第3章 第10話 フェリオール家のお嬢様
応接室の扉がノックされ、エイルとマツリは立ち上がる。ローランが背後に少女を伴って入って来た。少女はフェリオール辺境伯と似たミルクティー色の髪をしていているが、顔付きに面影はない。結い上げて纏められた髪から覗く笹穂型の長耳が印象的で、鍛錬着を着ている事もあって、活発そうな雰囲気を感じる。背丈はマツリより若干低く、すらっとしている。年の頃は十三、四歳くらいだろうか。表情次第ではもう少し上の歳にも見えるかもしれない。事前情報では士官学校の入学が迫っているような話だったが、そもそもその士官学校の入学年齢を把握していなかった。
「はじめまして。ラムザ・クロガネです」
「はじめまして。マツリ・サクラダです」
先手を打って先に挨拶をすると、少女も礼で返す。
「はじめまして。アーシェス・フェリオールです。木剣の訓練で父を負かしたと聞きました。よろしくお願い致します」
お嬢様は興味津々という様子で、エイルとマツリを見ている。
「ユーフェミア様のご紹介とも聞いております。早速ですがお庭でご挨拶の続きをさせてください」
人当たりの良い笑顔に騙されそうになるが、この目はさっきの父親と同じ血を感じる。庭に行くというのはつまりそういう事なのだろう。
「承知致しました。まずはお互いを知るところからですね」
◆◆◆◆
アーシェスが運動前の柔軟体操を行い、身体を解している。その後、ゆったりとした動作で型をなぞる。足先の動きから足首へ、足から膝を通り大腿へ、腰と背筋を通った回転が肩を動かし剣戟へとつながる丁寧な動作の確認だった。エイルはこの動作に既視感を感じた。
「アーシェスお嬢様、もしやグランフェニアの探索者ギルドの訓練場を使っていましたか?」
エイルはグランフェニアのギルドの訓練場で、育ちの良さそうな子が今と同じようにゆったりとした動作を真剣に鍛錬していたのを思い出した。
「まぁ、見ておられたのですか?恥ずかしいですね」
本人らしい。
「たまたまですよ。グランフェニアの厩舎に寄っていた時に、訓練場で一番真剣に訓練をされていたのが印象的で、記憶に残っていたようです」
身体が温まった頃、アーシェスが木剣を持ちエイルが木刀を持って、アーシェスに好きに打ち込ませる事から開始する。
上段からの斬り落し、袈裟斬り、逆袈裟斬り、右薙、左薙、右斬り上げ、左斬り上げ、斬上、突き。
基本的な各種動作を受け、確認していく。無駄の少ない高効率な動作が、少女がどれだけ真剣に剣を振って来たのかを訴えかけて来るようだった。
「士官学校に備えての実技を教えるというお話なのですが、アーシェスお嬢様のレベルで不安があるのですか?むしろ同年代では頭一つ以上突き抜けているのではないかと思うのですが」
マツリも不思議そうな顔で頷いている。
「学生相手に優劣を競っても仕方ないと思いませんか?」
なるほど、と思う。実戦主義に近いが根底が違う。仮想敵の想定による危機意識の高さとでも言うべきか。魔物や西の国境線の向こうからの敵を想定して、自分が民を守らなければならないという強い意志があるのだろう。彼女にとって同じ学生は「守るべき相手」でしかない。
自己鍛錬をあそこまで丁寧に真剣にやっている理由が見えた気がする。
「では、士官学校の実技科目は是非主席を取って貰わないといけないですね」
エイルが彼女の意識の高さを尊重し、高い目標に沿った必要な経過として提示して笑う。
「相手が動かない、あるいは受けに徹するのなら十分振れていますが、敵は避けるし反撃もします。回避や受け流しが次の反撃につながるように、崩した態勢でも殺傷できる振りが必要になります。次は私が受けながらコレで反撃しますね」
と、デコピンの動作をしてみせる。
アーシェスは頷き、デコピンを避けながら戦うことを強いられるのだった。マツリと交代しながらアーシェスの攻撃を捌き、たまに反撃で額を弾く。額を真っ赤にして涙目になりつつ頑張る姿にほっこりとした。むろん、訓練後には治癒魔法をかけてあげたのだが。
結局、初日は「面談」だった筈だが、気付けば採用されて訓練までしていた。
初日で判る範囲では、アーシェスは父のガーラッドと違って霊素運用はまだできていない。故に混合錬気にも至っていない。「いつまで」「どれだけ」鍛えれば良いのかが決まっていないのだが、≪黒絹≫の活動に支障の出ない範囲で構わないと言質は取れていた。迷宮に籠っていなければ、週に二回~三回程は見てあげたいと思う。
それとは別に、毎日自己鍛錬する際にやっておいた方が良い訓練内容をリスト化して渡してある。短距離ダッシュや長距離走など地味な訓練を中心に作ってあるのだが、真面目な彼女はさぼらず頑張るだろう。血筋の才能の上にそれ以上の努力を積み重ねる姿は好ましく、将来の成長が楽しみだった。父の武の才能を受け継いでいれば、混合錬気に至れる逸材なのかもしれない。
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