第3章 第42話 猶予期間
ソファに座ってアーシェスとラクスレーヴェ用の訓練メニューを考えていたが、いつの間にか寝落ちていたらしい。毛布が掛けられていた。
ローテーブルを挟んで向かいのソファーには、三人が肩を寄せ合い毛布に包まっている。起こしてくれれば良いのに。と思いつつも、自分も敢えて起こそうとしていない事に気付いて、口元が緩んだ。
しばらく後に中央に居たマツリが目覚めると、両脇のラクスレーヴェとアーシェスも起き出した。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます……寝ちゃいました」
それぞれから寝起きの挨拶が交わされる。
「身体はもう大丈夫ですか?一応治療はしましたが、違和感などは残っていませんか?」
三人から異口同音に問題ないという返事を確認する。【コンテナ・ハウス】から出て片付けると、八十階層の帰還用転移陣で入口に戻った。入口外の小屋で帳簿に記録を残し、貸し馬車が捕まったので馬車に乗って探索者ギルドまで行く。
探索者ギルドでユーフェミアに帰還した事を報告し、ギルドから貴族街行きの馬車を出してもらって、ベルレイユ公爵家までギルドの馬車で乗りつけて帰宅した。
◆◆◆◆
東迷宮から帰宅すると士官学校代表戦は終了しており、長期休暇に入っていた。
ここ最近、闇ギルドも貴族派の貴族も活動量が減っていて、エイル達がローエンディアに来た頃よりも平和になっていた。
「そろそろ世情も安定して来たし、公爵と辺境伯の依頼は完了させて貰えないか訊いてみようか」
エイルがマツリにそう言うと、何か言いたげなジト目を返された。
「せめて学校は卒業して行きなさい」
と公爵に諭されてしまえば、二年も通ったのだから卒業資格くらい手に入れておいた方が良いのかな?という気にもなってくる。
「卒業前に、公爵と辺境伯にどう言い訳するのか考えといた方が良いのでは?」
言いたいことは分かるが俺は悪くねぇって言いたい。
「マツリさん。お嬢様方を散々煽り散らかしておいて、そこだけ無責任面は道理が通らないよ?」
大体、主犯はマツリだと思う。
◆◆◆◆
新学期、第三学年。
新しい校長は話が短くて大変好評である。新入生の挨拶などとても初々しい。そういえば去年の入学式後に湧いた自称ラクスレーヴェの婚約者だった彼。名前忘れたけど。彼はいつの間にかラクスレーヴェ直々にトドメを刺されていたらしい。倉庫制圧の際に助けたシズリネ・ランカーシャが世間話で教えてくれた。きっと去年の一年生の間では有名な事件になっていたのだろう。
今年は特に絡まれることもなく、進級後の新しいクラスに向かえた。A組の皆さんの顔ぶれは二年度末と変わらずだった。
第三学年の生活。
第三学年になったからどうだという事もなく、実技は修了で座学は留年しないように出席する生活。
自由の利く時間で、ラクスレーヴェとアーシェスに気配感知や気配遮断などの技能を教え込む。二年かけて戦闘特化に育て過ぎたのだ。育てる側が脳筋だと弟子も脳筋が育つという悪い例である。
気配感知と気配遮断を教える合間に魔法の訓練も続けている。地の獣戦で気絶してしまったのを彼女達なりに反省し、魔法の構築速度の向上と、状況に対する反射的な反応が出来るようにと努力している。失敗を糧に努力を続けられる姿勢は好ましいものだ。
三学年になってから四ヶ月程経った頃、ローエンディア王国からの勧誘がはじまった。一学年時の特別試合で誰の目にも分かるように結果を出した者達を放っておく手はない。貴族派の過激化から始まった国内の粛清が一段落着いてきたところで漸く、次代の人員の確保に時間が割けるようになってきた、という事だった。フェリオール辺境伯家とベルレイユ公爵家に配慮して二学年の時は大人しくしていた各所だが、三学年になっても明確な所属表明がない事から、手が伸び始めていた。そういった経緯もあり、とうとうベルレイユ公爵とフェリオール辺境伯の連名で召喚された。
「何故ここに呼ばれたのかは分かっているね?」
ベルレイユ公爵が穏やかだが圧のある問い掛けをしてくる。
「おおよそは……」
「卒業後の身の振り方は決まったかな?」
フェリオール辺境伯はベルレイユ公爵よりも圧が酷い。圧を掛けるのを隠す気がない。
「予定通り、迷宮都市群への帰還の旅に戻るつもりです」
ベルレイユ公爵とフェリオール辺境伯は瞑目し、深い溜息をつく。
「どうしてもかね?」
「はい、決めていたことですから」
重たい沈黙の間が流れ、ベルレイユ公爵が口を開いた。
「この二年ちょっとの間、君達の事は間近で見て来たつもりだよ」
「はい、大変お世話になりました」
「君はとても誠実に娘達を守ってくれていたし、色目を使って誑かすような事もせず、むしろ娘達への対応に手を焼き、諭していた事も分かっている」
どこまで把握しているのだろう。ベルレイユ家の侍女ーズに内通者だろうか。あいつらが一番怪しい。
「その上でもう一度言わせて欲しい。なんとかならんかね?」
「なりません」
即答する。長めの寄り道どころではなくなってしまう。
「そうか、残念だ」
ベルレイユ公爵とフェリオール辺境伯が目配せで意思を確認し合うと続ける。
「ならば、せめて娘達を連れて行ってやってくれ」
ベルレイユ公爵とフェリオール辺境伯が頭を下げて来た。
「ちょ、頭を上げてください!」
突然の事に慌ててしまったが、何とか頭をあげてもらう。政略的な婚姻での囲い込みとは違う、純粋に娘達の自由意志を尊重した言葉だった。
「何より娘達はもう止められん。誰かさんが散々鍛えてくれたおかげで、精神的にも強くなった」
ちくりと刺されるがご愛敬だろう。
「アーシェス嬢の審理の魔眼で、君が憎からず思ってくれているとの言質がとれていると聞いたが」
思わず頭を抱える。審理の魔眼かー、そりゃ強気になるわ。
「……卒業するまでに彼女達の気が変わるかもしれませんよ」
猶予期間をもらうのが精一杯の抵抗だった。
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