」


ファーグスに双剣を振り下ろすとき、ほんの僅かだが躊躇した。それが第三者に割り込む隙を与えた。斬った手応えも軽い。


「興醒めだよ、フィール。それ、女の子じゃないの」


斬られた胸元がはだけて、二つの盛り上がりがむき出しになっている。


「剣士は女を守るものだ、なぁーんて大見得を切っておいて、自分が女に助けられるなんて、キミにはがっかりだよ」


「禍乱っ! 許さんぞ!」


「その女、誰なのさ? 前にはいなかったよね。どこで拾ってきたの」


「俺の…恋人だっ」


「えッ!? 恋人? 恋人って、フィールの好きな人、ってこと?」


「……」


「なになに? なんなの、この気持ち? なんでこんなにイライラするの?」


禍乱は頭を抱えた。


「わからない…なんでキミは、いつもいつもボクの心をかき乱すんだ? いったいキミは何なんだ? ボクは…ボクは…ウォーッ!」


禍乱は、天に向かって雄叫びを上げた。何度も、何度も。そして、両目をきらめかせてファーグスとブレティラを一睨みすると、空の彼方へ消えていった。

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